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第六話 寸刻のノクターン

「「ぶ、物理法則の上書き!?」」


 その予想外の告白にツムギとリリは驚嘆した。物理準備室の備品は振動でカタカタ震える。


「ごめん。初対面だったからあまり詳細は話さなかったけど、俺の能力についてはそんなとこ」


「アタシらの想像の斜め上だったぁ」


「チートじゃんチートォ!」


「万能ではないから、活動は二人とは協力してやっていきたいと思ってるんだ。だから、今日からよろしく」


「「入部おめでっとーアスハ~!」」


 初対面の時以上の紙吹雪がアスハに降りかかった。


「まーちゃんも嬉しいねぇ」


「あ、そのネコ結局飼うことになったんだ」


「飼い主もいないみたいだったからねっ。それにこれも教育の一環だからヨシって山岡先生が」


「あの人は本当に動物好きだよね」


 猫は構わずテーブルの脚を爪研ぎで引っ掻く。


「じゃあ早速、来週までに部の方針決めてこぉー!」


 リリは威勢よく腕を上げた。



 それから早一週間。


「で、この有り様……」


 方針は定まらなかった。

 リリとツムギは猫と一緒に机で伸びていた。ツムギに至っては半分寝ている。


「昔は『知恵の加護』にずっと任せっぱなしだったから、考え事はオレ無理。壊れる」


「おかしい。アタシが内政してた時は書類でも交渉でもパパっと処理できたのに、脳がショートしてもうダメぴ」


「リリィの国ってすぐ滅ぼされそうだなァー」


「うん。ツムギだけは地の底に送ってから逝くね」


「また転生しちまうよォー」


 殴り書きのリストは内容のほとんどが斜線で消されている。

 スーパーヒーロー作戦、マジシャン、占い師、動画投稿者など悉く塗り潰されていた。


「世間にバレたらダメ。手品師路線もちょっと怪しい。パワー系は地道。どうしたら良いのよ~」


「やっぱギャンブルとか、宝くじ? リリ、予知魔法とか使えないのー?」


「予知能力はあるけど、使い勝手の悪いのよ」


「でも持ってはいるんだ。リリはすごいね」


「うぅ、アスハのフォローだけが心の支えだよぉ」


 リリが呻いていると、昼寝から覚めた猫が彼女のそばへ寄ってきた。

 M字模様の入った頭を彼女に擦り付け、餌をねだる。計算高い猫だ。


「そうだ、まーちゃんもいたね! よしよし、おやつに『つぅーる』をあげちゃうぞ~」


「……アレっ、なんか臭くね?」


「そうかな……ってあー! まーちゃんうんちしてる!」


「うへぁ!? ティッシュティッシュ!」


 小さく「ンニャァ」と鳴いて白い悪魔は、騒ぐ人間達を鬱陶しそうに棚から見下ろしていた。


「あ、失礼しまーす。今って部活中ですか?」


「やってるぜ! ようこそ異世界き、もごっ」


「よっ、ようこそオカルト研究部へ~。なにか御用ですか?」


 咄嗟にアスハはツムギの口を塞いだ。机の影で彼にリリの拳が数発入れられる。


「私、美化委員会の渡部です。ちょっとお願いがあって……」



 ※



 異世界帰宅部三人はグラウンドの端に召集されていた。


「美化委員会の欠員代わりに校庭の清掃と草むしり、ねぇ」


「山岡先生に相談したら『オカ研なら暇そうにしてるから手伝ってもらえ』ってね」


「あんのおっさん~! 顧問になってくれたからって良いように使ったなぁ」


 顧問の顔を想像してリリは拳を震わせた。


「でもいいわ。手伝わせて」


「助かるわぁありがと~。終わったらすぐ帰っちゃっていいからね」


 渡部は掃除用具を持って特別棟の方へ走っていった。


「結局ボランティアかァー。ま、前からやってたしこういうの慣れっこだけど」


「ツムギはよく人助けしてたんだね」


「ほっとけない。ってより、少し頑張ればみんな喜んでくれたからな。ギルドじゃ討伐よりこんな依頼ばっかやってきた」


 そのまま除草作業を始めようとした矢先、リリが二人を取り仕切る。


「それじゃ二人とも。練習はじめるよー!」


「練習って何を?」


「決まってるじゃない。バレずに力を使う練習」


 リリの頭には既に練習メニューが浮かんでいるようだった。


 伸び放題となった茂みの中を牛のような召喚獣たちが闊歩する。

 雑草を食べて移動し、芝生の上は丁度よい長さで整えていく。


「へェ~。リリィの召喚獣って普通のやつには見えねェのか」


「アタシが使役すると神獣扱いになるからね~。魔力の無い人間からしたら、風と見分けつかないのよ」


「そーなのか。でもさぁ、チマチマ過ぎない?」


