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彼は、夢を見ていた。
夢の中で見ている光景は、どうやら凱旋式典のようだ。甲冑を着た歩兵隊が、ロンドンのフリート・ストリートを行進していく。白い漆喰と黒の骨組み材のコントラストが鮮やかな街並みの下に、隙間も見えないほど見物人が集まり、明るい表情で歩兵隊を称えている。彼のいる場所に隊列が来て、拍手が起こった。彼も拍手しようとして、自分の手がとても幼いのに気づいた。一瞬だけ違和感を覚えたものの、群衆の高らかな声を耳にした興奮でかき消されてしまった。
歩兵隊を指揮するのは、騎馬に跨がった騎士であった。その騎士は剣を掲げ、こう言った。
「ブロードソードを掲げよ! この剣こそ英国の守護であり、誇りである!」
聞き覚えのある声だった。あの騎士は、彼の父親だ。その声に呼応し、歩兵隊が一斉に剣を掲げると、歓声が上がった。
肩に優しく手を掛けられた。振り返ると、すぐ後ろに彼の母親がいた。
「よく見ておきなさい。貴方もいずれ、騎士になるのよ。シルバー」
「はい、母上」
「……ルバー」
どこからか、声がする。
(誰の声だろう……? 聞き覚えがあるような……)
シルバーは周囲を見回した。母親と目が合った。微笑んでくれた。彼も微笑み返す。
「……ージ・シルバー!」
やはり声がする。かなり切羽詰まった怒声だ。もう一度、周囲を見回す。
「起きてください、ジョージ・シルバー! 魔女が来ます!」
魔女という言葉に、身の毛もよだつような恐怖を覚え、シルバーは自分の夢を打ち砕いて目を覚まし、素早く半身を起こす。
次の瞬間、死にものぐるいの絶叫が、彼の耳に飛び込んできた。
「うわああ――ッ! 退却しろ」
「あんなのに勝てるか!」
そう叫びながら、粗末な鎧をまとった兵士たちが、彼の脇を次々と駆け抜けていく。空は数千もの火の玉に覆われている。それは猛スピードで落下してきて、嵐のように地面へと着弾。兵士たちは爆炎に呑み込まれ、白い粒となって消えていく。
そこは戦場だった。雪に覆われた谷間の地形。地面には無数の墓が立ち並んでいる。降りそそぐ火の玉のせいで、秒間百近い命が消えている。きっと墓は増えるだろう。途方もない数、増えるだろう。
「やっとお目覚めですか! 早くポーションを飲みなさい!」
黒髪短髪の少年が、首根っこをつかみながらそう怒鳴った。彼は真っ白な外衣を纏い、グラディウスを握っている。
シルバーは自分のHPゲージを確認した。残り二%――火の玉を受けたら即死だ。慌ててポーションを飲み干す。
(そうだ、私は騎士として生き、騎士として死に、アスガルドに転生して勇者となった。いまは世界を脅かす、最強の敵と戦っている。しっかりしろ、ジョージ・シルバー――あのバケモノを倒さなければ、未来はないのだぞ!)
素早く周りを見回し、質問する。
「ガヴァナー……戦況は?」
「怖じ気づいた神族が壊走を始めました」
「撤退か?」
「幸い、魔女の注意は引けています。生き残りの勇者で、最後に一発仕掛けましょう」
逃げていく兵士の一人が叫んだ。
「魔女がいたぞ! 空だ!」
ガヴァナーの視線が、弾かれるように天の一点を突いた。シルバーも続く。
空の遙か高みに、空中浮遊している人影がある。精悍にて美しい女性であった。ローブ姿で杖を持っている。右目は赤く光り、肌に回路のような赤い筋がある。彼女の背にある赤き翼から、可視化した神力が乱れ散っている。
ガヴァナーは、後方の高台にいる少年に怒鳴った。
「撃墜してください!」
「余に命令をするな」
少年は、軍服のマントを翻しながら、大きく腕を振った。
「砲座展開!」
彼の足下に、明るく光る魔法円が展開され、その周囲に巨大な鋼鉄の杖が八本も召喚される。杖の先端は、砲口のように空洞であった。杖は念力のようなもので浮かび、仰角を大きく取り、空へと狙いをつける。
「獅子たる神皇の轟砲を聞け――〔グリボーバル〕ッ!」
杖から、噴火じみた巨大な砲火が迸った。光る砲弾が空へと立ち上り、やがて蒼穹の高みへと辿り着く。
魔女は、迫りくる砲弾にも動じなかった。着弾の直前、回路めいた光筋のある球面障壁が展開して砲弾を弾き、明後日の方向で爆発させた。
そして少年を指さす。ヒン、と微かな音が鳴り、一条の光線が放たれ、少年の額を貫いた。
「…………あ……」
少年の身体は光の粒となって消えていった。
「大英雄クラスの勇者が、あんなにあっさり……」
「囮です」
「え?」
「今度こそ決めてください!」
雄々しい西洋甲冑で全身を鎧った若者と、茨の冠を頭に据えた少年が、魔女を挟み撃ちにする位置に、瞬間移動で現れる。両者とも特大の武器を有している。甲冑の若者は、刀身に魔法円がある青いロングソード、茨の冠の少年は背丈の倍はあろうかという鋼鉄の十字架を持っている。
「キャメロットの敵となった愚行を恥よ!」
「悔い改めるがいい」
二人は同時に魔女を攻撃した。巨大な武器に挟まれて叩き潰されるはずの華奢な身体が、二つの武器を弾き返して、二人ともよろけさせる。
魔女の口元に、笑みが浮かんだ。
「……ッ! 罠だ!」
