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「ザヴェ。何故、オーウェン宰相と婚約を結んだ? 弟を恐れているのならば僕と婚約するのだって良かっただろう? 何故、僕ではなくオーウェン宰相を?」


無言でランドルフの言葉を聞く。ランドルフの口調はどこか責めているようだった。今の私がランドルフに助けを求めなかったことに対してか、前世の私が命を絶ってランドルフを守ったことに対してか。両方かもしれない。ランドルフは臣下に心優しく、無駄な死を求めない人物だったから。

ここで下手に返事をしては、良くない気がした。


「婚約者でなくとも、再び僕の護衛騎士になったって良い。要は弟が変なことをしなければ良い話だろう? 僕の保護下にいればきっと守ってみせる。ザヴェが命を賭して守ってくれたから、シェーンフルツはパヴェーフの属国にはなったものの、その名を残すこーー」


「パヴェーフの属国?」


動かなかった口が、怒りで動くようになった。ランドルフの言葉を遮り、眉間にシワを寄せて顔を思い切りしかめる。


「パヴェーフはあの後オーウェン宰相に交換条件を持ちかけた。シェーンフルツの名を残すかわりに、僕の首を寄越せ、と」


「宰相は、それを呑んだのですか」


「宰相は最後まで反対していたよ。でも、最終的に折れてくれた。僕が望んだことなんだ」


パヴェーフは、最初からシェーンフルツ皇族の滅亡を望んでいたのだ。シェーンフルツ皇族を潰し、いずれパヴェーフの領土にしようと考えた。だから有能であろうケヴィンの性格を歪め、ランドルフを殺すためーー私に近付いたのだ。

小国ながら潤沢な資源を持つ、決して強くないシェーンフルツを手に入れ、世の中での地位を確固としたものにするために。


「ザヴェ。今からでも遅くない。皇室の権限を使って婚約を塗り替えないか? 僕を慕ってくれたというザヴェの気持ち、受け入れたい」


す、と顎の下に手を当てられ、身を引くも、もう片方の手で背中を引かれる。口から、拒否する言葉が出なかった。それが、前世ランドルフに感じていた恋愛感情からか、騎士としての人生が長過ぎて主に逆らえなくなっているかは、分からない。前者であれば、私はオーウェンの対してかなり酷いことをしている。


「もし、ザヴェが嫌でないなら、この美しく罪作りな唇にーー」


「殿下。人の婚約者に何をなさっておいでで?」


少しだけランドルフの胸に両手を当てて弱く押し返していたが、それはキスを拒む行動ではない。気持ちを強く持てない、皇族と関わらないと決めていたのに不可抗力とはいえ関わってしまった自分を情け無く、しかし、ランドルフの行動に少し嬉しく思っていた時。


「はは、もう時間切れか。……オーウェン・スナーフ」


ランドルフは名残惜しそうに私の顎から耳の下辺りまで指でなぞり、髪を少し持つ。


「掠め取られないように、目をしっかり見開いておくことをお勧めするよ。特に、弟ケヴィンには気を付けて。では。また、アシュレイ嬢。懐かしい話をまたしようね」


くるくると指で弄んでからパッと離す。机に置いていた本を持ち、オーウェンの肩に手を置いて「僕は望んだものは全て手に入れる主義だからね」と言い残し、部屋から去った。

部屋に残ったのは、ランドルフの上着とオーウェンと、私。オーウェンはとても機嫌の悪そうな表情でランドルフの方を睨んでいた。


「オーウェン様……あの、こちらまで私を運んでくださり、ありがとうございます。あと、社交界デヴューという華々しい場で醜い姿を多くの方々の前で晒しーー」


なんとなく気まずくなって捲し立てると、オーウェンは無言で私のそばまでやって来て、先程までランドルフの座っていた椅子に座り、ランドルフの上着を私から取り上げて床にポイと捨てた。


「それは、良くないのでは?」


言えば、渋々と上着を拾い上げて机に畳んで置く。

そして、唇を尖らせるオーウェン。


「オーウェンではなく、ウェンと愛称で呼んで欲しい。そして、アシュレイのことも、アッシュと呼びたい」


まだ眼鏡をかけてはいないが、秀才の空気を早くも醸し出しているオーウェンが駄々っ子の様に拗ねた口調でそう言った。


「殿下には愛称で呼ぶ事を許しているのに、まだ許されていない」








前世、父王が僕に見繕った護衛騎士はどれも優秀で国の中でもトップクラスの腕を持っていることは知っていた。事実、フルシュハイツの騎士団長は大陸一の騎士と言われる程に強く、人外のパワーを持っていた。その騎士団長が直々に選び抜き、鍛え抜いた者。

時折敵対関係にある国から暗殺者がやってくるが護衛騎士が全て潰してくれていた。一応、国のトップにいずれなる身として最低限の腕前は付けていたが彼等には遠く及ばなかった。

ある日、僕の護衛騎士のうち一人が高齢を理由に職を辞した。白髪の目立つベテランの騎士だったが最近腕力に衰えを感じ、僕を守りきれないと判断したようだ。父王はその護衛騎士に勲章、自然豊かな領地を一つ与え、穏やかな老後を送るよう言い渡した。

一つ空いた第一皇子ランドルフの護衛騎士の椅子。

皇族の護衛騎士になる事は騎士にとって最も栄誉あることとされ、騎士であるものは誰もが目指すものだ。

護衛騎士が辞職した翌日には王宮に併設されている騎士の鍛錬場にて護衛騎士を決定する大会が行われた。地方の門兵から騎士団で上位に位置する有能な騎士まで実に様々なものが参加した。父王と私は不正が行われていないか公正な目で判断してほしいと騎士団長に頼まれ、その大会の一部始終を見守っていた。


強いが、ただ腕っ節が強いだけ。技術があるだけ。


申し訳ないが、僕は騎士達にそんな感想を抱いた。騎士とは映えある役職。舞を踊るような、優美なものではないと知ってはいたがそういう、気高いものを望んでいた。

父王と僕と一緒に見ていた騎士団長も微笑ましそうに見てはいたが「普通だな」と呟いていた。


「普通? かなり強いように感じるが」


父王が眉を跳ね上げて問うた。これでもかなり高い水準だが、これ以上を期待して良いのか。そう、暗に尋ねている。


「じきに、分かりますよーーああ、来ました。あの子です。力は強くないけれど多彩な技を持っている、なかなか見応えのある有力騎士です」


当初に比べて鍛錬場にいる人数は減っている。そんな中、シャツを体に張り付かせるも涼しい顔で模造刀を片手で持っている細身の、僕と大して歳の変わらない少年が僕たちに一番近いフィールドで相手に礼をした。

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