表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/33

25



  〔■〕


 リーズベルが感じたのは『自分とは何だろう?』という不可解な感覚だった。

 セイバーズのアイコンをタッチした直後、目の前の世界から〝自分が消えた〟――肉体の感覚や、声を出すという基本的なことさえままならない状態になったのだ。

 タイトル画面、キャラクターメイキング画面と、理解もままならない状態で進めていき、いまゲームスタートの状態になっている。

 見えるのは森。ミッドガルドの樹木とはまるで形の異なるものが生い茂っている。地面は湿った土で、草が生え放題になっていて歩きにくそうだ。妙な臭いがした。生臭いような、錆びた鉄のような、少しツンと刺激を感じる臭い。風の吹いてくる方向を辿ると、かなり遠いところに水辺がある。

「あれが川……? 湖……? 海かも?」

 足音が聞こえた。森の手前に木造の見窄らしい建造物がいくつか建っている。せわしなく働く者たちがいる。

「これは……村?」

 そこまで喋ってから、びっくりして口を押さえる。

「わたし、喋ってる? それに、わたしの声じゃない……?」

 いつもとは違う、もっと高音域の声だった。手も薄桃色の肌をしていて、いくつかアザのような黒い紋様が見える。

「わたしが……わたしでなくなってる? さっきの画面の子かなあ……?」

 ウインドウ画面が目の前に出現した。

〔チュートリアルを実行しますか? はい/いいえ〕

「……?」

 よく判らない様子で、ウエンズデーは悩んだ末、最後にはフィーリングに身を任せて、いいえを押した。

〔では、メニューの開く動作と、簡単な説明だけをします〕

 妖精が目の前に現れ、メインメニューを開始する動作を教えてくれた。真似するとメニューが開いた。

〔はてなマークのアイコンから、マニュアルを読むことができます。またスキャンアイテムで外部ブラウジングもできますので、困ったらワード検索などをしてください〕

「スキャンアイテム……?」

 アイテムのアイコンを押し、そのあとにスキャンの文字を見つけた。アイコンをタッチすると画面が変わり、さっきの仮想スマホが見つかった。

「わあ、これでワード検索ができます!」

 スマホをいじっていたとき気づいた。地面に、青い矢印のようなものがある。それはガイドマーカーと呼ばれる道案内だ。

「何でしょうか……?」

 しばらく考えて、無視して気ままに歩き始めた。森に入り、キノコを見つけた。しゃがんで指でつつくと、ウインドウが出た。

〔ヨルノツルタケを採集しますか? はい/いいえ〕

 はい、を押した。

 すると、ヨルノツルタケがシュンと音を発して消え、ウエンズデーの左手に移った。一瞬だけ、ガイドラインのような矢印が出た。口に持っていけるらしい。

(あ。これ、食べ物だ……)

