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〔■〕
F35が空爆した地点から、数キロ先――。
山方宿市街地の外れに位置する、元ゴルフ場の地下に建造された通信基地が存在する。
その名は、ARKⅡベースメント基地。強固な地下シェルターに守られた通信施設だ。地下最深部に戦闘指揮所がある。
そこへ通じるエレベーターの扉が開いた。二四人のオペレーターが一斉に顔を上げ、その人物を見て、敬礼する。
「敬礼はなし、って言ったよね! 作業に戻って!」
到着したのは、学生服姿の星野凛だった。壁に吊してあるヘッドセットを装備した。
指揮所は薄暗く、無数のディスプレイの画面が光っている。凛は高台の一番上の席まで行き、自動拳銃の入ったホルスターのベルトを太ももに巻いてから座った。
彼女が座った瞬間、広い部屋の壁際に、球面状の全視界ディスプレイが表示される。超大型で、そこにいる誰もが顔さえ上げれば、情報共有できる。いま表示されているのは、周辺を飛行中のドローンのカメラ映像だ。
高台の下には、オペレーターの席がある。凛のすぐ下の席には、小牧が座っている。
「小牧さん、状況報告!」
「GSMの解析情報を元に、カスパドが勇者探知と判断、緊急招集と総理大臣への通達を行いました」
GSM――空間変異点静的探知装置の略だ。勇者は空間に《変異点》と呼ばれる歪みを発生させる。GSMはこれを検知する装置だ。レーダーのように範囲が広くはなく、怪しい場所にセンサーを向け、その映像をAIプログラムに解析させる仕組みだ。
「所長は?」
「一度だけ連絡が取れました。ジェネシスに初期対応を一任し、その後は主任に指揮権限を譲渡する、と言って切れました」
「少しは仕事しろよ」
「探知された勇者を目標アルファとし、特殊部隊による制圧を開始しましたが、召喚クリーチャーと思われる部隊に撃退され、航空支援を要請。空爆で排除しましたが、その過程でこちらも一機撃墜されました」
「アルファはどうなったの?」
「バードドッグによる探知がいったん途切れましたが、斑鳩式無人偵察機によって再探知に成功し、隷下飛行部隊により空爆中。新中央即応集団を急派しており、ストラトローンチを常陸太田市山間部に上空待機しています」
「空爆の効果は?」
「死亡エフェクトは検知されていません」
別の女性オペレーターが大声で報告する。
「飛行部隊が、新たな敵影を目視にて発見! しかしGSMには何の反応もなく……」
「そんなバカな」
「パイロットの報告では、怪物だと」
「怪物? 航空機のカメラ映像を、スクリーンに投影して」
映し出された映像に、戦闘指揮所が静まり返った。
パイロットが怪物と称したそれは、巨大だった。落とす影が山の多くを覆うほどに。
フォルムは爬虫類に似ている。前脚と後ろ脚を持ち、背には翼がある。細い刃を束ねたような白翼だ。表皮は白い鱗で、メタリックな艶がある。
「…………ドラゴン……」
「あんな目立つものが、どうして探知されないんだ。レーダーに映らないのはともかく、GSMが見逃すなんて。壊れているんじゃないか?」
「判りません。ただ一つ言えるのは、戦闘情報を処理しているジェネシスが、これが正常な結果だと診断しています」
「斑鳩式二号機、アルファの撮影に成功しました」
「中継映像を出して!」
スクリーン分割してもう一体の脅威が映し出された。
それは白いドレスを着た少女だった。
「……あんな若い子が」
「見た目に騙されないで。あいつらは何百年、何千年、下手すると何万年も生きているんだから」
「女神……でしょうか? あのドレス、地中海の古代文明っぽく見えますが」
「さあね。とにかく撃破するよ。攻撃指示を!」
オペレーターの一人が頷いて、飛行部隊との交信を開始した。
「飛行部隊、交戦を許可します。アルファを攻撃してください」
スクリーンに映る飛行部隊のカメラに、発射されたミサイルが映った。その数、六発。石のライオンへと精密誘導されていく。
着弾。一瞬カメラが閃光焼けし、そのあとライオンが爆炎に包まれ、煙の中に埋もれた。
