恋するサウダージ
サウダージは夢を見た。
とても、美しい夢を。
サウダージにとって美しい夢とは顔の火傷のない本来の自分の姿である。
今の自分の顔は醜く歪み、人を怖がらせる悪鬼のようだ。
頭はつるりとはげ、火傷によって皮膚が引きつっている。
町を歩けば子供に怖がられ何も悪いことをしていないのに、母親は体良く子供をしつける為に利用する。
「悪いことをするとサウダージのようになるわよ。」
まるで悪人の成れの果てのように子供に言い聞かす。
サウダージの仕事は、新聞配達だ。日が昇る前に動きはじめ朝刊を配る。人通りの少ない朝は清々しい。
人々が恐れる姿を薄闇は隠してくれる。
この顔のせいで飲食店にむやみやたらにはいれない。長いができる場所は彼を心無い言葉で傷つける。
新聞を3輪自転車につみ、順番に家をまわる。ポストにいれたり、玄関前においたり、庭に投げたり、2階のベランダに放り投げたり、そこの住民にあわせて新聞を適切な場所に配達する。次は屋敷につくまで長い砂利道が続くハストバルク家への配達である。ハストバルク家は名誉貴族の為、本来は1代限りの爵位の持ち主だが、優秀な軍人を常に輩出している名家である。その為、1代限りの爵位は途切れることなく続いている。
ハストバルク家は自分と違う意味で恐れられている。
戦闘に特化した民族のため身長も高く体型もガッシリとしており、眼光が鋭いのだ。独特の圧を、もっており目付き1つで人々を震えあがらせる。その中で魔眼持ちと言われる特殊体質な子供が時々生まれる。魔眼持ちの特徴は瞳が大きく夜になると光の当たるところにいくと不思議な宝石のように瞳が虹色に光ることから、密かに人気が高い。魔眼持ちは国の宝のため国葬される。その為、貴重な目が欲しいという、コレクターが多く、それぞれの種族が多く生息する種族の中で狩りにあうことはなかった種族である。
その最強な戦闘能力を、発揮するハストバルク家の魔眼持ちであるストレンジャーは結婚して家庭をきずいている。
最強の民族に嫁いだのは最弱の民族だと聞きて驚いた。この一族もかなり独特で職業は乞食行為が主であり、教育を受けていないため、戸籍が適当である。むしろ戸籍がない場合が多い。それと言うのもルールールールー族は赤ちゃんビジネスをしており、育てられる人が育てるという民族性のため、自称親が多い。その人達が赤ん坊の面倒を見ながらお金を恵んでもらう為、赤ん坊がいるだけで普段より多めにお金を恵んでもらえる。この種族は知恵がなく弱い。戦うことを放棄したことで数多くの種族が戦いや狩りによって絶滅する中で生き延びた民族である。彼らは『思考の停止』と『活動の停止』を行える為、嫌なことがあるとすく死ぬため、奴隷としてつかえることもなく、戦闘に巻き込まれることもなかった。また白痴なため国から危険視もされていない。ただ、この町では乞食行為が禁止されている為、警察に捕まると慈善奉公にだされる。
ハストバルク家に慈善奉公にだされた母親の子供が魔眼持ちのストレンジャーと結婚したらしい。なんとも面白い組み合わせだ。その子供は教育を受けているらしく、ルールールールー族は共生関係をお互いに築く為、自称親、自称兄弟がハストバルク家に多く住みついているらしい。
ルールールールー族と結婚すると20人は養うことになると言われているためハストバルク家はルールールールー族をおしつけられているといっても過言ではない。
貴族の家は無駄に敷地が広いため門につくまでも、距離がある。門は施錠されることなく常に開かれており、自転車から降りて門を開け大きなバードハウスのような郵便入れに新聞を入れようとしたとき、横から手が伸びてきた。
あやうく悲鳴をあげそうになる前に相手が悲鳴をあげた。
ハストバルク家に住み着くうちの1人であるカラ・ルーである。
それを見て、横から同民族であるソル・ルー。エィ・ルー。ミレ・ルーがでてきた。