シルバーの警告はときすでに遅く、二人の勇者は、突如出現した土星の輪のようなものに身体を貫かれ、光の粒となって消滅していった。
ガヴァナーは髪を掻きむしって叫んだ。
「あああ! 私の作戦ミスです。申しわけありません。あの取り返しのつかない罪すら、赦していただいたのに……!」
魔女は高らかに笑うと、ゆっくりと地上に降下した。もはや強敵が残っていないと践んで、嬲り殺しにする算段だろう。
シルバーは歩き始めた。
「どこへ行く気です!?」
「かすり傷でも構わん。与えて死ぬ」
「たかだか数百年程度の新人には判らないでしょうけれど、私たち強者クラスの勇者が生き残っているのは、目立たなかったからにすぎません。魔眼がある限り、魔女には勝てないのです。散らばった勇者を集め、隊を編成し直して、また魔女に挑む。それしか方法は……」
ガヴァナーは途中で言葉を止めた。
「どうした?」
彼の見ている方向を見た。そこには黒い和甲冑を着て、槍を持った少年がいる。逃げる兵士の流れに逆らい、静かに歩いている。
「ヘイハチロウ!? いまさら帰ってきて、どういうつもりですか!」
少年は振り向き、静かな口調で答えた。
「長き旅をしてきた」
「この戦場を見なさい! 貴方がいなくなってから、ロビンも、ジョーも死にました。ノブナガは最期まで貴方をかばっていたのに。いずれ貴方が戦局を変えると、そう言ってたのに……それなのにヘイハチロウ……貴方は、戦場をほったらかして旅をしてきたと!?」
「腹をかっさばいてすらワビに足らぬ。しかしわしには、あの魔女を終わらせてなおも、旅を続けねばならぬ――」
「魔女を終わらせる……? 何を言っているのです?」
ヘイハチロウの後ろには、連れがいた。レイピアを握る、中性的な容姿の剣士。
「何者だ……?」
「カタをつけねば。リア――陽動を」
「御意だよ」
二人の勇者が、魔女に仕掛ける。剣士リアが先に攻撃。紅い花びらの旋風を巻き起こしながら、魔女にトリッキーな逆手突きで攻撃しようとするが、掌で防がれる。その直後、リアの分身が大勢現れて、魔女に次々と斬りかかり、何十発もの高速連撃をくらわす。魔女はすべてを防いでいたが、最後の分身の一撃が、彼女の頬に一条のヒットマークを残した。魔女の目に驚愕が宿る。動揺し、次の攻撃は直撃でくらってしまい、転倒する。
「守りに入った魔女に、ダメージを……あの者はいったい……?」
倒れた魔女の傍らに、いつの間にかヘイハチロウが立っていた。
「来い。《オリフラム》よ」
彼の手に赤いぼろ布が現れた。そのまま槍に触れてインタラクトを実行。布を一瞬で、槍に巻きつけた。
そして槍を、静かに突き下ろした。魔女の守りによって防がれるものと、そこにいた誰もが思っていた。しかし勇者の槍は、球面障壁を砕きながら貫通し、魔女の腹をあっさりと貫いた。
「なぜ……なぜだ!? 我は死なぬはず……」
「すまぬな。そなたを魔眼が変えたのなら、殺す他はない」
「我が変わったから、殺すだと……?」
魔女は笑い出した。
「変わらぬ心が、そなたの望みか。ならば大いに苦しむがよい。百年を経たのち、無垢の心を持つ魔女が生まれる。その日が来たら、何もかも諦めて、せめて美しく滅びよ」
「させぬ」
ヘイハチロウはそう呟き、槍で魔女の首を斬り裂き、HPをゼロにした。
戦場が静まり返っていた。やり取りを目にしていた兵士たちは、魔女の肉体が光の粒へと変わり、宙に拡散して消えていく様子を、固唾を飲んで見つめていた。
「……終わったのか?」
「二千年続いた戦争が、遂に……!」
「やったあああ――ッ! 世界に繁栄が戻るぞ!」
ヘイハチロウが去ろうとしたので、ガヴァナーは走っていって肩をつかんだ。
「待ってください! 詳しい話を」
「もうよかろう。終わったのだ」
「しかし……」
「仮に新たな魔女が現れたとしても、わしがどうにかする」
そう言い残し、ヘイハチロウは供を従えて去っていった。
そして、百年後――。
予言された魔女が、生まれた。
〔■〕
全感覚型VRゲームって、やったことあるか? 俺はある。
住んでいるのが田舎の家だった。何もない暮らしで、すごく暇だった。だから父さんにお願いして、シンフォリングスという接続装置を買ってもらった。
『セイバーズだけはやるんじゃないぞ?』
なぜか、父さんがそんな約束をしてきた。
うんッ――と力強く返事をして、俺はVR仮想空間にいざ突入。
無料ゲームやインディーズ作品を一通り遊んで、それなりに満足をしていたんだけど、どうにも気になるゲームがある。
何のゲームかって? やるなと言われていた、セイバーズだよ。VRゲームの最高峰と呼ばれる大ヒットゲームだ。
幸い、父さんはこの家に帰ってこない。
「……ごめんな、父さん」
後ろめたい気持ちを抱えながらも、いざセイバーズへ。
プレイ初日に、相棒を得た。冒険心に満ちた気の合うヤツで、四六時中一緒に行動し、心躍るプレイを味わった。みんなと同じようにモンスターを狩り、数あるプレイヤーたちに埋もれながら成長していった。でもそれは大切な時間で、思い出しても心躍るひとときだった。
なのに、相棒は突然ログインしなくなった。いつか戻ってくると信じて、ソロでの冒険を続けていたが、ずっと音信不通のままだった。
そんなある日、俺は自分の運命に出会った。