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今回は短めです
オーウェンと婚約してひと月が経った頃。
第一皇子ランドルフの生誕を祝うお茶会が近々開かれると手紙が来た。毎年開かれているそうだが、そろそろ婚約者を決定しなければならないようでいつもより大規模なものになるという。ランドルフは私より2歳年上。つまり今年10歳になるそうだ。
前世私の婚約者だったケヴィンは私と同い年で8歳。因みに私とケヴィンの誕生日は同じ。私が熱を出し、ぶっ倒れた日、つまりこの年になった日だ。家族でささやかにお祝いをし、熱を出してぶっ倒れた。
そういえば、ランドルフ、ケヴィンに今世ではまだ会っていない。ケヴィンは私と会う前の様な性格なのだろうか。
「何を考えている」
宰相家にお招きされ、オーウェンと屋敷の脇にある綺麗な庭園を見ながらそんな事を考えていると薔薇よりも刺々しい声でそう言われた。
ついでに額を指で弾かれる。
「いえ、ちょっと今度開かれるランドルフ殿下の生誕祭について考えておりました」
「へえ、そう」
貴族は家紋を持っている。令嬢は社交界デヴュー後、その紋章をあしらったハンカチを持ち、婚約者に渡すのだとか。令息の場合は紋章を刻印した短剣を渡す。貴女になら殺されても良い、という意味だったり貴女にならこの命を預けられる、殺される心配をしていない程信頼している、という意味だったりする。
私はまだ社交界デヴューはしていないが紋章入りのハンカチはオーウェンに渡してある。勿論オーウェンからも短剣を贈られた。宰相家だからか、紋章は紙をくるくると纏めた書簡をクロスさせたものだった。騎士人生が長かったからか、そんなに軽々しく人を信頼してはいけない、と忠告を送ってしまいそうになった。令嬢が、それも8歳の令嬢がそんなことを言い始めてはちょっとした事件なので言わなかったが。
皇族は、自分の紋章を持っている。一世代限りの紋章だ。大蛇だったりスイレンだったりと色々だが、その紋章は10歳の生誕祭時に発表される。前世と同じであればランドルフは燃え盛る尾を持つ虎を紋章に掲げる。
「献上品は如何されるのですか」
社交界デヴュー前なので生誕祝いのお茶会には参加できない。社交界デヴューは10歳。社交界デヴュー前の令息令嬢はささやかなものを贈る習慣がある。いずれ自分たちが当主になった際に我々を束ねるもの。その感覚を幼いうちから養っておこうという狙いがあるのだという。
「金で作ったサーベルだ。いずれ付くであろうランドルフ殿下の護衛騎士に贈って頂こうと思って」
金製のサーベル。
私がランドルフの護衛騎士になった際に渡されたものだ。私が命を断つ際に使用したもの。そうか、前世でもオーウェンは同じものを贈っていたのか。
「そういうアシュレイ嬢は何を?」
「私はティーカップをお贈り致します」
ザヴェルナ領では良質な土が取れる。また、きちんと仕事に見合った給料を支払っているので腕の良い職人が来てくれる。だからザヴェルナのティーカップは世界に誇れる品質を保っているのだ。……と兄が言っていた。前世の私はティーカップなどには興味がなかったし領地の経営管理にはノータッチ、どの様な仕組みなのかも知らなかった。
令嬢であっても最低限の知識を持っておく為に軽くだが領地について教わる。しかし、私は教えてもらう前に家族を皆、殺された。
「そう言えば、ランドルフ殿下は紅茶がお好きらしいからな。良いのでは?」
「そうですか、紅茶がお好きなのですか」
ケヴィンが紅茶が好きだからと飲み始め、ケヴィンよりも好きになってしまったと笑っていたランドルフ。美しい微笑みが脳裏を掠め、苦しくなる。
オーウェンが指を近づけて私の下瞼をそっと拭う。
「殿下が、好きなのか」
私は無理して微笑んだ。
「はい、いずれこの国を治める方ですから」
涙は止まらない。
オーウェンはポツリと呟いた。
「殿下にだって、譲らない」
兄はそのお茶会に参加し、私の献上品、ティーカップを殿下へ渡してくれた。
そわそわとしていた私を微笑ましそうに見て、兄は一つ教えてくれた。
「殿下、アッシュの贈り物を一番喜んでいたよ。あと、婚約者は作らない、心に決めた人がいる、だって」