ルールールールー族の、身体的特徴として子供のように背が低く筋肉が発達していない為、目が眠そうにトロンと垂れている。1件無表情に見える顔だが、彼らにできる顔は笑う顔、驚く顔、であり、怒る顔ができる子は珍しいと聞いたことがある。
どの顔も似ており同じような顔つきが並んでいる。違うのは服装だけだ。上等なものを着ているのがおそらく魔眼持ちと結婚した子であり、他の子達の服装は質素だった。
「だから、言っただろう。新聞を届けにくるのは人間だって。」
1人だけ上等な服装をしている子が言う。
その反面、洋服にシミをたくさんつけた子が言葉を探すように落ち着きなく体をゆらしている。毎朝、届く新聞をカラ・ルーは小人の妖精が運んでくるのだと信じていた。エィ・ルーが事実を言ってもカラ・ルーは逆に鼻で笑った。
働き者の小人を知らないなんて、エィ・ルーは遅れてるね、と。
その検証のために、ルールールール一族はなんと夜明け前から張り込んでいたのである。
寝ているハストバルク家の、長男のランをたたき起こし、焚き火を要求し、マシュマロを串につけてあぶりチョコレートをつけて食べたり、たわいもない話しをして盛り上がり、特別な時間を過ごしていた。ときおり様子を見にくるランの心情を知らずに迷惑極まりない民族である。ちなみにエィ・ルーの夫であるストレンジャーは軍の夜勤勤務中である。
大きめでよれている服を着ているソル・ルーは小人でも人間でも、どちらでも良かった。ただ毎朝、新聞を届けてくれる人が見たかっただけである。
知らない秘密を暴くようでとてもドキドキしながら待っていた。
庶民が普通に着ている代わり映えのない服装をしているミレ・ルーは新聞屋を知っていたが、特にカラ・ルーを馬鹿にすることなく真実につきあっただけだ。
エィ・ルーは、馬鹿なことを言うカラ・ルーに「それみたことか」と言うためだけにいる。ハストバルク家に母親と共にいれられたエィ・ルーは幼少期から教育を受けている為、知恵持ちである。その為常識も社会の成り立ちも知っている。
そんなことに、付き合わされたランと人見知りのサウダージは1番の被害者だろう。
カラ・ルーがぷるぷる震えて、今にも腰をぬかしそうな状況に気がつき3人はカラ・ルーが凝視する新聞屋を見つめた。
カラ・ルーと同じように仰天するエィ・ルーをよそに
「新聞配達ご苦労さまです。」と、ミレ・ルーがポストに入るはずの新聞を受けとった。
その堂々たる様子にソル・ルーは惜しみない拍手を送った。
「エィ・ルー。この人は小人なんだ。僕の言っていたことは本当だったろう。」
カラ・ルーは、ひくつきながらなんとか思いを口にした。サウダージの見た目を人間と判断が出来なかったらしい。
エィ・ルーは何も言えないでいた。その見た目に完全に怖気付いていた。
自分の見た目も醜いのにエィ・ルーはこのとき自分の心の醜さを自覚した。
「いいや、小人じゃない。同じ人間だよ。」
なんとか、しぼりだせた声は情けないことに震えていた。
ミレ・ルーやソル・ルーに比べ自分が1番の臆病者に思えて恥ずかしかった。しかし、ハストバルク家に育ち貴族が美しく着飾る世界を知っているエィ・ルーが美醜を気にするのは当然で反対に美に無頓着なソル・ルー。そして、また知恵持ちの1人である死体を見慣れたミレ・ルーの反応がそれぞれ違うのは当然のことだった。カラ・ルーに至っては人間扱いが出来ていない。
サウダージは軽く会釈をし、ハストバルク家をあとにした。
あれが噂のルールールール一族かと汗を拭う。噂通りハストバルク家はルールールール一族が、住みついているようだ。
次の日、昨日の出来事に嫌な汗を拭きながら郵便入れに新聞を入れようとすると、横から伸びてきた手に新聞をとられた。
カラ・ルーである。
その姿を見てソル・ルーは昨日と同じように惜しみない拍手を送った。全くわけがわからない。会釈をしそそくさとその場を立ち去った。
翌日もまた横から新聞をとられた。ルールールール一族が何をしたいのか全くわからなかった。
