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君たちの両親は、ここにはない  作者: コトカリ。
名前はアリュージョンの組み合わせ
7/7

クマムシは二日目のカレーライスを食べる

正しさにも、頭の良さにも、決まった形はない。

それでも僕たちは、笑ったり迷ったりしながら、

今日も食卓を囲んでいる。


──この物語は、そんな日常のひとコマ。

「……遅れ遊ばせ……じゃなくて、みんな──おはよう。」


階段を降りてきた灯が、寝癖を少し残したまま頭を下げた。


「灯ちゃんに兄貴、早めのプレイお疲れ。」


ひまりが、朝から全力で地雷を踏みにきた。


「やめろ。それに、朝イチでそんなことできるわけないだろ。」


「……もう“昼”だよ?兄貴。」


ひまりは、クスッとした顔で笑った。


「灯からしたら、“今”が朝なんだよ。」


「お兄さん──下ネタ、極まってますね。」


メイが、完全に真顔で冷静なコメントを挟んでくる。


「……僕のせいじゃない。」


葵の声が、半分あきらめと共に返された。


笑いの余韻と温もりの中で、

スクランブルエッグの香りが、部屋にふんわりと広がっていた。


ともあれ、

ひまりと春樺は“明治時代の見様見真似”──こと、肉じゃがを作ることになり、

僕たち3人は、リビングで雑談をしていた。


「炭水化物に炭水化物って、不必要の極みなんですけど、

背徳感マシマシで……最高なんですよね。」


メイが、どこか誇らしげに言った。


「わかる……!

