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錯覚する交差点

掲載日:2022/11/18

 Fさんの住む町に、事故の多発する交差点がある。

 それは町の西の端にある丁字路の交差点。「丁」の字の下の直線から交差点に入ると、当然左右どちらかに曲がらなければならないのだが、そこを直進して衝突する事故が後を絶たないのだそうだ。

 不思議なことに、事故を起こした者はみな「十字路だと思った」と証言する。正面にはコンクリで固められたのり面が聳えている。なのに、何故かそこを直進できると思うらしい。幅が狭いわけでもなく、見通しが悪いわけでもない。注意喚起の看板や、反射材のついたポールなど、事故防止の対策もとられている。

 それでも事故は続くのだという。

 街の人々は、「きっと何かしらの錯覚を誘う構造があの交差点にはあるのだろう」と、大方はその意見で一致しているらしい。

 

 ある夜、Fさんは車で帰宅の途にあった。 

 時刻は深夜近く。予想外の残業で帰りが遅くなった。

 早く帰って休みたい。ぼんやりしそうになる頭を叱咤しながら運転していると、運悪く霧まで出始めた。しかも急速に濃くなっていく。慣れた道も先が見えないと土地勘が狂う。まるで知らない場所を走っているようだ。

 慎重に運転を続けていると、知らぬ間に例の交差点に差し掛かっていた。信号の赤い光が霧に淡く滲んでいる。

 Fさんはブレーキを踏んで停車した。道は目の前で左右に分かれている。進行方向は右。Fさんは信号が変わるのを待った。

 車が止まると、深夜の静けさが重くのしかかってくる。周囲には車も人もなく、交差点は静まり返っている。聞こえるのは、自分の車の単調なエンジン音だけ。霧はますます濃くなってきたようだ。視界の大部分が白く埋め尽くされている。世界が曖昧にぼやけている。信号は赤。単調なエンジン音。次第に頭がぼんやりしてくる――。

 信号が青に変わった。

 夢うつつのような状態にいたFさんは、はっと意識を取り戻した。

 目の前に真っ直ぐに伸びる道路がある。霧の中でもはっきりと見えるアスファルトの直線。いつもの帰り道だ。Fさんはアクセルを踏んだ。

 ふと視界の端に人影が映った。数メートル先の右端。子供が前のめりに道路に乗り出している。目の前を横断しようとしているのか。今にも飛び出しそうな体勢だ。

 慌ててFさんは急ブレーキをかけた。耳をつんざく鋭い音が上がる。交差点を渡り切る直前で、車は急停車した。

 ヘッドライトのすぐ前を、小学生らしき男の子が横断していく。白いビニール袋を下げ、小走りで駆けていく。その姿が遠ざかり、小さくなるまで見送ってから、Fさんはほーっと息を吐いた。そして顔をあげ、ギョッとした。

 目の前にコンクリートの壁があった。車の先端、数十センチにまで斜面が迫っている。

 Fさんは全身に冷水を浴びたようにぞっとした。

 そうだ。ここは丁字路だ。直進できる道なんてあるはずない。何故、道があるだなんて思ったんだろう。いつも通る道だと勘違いしたんだろう。――錯覚? それにしては鮮明だった。あんなにもはっきりと見えるものなのか。いやしかし、他に考えられない。錯覚とはなんて恐ろしい……。

 いつの間にか霧が晴れていた。辺りが見えるようになると、車が衝突寸前の危険な状態にあることが、さらに明確に感じられた。

 あの子供がいなければ衝突していた。

 すっかり目の覚めたFさんは、震えながら運転し、なんとか帰宅した。


 錯覚に惑わされないように。

 その日以来、Fさんは常に緊張感をもって、例の交差点を通過している。そのためか、あのような危険な目にあうことはもうない。

 ただ、とFさんは言う。

「よく考えるとおかしいんですよ」

 あの後、事故寸前の状況を何度も思い返しては肝を冷やしていて、ふと気付いたという。

「あの子供。あの子がいなかったら大変だった。あの子がいて助かった。ずっとそう思ってたんですが……。おかしいんですよ」

 衝突寸前に車の前を横切った少年。

「あの交差点の徒歩圏内に家はありません。コンビニやスーパーみたいな店もない。大体、あんな深夜に小学生が一人で出歩くなんて不自然です。それに」

 Fさんは声を低める。

「あの子、目に入った時に前のめりになったまま、こっちを見てたんですよね。突っ込んでくる車を見ながら横切ろうとするなんて……ないですよね。よく思い出すと、最初は渡ろうとしてなかった気がするんですよ。その場に前のめりに立っていただけのような。……多分、車が衝突するのを見物しようとしてたんじゃないですかね」

 その子供が何者なのか、Fさんには分からない。

 ただ、あれ以来、その子供を見かけることはないという。



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― 新着の感想 ―
[一言]  ラブコメですかあ〜(遠い目) 遅刻しそうで食パンくわえて走ってる女子高生が、曲がり角でイケメン転校生とぶつかるやつでいいですか?www 古いわっ!
[良い点]  森野さんの他の作品よりも薄気味悪い物語だと思います(もちろん褒めてまず)  情景が分かりやすく、「?」となることがなかったです。 さり気なく書いているので、読み流してしまいそうですが「深…
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