13
「四百年以上生きて、ああした人間味を維持できるのは、羨ましくもありますね。私は……枯れ果てましたよ」
エールの杯に手を伸ばし、持ち上げて、中身がカラなのに気づいて、置く。
「イーファ……」
旧き名前を呟いて、ガヴァナーは空を見上げる
(君がもし生きていたら、いまの私を責めるだろうか? 君は世界を守り抜いた。いまの私は、世界を壊そうとしている……)
「ふーん、そうなんだ」
背後から突然響いた声に、ガヴァナーが鋭く振り返る。黒いローブを纏い、フードを深々と下ろした少年が、彼の後ろの席に座っていた。
「いつの間に……」
「面白いことを聞いたなあ」
「私は二千年以上生きていますからね」
「そっちじゃないよ。任務に失敗すると、君たちの世界は滅びるんだね? それってどういうことかな?」
「…………」
「あれぇ? ダンマリなんだ。君たちが世界の境界線を超えてケンカしに来たのは知っていたけど、そういうシビアな状況なのは知らなかったよ。もしかしてだけどさ、君たちが任務に成功しちゃったら、こっちの世界が滅んじゃったり――なーんてこと、あったりするのかな?」
「…………」
「あっはっは! 図星だねえ」
「協力関係はこれで終わりですか」
「はあ? そんなわけないって」
「世界が滅びるのなら、私たちに逃げ場はないのですよ?」
「だろうね」
「では、なぜ協力するのです?」
フードの下に見える口元が、刺すような鋭い笑みを浮かべた。
「残念ながらボクではあいつを倒せないんだ」
「ミッドガルドは貴方の得意とするフィールドでは?」
「だとしてもね。概念力の差は非情なものさ」
「ええ……知っています」
「ボクたちはもうすぐ、ターゲットを連れてトウキョウのビフレストを通る。王家との交渉は失敗したから強行突破になる。いまはメンバーのうち二人が情報収集とアジトの準備を進めている。でね、ここからが本題。ある組織に潜り込んでもらいたい」
「組織……?」
「ロクでもない事件が起こり、ミッドガルド人が勇者への危機感を強めた。それが交渉失敗の原因でもあるんだけどね。そんな経緯で勇者を抹殺する組織が作られた。渡りに舟みたいなもんさ。君のその素敵なプロトスキルで、組織ごと奪い取ろう」
トレード画面を使い、ローブの少年はガヴァナーにあるアイテムを譲渡した。それは絵画……金の額縁に入った、小さな肖像画だった。描かれているのは女性だ。凜々しさが先に立つ美人で、豪華なドレスを見に纏っている。
「綺麗ですね。この女性は?」
少年は楽しげに答えた。
「シノツキ・ナナミヤ――やがてそれが、君の名になる」