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〔■〕
「……シルバー」
自分を呼ぶ声がする。彼はそう思っていたが、目を離すことができなかった。
彼はいま、とある建造物の前に立っている。ローマンコンクリートで形作られた円形の塔のような建物で、そびえ立つ壁面の高さもさながら、まるで巨城のような広さがあり、外周を一回りするのも困難に思える。
その建物には、無数の人混みが集っている。その多くは古代や中世の武器を所持し、鎧を纏った〝勇者〟だ。
人混みは建物の入り口と、広場に集中している。広場の中央には巨大な水晶石が鎮座し、その水晶の内部で映像が流れている。勇者と勇者の、一対一の戦いだ。戦いの音や、実況放送の声も流されている。いま流れている試合が始まってから、シルバーの目は釘づけだった。
「シルバー、いい加減に返事くらいはしてください」
「……ああ」
振り返ると、彼の相棒がいた。ガヴァナーだ。普段は外衣を纏っている少年が、いまは勇者と同じ、店売りの鎧を着ている。腰に提げているのもグラディウスではなく、地味なショートソードだ。
二人はオープンテラスの酒場でエールを飲んでいる。
「闘技場がそんなに物珍しいですか? ミッドガルドで見たでしょう……ええと、トウキョウドーム、でしたか」
「ああ」
「心ここにあらずですね」
ガヴァナーはエールを一口飲み、顔をしかめる。
「ひどい味です。マイスターにガリアの酒を一口飲ませれば改心するでしょう」
「ガリアと呼ぶな。イギリスにフランス、お前の思い出話によく出てくるあそこも、スイスという名だ」
「はいはい。古い生まれなものでしてね」
エールを遠くに置き、ガヴァナーは肉料理を口にした。それも微妙な顔で味わったあと、溜め息をついた。