まぁ食べたあとに体重計乗りたくなくなるんだけど、結局、食べちゃうよね。」


灯が苦笑しながら相槌を打つ。


「ラーメンセットとか、まさに“炭水化物 on 炭水化物”だよな。」


「ラーメンにチャーハン、あるいは白ご飯……。

もはやセットであることが常識みたいな顔してるし。」


「でも、“同じものの組み合わせ”って、一見すると無駄に見えて、

背徳感と同じくらい、得られるものもあるんですよ。」


メイはそう言いながら、話を続けた。


「例えば──カラオケとダーツみたいに、

娯楽同士が組み合わさった複合施設。」


「……いや、せめて数学Aの“数的処理”とかに例えてくれたほうがわかりやすい。」


「──私は、まだ中学生です。」


「そこで突然“中学生アピール”されても、説得力皆無なんだけど。」


「メイちゃんって、すごく頭いいよね……。

私、見習っちゃうよ。」


灯が純粋な声でそう言うと、メイはそっと目を伏せた。


「……あの。褒め殺し、やめてください。

ともあれ、“重複しても丁度いいもの”って、結構世の中に多いんですよ。」


僕は思った。

──言葉の重なりが、人と人を繋ぐこともある。

そういう意味で言えば、この“会話”もまた、丁度いい“重複”なのかもしれない。


「まあ……その矛盾ってやつもさ。

突っ込むくせに、社会自体が矛盾でできてるんだから──

このくらいは、大目に見てやらないとな。」


僕は、台所をちらっと見ながらそう言った。


「そんな簡単な矛盾……すぐには見つからないなぁ。」


灯は、スプーンをくるくる回しながら一生懸命考えている。


「SDGs。」

僕は思いついたことを適当に言った。

メイちゃんはすると、


「社会人は時に、“矛盾”を“正しさ”へと変えて、

“正義”として振りかざします。」


「お兄さんって、たまに鋭いこと言いますよね。

──まあ、人間なんて“天動説”を信じてたくらいには傲慢ですけど。」


「えっと、“天動説”って……?」


灯が小さく首を傾げた。


「“地球が宇宙の中心”だって考えるのが、天動説。

でも今は、“地球が回ってる”──“地動説”が有力。

太陽が宇宙の中心にあるっていう考え方。」


「つまり、自分たちの“いる場所”を正義だとする。

……それは、“人”に置き換えることもできる。

人間って、誰もが“自己中心的”なんですよ。」


「……わからんでもない。」


僕は、わずかにうなずいた。

その瞬間、台所からコンロの“カチッ”という点火音が聞こえた。


会話と火が、同時に静かに始まっていた。


「とはいえ──もっと簡単な矛盾が、世の中には蔓延していますよ。」


メイちゃんがそう切り出した。


「……よく思いつくね。

私、頭よくないのかな……」


灯が小さくつぶやいた。


「学年で成績、五本の指に入る灯に言われたら……

僕なんてクマムシレベルだよ。」


「クマムシは、宇宙に放り出されても生き残れるんですよ。」


「……いや、そういう話じゃなくて。」


「ともあれ──“クマムシさん”、話を続けますよ。」


明らかに明後日の方向へ飛んだあだ名に、僕は小さくため息をついた。


「例えば、“犯罪”があるとします。

被害者は、トラウマを抱えたまま、事情聴取をさせられ、

嫌な思い出を何度も“再現”させられます。

事件解決のためとはいえ、彼らは“混乱状態”のまま、

証言を求められる。」


「まあ……事件解決となると、被害者に聞くのが一番、っていう

警察の言い分も、分かるけど。」


「──混乱状態の証言を真に受けて、

“真実”から遠ざかる話なんて、いくらでもあります。

たとえば、“痴漢”──どうでしょう。

“被害者の言葉”だけが証拠になるような体制、

矛盾しているとは思いませんか?」


灯が、静かに口を開いた。


「“被害者”って言葉のほうが、大きく見えるもんね。」


「そして、仮に“冤罪”が認められたとしても、

──“時間”は戻ってきません。

信頼関係も、人生も──おじゃんです。」


「……それは、確かに。」


「お金だけで“済まされる”って、おかしいんですよ。

泥棒しても、“商品を返せばOK”なんて、通用しないのに。」


「……ごもっとも、だね。」


灯は、腕を組んだまま、じっと考えていた。


部屋に、静かさが落ちた。

それはただの“沈黙”ではなく、

社会という名の歪みに触れた“無音”だった。


「ちなみに──お金繋がりで、少し脱線してみましょうか。」


メイが、話の流れをさらりと変えた。


「……これ以上、司法に喧嘩を売るのはやめてくれ。」


「一応、“お金繋がり”であり、“矛盾繋がり”です。」


「って……どういうこと?」


灯は、昔のゲーム機が起動しないときみたいな反応をした。


「──“不倫”ですよ。」


「これはまた……ドギツイ話を……」


僕は、思わず言葉が口をついて出た。


「まず、“人”というのは、“一人を愛する”という前提で作られていることは、分かりますよね?」


「……それは、そうだ。」


「生き物によっては複数の相手に好意を持つものもいますが、

──大抵の“高等動物”は、一つの個体を愛します。」


「うん。まぁ……確かに。」


「さて。これは私の“個人的な感想”になるので、信じなくても構いませんが──」


「話の空気が、変わってきた……?」


「──お兄さんの“両親”、したんじゃないですか?」


「……は?」


あまりに呆気ないタイミングで、僕の声が漏れた。


「“不倫”というものは、“逸脱した愛”です。

何らかの原因で、他の人を愛してしまった。

空気が変わったことを、もう一方は違和感として察知する。

そして──“証拠”を見た側は、そのショックで“消えた”のではないか、と。」


「……となると、

“片方が消えて”、もう“片方は残ってる”ことになるよな?」


「まさにその通りです。

──では、誰が“この家のお金”を出していますか?