オペレーターたちが歓声を上げる。
「やった……!」
「これが現代兵器の洗礼だ!」
凛は安心しかけたが、すぐに顔色が変わった。爆煙の中から、新たな怪物が出現したからだ。
その敵は生物ですらなかった。赤茶けた砂岩で形成された、獅子の巨像。それは何の動力機構も内蔵していないように見えるのに、生物のように動き出した。
「ライオン……? スフィンクスっぽいな」
「さっきの勇者を背中に乗せていますね」
「召喚クリーチャー……いや、ゴーレムかもしれません」
「GSMが、ターゲットアルファから変異点増大を感知!」
「まずい! 離脱を指示して!」
ライオンの巨像が、口から岩塊を吐いた。一機が撃墜され、残りも二撃目で墜とされた。交信担当のオペレーターが、嗚咽の混じった悲痛な声を漏らした。
「嘘……! あれ、戦死……?」
中継映像はロストし、無人機の映像に切り替わる。F35の残骸が地上に向けて降りそそぐ様子が映っていた。脱出もできなかったようだ。
オペレーターの一人が、沈んだ声で報告する。
「ドラゴン……いえ、未確認生物が戦闘域を離脱していきます。逃がしましたね」
「アルファだけでも仕留めないと」
「しかし、通常兵器は通用しません」
星野凛は立ち上がって、総員へ告げる。
「これより《陸戦零式》を実戦投入する! 第一フェーズ、ジェネシスをバーサーカーモードで起動!」
全面ディスプレイの頂に、旧世代ポリゴン・グラフィックの顔が映った。
〔おはようございます。マイマスター〕
「零式による近接戦闘だよ。いける?」
〔問題ありません〕
「第二フェーズ、陸戦零式航空挺身準備!」
下層のオペレーターが、声を張った。
「投下予測軌道計算、完了です」
「ディスプレイを零式のカメラに切り替えて」
指揮所の高所を埋め尽くす大型ディスプレイに、零式に搭載されたミラーレス光学カメラの映像が映し出される。
「投下開始!」
小牧がそう命じると、零式の拘束具が解かれ、地上に向けて落下を始めた。重量がゆえに、凄まじい加速がついている。あっという間に地表が迫ってくる。
「グラビトン・コントロール開始!」
ヴオオオォーンと咆吼じみた音が鳴り、各部から熱排気が行われ、映像が蜃気楼に歪んだ。姿勢が整えられ、飛ぶような動きになる。やがて――、
落下速度が見る見る遅くなっていく。地上に降りたときには、ヘリの着陸のようだった。
「接地しました!」
「ダメージは?」
「樹木との衝突により、マトリックスアーマー回路の〇・〇二%に軽微な損傷。作戦続行に支障なし」
「よーし、ジェネシス。君にコントロールを委譲するよ。ユーハブコントロール!」
〔アイハブコントロール〕
ジェネシスが戦場を見回す。農村の風景の中に、燃える戦車が転がっている。
「勇者は?」
「付近にいますが、零式からは見えません。蛾瓏式無人攻撃機を発進させ、空撮カメラに切り替えます」
ディスプレイの映像が切り替わった。零式の背中から切り離された六機のドローンの映像だ。離脱の際、零式の姿が映し出された。
GRIMドライヴを関節に用いる、という斬新な機構を有するUWV《陸戦零式》――全高二三メートルの巨体を持ち、特殊弾頭アームバルカン四門を装備。格闘戦用として爪櫛式衝角を両腕部先端に備えている。バルカン砲二門と盾をアームサイドに装着している。背部には、円盤を束ねたような奇妙な翼が四枚ある。
ネイビーブルーの装甲の表面に、光る電子回路の筋のようなものが見える。これはスーパーキャパシタ・マトリックスアーマー。膨大な蓄電量のあるマトリックス格子による装甲で、重力子を放出して飛翔体のベクトルを減衰し、敵の攻撃自体に誘導電流を生じさせ、灼き尽くして防衛するアクティブ装甲である。
ドローンはカメラアングルを変え、GSMの探知地点を映し出した。巨大ライオンが映り込む。百メートルほど先にある斜面の畑にいる。
〔攻撃の許可を申請〕
「許可する」
ギュム、という自然界に存在しないような音がなり、周囲の空間が球面レンズで撮った写真のように歪んだ。その、次の瞬間――、
