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うちの学校は、外観は一般的な公立中学校のそれだけど、内観がびっくりするほど違う。
ショッピングモールの吹き抜け通路を想像して欲しい。その壁や床などをウッディな素材でシンプルにまとめて、各教室の壁を全面ガラス張りにして、屋根は自然採光のできる透過素材を使っていて、屋上に太陽光発電システムまで備えている。ちょっと近未来感入った感じのすごい学校なんだけど、俺は居心地悪く感じたりもする。だってここは田舎町だし、スタバだってないのに、学校だけがオシャレだなんて景観にそぐわないだろう?
実際は〝コミュニティストリート〟と言うのが正式名称だけど、みんなは『廊下』って普通に呼んでいるそれを歩み抜けて、自分の教室に戻った。いまは昼休み。給食の直後で、運動系の連中はさっさと出ていって、校庭でのボール遊びに興じている。残っているグループは文化系と言うか、まあおたくだ。様々な趣味のトークが展開されている。
「ゆうべ、セイバーズでさあ……」
そんな言葉を聞いたとき、胸に軽い痛みが走った。耳にしたくない話題だったので、席を立とうとしたら、教室を歩く足音の一つが俺の近くで止まった。
「あのさあ、望月くん」
話しかけてきたのは、星野凛――。
男子に見えてしまう、そのちょっと手前くらいの、短めの髪。見た目が少年っぽくて、友達もみんな男子で、それを意識してか男子みたいな喋り方をしていたんだけど、体の一部が見事なぐらいに女子っぽくなってきて、男子が気まずい顔で女子扱いし出して、未だに当時みたいに接するのは俺ぐらいなもんだ。
「何か用か、星野さん」
「今日、思いっきり遅刻だよね?」
「まあ、色々ね……」
「山の方で、謎の発光現象があった――って、SNSで話題になっててさあ。
星野さんはタブレットを取り出した。
あまりにも見事なバストが視界を遮るため、星野さんはタブレットを胸に〝むきゅっ〟と乗せて使う。教室に残った男子たちが猛然とチラ見している。これがあるから、星野さんは男子に気軽に混じれなくなったんだ。意識しないでいるには、こいつの胸は衝撃的すぎる。
「ねえ、望月くん。いまどこ見てた?」
「どこも!」
「いいけどね。ほら、これ。ちょうど君の家のあたりじゃないかい?」
「…………」
星野さんはくすっと笑った。
「何か知っている、という顔だね」
「……笑わないか?」
「もちろんだよ」
今朝の出来事――リーズベルという翼を持つ異世界の女性が現れた話を語り始めてから二分後、星野さんの大爆笑が教室中に響いた。
「この大嘘つきめ……」
「よりにもよって、通学中に夢を見たのかい?」
「真面目な話なんだからな?」
「証拠もないのに、そんな話をしないようにね」
「証拠はある」
俺のトークを聞く間、こまっしゃくれた笑みが、星野さんの口元に居座り続けていたわけだけど、その笑みが消えた。
「……どんな?」
引きを作っておいてなんだけど、話したくなくなった。
ゲームをやっている人なら「ああ!」って共感してくれると思うけど、合理的な理由もなく、ただ相手の動き、あるいはその場の空気感から、フッと〝これをやったらまずい〟と感じることがないだろうか? ないか……まあ、気のせいだよな。
絆創膏を剥がして、手の甲を突き出して見せた。そこにはアゲハチョウの形のアザがある。
「何……?」
「アザに見えるよな。でも、違うんだ」
手早く説明した。セイバーズのようなアイテムトレード画面が開き、模様の光る黒いアゲハチョウがアイテムとして譲渡されたこと。蝶は手にアザを残し、消えたこと。
「……という経緯だ。信じてもらえるか判らないけど」
「君にはそのアザとやらが見えるんだね?」
「……は? 当たり前だろ?」
「トイレ」
「え?」
「昭和の乙女よろしく、お花摘みって言えばいいかい? とにかくそういうことだ。話の途中だけれども、急ぐから」
俺の答えを待つことなく、足早に教室を出ていって、昼休みの終わり頃に帰ってきて、こうきり出した。
「放課後、うちでパンチング・ブラザーズやろう」
「えーと……星野さん。以前にそのゲームやって、散々に打ち負かされて、ハンデとして俺が足指でやって、それでも打ち負かされて、一生やんないぞ! バカ! って叫びながらクッションで俺をボコボコにした日の記憶って、ひょっとして消えてます?」
「今度は勝てるに決まってんだろ!」
「その練習を少しも匂わせない発言から、すでに結果が見えているような」
「判ったよ。パンチング・ブラザーズはやめだ。そうだ、セイバーズをしよう! シンフォリングス二台あるから」
「おいおい、いつ買ったんだ? 興味ないって言ってたのに」
「深く追求しないでくれるかな。来るの? 来ないの? 来るよね? 来るよね?」
(簡単に、言ってくれるよな……)
俺の脳裏を、アリーナ最後の試合が過ぎった。イギリス代表選手の、野獣のようなラッシュが、俺を滅多打ちにしていく――あの瞬間だ。
あの日から、二ヶ月もセイバーズにログインしていない。何度か戻ろうと試みてはいるけど、どうしても戻れなかった。
俺には、絶え果てるまで忘却を望む残痕がある。触れられたくないそれは、セイバーズの中に眠っている。
(またあそこに戻るのか?)
胸が苦しくなったけど、こう思い直した。
(初心者につき合うくらいなら、トラウマと向きあわずに遊べるかも……)
「望月くん……?」
「……判った。行くよ」
「よし! 約束ね」
頷いたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。