おそらく、それは“残っている方”です。」


メイは淡々と、でも一言一言に熱を込めていた。


「──そして、“誰かが記憶を消した”。

……そうは、考えられませんか?」


「……それ、少し強引じゃないか?」


「“強引”な推理も、“仮説”としては有効ですよ。

あたしが“家に来た”理由──

“からかうため”と言いましたが、

……それとは“別に”。

“証拠を見に来た”んです。」


そのとき。


「できたよー!」


ひまりの声が、キッチンから響いた。


まるで空気を切り裂くような、日常の音だった。


「──2日目のカレーってさ、

栄養価は落ちても“美味しい”っていう、これまた“矛盾”に繋がるんだよなぁ。」


「……矛盾の話はもういいから。

兄貴、ご飯よそって。」


ひまりに怒られた。


「春樺ちゃん、ありがとね。

めんつゆで味付けしたから、もしかしたらちょっと味が濃いかもしれないけど……」


「なんで、僕にはそういうお礼が言えないのかな?」


「家族というものは、“お礼”を言わなくても──

“心”で通じ合うのだよ。兄貴。」


「……なんか、納得するかも!」


春樺は、すかさず笑顔で同意した。


「春樺ちゃんって、料理すごいけど──

将来の夢って、“調理師”にでもなるの?」


「んー?どうなんだろうね?」


「得意だからって、それが将来の職業になるとは限らないぞ。

──妹よ。」


「……得意なものでも、“責任”が生まれると、

それはもう“趣味”じゃなくなっちゃうよね……」


灯がぽつりと挟む。


「……それも、ある種の“矛盾”かもね。」


「──よしっ。

まあ、そんなことより、ご飯だご飯!」


ひまりは、勢いよく両手を広げて宣言した。


テーブルには、

同じ具材からできた──“違う名前”の料理たちが並んでいる。


その瞬間、全員の声が、ひとつになった。


「──いただきます!」


「──同じ具材でも、味が違えば飽きないよね。

とっても美味しい!」


灯は、満面の笑みをこちらに向けた。


「……灯ちゃん。いいことを教えてあげよう。」


「ひまり、変なこと言うなよ?」


「なんだよ、兄貴ぃ……

──それはともかく。」


ひまりは、ちょっと真面目な顔をして口を開いた。


「家族とか、好きな人っていうのは、

“毎日会っても”、少しずつ変わっていくもので、

──飽きないんだよ。

まるで、この料理と同じ。」


「……ふ、深い……!」


灯の目が、ほんの少し潤んだ気がした。


「実際、兄貴は──

灯ちゃんを救うために、“感情”っていう、

兄貴にとっては“未知なるOS”の導入に成功したからね。」


「……おいやめろよ。」


「お兄さんは、いつの間にか“救って”ましたね。

とはいえ、ゆっくり動いてた感じからすれば……

“タキサイキア現象”と呼んでも差し支えありません。」


「またメイちん、よく分からないこと言い出すなあ……」


「……危険なときに、時間がゆっくりに見えるってやつ、だっけ?」


「──そうです。

お兄さん、100点です。」


「……初めて“採点”で、嬉しかったよ。」


笑いと静けさが、ちょうどよく混ざった空気が、

食卓を包んでいた。


「……やっぱり、私よりも……みんなのほうが頭いいんじゃないかな?」


灯が、ふと下を向いてつぶやいた。


僕が声をかけようとしたそのとき──

ひまりが、自然に割って入った。


「頭の“良し悪し”が、すべてじゃないよ?

数字だけで判断する人生って、きっと“楽しくない”と思うんだ。」


ひまりの声は、真剣で、でもどこか温かかった。


「たとえば──

あたしは兄貴の前で“性教育推進動画”を見て、

その反応を“統計”取ってるけど──

灯ちゃんは、そういう“数字のための数字”じゃなくて、

“正しさ”を“数字に求めすぎ”だと思うんだよね。」


「……でもさ、実際、みんなの言ってることって、

なんかすごくて……つい、落ち込んじゃうんだよ。」


「趣味とか、感性とかって、“人それぞれ”でしょ?

あたしからすれば、灯ちゃんの“世界の見え方”を、

のぞいてみたいと思うよ?」


ひまりは、まっすぐに言った。


「もしかしたら──この世界が、

魑魅魍魎みたいに見えてないかもしれない。

“知らなくていい事実”と“知った方が身のためになる事実”。

それを見分けるのを、“命題”にすればいいんじゃないかな。」


「……やっぱ……ひまりちゃんって、大人だね。」


そう言いながら、灯は笑った。


「……ひまりも、たまにはいいこと言うな。

とはいえ──僕の“反応”を統計化するのは、看過できないが。」


「……あ、見る? 部屋にノートが……」


「おい本気でやめろ。」


「あはははっ!」


みんなの笑い声が重なった。

この日常は、きっと正解なんかじゃないけど──

間違いでも、なかった。

笑って、考えて、また笑って。

そんな会話が続くだけで、

日常は少しだけ豊かになる気がします。

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