 何の抵抗なく、それを口へと近づけた。

「ダメェーーーーっ!!」

 キノコを口にする直前、後ろから叫び声が聞こえてリーズベルはビクッとした。足音も聞こえてきたので振り返ろうとすると、彼女は手をバッと振り払われた。

 システムウインドウが表示された。

〔他プレイヤーの攻撃により、動作がキャンセルしました。いまの行為をハラスメントとして運営に報告しますか? はい/いいえ〕

「ハラス……メント?」

「あああ、違うの! これは助けようとして」

 相手を見る。羽根がついたティアラを被り、葉を鱗のように縫い合わせた鎧を着た、赤毛の少女だ。両太ももにベルトを巻き、短剣を二本提げている。

「それ毒キノコよ。1レベルで食べたら確実に死ぬわ」

「死ぬ……」

 しばらくヨルノツルタケを見ていたが、急に理解できたらしく、はわわ! と叫んで尻もちをつき、焦った様子でそれを捨てた。

「ええと、あの……ありがとうございます?」

「どうして疑問形かなー……?」

「ハラスメントのこれは、はいを押せばいいですか?」

「いいえを押してね!?」

 ウエンズデーがいいえを押してウインドウを消すと、少女は手を伸ばしてきた。手を握ると、起こしてくれた。

「初心者さんかな?」

「はい。その……何も判らなくて」

「最初は地面に見える、ガイドマーカーの矢印に従って動けばメインクエストができるよ」

「それはやらなきゃいけないものですか?」

「というわけでもないけど……ええと、」

 少女はウエンズデーを指さす。

「ウエンズデーちゃんが、何をしたいかに依るね」

「わたしの名前を知っているのですか?」

「指させば、IDネームと一部ステータスが確認できるの」

「なるほどです。貴方は……サーシャ様?」

「様づけ!?」

「変ですか?」

「変だよね!?」

「そうですか……?」

「変わっているなあ……まあ、いいや。で、ウエンズデーちゃんは何がしたい?」

「うーん……まったく判りません。そもそも、わたしはここに来るべきだったのでしょうか?」

「そのモチベーションで、よく購入したね……」

「サーシャ様は何をなさっていたのですか?」

「有終の美、かなあ」

「はあ……?」

「私ね、今年受験なんだ。いい加減セイバーズをするのは辞めなさい、ってパパに怒られちゃってね。今日がプレイ最終日になるの」

「お別れってことですか?」

 サーシャはそれまで笑顔を保っていたが、そう聞いた途端に沈んだ表情になった。

「そう」

 目が潤み、それを隠そうとしてか、森の奥へと顔を向ける。

「本当はこっちの友達にさよならを言いに来たの。でもね、できなくて。フレンド登録も削除しちゃったし、この初心者用サーバーに入ったのも、友達の行動エリアから離れるためだし。こういうシチュに弱くってさ。ダメだなー、私は」

「サーシャ様……」

「半年間プレイしてさ。すごくね……楽しかったんだ。私、学校では友達いなくて。ていうかほら、自慢じゃないんだけどなぜか勉強ができちゃって、親が期待しちゃって、中学、高校と進むうちに、周りが勉強しかしていないような子だらけになっちゃってさ」

「待ってください、中学と高校をワード検索します」

「普通、そこでぐぐる!?」

「教育……? すいません、読んでも良く判らなかったです。続けてください」

「判らないの!?」

「わたし無知なので」

「無知にもほどがあるよ!?」

「すいません……」

「ま、まあ、いいや……とにかくね、セイバーズは今日までなの。息抜きとかそんな感じじゃなくて、家よりも学校よりも、この場所が好きだった。本当はもっとたくさん遊んでいたかったけど、仕方ないんだ。私が良い大学を出て、良い会社に入って、家族を安心させてあげないといけないから……」

「わたしがしたいこと、見つかりました」

「何がしたいの?」

 視線をウエンズデーに戻したとき、彼女はそれに気づいた。

「どうして泣いているの? ウエンズデーちゃん……」

「貴方が哀しんでいるから」

「やだなあ。私は哀しんでなんか――」

 言葉の途中で、サーシャの目から涙がこぼれた。

「あれ……? 変だな。泣きたくなかったのに」

「サーシャ様が最後にしたいことを、私もしたいです」

「ウエンズデーちゃん……」

「心残りがあったらダメです。ずっと哀しいままになっちゃいます。何がしたいですか? 言ってください」

「最後に……友達に会いたい」

「どこにいますか?」

「フレンド登録を削除しちゃったから判らないよ」

「サーバー? 場所? そこから逃げたって言ってましたよね? だったらその逆に、見つかりやすいところがあるのでは?」

「ある……でも、そこはウエンズデーちゃんの行けない場所だし」

「行ってください。わたし、サーシャ様の帰りを待っていますから」

 サーシャは涙を拭いた。

「……行ってくる」

「はい」

 ウエンズデーは路傍の石に座って、空を見上げてサーシャを待っていた。その間に、ログアウト要請メッセージと称するウインドウが開き、現実世界のマグナが〔お楽しみのところ悪いけれど、ごはんができたわ〕と言ってきたので、急いでログアウト。ごはんを食べ、シャワーを浴びて、またセイバーズに戻る。

