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君たちの両親は、ここにはない  作者: コトカリ。
メメントという言葉に両親は存在しない
6/7

自転車操業の子役とバター抜きスクランブルエッグ

コンビニという場所は、無数の“偶然”が交差する不思議な交差点だ。

何も起きない日常のようでいて、突然、過去の亡霊のような名前が現れる。


“原”という名前がその空気を変え、

“養護”と“擁護”の意味が交錯し、

真実と正義、感情と利益が、複雑に混ざり合う。


だけど、それでも人は笑い、朝はやってきて、

カレーを食べ、冗談を言って、誰かのことを好きになる。


これは、そんな“ねじれた日常”の中で、少しずつ進んでいく、

ひとつの家庭と、記憶と、優しさの話である。


──物語は、いつも生活のすぐ隣にある。

コンビニの客がいきなり知り合いだった場合──

それは、ホテル業界で言う“ウォークイン”に近いものかもしれない。

予告なく、あるいは準備もなく現れる存在。

だからこそ、実際にメイは、明らかに動揺していた。


「……こんな朝早くから……あの人って人は……」


「原さん、だっけ? どんな人なの?」


僕がそう聞くと、メイは明後日の方向を向きながら、ぽつりと語り始めた。


「多分、お兄さんの今後のために、言っておきますね。」


「……うん。」


「倫理観がなくて、正義感だけはある。

目標のためなら、多少のことはしてもいい──

そんなタイプの人です。」


「……ごめんだけど、回収人さんと似てるね。」


「回収人さんって、“マイルドな原”なんですよ。

養護施設があるって、言いましたよね?」


「……メイちゃんの古巣、か。」


「表では“養護施設”と名乗ってますが、

裏では“擁護”した子どもたちの情報を抜いている。

──そんな場所です。」


空気が、凍りついた。


「……え……」


「おかげで巷からは“コンフリクト”呼ばわりですよ。

私が抜けた後に、回収人さんから聞きました。」


「……なぜ、回収人さんは、原さんと……?」


「──じゃあ、もしあたしみたいな存在が増えたら、どう思いますか?」


「……?」


「表向きは、“行方不明者の発見”。国からは“補助金”。

本人は……“ハッピー”とまでは言いづらいけど、少なくとも“生きていける”。

ね? Win-Winでしょ?」


「……メイちゃんは、それでよかったの?」


少し間を置いて──メイは、静かに答えた。


「原よりかは、明らかに回収人さんに拾われてよかったと思いますね。」


その言葉には、憎しみも、感謝も、皮肉も──全部含まれていた。


「利害一致──って、便利な言葉が世の中にはあるんですよ。」


メイは、淡々と、でもどこか楽しげに話を続けた。


「……助け合い、ってことかな?」


「可愛く言えば、そうですね。

でも悪く言えば、“呉越同舟”です。」


「……否定できないな、それは。」


僕が少し苦笑すると──


「楠原くんに否定されないって、回収人さん、ちょっと可哀想かも。」


メイは、ほんの少しだけ、声を弾ませて笑った。


「それでも、回収人さんには……感謝してるんですよ?」


「……そう見えないんだけど!?」


「本当に感謝してなかったら──

あたし、今ここにいませんから。」


「……たしかに。」


そのやり取りのあと、

店内の自動ドアが、カランと音を立てた。


日常が戻ってきていた。

でも、その日常は、すでに少しだけ深い場所に沈んでいた。


「そういえば、店長って今日休み?」


僕がふと思って聞くと、メイが即答した。


「ええ。新婚旅行らしいですよ。

……全く、いいご身分なことですね。」


「えっ、あんな変な人でも結婚してたんだ?」


春樺が、無邪気な笑顔でとんでもない直球を放ってきた。


「変なのは同意するが……言い方ってもんがあるだろ。」


「“変人には変人がついて来る”──が、正しいですか?」


メイまで追い打ちをかけてきた。

それも知らない相手に対して堂々と。


「“類は友を呼ぶ”を、そんな悪意に満ちた訳し方するな。

ていうか、そもそも失礼って概念、知ってるか?」


「それはそうかもしれません。

でも、そもそも論──“他人の話をしている時点で失礼”じゃありませんか?」


「……そもそも論って、そこまで戻る!?