陸戦零式が、テレポーテーションでもしたかのような速度で、勇者のいる地点へ向かって跳躍。到達すると〝光の爪〟で勇者を切り裂く。勇者が吹っ飛んでいき、山裾に激突。その勢いは凄まじく、山体崩壊が起こるほどだった。
ライオンが土砂の中から出て来た。ジェネシスはバルカンを連射。ライオンも岩塊を連射して応戦する。
ジェネシスに向かって飛んでくる岩塊は、零式のアーマーが放つプラズマ電光によって灼き尽くされて、標的に到達できず、ダメージを与えることすら叶わない。
一方、ライオンはバルカンをくらうと、着弾面に赤い十字架のようなものが刻まれ、HPゲージが少しずつ減っていった。
凛が笑みを浮かべた。
「リアルワールドの兵器からダメージを受けるのが不思議かい? それは聖痕弾。悪魔を滅ぼすための武器は、君たちにも影響を与える」
ライオンは耐えかねるように、陸戦零式に向かって跳躍してきた。
「ジェネシス、レーザートラップ!」
勇者の六方位に空中配置された蛾瓏式ドローンから光線が放たれた。
勇者が驚きの叫びを漏らした。レーザー攻撃によって〝まるで檻に入れられた〟かのように空中停止してしまったからだ。くらうに従って勇者の肌にどんどん霜がつき、凍りついていく。
勇者は震えながらも、その手に槍を召喚し、投げつけようとしている。
「まだ動けるのか。レーザーの出力を上げて」
〔勇者が移動を開始!〕
「何!?」
肌に貼りついた氷を割って勇者は槍を投げ、レーザートラップを構成するドローンを一機破壊した。勇者が突撃してくる。
「ジェネシス、迎撃! 残りの出力をマトリックスアーマーに回せ!」
零式はバルカンで攻撃しようと狙いを定めるも、マグナはジグザグに飛んで弾の雨を避け、アーマーから発される電光を楽器で受けきり、零式に踵落としをくらわせた。零式の右腕が切断され、地に落ちる。
マグナは死角へと抜ける。続けざまに死角から閃光が生じ、ディスプレイのいくつかがブラックアウトする。
「マトリックスアーマー三八%損壊! 右腕の切り口からGSM反応!」
「破壊箇所から回路が次々と停止しています! 止まりません」
「状態異常ステータス、カースと表示されています!」
「右腕を肩からパージ! ジェネシス、離脱を選択して!」
ギュム、という音を立てて空間を歪ませ、零式は高速移動。マグナと距離を取る。
「危なかったです。決断が遅かったら、全損でした」
「ジェネシス、五分ほど時間を稼げる?」
〔自立AIでの限界を認識。カスパドによるクラウド・ラーニングを申請〕
「承認する」
オペレーターが悲鳴のような声を上げた。
「カスパドの要求電力が桁違いです……東京が大停電になります!」
「構わない」
「どうして時間稼ぎを?」
「岩融さ」
「使うつもりですか……あれを。地図が変わりますよ?」
「あれしか通じない。使うしかないよ」
「カスパドから大量のデータが流入! 戦闘ラーニング、更新されました」
陸戦零式は軍隊格闘術のような立ち回りをするようになり、〝光の爪〟――爪櫛式衝角で防御をくり返し、隙あらば斬りかかって退がらせ、勇者の攻撃を凌いだ。
凛はドローンのカメラ映像を見つめながら、親指の爪を噛んだ。
「歩を殺した異世界を……滅ぼしてやる」
「《岩融式宙対地誘導弾》大気圏突入軌道に進入。三段階加速を行います」
零式は勇者の攻撃を予測し、発動モーションを潰し、空に飛んで避け、攻撃を爪で受け流し、壮絶な長丁場をこなしていった。
無理をしすぎているのだろう。零式の機体は、踏んだ沢水を蒸気に変えるほどのヒート状態となり、そのたびにカートリッジ式の冷却液循環装置をリロードした。
「最後の冷却液です」
「見えた!」
オペレーターがそう叫ぶと、皆が一斉にそれを見た。ディスプレイの一つ、上空を映しているそれに、光りながら落下する物体が映った。
「綺麗です。流星みたい」
「死の流星さ」
勇者マグナが、何かに気づいたように上空を見上げる。
そこへと、一直線に何かが降ってきた。それは巨大な槍のようなものだった。
「岩融、インパクトまであと三秒!」
空中を見上げているマグナが、目を大きく見開いて――……‥