 使役する牛たちはあまりに鈍足で自分達でやってしまった方が早いぐらいだった。中には昼寝までしている個体もいる。


「仕方ないでしょ、力は全盛期の一割以下なんだから。そんなポンポン犯罪者サンドバッグ魔獣モルモットも現れないからリハビリもまだまだだし」


「お前、元王女だってのやっぱり嘘だろ」


 笑顔でリリは鎌を振り上げる。 直後、延長線の草がスパンと切れる。


「わぁっ、なんか斬撃飛んだ!?」


「バッカおまえ、『最適化オートクチュール』かけてんの忘れるな! それ切り替えできねぇんだよ」


「ツムギが出力し過ぎてるだけじゃない!」


「『最適化オートクチュール』?」


「あれっ、説明してなかったか? オレのスキルな」


 ツムギは適当な草を毟り、手の上でそれを剣に変えた。一瞬の芸当でアスハは釘付けになる。


「見たとーり、物体を変化させる能力な。基本はこれだけなンだけど、簡単な能力は付与できるぜ」


 ツムギが剣を振ると、校庭にそよ風が走った。爽やかな風が散る葉を撫でる。


「こんな簡単に特殊効果付きの剣が作れるのか!」


「まあな。アスハはスキルでどんなことできるんだ?」


「あまり器用には……あ、でもヒントは貰えたよ」


 意識を狭め、アスハは『限りなき無秩序(アンリミテッド)』を発動する。

 巨大な風で巻き上げるイメージをグラウンドに張り巡らす。


「まとまれ」


 言葉に従い、超小規模の竜巻で葉は一箇所に集められる。

 伸びた雑草も千切れ、ほどよく全体を狩り上げた。


「おおっ、上手いじゃんアスハ!」


「しっかり出来た。一安心だ」


 ホッと息をつき、アスハは安堵していた。


「……生まれて初めての経験かもしれない。こんな穏やかに、この能力を使えたのは」


 これは闘争でも、危機でもない。ありふれた日常の中の小さな出来事。そんなことに力を用いる。

 そんな一時が、古ぼけた灰色のフィルムへ鮮明に刻まれた。


 ※


 三人が学校を出る頃にはもう夕暮れ時になっていた。


「あー時間かかったなァー」


「誰のせいだか。だいたいはツムギのせいでしょうよ。ねぇアスハ?」


「ツムギが勢いで木を倒しちゃったところまではともかく、テニス部にも見られたのはね」


「ごめんてアレは」


「根腐れって誤魔化しも、次からは通じないからね」


 最中、アスハの見知った黒スーツが歩いてきた。


「おう。帰りかガキども」


「ああ、無島さん」


「よっ。元気そうだな凛藤」


 初対面のツムギ達は無島の顔を見て首を傾げた。


「もしかしてこの人か? 前にアスハが言ってたの」


「初めまして、異世界帰宅部の鹿深近リリです。こっちは同じく部員の赤原績」


「どーも、そちらのお噂もかねがね。なんでも通学路で同級生を盗撮してたとか」


「げっ、バレてる!?」


「能力の使い方もほどほどにな。ってことで、ハイ賄賂」


 無島は手に持っていた紙の箱をアスハに持たせた。


「お前ら、能力の真っ当な使い方探してんだろ? そのご褒美だ」


 箱には三人分のカップアイスが入っていた。まだ冷たいままで白い煙も出ている。牛乳の甘い香りが一気に噴き出した。


「こ、これ駅前店のアイス屋さんのだ。並んでも滅多に買えないのに」


「うんめぇ! なんだこれ、こんなにうまいジェラート食ったことねぇよ」


「絶品だろ。あそこの店主は異世界から竜のミルク仕入れてるからな」


「「えっ!?」」


「っはは、冗談だよ。じゃあな、帰りに気ィつけろよー」


 三人の笑顔を拝んだ無島は手を振って立ち去る。

 アスハ達は年相応の喜び方でアイスを堪能した。


 日の沈みゆく街を彼らはゆっくり歩く。それが新たな日常になると、頑なに信じて。



 ――そして待ち受ける運命も知らずに。


 ※ ※ ※


 翌日未明。異世界帰還者代表、無島総吾によってある一枚の報告書が作成される。


 七月十六日、私立千景学園高校。複数人の異世界帰還者による大規模襲撃事件が発生。一時、全校生徒及び職員の安否が不明となる。

 現場到着後、後述の三名を除く被害者全員が意識不明の状態で発見。


 いずれも命に別状はなく、目立った外傷も見られない。現在は事態の隠匿対応に取り掛かる。


 千景学園所属の異世界帰還者、鹿深近リリ、赤原績。以上二名が心肺停止の重体で発見。

 同じく異世界帰還者、凛藤明日葉。現在消息不明につき、最優先追跡対象に認定。

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