次の日は郵便入れに新聞をいれ、ほっと息を吐いて自転車に跨いで次の目的地にむかう。後ろから鼻歌が聞こえたので振り返ると荷台にカラ・ルーが乗っていた。意味がわからない。とりあえず、引き返しカラ・ルーをハストバルク家に贈り届けた。
次の日、サウダージは用心深くあたりを見渡しルールールール一族がいないことに胸を撫で下ろした。いつものように郵便入れに新聞をいれ、自分の三輪車に目をむければ、カラ・ルーが勝手に自転車をこいで先に進んでいた。サウダージは慌てておいかけた。本当に本当に意味がわからない。
サウダージが用心深くなるに連れてカラ・ルーは用心しなくなっていた。
「僕は、朝一に行きたいんだ。連れて行ってよ」と、言い出す始末である。
サウダージはほとほと困り果てた。
自転車の荷台に乗られたり、自転車を強奪されて慌てて追いかけたりと、サウダージの日常にカラ・ルーが加わった。
カラ・ルーの目的はわかっていた。朝一である。深夜勤務を終えた労働者がご飯を食べるところである。
早朝5時から店は開き、労働者を歓迎した。サウダージは自分の見た目が悪いことから朝一には行ったことがなかった。自分の見た目が相手を不快にさせてしまうことがわかっていた。
だが、毎朝、早く起きて朝一に誘ってくるカラ・ルーが不憫にも思えた。誰も朝一に付き合ってあげないんだな。
それもそのはずで朝一は労働を終えたものが寝る前に食べに行く場所である。または、朝早くから働く人のため、子供が興味本位で行くような場所ではなくせわしない市場だ。
そんなところに行きたがるカラ・ルーの気が知れない。
けれども、1度だけ連れて行ってあげようとサウダージは思った。そうすれば、あの子も満足し、無駄に自分を待つことはなくなるだろう、と。
それは、カラ・ルーのくわわった日常の返還である。サウダージは以前のように1人で仕事をこなすのだ。自分を待つことのないハストバルク家の郵便入れに新聞を届けるために。
その日、サウダージは深い目隠し帽をかぶりハストバルク家にむかった。
案の定、カラ・ルーがサウダージを待っていた。この日だけは、サウダージはカラ・ルーを無碍にはしなかった。荷台にカラ・ルーを乗せて自転車は朝靄の中を走り出す。
荷台でカラ・ルーは鼻歌を歌い箱をとりつけた荷台から足をぴょこんとはみださせて、昇る朝日の彩りを眺めていた。
配達が終わり、朝一にむかう。自転車は店においてきた。歩きだすサウダージの手を簡単に繋いできたことに驚いた。子供が怖がる見た目を、あたかも気にすることもなく普通に繋がれた。朝一ではあちらこちらに連れ回された。
卵焼きを食べては歩き、小魚を食べては歩き、ラーメンを半分こした。食べ物を半分こされたことも驚いた。自分のようなものと、食べ物を半分こしてカラ・ルーは嫌ではないのだろうか?不安に思ったが無邪気に喜ぶカラ・ルーの前では何も言えなかった。カラ・ルーの一方的なお喋りに耳を傾けた。
「エィ・ルーにはストレンジャー様がいて、ソル・ルーにはラレットさんがいる。ミレ・ルーにはアベルさんがいるんだ。僕だけ特別じゃないんだ。」
カラ・ルーはよく喋った。
「君にもすぐに特別ができるよ。」
根拠はなかったが、そう思えた。こんなにも人懐っこいのだから、自分とは違う。孤独の中に安らぎなど見いださないだろう。
「ほんとう?」
屈託なく笑う笑顔に、自分の顔がまともならと、思わずにはいられなかった。いや、全ては過ぎ去ったことだ。そして、自分はこの傷とむきあった。その事実だけはかえられない。
「じゃあ、新聞配達屋さんが僕の特別になってよ!」
荒唐無稽な物言いにサウダージは何を言われているのか理解が出来なかった。
「君の特別は僕じゃないよ!」
思わず言い返した。
「なんで?すぐに特別が欲しいんだ。だから僕を特別にしてよ。」
まさかの告白に面食らう。
「君の特別は僕みたいな醜い男じゃない。そうだろ?」
一番、自分が気にしていることを口にすればカラ・ルーは鼻息を鳴らした。
「なんだい、それは。そんな事をいったら僕の顔がルールールール一族の似たり寄ったりの顔がまるで悪いみたいじゃないか!」
