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  〔■〕


 レギンナグナルから強奪されたヘリは、夕刻まで飛行を続け、阿武隈高地の一角に着陸した。そこは山林であったが、予め伐採され、ヘリが着陸できる程度に整地してあった。

 着陸したあと、ユニットゼロが、リーズベルの手を引いて降りさせた。

 そのあとユニットスリーがコックピットを離れ、しばらくして振り返った。機体を見ながら笑む。

「君はボクの、八番目の相棒だ」

 ユニットスリーが指を鳴らす。その直後、ヘリが消え去り、彼の前にメニュー・ウインドウが表示される。

〔シュペルピューマを獲得しました。ストレージに入れますか? はい/いいえ〕

「もちろん、はい……っと」

 はいを指で押すと、ウインドウは消えた。後ろから声が掛かった。

「行くぞ」

「急がなくても大丈夫だって、ユニットゼロ。僕が操縦する機体は〝騎乗物〟扱いになるから、レーダー波を受けつけない。追跡できっこないさ」

 ユニットゼロは、リーズベルを連れて歩き始めた。リーズベルはフィンブルヴェトに居たときとは表情が一転している。「わあっ、これが森ですね」と言いながら、目を輝かせ、辺りを見回している。

「興味は尽きぬだろうが、いまは歩くのだ」

「はい、すいませんでした」

 再び歩みを再開する。山林を出ると、一車線道路がある。ユニットゼロは、メニューウインドウを操作し、槍をストレージに収納、《都会風の服》を装備する。ユニットスリーの方はそのままだ。

 リーズベルもメニューから《庶民的なティーンのドレス》に着替える。

「……わっ。見たこともない服」

「ここじゃ、そんな格好が一般的だよ」

「そうなんですか? こんなヒラヒラした服、着たことがないから」

「これも身につけておくがいい」

 トレード画面によって、リーズベルに《ヘアピン》が渡された。

「わああ……何でしょう。すごくきゅーんってします」

 ユニットスリーが笑った。

「可愛い、って言うんだよ。それはね」

「可愛い……ですか。好きな言葉かもしれません」

 リーズベルは《ヘアピン》を、トントンと指で小突いた。ヘアピンが消えて頭部に装備される。額を隠していた髪がヘアピンによって分かれて、すっきりとした印象になった。

「髪が肌に当たらなくなって、すっきりしますね……あっ!」

 歩きながらヘアピンを触っていたのだが、木の枝に腕をぶつけ、傷ができた。

「……え?」

 彼女の肌を赤い血が滑り落ちていく。

 傷を受けた場所から湧き上がる、その不快なシグナルに彼女は戸惑った。

「何、これ……?」

「痛みだ」

「痛み? これが……?」

 胸の奥で、何かを感じた。黒々とした感情の塊のようなもの。自分を傷つけたこの〝名も知らない植物〟への憎悪が一番近いだろうか。

(コロセ――)

(え?)

(ホロボセ――)

