前編
『ねぇ、テール! 今日も、あの本を読んで!』
『フフ、お嬢様は本当にあの本が好きでございますね』
『うん! 私もいつか使えるようになってみせるわ!』
鼻息荒く拳を作っている幼い少女に、テールと呼ばれた少し年老いた女性は優しく微笑んだ。そして、しゃがみ込み少女の耳に小さな声で語りかける。
『その時は、ばあやにも見せて下さいね』
『もちろん! お母様達より先にテールに見せるね』
『あらあら…それは、とっても楽しみですね』
『約束よ!』
コツンと額を合わせ、弾けるように笑い合った記憶。遠い昔に交わした暖かい約束。
果たすことはもうできないけれど、少女の中で彼女との約束は今も息づいている。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
多くの人が楽しい会話を弾ませ賑わっている、人気のカフェ。
木製の家具を中心としたシンプルな店内には、華やかさは無かった。だが、木が持っている温かみが訪れた客を心から歓迎しているような雰囲気のいい店だ。店内に流れている、柔らかな音楽が更に居心地の良い空間を作り上げている。
そんなカフェで特に人気の席は、暖かな日差しをたっぷりと感じられるテラス席である。店内とは違い、こちらはラタン調の椅子とガラステーブルが設置され、太陽が強すぎる時の対策としてパラソルも一応用意されている。
誰もが笑顔で座っているはずのテラス席で、一人の少女がぼんやりと目の前にある空席を見つめていた。
艶やかなブロンドの髪をポニーテールで纏めている少女。彼女のテーブルには二つカップがあり、中に入っている紅茶は冷めきってしまっている。
空席を見つめるマリンブルーの瞳は、海を思わせるほどに深く美しい。だがその瞳に生気は無く、虚無に抱かれているように仄暗い。
「どうして…」
ポツリと彼女の口から零れた問いに応える者はいない。少女は己の疑問の答えを探すべく、現実から記憶へと意識を向けようとしていた。
「そこの娘」
記憶の海を漂いかけた思考を現実に引き戻す、凛と艶のある声。突然の呼びかけに、少女は肩を揺らしながらも声の方に顔を向ける。
少女の目に飛び込んできたのは、黒だった。
体の曲線に合わせたマーメイドドレス。女性の動きに合わせるかのように腰まであるユラユラと揺れている髪。そして、こちらに向けられる切れ長の瞳…そのすべてが夜ようだ。全てが黒で統一されているが故に、女性の透き通るような真っ白な肌の美しさが最大限に引き出されている
夜が人の姿を借りるならば、きっと彼女のようなのだろうと少女は思った。
「そんな顔をして、どうした? どれ…ババアに話すがいい」
どっこいしょ、と見た目に似合わない言葉使いの女性に少女は一瞬驚いた。だが、女性はそんなことなどお構いなしに少女の許可も待たずに向かいの席に腰を下ろしてしまった。そして近くにいた店員に声をかけ、テーブルを占領していたカップを片付けさせると新しい紅茶を注文する。
強引な女性に、少女は戸惑いながらもただ流されるしかなかった。見ず知らずの女性との突然の同席に、少女の身は当然ながら固くなる。それに気が付いた女性は、深紅の唇で弧を描いた。
「そういえば、名を伝えておらんかったの…わらわは、マハルダ。話好きのババアよ」
「…えっと、ベレスティナと申します」
マハルダと名乗った女性は、ニコリと微笑んだ。少女は少し悩んだが、相手が名乗ってくれた礼儀として自身の名を伝えた。
「ふむ…」
ベレスティナを観察するかのように、上から下に視線を動かすマハルダ。
「なるほど…貴族の娘か。爵位は男爵といったところかの」
「え?」
マハルダの分析に、ベレスティナは素直に驚きの声がこぼれた。
彼女の指摘通りベレスティナは、この国の男爵であるラチオ家の長女として生を受けた。