確かにルールールール一族の顔はよく似ている。どの子も可愛い顔をしている。その見た目は決してマイナスではないだろう。
「それに、エィ・ルーは自分の顔をひどく気にしているんだ。そんなこと、僕はちっとも気にならない。」
ここで、自分の顔を否定することはエィ・ルーを否定する事になってしまう。サウダージはなんとなく言葉を発せずにいた。
「エィ・ルーは悪い人にね、毒薬を飲まされてね、一命はとりとめたけど顔中に湿疹が出来ているんだ!だから自分の見た目をとても気にしている。」
顔が醜く歪んでいる自分とエィ・ルーは同じだろうか?しばらくして、なんとかかえようのない事実を口にした。
「君は初めて見たとき僕を見て怖がった。」
「そりゃ、あの時は驚いた!僕は可愛らしい小人が新聞を届けに来るんだって思ってた。でも実際は君だった。僕は真実を知ったんだ。それって凄いことじゃない?」
何が凄いことなのかはわからない。でも、カラ・ルーは小人が自分の理想通りではないことを知ってしまった。
怖い見た目の小人はカラ・ルーを邪険にしなかった。小人の自転車を勝手に漕いでいったときも彼は怒ることはなかった。
慌てて自分を追いかけるのが面白かった。カラ・ルーはそんなサウダージを見るのが好きだった。一生懸命離れていく自転車を取り戻しにくるのが愉快だった。
世界で特別な時間を過ごしている気がした。
実際はサウダージの仕事の妨害行為だが、カラ・ルーは気にせず妨害し続けた。
きっと、僕は明日も明後日も妨害して遊ぶんだ!
迷惑極まりない事実である。
「新聞配達屋さんは、僕の特別になってくれればいいんだ!」
この言い様に、まさか、この子はとんでもない闇を心に抱えているのでは?とサウダージは不安になった。自分のような見た目に平気で特別になってくれ。と、言う。
急に、名前も知らないルールールール一族が心配になった。何か目的があるのかもしれない。
とりあえず、サウダージはその申し出に了承した。
これが何か目的があってのことなら、すぐに果たせることだろう。自分は面白みもなくつまらない人間だ。
その申し出を了承した次の日もサウダージは新聞を配りにハストバルク家にむかう。
郵便入れに新聞をいれると、木の影に隠れていたのかルールールール一族がでてきて、クラッカーを鳴らされた。
「おめでとうo(^▽^)oカラ・ルー」
頭に三角帽子を被っているのはソル・ルーである。
「新聞配達屋さん、カラ・ルーをよろしくお願いいたします。我儘を言ったら殴っていいので。」
さらっと、酷いことを言うのはエィ・ルーだ。
驚き固まるサウダージの胸にペタッとネズミの折り紙をセロハンテープではりつけたのはミレ・ルーである。彼はどんな時も布教活動を忘れない。彼はソル・ルーを敬愛しておりソル・ルー教を創設した人物だ。
「サウダージさん、カラ・ルーが毎朝迷惑をかけて申し訳ない。」と、謝るのはハストバルク家の長男ランである。名乗っていないのに名前を知られていることに驚いた。すでにサウダージの内部調査がされているのだろうか?サウダージは勤務態度も問題ないし、人間関係でトラブルも起こしていない。
「良かったな!カラ・ルー。」
と、ワシワシと頭を撫でるのはラレット族である。この阿呆はこれで今後、タチの悪い王様ゲームにソル・ルーを巻き込まないであろう。ノシをつけて無理やり送りつけたかったが、そうする前に無事に受けとってくれて良かった。こんな阿呆と付き合えるのは世界ひろしといえサウダージくらいだろう。私なら仕事の妨害を毎朝されたらさすがにキレる。ソル・ルーは良い子なのでそんなことはしない。身体的特徴として手足の長いラレット族までここにいる。サウダージは混乱した。
「みんな、ありがとう。ありがとう。」
と、片手をあげて堂々と振舞うカラ・ルー。
よく見ると魔眼持ちのストレンジャーもいる。
「あ、あの、これは一体どういう事でしょうか?」
祝福される意味がわからない。わからないから怖い。こんな早朝から総出で自分は一体何を祝福されているんだろうか?
