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私は、人生二度目の社交界デヴューを迎えていた。一度目は兄がエスコートをし、両親が側にいた。

歴史ある大広間にウォン宰相の伸びやかな声が響いた。何度も足を運び、来慣れているはずの大広間がやけに広く、怖く感じた。


「我が愚息オーウェン・スナーフとその婚約者にして伯爵家ザヴェルナの令嬢アシュレイ嬢」


オーウェンと私の名が呼ばれる。遠くの何段も高い所に鎮座する陛下が頷き、オーウェンが腕を私に差し出す。その腕に手を伸ばし、そっと自分の腕を絡める。

大きく白く、金の縁取りがされた扉の両脇に立っている護衛騎士に会釈し堂々とした感じで大広間に入った。

位の低いものから大広間に入場する為、必然的に私達は最後になる。既に陛下に挨拶を済ませていた同年代の者たちからの好奇の目に思わず睨んだ様な顔になってしまう。

通常社交界デヴューの際は両親のどちらかが社交界デヴューを迎える子の側にいる。婚約者がいる令嬢の場合は婚約者の両親が側にいるがオーウェンの母はオーウェンが幼き頃になくなっていると聞いた。父は宰相であり、宰相の仕事をしなければならない。加え、歳の割に落ち着いているオーウェンと私であれば親が側にいずとも大丈夫であろうと判断され、私達には大人が同伴していない。

護衛騎士もいない。まあこれに関しては別に問題はないが、たくさんの目に見られていると思うと足が生まれたての小鹿ちゃん状態になる。がくがくと震える足をなんとか深呼吸で抑えるが今度は手が震える。驚いた様にオーウェンがこちらをチラリと見てきて自然に私を引き寄せた。馬鹿長い陛下までの道のりをなんとか歩き、カーツィをする。


「陛下。先程紹介に預かりました、アシュレイ・ザヴェルナと申します。恐れ多くも、言葉を贈らせて頂くこと、御許し願いたく存じます」


「発言を許そう。ザヴェルナの美姫、アシュレイ嬢」


低いテノールの声が優しく私に言葉を掛けた。カーツィをやめ、手を前に添えて薄布で隠された陛下の目の辺りをじっと見る。


「陛下、この度無事に10歳を迎えられた事、心より感謝いたします。陛下の世に生まれ落ちることができた事、大変嬉しく思っております。これからも末長く陛下の世が続きますよう、わたくしも精一杯努力させていただく所存で御座います」


前世の、男ばかりのむさい騎士学校時代に引っ張られ、敬語がうまく使えない。きっと、きちんとした敬語でない部分があった筈だ。かあ、と顔を赤らめれば陛下は少し笑って「期待している」と一言。

とんでもなく嬉しかった。

次にオーウェンが名乗り言葉を言っていたが陛下に再び会えた喜びで何も聞こえていなかった。あの日、陛下が「我が息子を頼む」と必死な目で私にお命じになりその夜にケヴィンに首をはねられた。私は陛下を、平民の出と通っていたザヴェをランドルフの護衛騎士にして下さった、実力主義を掲げる陛下を心から尊敬していた。だから、ケヴィンに殺されたと知らせが入った時、咽び泣き、絶望した。

まだ、生きておられる。

ポロリと無意識に涙が落ちる。


「陛下と、お会いできた事、本当に感謝致します」


涙を隠せず、不器用に笑った。子供ってこんなに涙脆いのか。

涙は引っ込んでくれない。陛下の右隣で立っていたランドルフの透明感のある緑の瞳を、左隣で立っているケヴィンの煌めく碧の瞳を、オーウェンが牽制するかの如く睨んでいたなんて気付かなかった。


「長生きはするものだな。このような若き者にまで涙されるなど、これほど嬉しい事はない。アシュレイ嬢、礼を言おう」


いきなり泣き出した私に大広間の者は皆驚き訝しみ囁く。

伯爵家の令嬢ともあろう人が公衆の前で泣くなどはしたない。

陛下の御前でみっともない。

私を嘲笑う声も聞こえた。将来宰相となるオーウェンの妻となるにふさわしいのか、と訝しげな声をあげるものも。

そんな声を一蹴し、陛下は私に笑いかけた、ように思う。


「懐かしく感じるのだ、とてつもなく」


小声で呟いた陛下の声は両隣にいるランドルフ、ケヴィンにも聞こえていたか分からないが、懐かしい、と呟かれた陛下にまた涙した。

オーウェンが私をそっと引っ張り、陛下に礼をしてポーチへ自然に連れ出してくれた。

無言でギュ、と抱き締められる。オーウェンの大きな背中で大広間にいる人から私を遮ってくれている。優しさに胸が熱くなる。


「……思う存分、胸の中で泣け。何があったかなんて聞かないから。気が済むまで、涙が枯れるまで、貸してやる」


高飛車な言い方だったが、私はオーウェンの優しさに甘え、思う存分泣いた。


気付けば王宮の何処かの部屋にいて、ソファに寝かされていた。私の体には三枚の上着が掛かっていた。オーウェンの匂いと、ランドルフの匂いと、ケヴィンの匂いがする。


「気分はどう?」


ぼんやりと宙を見つめていると、酷く懐かしい声が響いた。弾かれたかのように跳ね起き、声の方に体を向ける。


「ランドルフ殿下」


「アシュレイ嬢は人混みが苦手なのかな」


「気分は良くなりました、ありがとうございます」


私が仕えていたランドルフが、ソファの隣に椅子を持ってきて本を読んでいた。私が目を開けたのを察し、本から私に目を動かす。本を側にあった机に置いて私の額に手を当てて熱を確認した。


「良かった、風邪とかではないんだね。安心した」


ふふふ、と優雅に笑う銀髪緑眼の美少年。今年で12歳。私の知るランドルフよりも若く、抑えきれない美しさが飛び散っている。


「ご迷惑をお掛けしました」


ランドルフの上着を返せば、まだ持っていて良いよ、と突き返される。代わりにケヴィンの上着を持った。


「婚約者がドアの前でそわそわとしていたよ。……ザヴェ、婚約者を早い段階でなぜ決めたのか、聞いても?」


「ええ、勿論殿下の望みとあら……」


「ザヴェ、と呼ばれることを否定しないんだね」


ザヴェ呼びがあまりに慣れていたので躊躇うこともしなかった。はっとしてランドルフの顔を見てしまった私は迂闊だ。ここで殿下がそう呼ばれるなら、と淑女らしく笑っておけば誤魔化せたのだ。


「ザヴェ」


ランドルフの、辛そうで、苦しそうで、でも嬉しそうな目から私は逃れる術を知らない。只々、ランドルフの瞳を金縛りにあったかのように見つめていた。

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