普通、もうちょっと手前で止まらない!?」


僕がつい声を上げると、

二人は目を合わせて──どこか楽しそうに笑った。


まるで、“悪友”という言葉が、最上級の友情であるかのように。


「人間って、面白いじゃないですか。

週刊誌で誰かの不祥事が出たら、

関係ない人までこぞって叩きにいく。

──あれ、人として滑稽だと思うんですよ。」


メイは、棚に商品を並べながら平然と言った。


「芸能界なら、イメージダウンとか色々あるんだろうけどさ。」


「勝手に築き上げたイメージを、

問題が起きた瞬間に叩き落とすって──

それ、もはや“アンチ”と同じじゃないですか。」


「……すごい言い草だな。」


「普通に考えてくださいよ。

その“イメージ”って、メディアが勝手に持ち上げただけなんですよ?

それを“常識”みたいな顔で押し付ける。

──マスメディアって、特に気持ち悪くないですか?」


「……わからなくもない。」


「“不祥事で違約金”とか言うくらいなら、

最初から“問題を起こさないAI”に宣伝させればいいんですよ。」


「……まあ、人気者がやると“持ち上げ効果”があるんじゃない?」


「それが、さっき言った“勝手に築き上げたイメージ”の話に戻るんですよ。」


「……論破されてしまった。」


メイは特に勝ち誇るでもなく、ただ棚のペットボトルの向きを整えていた。

その無表情のままの知性が、時折、世界を切り裂くのだ。


「まあ、それで子役なんて、自転車操業みたいなもんですよ。」


メイが、さらりと重い言葉を投げた。


「……というと?」


「成長したら、“はい終了”。

次は、新しい子を雇う。

少子高齢化社会でこんなこと続けてたら──

どうなるか、分かりますよね?」


「後釜が、いずれいなくなる……と。」


「しかも今はネット社会。

何かあれば叩かれ、

それを告発しようものなら“子役なんてやるもんじゃない”ってなる。

……まるでスケートと似てる。」


その瞬間、春樺の目が静かに揺れた。


「……うち、昔スケートやってたよ。

辞めた理由は……まあ、うん。」


「春樺、やってたんだ。」


「うん。スケートって、リスクが高いの。

一度怪我すると──それは、一生モノ。

だから、大人は子どもにそんな思いをさせたくなくなる。

結果的に、競技人口は減る。

……子役も、似たようなもんだと思うよ。」


春樺は、珍しく真面目な口調で言った。


「命を取るか、知名度を取るか──

……まるで、さっきの“自営業”の話みたいだな。」


僕はそう呟いた。


静かな朝のコンビニに、冷蔵庫のモーター音だけが響いていた。


……ある程度、時間が経てば、バイトは終わるもので。


「──10時。そろそろか……。」


僕は小さくつぶやいた。


「あたしも終わりなんですけど、家行っていいです?」


「……いいけど、なんで?」


「“おちょくる”という言葉が、日本人の辞書には存在します。」


「……なら、断る。」


「うちも行く!」


「断る。」


「よーし、メイちん! 二人で行こうね!」


「人の話を聞かないって、普通に“害”だと思うんだけど。」


そのとき、地下から声が聞こえた。


「バイト組ー、ちょっと下に降りてこい〜。」


回収人さんだった。


「はい。」


3人で地下室に向かう。


「どうしたんですか?」


「うちまで呼ぶって……」


回収人は煙草に火をつけ、静かに答えた。


「原から連絡があってな。

“有望な人がいるなら、ぜひとも使え”──と、そういうことらしい。」


「……まるで、奴隷じゃないですか。」


「違う──。

ちょうど少年、君の両親の探索の件だが、原に話したところ……進展がありそうだ。」


「……なんか、あの人に知られるって、ちょっと怖いというか……」


「個人情報なんて、すぐに漏れるのが現代社会さ。」


「……説得力、ありますね。」


「さて。問題は、“どうやって両親を救うか”──なのだが。」


「そこ、一番気になりますけど……

まさか、以前と同じような手段じゃないですよね?」


「それはない。だが──

“消えた原因”を調べる必要がありそうだ。」


「……怖いな。」


「とはいえ……今は。」


そう言って、回収人さんはまた一本、煙草に火をつけた。

その表情は、少しだけ疲れて見えた。


「──上がっていい。

主に、春樺君。君も巻き添えになる……ということさ。」


「は、はい……。」


春樺は珍しく、ほんの少しだけ顔を引きつらせていた。


「失礼します。」


僕たちは、静かに地下室を後にした。


外に出ると、空気はすっかり昼の匂いになっていた。


「……家、来いよ。」


その一言には、照れも誘いもなかった。