男爵といっても、名前ばかりで生活に貴族ならではの煌びやかさはなく、質素な生活を送っていた。だが、ベレスティナはそれを苦だと思ったことはない。寧ろ派手な衣装で本性を隠し、互いを牽制しあっている貴族社会は居心地が悪かった。
派手さを好まないベレスティナの今の服装は、ドレスではなくシンプルな淡い緑色のワンピース。生地はそこそこ上質な品物だが、宝石を散りばめたり、職人技が輝く刺繍が施されているわけでもない。アクセサリー類も無く化粧も最低限のみ。一瞬、平民がお洒落をしているようにも見えなくはない。
貴族らしくない貴族、といつも社交界でクスクスと笑われているベレスティナにとってマハルダの指摘は心から驚いた。
何故、分かったのか。問おうとした言葉は、店員が持って来てくれた紅茶によって喉に押し戻された。
新たに入れられた紅茶からは、ふんわりと茶葉のいい香りが広がりベレスティナの緊張を僅かにほぐしてくれる。
マハルダはその香りを十分に楽しむと、ゆっくりとカップに口をつけた。
「それで…貴族の娘が何故このような場に一人でおった? 相手はどうした?」
「相手なんて…」
「ババアの目は誤魔化せん。さっき、ここにカップが二つあったじゃろ」
先ほど下げさせたカップを指摘され、ベレスティナは言葉に詰まる。
目の前にいる女性は観察眼が鋭く、下手な嘘をついても無駄だとベレスティナは悟った。それに、自分も誰かにこの心に積もっている薄暗い何かを曝け出したかったのかもしれない。
「…聞いてくれますか?」
疲れたように笑うベレスティナに、マハルダはカップを置くと先を促すように目を細めた。
「私はとある商家の息子…ストム様の婚約者でした…」
ポツリ、ポツリとゆっくりと自分の過去を振り返るようにベレスティナは語った。
マハルダの指摘通り、ベレスティナは先程まで婚約者の男性と共にいた。
いや、正しく言うならば婚約者“だった”になるのだろうか…
今から五年ほど前、彼女にも貴族らしく婚約者がいた。
ベレスティナが十五歳の時に、とある商家の一人息子との婚約が決まった。両家の発展のため結ばれた、顔も知らない同じ歳の男性との婚約。最初こそ戸惑ったが、貴族として生まれた者の務めだと思いベレスティナは受け入れた。
豊かな小麦畑を想像させる黄金の髪に、宝石のようなエメラルドの瞳。それらを最上級に輝かせる顔立ち。ベレスティナが昔読んでいた、絵本の王子様が現実に飛び出してきたかのような容姿を持つ少年。
それがベレスティナの婚約者、ストム・バンボラ。
ストムの実家である、バンボラ家は大きな商家だ。
ストムの祖父が小さな店を開き、ストムの父親の手腕で小さな店を商家にまで発展させたと聞いている。だが、発展したとしても、所詮は歴史の浅い平民の商家。貴族相手には足元を見られ、うまく商売ができないことを嘆いていた。そこで彼らが目を付けたのが、ラチオ家である。
爵位のみで財力が無いラチオ家。経済力は凄まじいが社会的地位が弱いバンボラ家。
両家の弱き箇所を埋めるために、ベレスティナとストムの婚約は決まった。
貴族令嬢らしい華やかさが欠けた自分だったが、ストムがベレスティナを拒絶することは無かった。それはストムの優しさなどではなく、ただ単に彼がベレスティナに興味がなかっただけなのかもしれない。それにベレスティナも薄々気が付いていた。だが、悲しんだり怒ったりする資格は自分にない、と思い何も言わなかった。
愛は無いかもしれないが、信頼なら築いていける。
ベレスティナはそう信じ、家と領地の発展を願いながらストムを支えようと努力した。
そして、婚約から五年を迎えた今日。
『ベレスティナ…悪いけど、君との婚約は無かったことにしてほしい』
『無かったって…婚約を破棄されるということですか…?』
コクリ、と頷くストムにベレスティナの頭の中は真っ白になった。