「ログアウトしている間に、来ちゃったかもしれません……」

 ハラハラしながら待っていたが、サーシャが歩いて来た。まだ眦は濡れていたが、すっきりした顔をしていた。

「お待たせ」

「どうだったですか?」

「お別れが言えたよ」

「そうですか」

「ウエンズデーちゃんのお陰だね」

「そんなことはありません。サーシャ様が勇気を出したからです」

「色々教えてあげたいけど、もう約束の時間なんだ」

「そうですか……」

 サーシャはメニューウインドウを操作し始めた。

「はい。これ」

「何です?」

 ウエンズデーの目の前に、ウインドウが現れた。

〔サーシャからアイテムトレードのリクエストがあります。承認しますか? はい/いいえ〕

「これは?」

「受け取って欲しいの」

 はい、を押すと、サーシャの腰にあった二本の短剣が、ウエンズデーの手に収まった。

「わわっ……剣が」

「《ルビー・スクレーパー/デュアル》っていう、けっこう珍しい武器だよ。最大まで魔法強化してあるから、すっごい値段がつくと思う。これを売って、序盤を乗り切って」

「いただいても、わたしには返せる物が何一つありません」

「とっくにもらったから。ウエンズデーちゃんがいなかったら、私は大事な人たちにお別れを言わず、後悔しながら受験に挑んでいた――」

「サーシャ様……」

「やり残したことがあるの。いっぱい、いっぱいね。メインクエスト第二章のクリアもまだだし、生活系スキルを上げて、自分のおうちを飾ったり、衣装アバターを自分で製作したりしたかった。たくさんの武器を試して、自分の合ったものも選びたかった。スクレーパーは私のスタイルに全然合わなかったから」

「本当にいっぱいありますね」

 サーシャはメニューを少し操作したあと、走ってきて抱きついてきた。ウエンズデーは目を大きく瞠って、硬直している。彼女は両親を知らず、冷たい城塞に幽閉されて育った。ハグという行為そのものに現実味を感じられず、本の中に書いてある出来事、つまりファンタジーのような概念に思えていた。

(……温かい)

 そう感じたとき、ウエンズデーの心に小さな息吹が宿った。自分はこの世界に生きている――という実感が生まれたのだ。

「わたしがやります……」

「え?」

「強くなって、上手くなって、サーシャ様のやり残したことを、全部やり遂げます」

「ウエンズデーちゃん……」

「ここでお別れでも、貴方のこと、絶対に忘れないです」

「私も絶対に忘れないよ。ありがとう……もっと早くに逢えれば、親友になれたかもしれないのに。でも、そろそろ、お別れの時間だよ。いいえを押して」

「いいえ……?」

 サーシャの姿が光片を散らしながらかき消えた。ログアウトしたのだ。

 ウエンズデーはしばらく呆然としていたが、目の前にウインドウがあるのに気がついた。

〔パーソナルスペースの侵害を検知しました。いまの行為をハラスメントとして運営に通報しますか? はい/いいえ〕

「これですね……」

 くすっと笑いながらいいえを押し、そのあと、涙を流した。

「サーシャ様……」

 彼女の残したスクレーパーを、ギュッと胸に抱え、ウエンズデーは声を上げて泣いた。しかし、その声はすぐに途切れた。

 近くの大きな茂みが揺れ、草をかき分けて現れた人物がいる。

 カラスに似た仮面をつけていて、濃灰色のボロマントで全身をすっぽり覆っている。

 その不気味な姿に、ウエンズデーは後ずさった。

「……何ですか?」

 男はマントを跳ね上げ、三日月型の刃を持つ斧を抜き放ちながら、ウエンズデーに近づく。

「そいつを……スクレーパーをよこせ」

 ウエンズデーは唾を飲んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