「……声が」

「どうした?」

「いいえ、何でも」

 ユニットゼロはストレージから《ミッドガルドの応急手当キット》を出し、傷を消毒し、絆創膏を貼った。

「気をつけよ。《ロキの涙》を飲んだそなたは、無敵ではない。害を為すものがあれば、傷や病、毒を受ける」

「この世界なら、わたしを殺せる――それはたくさんの人たちの悲願なのですよね? でしたら……」

「さに非ず。容易くは終わらぬのだ」

「そう……ですか」

「すまぬな」

「どうして謝るのです? 勇者様の責任では……」

「試行した。幾度となく。其れらの、そなたに詫びた」

「……?」

 ユニットゼロが話を打ち切り、歩き出したので、二人も従った。

 山裾に下り、アスファルトの道路を進んでいくと、集落が一つ見えてきた。畑がいくつかあり、その中の休耕地の一画が、目立つように白くなっている。

 近づくと、甘さをぎゅっと押し込めたような、濃い香りが漂ってきた。

「わあっ! あれは……」

 ユニットゼロが懐かしそうに目を細めながら答える。

「ヤマユリの花であるな」

「ヤマユリ……!」

 農家が休耕地をもったいなく感じたのだろう。ヤマユリの花畑にしてあった。ちょうど満開の季節だったので、そこだけ別世界のような光景になっている。

「すごい……なんて言っていいか判らないけれど」

 ユニットスリーが、また笑った。

「美しい、って言えばいいんじゃないかな?」

「美しい……ですか。何度か本で目にしましたが、ぼんやりとしか理解していませんでした。どんな意味ですか?」

「醜いの反対だから……うーん、自分にとって不快じゃないものかなあ?」

「自分にとって不快じゃないものは、美しい……」

 リーズベルは目を潤ませ花畑を眺めた。

「そうですね。この光景は美しいです。勇者様、ありがとうございます。あの城にいたままでは、美しいものなど知らずにいたでしょう。貴方のお陰です」

「いいや、わしは……」

 ユニットゼロは言葉を切ったまま、黙ってしまった。

「勇者様?」

「進むぞ」

 さらに三〇分ほど歩いた。沢筋から山登りの獣道に入った。やがて林の境界がうっすらと明るくなってきて、建物らしき陰が見えてきた。

「着いたぞ」

 そこは山頂だ。一角だけ樹木を切り開らかれている。

 三角屋根の大きな山荘があり、柵つきの菜園と、水田の休耕地がある。

 菜園で草刈りをしている少女が、視線を向けることなく「来たわね」と呟いた。

 その少女は、西欧人のような掘りの深い顔立ちで、肌は浅黒い。宝石のように見事な碧眼を持っている。黒髪を三つ編みにして、前に垂らしている。着ているのは真っ白なドレスと、麦わら帽子だ。

「貴方がリーズベルね」

「あ、はい」

「こっちへ着て」

 リーズベルは戸惑った顔でユニットゼロを見る。彼が頷いたので、少女に近づいた。

「私はユニットワン。いえ、本名の方がいいわね。マグナと呼んで」

「はい、マグナ様」

 マグナはくすっと笑った。

「様づけで呼ばれたのは、数千年ぶりよ」

「はあ……」

 マグナから、じょうろを差し出される。

「……?」

「手を出して」

 リーズベルが手を出すと、じょうろを渡す。

「え?」

「それは受け渡すという行為よ」

「アイテムの受け渡しは、メニューのトレードでするものかと……」

「もうメニューやインタラクトは使わないで。ミッドガルドの住民はメニューを出せないの。貴方だけ使っていては不自然に見えてしまうでしょう?」

「メニューやインタラクトなしに、どうやって生きればいいんですか?」

「それを今日から、一つずつ教えていくわ。とにかくお風呂に入りましょう」

「お風呂?」

「ミッドガルドの身体は汚れるの。それを防ぐためにするのよ」

「ええと……?」

「判らないわよね。とにかく、一緒に入りましょう」

 マグナとリーズベルは、二人でバスルームに入った。

「服を解除して。下着もよ」

「下着も!?」

「ミッドガルドでは装備品も汚れるから、毎日洗わないといけないの」

「不思議な世界ですね……」

 顔を真っ赤にしながら全装備解除をして、教わりながら身体を洗い、風呂に入った。

「……ふぁああ。何です、これ……安らぎます……」

「それが温かいってことよ」

「温かい……これが……」

 のんびりしていたら、急にバスルームのサッシが開いた。

 中学校の制服を着た少女が、リーズベルを睨むように見ている。

「ああ、リーズベル。この子はユニットツー。名前は……」

「ふん」

「ランダ!」

 ランダと呼ばれた少女はビクッと後ずさった。

「でも、ママ。こいつは……」

「恐れは捨てなさい。計画遂行しか道はないの」

「……ハイ」

「彼との接触が途切れた件は?」

「明後日、転校する手筈ヨ。そこで会うネ。苦境を共にしたから好意は持たれているはず」

 そこまで言うと、ランダはサッシを閉め、去って行った。

「あの、いまの計画っていうのは?」

「グラズヘイム計画。異聞人類録を観測できる勢力との共闘よ。それしかこのパラレル・リアリティの生存ルートはない」

「はあ……」

「計画を指揮するのは、ユニットゼロ。私は拠点を管理して、彼のサポートをしているわ」

「勇者様が、一番偉いってことですか?」

「そう、偉い人よ。ステータス的に彼に勝る勇者は数多(あまた)存在した。けれど、魔女戦争を終結させたのは彼だし、みんな彼を信じている」

「そんなに強いんですか?」

「彼には特別な能力がある。だから、バックアップを……」

「バックアップ?」

 マグナは、ハッとした顔でリーズベルを見た。そして、急に意地悪な顔で笑った。

「面白いことを教えるわね」

「何です……ぴぃっ!? きゃはははは!」

 腋をくすぐられ、リーズベルは大笑いしながら風呂場で身をよじった。

「これを、くすぐる、と言うの。ミッドガルドでは、こんなこともできるのよ?」

「きゃははは! やめてぇーーーっ!」

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