何故? 理由は? 両親たちは知っているのか? 今までの時間はなんだったのか…様々な疑問や思いが溢れだすが、何一つ声に出てくれない。ただ、目を見開いてストムを見つめるしかできなかった。
突然の婚約破棄宣言に、固まっているベレスティナ。そんな彼女のことなどお構いなしに、ストムは用件だけを告げると荷物をまとめてさっさと席をたってしまった。
予期せぬ婚約破棄を受け、一人残されたベレスティナは、呆然と空席となってしまった椅子を見つめていた。そこへやってきたのがマハルダだ、とベレスティナは正直に全てを話した。
「なるほどのぉ…身勝手な話じゃ」
一通り話を聞いたマハルダは素直な感想を述べた。ベレスティナも賛同するかのように苦笑を浮かべる。
心の中のモヤモヤしたものを全て話し、少しだけ胸がすっとしたベレスティナ。喉を潤すために新しく入れられた紅茶に口をつける彼女を、マハルダはまたも静かに観察している。
「時にベレスティナ…その男はボンクラ…ではなく、バンボラ商会の一人息子のことか?」
「え、はい。そうです」
何か一瞬、変な言い間違いが聞こえた気がしたがベレスティナは指摘しなかった。
「ふむ…そして、そなたの家名はラチオ家で間違いないか?」
「そうですが…どうかされましたか?」
ベレスティナの肯定に、マハルダが少しだけ驚いたような表情を浮かべた。そして、口元にしなやかな指を添えると何やら考え込んでいる。
「そうか…そなたが…」
マハルダの中で点と点が線でつながったようだ。ククッと喉の奥で心底楽しそうに笑う彼女に、ベレスティナは首を傾げる。
「ところで、婚約破棄された心当たりはあるのか?」
確信をついてくるマハルダに、ベレスティナは苦々しく笑いながらも答える。
「おそらく、ストム様は別の女性との結婚を望まれているのではないかと…」
「浮気か?」
直球の言葉。チクリっとベレスティナの心に小さな痛みが走り、一人の少女が脳裏によぎった。
二年ほど前にバンボラ商会に新しく雇われた従業員がいた。
漆黒の髪と瞳を持つ、華奢の少女の名前はネウロパと教えてもらった。
ふんわりとした髪と同じくらい柔らかい空気を纏うネウロパは、すぐさま店で人気者になった。ベレスティナも何回か話したことがある。いつも笑顔で明るいネウロパを、ベレスティナは素敵だと素直に思えた。
同性でも好意を持てるネウロパに、積極的に愛情を伝える異性は多かった。まさか、婚約者であるストムまでも彼女に好意を寄せるとは思っていなかったが…
胸の痛みを誤魔化すように、ワンピースの裾を握りしめた。
「…ストム様へ愛は無かったので、未練はありません」
この言葉はベレスティナの本心だ。
両家のためと思っていたが、ストムに恋や愛を抱くことはできなかった。
ストムの容姿は確かに美しい。だが、ストムの性格をベレスティナはあまり好ましく思わなかった。
ストムは、発言や行動に責任を持とうとしないのだ。勢いだけで行動し、困難になれば放り出す。無責任な言動が多いストムにベレスティナは内心呆れていた。恐らく今回の婚約破棄のことも互いの家は知らず、ストムが勝手にした行動だと予想している。
真っ直ぐに放たれたベレスティナの本心に、マハルダは笑みを浮かべた。
「ほぅ…では、そなたの瞳は何を愁いていた?」
心臓が大きな音をたてた。
心の奥底を見透かすような黒に捕らえられたベレスティナは、自分の器から何かが溢れ出そうな感覚に襲われる。それは、普段であれば両親の前でもこぼさない本心。だが、何故かマハルダになら話してもいいと思えてしまったのだ。
抑えきれなくなった心情を、震える声で吐き出した。
「…私は…私の五年の歳月は、何だったのだろうと…己の無力さが情けなかったのです」
ベレスティナはストムとの婚約後に、貴族令嬢の教育とは別に経済学について自主的に学んだ。もちろん、科目が一つ増えたから、他の勉強時間が軽減されるわけではない。