ただ、“助けてほしい”という気配が、うっすらとにじんでいた。


「断られても行く気だったけどね!」


春樺は、すでに元気だった。


「……2人共、起きてるかな?」


「流石に……とは、保証しかねるが。」


「主にひまり、ですね?」


「御名答。」


「でも、灯ちゃんがいるなら起きてるんじゃない?」


「だから、“保証しかねる”なんだよ。」


そんな会話を交わしながら、

僕たちは昼の街を、家へ向かって歩き出した。


「……で、だ。

本当に“弄り倒す気”だったのか?」


僕が問いかけると、メイは即答した。


「あたし達は、“嘘”という──

理解不能な文明の産物は使いません。」


「そこは理解してほしかった場面の一つなんだけどな……」


「……あの、僕の身の回りに“敵”しかいない気がするんだけど?」


「味方だからこそ、素になって弄り倒せるわけですよ?」


春樺が、どこか楽しそうに言う。


「真正面から、味方であってほしかったな……」


「真正面だろうが、斜め上からだろうが。

“味方”には変わらないじゃないですか。」


「……はぁ。」


僕がため息をついたそのとき──

ちょうど、家が見えてきた。


「ただいま。」


「おじゃまします〜」


「ご無沙汰でーす。」


玄関を開けると、いつもの声が出迎えた。


「お、兄貴ぃ……ここを“ハーレム王国”にでもするつもりかい?」


ひまりが、ソファの上からニヤリとこちらを見た。


「やめてくれ。そんな国、建てる気はない。」


「……灯は?」


「まだ寝てる。

あ、ちなみに──スクランブルエッグ、バター入れたら美味しいよ。ご馳走様。」


「……急いでたから忘れてたわ。

てか、ほんとに寝てるのか。」


「灯ちゃんなら、布団に抱きついて、ぐっすり。」


「──全員で、見に行きましょう。」


「……鬼か。」


「いいえ、“人間”です。」


メイは、まるで生真面目な研究員のような口調でそう言った。


日常が、少しだけ傾いた角度で回っている──そんな昼だった。


「……僕だけが、見に行く。

だから、お前たちはここで待っててくれ。」


独占力。

──そんな言葉が、ふと頭をよぎった。


「……あれ? 彼氏の顔してる。」


春樺が、ニヤリと口角を上げる。


「兄貴はね、ああ見えてムッツリなんだよ。

あ、メイ。新作のコスプレ子孫繁栄動画、どう?」


「私は興味ない。それ、お兄さんにでも渡したら?」


「最近さ、構ってくれないんだよ……

灯ちゃんのことばっか考えやがって。

もう少し、妹にも構ってくれてもいいと思うんだよ。」


「ひまりちゃんも、そういうこと考えるんだ!」


そのとき──階段を上がりかけていた僕が振り向いた。


「……お前ら、全部聞こえてるからやめろ。」


部屋に、笑い声が溶けていった。


僕は、自分の部屋の前に立った。


コン、コン。


「……灯。起きてるか?」


「ん……」


くぐもった返事が返ってくる。


「入るよ?」


ドアを開けると、布団に包まれた灯が、ゆっくりとこちらを見た。


「おはよう、灯。」


「あ……おはよう……。

すっごく……寝た気がするの。」


「もう、昼前だからな。」


「えっ……ええええ!? 昼前!?」


「バイトの二人が、“灯に会いたい”って言ってたよ。」


「えぇ……メイクしなきゃいけないのに……! どうしよう……!」


「……マスク、くらいするか?」


「……う、うん……。」


「あと──スクランブルエッグ、作ってあるから。

……冷めてるけど。」


「葵くんが……作ったの?」


「バイト前に、ね。

ひまりには、“バター入れたほうがいい”って言われたけど。」


「でもさ──気持ちが一番大事なんだよね。」


「……美味しくないかもしれないけどさ。」


「気持ちがこもっていれば、100点!

……降りるよ。」


「……マスク、取らないと食べられないけど。」


「それよりも、葵くんの気持ちのほうが大事。」


「……そんなもの、かなぁ。」


僕は、思わず小さく笑っていた。

人との距離って、いつも一定じゃない。

近づいたと思ったら、少し遠ざかったり、

踏み込みすぎたと気づいて、慌てて戻ったり。


でも、そうやって不器用に関わるうちに、

少しずつ「家族」や「仲間」って呼べるものが形になっていくのかもしれない。


誰かの名前に怯えて、誰かのためにスクランブルエッグを焼いて、

冗談を言い合って、眠って、また起きて。


そんな繰り返しの中に、僕たちの“物語”は静かに積もっていく。

この一話も、そのかけらのひとつです。


──次も、日常の隙間にて。

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