オロオロしていると、ソル・ルーとミレ・ルーが自転車の荷台に紐を通した空き缶を、くくりつけている。
ハネムーンにむかう馬車に空き缶をくくりつける“空き缶ガラガラ ”を、再現されている。サウダージの出身地ではするが、ここではその風習はない。
怖い、自分の素性がばれているのか。これは一体なんなのだ?!
荷台にカラ・ルーはちゃっかり居座りサウダージを呼んだ。
「行くよ!僕の働き者の小人さん。配達に行かなくちゃ!」
そうだ、まだ新聞が残っている。
サウダージは深く頭を下げカラ・ルーの待つ自転車に乗った。
走る自転車は空き缶がガラガラと音を鳴らしている。
2人の祝福を周りに知らせるために。
カラ・ルーとの交際は驚くことにすんなりと続いている。カラ・ルーには行きたいところがたくさんあって、今まで引きこもりがちだったがサウダージは現実世界に連れ戻されるような感覚になった。
人の出るところにいけばそれは、相変わらず嫌な言葉を言われることもある。
だが、カラ・ルーは気にしていない。
2人で見たポピー畑とか、焼き芋掘りに参加したり、美味しいものもたくさん食べた。
「あんな、見た目の男とよく付き合えるね!」と、カラ・ルーが町でからかわれることもあった。
「一緒にいてとても楽しいんだ。貴方の恋人はどんな人?」
「募集中よ。私は身持ちはかたいの。」
「君ならすぐに誰かの特別になれるよ」
持ち前の無邪気さでスルッと相手の懐にはいってしまうし、怖がる子供に母親が「悪いことをするとああなるよ」と、こちらを指さして言ってきた時は
「サウダージさんは、燃える炎の中に飛び込んで恋人を助けたんだよ。とても勇気のある行いをしたんだ。いいことをしたんだよ。」
誤解をすすんで解いてくれる。サウダージは有難かった。あれほど、さけていた人間関係がカラ・ルーを通して取り戻せていく。
その恋人はサウダージの見た目に耐えられず去ってしまった。それは仕方がないことなんだ。サウダージの恋人はかつての面影がなくなった恋人をどう受け入れていいのかわからなかった。
自分が負わせた咎だと思うと罪悪感でおかしくなりそうだった。
だから終わるのは当然だった。
恋人を庇い重度の火傷をおったサウダージに献身的に尽くしてくれる恋人の手をサウダージははずした。
「もう、終わりにしよう。」
その言葉に恋人はうつむいたまま何も言えずにいた。
「この傷は君のせいじゃない。」
その言葉をきいて恋人は震えながら涙をこぼした。
昔の恋人を思い出す時は泣いている彼女の姿だけだ。
でも、カラ・ルーは違う。ずっと笑っている。こんなにも醜い自分の隣で、視界に入る目の前で瞳を輝かせて………。
怪物と付き合うルールールール一族として、町の人は面白おかしく話した。
それは、自分の顔にコンプレックスがある者にたいしては希望となったり、優れているものは馬鹿に見ていたり、カラ・ルーは多くの人々の感情によって成長していた。
町の人もそんなことをサウダージに気軽に言えるほど二人の仲は浸透していった。
サウダージは時々、昔の彼女と比べてカラ・ルーが何故、自分なんかの側にいてくれるのかわからなくなる。だけど、我儘で素直で食いしん坊のカラ・ルーは、毎日楽しそうにサウダージを振り回す。それに付き合えるのは自分しかいないように錯覚させてくれる。本当はそんなことないのに。カラ・ルーの真っ直ぐな心に相応しい人でありたいと思えた。
「カラ・ルー。僕の側にいてくれてありがとう」
「そんなの当然さ。僕は働き者の小人の恋人なんだから。」
季節は冬にさしかかっていた。
カラ・ルーはサウダージの家に住んでいた。
サウダージの調子が良くないのだ。
ハストバルク家から毎日、食べ物をもらってきて、サウダージに食べさせ看病をしていた。軍医であるランにも往診に来てもらって見てもらっているが悪いところはどこもないのだと言う。
サウダージもそのことを理解していて、医者を以降は拒んだ。
