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  〔■〕


 優しい人だった。

 とても、優しい人だった。

 ランダは〝最初の人生〟において、そんな人には出逢えなかった。

 古代の島社会に生まれ、早くに両親を亡くし、族長の家で育てられた。族長が選んだ相手と結婚を強いられた。泣き叫んで嫌がったが、族長にこう言われた。

「逆らうなら殺すしかない」

 ランダは恐怖を感じ、族長に従った。

 結婚の儀式が執り行われたその日、結婚相手はまだ幼いランダを、無理矢理ものにした。あげく数日後の狩りで命を落とし、ランダを寡婦とした。

 ランダは寡婦殉死(サティー)を宣告された。当時の習わしでは、寡婦は夫を追って死ぬのが美徳であり、夫の骸を燃やす炎へと、共に飛び込むのが〝常識〟であった。

「そんなの、イヤ……!」

 ランダは抵抗した。収穫のために使う鎌があったので、それを手に戦った。

 驚くべきことに、この少女は大人の誰よりも素早く、状況判断も巧みであり、戦士としての素質を備えていた。部族の屈強な戦士たちを八人も打ち負かし、ジャングルへと逃げ延びた。

 ランダは誰も寄りつかない《黒い沼森》に住み着き、たった一人で生きた。何度も戦士たちが復讐に来たが、すべて殺した。

 やがて自分が妊娠しているのに気づいた。ランダは痛みに耐えて子を産んだ。乱暴されて生まれた子であっても、孤独の中にある少女には希望に見えた。

「……お前をバロンと名づけよう」

 ランダはバロンを可愛がり、賢明に育てようとしたが、ある日食糧の採集から戻ったとき、荒々しく切断されたバロンの首が、家の前に置かれているのに気がついた。

 周囲から、大勢の戦士たちが現れた。

「どうして、こんなひどいことを……?」

「小娘が、屈強な戦士たちを殺せるわけがない。お前は魔女だ。呪いを掛け、島に災いをもたらしたのだろう。島が滅びる前に、終わらせる」

 戦士が襲いかかってきた。ランダは少しも危なげなく、すべての戦士を討ち果たした。

 それから一年後、ランダはひっそりと死んだ。沼の瘴気が引き起こす病気による死だった。

 異世界転生し、ランダは勇者となった。勇者は魔女に仕える決まりであったものの、当時最高位だった魔女は、強者クラスの〝弱い勇者〟に感心がなく、追放を命じた。

 ランダは異世界を彷徨い歩いた。大都市、極寒の地、砂漠、活気のある貿易路――どこへも行った。そのどこも、彼女の居場所にはならなかった。ランダの心は荒れていた。人の好意を信じられなくなっており、トラブルを躊躇なく武器で解決していた。故郷の島民が恐れた魔女そのものになっていた。百年近くもの間、そうしていた。