睡眠時間を削りながら経済について知識を入れ、時にはバンボラ商会に実践で学ばせてもらっていた。慣れない作業に、最初こそ迷惑をかけてしまったかもしれない。だが、ベレスティナの継続的な努力は実を結び、今ではバンボラ商会の帳簿などを完全に理解できるほどの知識を得た。そのおかげなのか、ストムの両親とはいい関係を築けていたと記憶している。
だが、そんな五年の歳月はストムのたった一言で水の泡になってしまった。
婚約破棄を言い渡された時、自分が何も言えなかったことが悔しい。いや、それよりも悲しかったのだ。自分の努力や苦労は、ストムという男のたった一言よりも軽く無意味なものだと突きつけられたように思えたのだ。
「そうか…それで、そなたはこれからどうする?」
マハルダは優しい声音で、問いかけてくれる。その声があまりにも柔らかくて、ベレスティナは一瞬視界が揺らいだ。だが、ここで泣くわけにはいかないので、誤魔化すように笑顔を顔に張り付けた。
「私は…自分の夢に向けて歩んでいこうと思います」
「ほう、中々芯のある娘じゃ…それで? その夢とはなんじゃ?」
言葉に詰まるベレスティナ。マハルダは首を傾げた。
「人に言えぬほど、変な夢なのか?」
「いえ…そんなことは…」
ベレスティナは、言葉を濁してしまう。
昔、ストムに自分の夢を語ったことがあった。意気揚々と話すベレスティナに、ストムは小さく鼻で笑ったのだ。そればかりか、小馬鹿にしたように『気持ち悪い』と心無い言葉を投げつけてきたのだ。
長年の夢を完全否定された傷は深く、ベレスティナから声を奪ってしまう。
言いにくそうに唇を結ぶベレスティナに、マハルダは小さく息を吐いた。
「何を恐れているか分からぬが…他者に語れぬのなら、その夢は諦めるのじゃな」
「諦める…?」
「所詮はその程度のこと。夢と自身を天秤にかけた時、自身に傾くほど軽いものだったということじゃ」
ベレスティナは、ハッとした。
そうだ、恐れていたのは夢を否定されることではない。夢で笑われる自分だ。
どこまでも保身に走ってしまう自分に、ベレスティナは自身を叱咤した。そして、自分の夢は簡単に諦められるものではない、と改めて自覚する。
(約束したんだ…)
記憶の中で生きる暖かな約束。それは、優しくベレスティナの背中を押してくれた。
ベレスティナは大きく深呼吸すると、マハルダの目を真っ直ぐ見据えた。
「私は…かつてこの国に栄えていた“魔法”について調べています」
「…ほぅ」
マハルダの眉がピクリと動いた。頬杖をつくと興味深そうに問う。
「何故、魔法に興味がある? そのようなものなくとも、そなたは生活に困らんじゃろう」
予想外の反応にベレスティナは驚いた。魔法の話を真剣に聞いてくれる人は、マハルダで二人目だ。
ベレスティナは改めて姿勢を正すと、自分の想いをマハルダに語った。
「魔法は少しの魔力で炎や水を自在に操れる、と古書に書いてありました。私は、それらの技術を皆に…貴族や平民、階級に関係なく使えるようにしたいのです」
炎が操れれば、寒い冬でも凍えずに過ごすことができる。水が操れれば、田畑を育てる時に重労働をせずとも実りを得られる。そうすれば、少しでも領民達の生活が豊かになるとベレスティナは確信していた。
昔、大好きだった乳母が読んでくれた絵本に書いてあった存在。かつてこの国に繁栄をもたらしたとされる魔法。
今は扱うことはおろか見たこともない魔法は、空想の産物と考えている者が多い。だが、ベレスティナにはそう思えなかった。
歴史ある図書館で調べれば、魔法のような存在が書かれた書物を数冊見つけた。ページが抜け落ちていたり、古すぎて文字が消えかかっていたりと読み解くのに苦労した。だが、読めば読むほど…研究すればするほど、魔法はかつて現実世界で使用されていた歴史があったのだ。