ゆっくり休みたいのだと言う。
「きみは、どんな見た目の僕が好きかな?」
夢現でそんなことをサウダージは言う。
「どんな時でも今日のサウダージが一番素敵だよ。今日は明日に追い抜かされて、サウダージはますます素敵になっていくんだ。」
「………そっか、それなら安心だよ。僕はきっとどんな僕になっても君が側に居てくれることがわかってほんとうに嬉しいんだ。次に目が覚めた時、君が側にいなくてもいい。今、その気持ちをくれた事が嬉しいんだ。」
「へんなサウダージ」
サウダージはその言葉を笑って聞いて長い眠りについた。
カラ・ルーは献身的に介護をした。ソル・ルーやミレ・ルーも手伝ってくれた。
だが、幾日もすぎ喋ってもかえってくる音はない。
姿形が変わっていく動かないサウダージをどうしたらいいのかわからなかった。
ハストバルク家にカラ・ルーは戻った。
もどって、時々みんなで、サウダージを見に行く。
サウダージの体は腐った匂いがしてぶよぶよになっていた。
黄色い液体がシーツに染みてジュクジュクと膿んでいた。
腐臭がひどく人が住める環境ではなかった。エィ・ルーもソル・ルーも匂いに耐えられず嘔吐する。
その中でミレ・ルーと必死に鼻をつまんでカラ・ルーは家の中にはいりサウダージを見る。
ミレ・ルーは解剖するための道具を持っていた。ミレ・ルーはサウダージが死んでいるのか確かめた。
ルールールールー族でありながら深い知恵を持つ彼は解剖学を、学んでいた。
その結果、腐臭を漂わせているのに、死んでいないのだ。
死んでいる組織もあるが、心臓は動いている。
死んでいる組織を削りとるが下手にさわると威嚇するように腐臭が強くなる。
チグハグな現象にミレ・ルーはサウダージの種族は何か、そこに答えがある気がした。
ふくれに膨れた醜い塊は顔を覆い隠し、今では肉の塊となっている。
本当に人間には見えない姿になってしまった。
カラ・ルーは何が自分の恋人に起きているのかわからなかった。
だから涙さえでてこなかった。
雪解けの季節になり、腐臭が漂う室内の窓を開けて換気する。
爽やかな風と悪臭が混じって、カラ・ルーはポロリと、泣いた。
「サウダージとお喋りしたいよ」
昔、たくさんいろんな場所に行って、いろんなことを話したように。記憶の解合が胸をかけめぐる。
あたたかい思い出
やさしい思い出
嫌な思い出なんてひとつもなかった。
たったのひとつも。
しくしく泣くカラ・ルーの前に甘い匂いがほのかに漂う。
涙でぼやけた瞳で床を見ればベッドのシーツから水がぽたぽたと落ちている。
ベッドの下には大きな水たまりができている。
「カラ・ルー?」
問われた名前は新芽のように柔らかく甘さを含んでいた。
ぼんやりした頭で恋人がいた場所を見ると、醜い肉の塊はゼラチンのようにとびちっており、その中で明け方の太陽のように優しい色をまとった少女がいた。
醜い、という言葉を知らないような身体をまとう淡い青色の髪。
この世界の汚さとは無縁そうな透き通った碧の瞳。
青みが少しかかった肌色。
わずかに、ふくらんだ胸。
「あなたはだあれ?」
生まれたばかりの瑞々しさをもって、彼女は困ったように笑った。
飛び散った肉塊を踏みつけて、それはくる。
床に滴る甘い香りの水たまりを足ではねさせて、
カラ・ルーの瞳に宿る己を見た。
「サウダージだよ。僕達の種族は突然、羽化するんだ。」
泣くカラ・ルーの手をそっと握りしめる。暖かい体温が心地よい。
「でも、羽化が終わる前にほとんどは殺されるのに………。カラ・ルーは僕の、あの醜い肉の塊の側にいてくれたんだね。」
その温かさにうもれてしまいたい。
本当は1人で目を覚ますはずだった。
けれども、そこにカラ・ルーはいた。
「ずっと、側にいたわけじゃない!君は眠っていて僕は起きていて、僕は1人で大人しく待っていることに耐えられるほど強くない」