 山中を彷徨ううちに飢え、見つけた家の庭にあった作物を食い荒らしているうちに、住人に見つかった。鎌を振り上げ、殺して解決しようとした。

 しかし、その住人は農具を巧みに操り、あっさりとランダを打ち負かしてしまった。

「……殺せ!」

「はあ? 畑泥棒くらいで?」

「みんな、従わなければ殺すと言った! だから強くなった! でも、負けた――」

 ランダは涙を流しながら叫んだ。

「相手を殺せなければ、従うしかないのは判ってる! でも、従うのは、イヤだ……」

 住人はランダを解き放ち、座らせ、抱きしめた。

「どうしてくっつく!?」

「ハグも知らないの?」

「している連中は見ている。だが、あんなことをどうしてするのだ?」

「……来なさい。食事を用意するわ」

 その日から、ランダには母親ができた。名をマグナという。

 優しい人だった。

 とても、優しい人だった。

 彼女に足りなかったものは、マグナが埋めてくれた。人間性、他人を思いやる心、命を尊重する心、欠いていた知識もだ。

 マグナは恩人となった。だから彼女が「ビフレストを通って、ミッドガルドに戻り、ある計画を遂行する」と言い出したとき、ランダもついていくと決めた。

 ランダはレンズホールを通って、現代日本に潜入した。

「ある人物の保護をするために、日本の女子中学生になりきってちょうだい。詳しい人がちょうどミッドガルドにいるから、指導を受けて」

 リアという人物が、ランダにスパイの心得を叩き込んだ。

「そのままの言動では、現代日本人としてはワイルドすぎる」

 外国人としての容姿を持っているため、それに相応しい言動をしなければならないと指導された。ランダは〝マンガ〟を読んで〝テンプレートなガイジン〟を学び、言葉遣いに採り入れた。こちらでの名前も『エリー』と決めた。

「見た目も変えた方がいいね」

「変える?」

「ボクたち勇者の外見は変更(リビルド)が可能だ。このアイテムによってね」

 リアは《フォーミング・ラピス》という消耗品アイテムを渡して、ランダに使用させた。

 すると鏡像のように自分の姿が目の前に現れ、身体の各部に紐づけされたパラメーター・ウインドウが表示された。

「個人の特徴は変更できないから、元の見た目を根本的には崩せはしないけど、パラメーターをいじると別人に近づける。性別、年齢、種族、身長や各部の肉づき……まあ、色々変更できる。君の死亡年齢は一九か。まずは一三にして。性別はそのままでいいとして、種族はインドネシア人でいいけど、日本人とのハーフに。あとは任せるよ。自分好みに自分を彩るといい」

 キャラクターのリビルドが終わると、ランダの姿はほぼ別人のようになった。

「インドネシア人と日本人のハーフというプロファイルを頭に入れて、今後はそれを演じてね」

 リアはフォーミング・ラピスをもう一個渡してくれた。

「これにはもう一つ使用法があって、君の真の姿をオンライン上で再現できる。いざというときのために、作っておくといい。ただ一部の実装されていない装備やスキルは、赤く表示されて使用不可能になっている。現在のレギュレーションに従って最適化してくれ」

 こうして女子中学生となったランダの任務は、《望月悠也》の守護と内偵である。

「ここは平和な国だ。グランヘイム計画は、きっと成功するよ」

 指導を行ったリアは、別れ際にそう言った。

 そしていま、計画が行き着いた先を、彼女は目にしていた――……。


 山荘が燃えていた。

 周囲には壊滅したリアルワールドの軍隊と、マグナが召喚した宦官近衛兵の残骸がある。

「……ママ…………ママは、どこネ……?」

 そう呟いた直後、彼女は爆煙に包まれた。南側の道路から進入した一〇式戦車の砲撃だった。砲撃を終えた戦車が離脱を始めたとき、煙の中から彼女が現れた。エリーの姿ではなく、元の姿であるランダとなっていた。

 エキゾチックな色彩の、ドレス型軽装鎧に身を包み、地竜を象った装飾のある大鎌を二刀流で装備している。

「ママは、憎しみを嫌う人なんだヨ――」

 戦車が砲を向け直し、ランダを撃つ。ランダは鎌で砲弾を弾き返した。

「そうやって、ママを追い詰めるなァッ!」

 戦車に突撃して間合いを殺す。機銃掃射されるもダメージはほぼない。構わずに接近し、両鎌で二連撃をくり出す。

 戦車が真一文字に斬り裂かれ、もう一度裂かれて、四分割されて爆発した。

「どこネ……?」

 地響きがした。尋常ではない戦闘音が響いてくる。

「そっちか!」

 ランダはその方向に駆け出した。

 進むにつれ、戦闘音が激しくなる。

(大丈夫。計画はいまからでも立て直せるヨ。ママを信じて!)

