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第十一話 ダチと大人と正義の味方

 全身焦げたような痛痒さに襲われながら、赤原ツムギは目を覚ました。


「うっ、いてぇ。背中いったぁ……」


「ん、やっと起きたな寝坊助。おはようさん」


 無島はペットボトルのお茶を差し出す。病室に似つかわしくない、たばこと火薬の匂いが漂った。


「アンタ、無島さん? 何が……ってて、ダメだ腰にも痛みが」


「無理に動くな。毒も食らって丸二日寝込んでたんだ。安静にしてろ」


「あの後、学校は? 皆どうなんたんだ?」


「まずは落ち着け。そんで喜べ、上等な病室を選んでおいた」


 ツムギはようやく自分が豪華な個室にいると理解した。広々とした室内でテレビと冷蔵庫付き。

 少女の横たわる隣のベッドとも十分スペースがあった。


「おはようツムギ。その様子だと当分は動けそうにないね」


「リリィ、か……あー無事で良かった。心配したぜ」


「それとコレな。お前の装飾品」


「あっ、オレのヘアピン。それにピアスと指輪、ネックレスまで」


「暗器を仕込んどくのは結構だが、にしても多すぎだっての。俺でももっと少ねーぞ」


 アクセサリーは『最適化(オートクチュール)』で役立ちやすいんだぜ、とツムギは持論を展開した。


「って、それよりもリリィ。アスハはどうなったんだ?」


「それは……」


「無理すんな鹿深近。俺が話す」


 無島は事件のその後を語った。ツムギが意識を失った後から、リリの身に起きたこと。戦闘を終えてからの凛藤アスハについて。


「――アスハが、行方不明? 最優先追跡対象ってそんな」


「上は隠ぺい工作の真っ最中。ガス漏れってことにして、辻褄合わせや記憶改竄なんかに奔走してら。で、お前らは俺に監督させて放置状態」


「無島さん、事情はまだ詳しく分からねェけどアスハは何も悪くねぇよ! 行方不明らしいけどよ……」


「分かってるての。消息を断つ前に接触してっからな。勝手しやがってあの坊主」


 ツムギはひとまず安堵したが、リリの不安は拭えぬままだ。


「無島さん、アスハが異世界帰宅部を辞めるってどういうこと?」


「事情は知らん。だが何か思い悩んでる様子だった。詳しい事は次会った時にでも聞いてみろ」


「会うっていっても、消息が不明ならどうやって?」


「どうやら凛藤は、襲撃した帰還者の残り二人を追ってるらしい。見つけ次第、俺がヤツを保護する」


「おっ、オレも手伝う! このままアスハに頼りっぱなしじゃいられねェし、アンタの力になりてェ」


「馬鹿言え。回復しきってねぇ大怪我人を同行させるわけねぇだろうが」


「だったらせめてアタシの召喚獣でも、魔法でも! サポートぐらいは」


「あのなぁ、この状況がどれだけ特例か分かってねぇだろ? オレら『組織』は本来、秘密組織ってやつだ。仮にも一般人のお前ら相手にここまで情報開示してんの、上司にバレたら俺大目玉なの」


「一般人って、オレらだって異世界帰還者だ! 見た目より多く生きて来てんだよ!」


「何と言おうと、俺の考えは変わらん。忠告を無視するようだったら、お前たちをここに拘束する」


 無島は虚空で手をかざす。すると二人に圧力(プレッシャー)がかかった。

 スキルも魔力も完全に無効化される。


「なんだこれ……力、入んねェ」


「魔力が、上手く流せない? 自由に、体も動かせないよ」


「俺ならお前ら二人程度、楽に抑えられる。これは警告と、俺の実力の保証とでも思っておけ」


 手が降ろされた途端、重圧は解かれる。

 呼吸を整える少年少女へ無島はテーブルの飲み物を勧めた。お茶を飲みながら二人は煮え切らない顔を浮かべる。


「不服そうだな」


「当たり前だろ。どんなにアンタが強くて信用できても、それで『はい分かりました』なんて納得できるわけねェよ」


「だろうな、気持ちは分かる」


「だったら――」


「異世界帰還者はこの世界での肉体に精神が引っ張られる。お前たちの前世がどうだろうと、今この瞬間はただのガキだ」


「だと、しても……」


「だからお前らはガキらしく、()()()()()()()()()()()()()()。お前らに必要な事は凛藤を見つけることじゃなく、次会った時に何言ってやるかを考えることだ」


 子供を諫める言葉ではなく、それは若人の気持ちを尊重する大人としての発言だった。


「大人は頼れる人間がいないから、何でも一人やってるだけなんだ。だがガキがそうすることはねぇ。子供らしく、図々しく、大人(おれ)に迷惑をかけろ」


「それってつまり」


「てめぇらはとっとと傷治して、報せを待って、居所掴んでからダチをブン殴りにでも行け。お膳立てならいくらでもしてやる」


「無島さんっ……」


「お前ら二人の気持ちは、俺が請け負う。必ず見つけてやっから、信じて待ってな」


 先ほどまでの抵抗が馬鹿らしくなるぐらい、彼の言葉は二人を安心させた。

 そして無島の言う通り子どもじみた犯行だったと、彼らは自分たちの主張を恥じた。


「頼れ、巻き込め、寄りかかれ。大人に背中任せて突っ走るのが、お前ら子供にだけ許された特権なんだよ」


「……カッコいいこと言いますね。オレも真似してェ」


「カッコ良いこと言って有言実行すんのが、正義の味方ってやつだからな」


 誇らしげに無島は返した。


「そうだ。お前らが飼ってたネコちゃんは理由つけて俺ん家で預かってるからな。全部終わったら取りに来い」


 煙草の箱の封を開け、無島は病室を後にする。

 その後ろ姿は、どの背中より大きく映っていた。


「なんか、してやられた感じだね。全部あの人の筋書き通りってかんじ」


「そーだな。一杯食わされた」


「……アスハ、戻ってくるといいね」


「ああ、その通りだ」


 力を抜き、ツムギはまた布団の中へ潜る。

 窓から眺める入道雲が、彼にはいつもより遠くにあるように感じた。

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