「……ごめんよ。カラ・ルー。」
その寂しさを感じさせる物言いに愛しさが溢れた。ひとつに溶け合いたい。融合したい。そっと椅子に座るカラ・ルーの太ももに頭をのせた。
「君はびしょびしょだ。僕まで濡れちゃうよ!」
その言葉にサウダージはくすくす笑った。
「僕が濡れているなら、カラ・ルーも濡れるべきだ。今はとても心地よいんだ。このまま死んでもいいくらいに。このままでいさせて、あとほんの少しだけ…………。」
「君、男じゃなくなってるよ!」
柔らかい感触にカラ・ルーは困惑した。あの、筋張った肉体は何処へいってしまったのか。
「そうだね。羽化のあとは自分が何者になっているかなんて僕にもわからないんだ。女の子は嫌?」
上目遣いで、そっと、微笑む。
「まさか!君が君ならそれでいいよ。」
その言葉にカラ・ルーはカラカラと、笑った。
自分が何者でも彼は受け入れてくれる。サウダージは自分の魂に安らぎを感じていた。本当にこの子は自分の見た目などどうでもいいのだ。僕が僕であるなら。
理想通りの姿なんて………彼にはなかった。
ただ、本当に僕との時間を『魂の時間』を大切にしてくれたのだろう。溢れる愛しさがとまらない。
サウダージを覆っていた肉塊は、薬師によっていい値段で買われた。なんでも万能薬になるんだそうだ。
瓶詰めに次々と保存されていく。
カラ・ルーはその肉の塊を少しだけほしい。と、言った。
「エィ・ルーの顔から発疹がなくなるなら欲しい」
薬師は欲がないね。と言ってあらかじめもっていた万能薬をくれた。
「これはね、市場にでないんだ。サウダージの羽化が万能薬になる事がしれたら、この世の強欲達はサウダージを狩りつくしてしまうからね。」
「………僕はいまとても、深いことを聞いているんだね」
「ひひっ。そうだよ。そのことを知らない人は羽化が完了する前にサウダージを殺してしまう。本来、腐臭は人を遠ざけるために安全に羽化する為に放たれるものなんだが、耐えきれる匂いじゃないからね。どっちにしろ、まともに羽化ができるものは極わずかなんだよ。まあ、たまに羽化が失敗してそのまま死ぬやつもいるからね。アンタの恋人はとっても、とっても、貴重な種族なんだよ。」
「…………。僕にとってはサウダージが特別な人にはかわりないよ。サウダージが何者であっても。」
「そうかい。世界はアンタみたいに、愛に溢れていたら良かったのにねぇ。世界は真逆をいくんだねぇ。」
「僕の知ってる世界はとても優しいよ。」
「そりゃいい世界だ。」
薬師は必要なものを全て馬車の荷台にのせた。
「君たち2人に祝福を」
馬車はベルをカランコロンならして去っていった。
サウダージの住んでいた粗末な小屋は壊され、ラレット族の紹介によりとても、安い賃金で新しい部屋を借りることができた。
誰もがカラ・ルーの隣にいる人をサウダージだとわからない。
サウダージの肌は子供のように瑞々しく、碧の瞳は深海のように深く人を魅力した。
この世で美しいと言われる星の民のように乾いた月のような美しさとは真逆の瑞々しい海のような流動的な美しさがあった。
対象的な美しさ。
だが、それがなんだと言うのだ。
カラ・ルーはサウダージが何の種族か聞かない。
聞いてうっかり喋ってしまったら、とんでもないことになるからだ。
だから、サウダージのことを何一つ教えないでと、カラ・ルーはサウダージに言った。
秘密の共有は、なされない。
カラ・ルーは自分の愚かさをわかっていた。だから、サウダージのことを何一つ知りたくはなかった。
今、ここにあるサウダージがすべて。
サウダージの意味は、昔を懐かしく思い出すこと。
2人の思い出は永遠に続く。本のページを1枚1枚めくるように………。日々を積み重ねて。
2人の笑い声が今日もどこかで聞こえる。
ありがとうございました。
異世界恋愛か、ジャンルを、迷いましたが『魂の愛』がテーマだったのでこちらに……(汗)