夢物語かもしれない…しかし可能性がゼロでないのなら、まだ魔法を追い続けたい。
そして、自分もいつか魔法を扱えるようになりたい。
大好きだった乳母と交わした約束。子供の頃に魔法について話すと、大人は皆呆れ交じりの笑顔を向けてきた。でも、乳母だったテールという少し年老いた女性だけは違った。ベレスティナの言葉に耳を傾け、柔らかく微笑んでくれた。時には自身の考えまで話してくれて、ベレスティナは嬉しかったのだ。
ベレスティナにとって魔法のことを真面目に話せる最初の人物がテールだった。
そんなテールは、もうこの世にはいない。四年前に、病でこの世を去った。
だが、テールとの思い出は今でもベレスティナの中で生き続けている。思い出の中で何度も交わした約束は、いつしかベレスティナにとって夢に変化していった。
そんな大切な夢を…思い出を諦めるなんて選択を彼女は持ち合わせていない。
ベレスティナの瞳には、そんな強い意志が宿っている。
「身分に関係なく、か…フフフ!」
ベレスティナの言葉を復唱すると、マハルダは小さく笑いだした。そして、その笑いは徐々に大きくなっていく。
「面白い! そなたのような考えの貴族、わらわは初めてじゃ!」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ…貴族とは欲深い生き物。故に、全てを独占しようとする。だが、そなたは違う」
予想もしていなかったマハルダの高揚に、ベレスティナはたじろぐ。
「娘よ、わらわはそなたを気に入ったぞ! さすが、あやつが目をかけただけはある!」
あやつ? とベレスティナにとって引っかかる言葉があった。
マハルダはパチンと指を鳴らした。その瞬間、ベレスティナの前に置かれたカップが淡い光に包まれた。そして、冷たくなっていたカップからふわりと湯気が上がった。
まさか、と思いカップに手を添える。すると、冷めていたカップに入れたてのような暖かさが戻っている。
ベレスティナは勢いよく、マハルダに顔を向けた。
「あ、あの! 今のって…!」
「そなたの言う、魔法とやらじゃ」
悪戯っ子のように笑うマハルダに、ベレスティナは心が躍った。
「やっぱり、魔法は実在していたのですね! 私、あなたに聞きたいことが沢山あって! えっと…!」
「まぁ、落ち着け。わらわは逃げん」
興奮気味に詰め寄ってくる少女をマハルダはなだめる。我に返ったベレスティナは、子供のようにはしゃいでしまった自分を思い返し、恥ずかしそうに顔を伏せた。
顔を赤くしているベレスティナに、マハルダは幼子を見守るような柔和な瞳を向ける。
「こんな子供騙しより、他の魔法をそなたはすでに見ておるがの」
「すでに?」
「実物を見る方が早い。では、行くとするか」
紅茶を飲み干すと、マハルダはベレスティナの手を掴みツカツカと店の外に向かう。途中、すれ違った店員に注文より明らかに多い金を押し付けた。釣りは不要だと言うマハルダに、店員は慌てて「ありがとうございました」と頭を下げた。
何処に向かうのか全く見当がつかないベレスティナの頭は混乱で埋め尽くされる。
「あの、行くって何処に?」
「決まっておろう」
振り向いたマハルダの顔は心底楽しそうなものだった。
「バンボラ商会に殴り込みじゃ」
「え…? えぇ!?」
驚きの声を上げるベレスティナに、マハルダは深紅の唇をニィィと釣り上げた。ゾクリッと背中に冷たいものを感じるような笑みだが、ベレスティナは何故か美しいと思ってしまった。
カラン、と店のベルが何か始まりの合図を告げた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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