 山林を抜け、沢を飛び越えた。その先に集落が見える。

 マグナがそこにいた。巨大な人型鉄機と対峙していた。不思議なことに戦う相手ではなく、空を見ている。

 ランダも空を見上げた。

 そこに、それがあった。

 ひとことで表現するなら、それは槍だった。火の玉のように赤熱した六角柱の槍が、雲を突き破り、流れ星のように落ちてくる。

「ママ、避けて!」

 マグナは振り返り、ランダに微笑む。何か言った。ように思えた。聴き取れなかった。

 槍が着弾した――。

 閃光がランダの視界を埋めた。爆音が、熱が、衝撃波が、いっぺんに襲いかかってきた。為す術なく吹き飛ばされ、爆砕された瓦礫と一緒に、回転しながら宙を舞った。山の中腹まで飛んで、背中を打ちつけた。状態異常のステータスが山ほどつき、何も見えず、キーンという音以外は何も聞こえず、しばらくは思考すらできなかった。やがて暗闇の状態異常が解け、静寂の状態異常も解けた。

「…………マ……マ……?」

 震えながら身を起こす。眼下に、巨大なクレーターがあった。淵のところに、ボロボロになった人型鉄機が横たわっていた。

 クレーターの中心に、マグナの姿があった。死亡エフェクトの白い光に包まれ始めている。

「ママ――ァ!!」

 ランダはよろけながら走った。

「ママ、死なないで! まだ、恩を返せてない」

 マグナの身体が、白く光る断片となって壊れ、粒になって消えていった。

「…………あ……」

 ランダは膝から崩れ落ち、震えながら涙を流した。

「優しい人だった……とても、優しい人だった……荒みきった心を癒やし、ありきたりな人生へとあたしを導いてくれた――」

 呟き終わったとき、ギイ、と軋む音がした。人型鉄機が動いたのだ。ランダはそれを睨んだ。

「あの優しい女神は、もういない。お前だ。お前が殺したんだ!」

 目にも留まらない動きで起き上がり、二本の鎌を拾って突撃を掛ける。

「あああああああああああああァ――――ッ!!」

 一瞬で距離を詰め、人型鉄機に斬りかかる。初撃は躱された。地面がぐにゃりと歪み、猛スピードで鉄機が後退したからだ。

「ママを……、」

 鎌の刃先で、歪んだトライアングルを描く。それは発動モーション。

 グヴンッ――と発動音が鳴り、ランダの握っている二刀流の鎌が、紫色のオーラを纏う。

「何で殺した……何で殺したァァアアアアアアア――ッ!!」

 鬼の形相でガムシャラに連撃をくり返し、鉄機の装甲を削り壊していく。大振りなアーム攻撃で敵が隙を見せたとき、ランダは人間とは思えない跳躍をして、旋回攻撃で頭部を刈り取った。

 しかし――、

 アームの拳部が磁力機構レールガンで射出され、光る爪がランダに直撃した。

 ランダのHPゲージはその一撃でゼロとなった。

「……あれ…………?」

 空中で死亡エフェクトに包まれたランダは、寿命を迎えた蝶のように、ひらひらと地面に落ちて、力なく転がった。

「負けちゃった……?」

 悠也の言葉が、脳裏に蘇る。

『こいつは強いから。そう、才能はあるんだよ。要領が悪かった。それさえ直せば、俺なんかよりも上に行ける。そういうヤツだ』

「……ごめんね、師匠。あたしまだ、要領が悪かったみたいだよ」

 少しずつ光を失っていくランダの瞳の中で、駆け巡る光景があった。昨夜の冒険だ。セイバーズのキャラクターとして、とりとめのない冒険をした。わいわい喋りながら狩りをしてEXPを稼いだり、クエストをこなして報酬をもらったり、文句を言いながらアクシデントに立ち向かったり、思いがけない光景に出会ったり――普通の人が、普通に遊ぶような、どこにでもある冒険だった。でも、それは楽しくて、大切な思い出となった。会ったばかりの凛とも親友になれる予感がしていて、これからの冒険が楽しみだった。だけど、もう、あそこには戻れない――……

「……ランダ?」

 後ろから声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

 ぎこちなく振り返る。ぼやけて暗くなっていく視界の中に、愛しい人の顔が見えた。

「シ……ショー……貴方に……逢えて良かった……」

 ランダは微笑みながら、消え去っていった。

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