第1章
燃えるような紅の髪と瞳を持った美少女は、初対面同然の俺に向かってこう言った。
「アンタには、私が次の閻魔王になる為に、協力してもらうわ!」
もし、こんな突拍子もないことを言われたのが現世だったなら、「何言ってんだコイツ?」と距離を取り、以後一切近付かないだろう。
だが、俺が今いるのは生者が本来、脚を踏み入れる事のない禁域。
世に言う地獄である。
そして、目の前に仁王立ちし、縄に打たれて地に伏している俺を見下ろす彼女は、文字通り、俺の生殺与奪の権利を握っているのだ。
第4444代閻魔王の娘が一人。
レンと名乗った女の子は、ひょんなことから地獄に迷い込んだ俺、佐藤ジュンを、次代の閻魔王の座をかけた争いに参加する際に必要な補佐役とやらに指名したのだ。
「おい、レンだったな。お前は何故か俺を買いかぶってるようだけど、俺は現世じゃ、しがない高校生でしかないんだよ。成績だっていいわけでもないし、運動が出来るわけでもない。閻魔王とやらがどんな役割で、どんな戦いになるのかサッパリ分からんけど、俺じゃ力不足だろ?」
どうにかこの場を逃れ、現実に帰還する方法を模索していた俺は、自分を卑下することに全力を注いだ。
…といっても、ありのままの姿を正直に話せばいいのが悲しいところではあるのだが…
そんな俺の必死の説得も
「いいえ!アンタしかいないわ!私にはアンタが必要なのよ!」
と返され、暖簾に腕押し状態だ。
…美少女に、必要とされていること自体は、嫌ではないのだが…
何せ状況が特殊すぎる。
美少女レンと俺を囲むようにいる奴等…
幾分か人間ぽい容姿をしている者もいるが、中にはザ・鬼と言わんばかりの生物が、自分の身の丈を優に超える程の金棒や、鎌、太刀なんかを引っ提げ、「おいアンちゃん、断るとどうなるか分かってるだろうな?」の形相で、俺を睨み付けてくる。
地獄とは死者の行きつく場所のはずだが、そこで死ぬとどうなるのだろうか…?
とても試してみる気にはなれなかった。
「…わかったよ。補佐役だか何だか知らんがやりますよ!その代わり、争いとやらが終わったら、速攻で俺を現世に返してくれよな!」
結局、武力面で圧倒的に劣っている側には、選択権なんて無いも同然である。
一応、条件として、自分の安全な帰還を提示してはみたが…
「ホントに!?よかったっ!ああ、現世への帰還の事なら心配しないで!大丈夫!きっと何とかなるわよ!何とかねっ!」
と、はぐらかされてしまい、言質を取れなかった。
その後、彼女は、配下と思われる奴等に幾つか指示を出すと、俺の方を振り向いた。
「じゃあ詳しい事はエンジョウに聞いて!私はやらなきゃいけない事があるから行くけど、大丈夫!きっと上手くいくわ!」
それだけ言い残して去っていく背中に、俺はどうにも信用が置けない。
…上手くいくも何も、俺は結局何をやればいいのか、一切分からないんだが?
俺はこの先どうなるのだろう?
漠然とした不安から、思わず空を見上げる。
雲一つ無い空…と言えば聞こえはいいが、その色は血の滴るような赤。
これから先の危険を暗示しているようであった。