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ただひたすら怖い。
騎士としてランドルフ殿下をお守りし、何度も暗殺者を殺してきた。命の危険にも晒されてきた。常人よりかは心は硬いはずだ。超合金で出来ているはずだ。
……はずだ、だから怯むな。
「あの、オーウェン様……私は逃げも隠れも殺しもしませんよ?」
カーツィの練習をしながら滑舌を良くする為に一人で話まくっていた成果が現れ、漢字混じりの話し方が出来るようになった。
なるべく平常心を心掛けて向かいに座るオーウェンにそう言った。
「殺されるなんて思っていないから安心しろ」
玄関で挨拶を済ませた宰相は仕事があるからとそのまま馬車に乗って王宮まで行ってしまった。両親も何やら用事があるようで宰相と一緒に出かけてしまった。
図らずも、『後は若いお二人で』状態が完成してしまったのだ。
取り敢えず応接間に通してシーナに紅茶と菓子の用意を頼んだ。貴族の礼儀など遥か彼方の記憶にうっすらあるだけできちんと覚えているわけではない。前世、とってもきっちりしていて礼儀作法がバッチリだったオーウェンの前で何かやらかして白い目で見られはしないか心配だった。
そう、それだけで心配だったのに、ずっと見られていてさらに緊張している。何か私はヘマをしたのだろうか。それとも、変な殺気を出しているのだろうか……。
「ただ、可愛いと思って見ているだけだ」
だらだらと変な汗を流していた私はその言葉を右から左に流し……壁に反射して再び耳の中で響いた時、カップを落とした。
「お嬢様!?」
シーナが慌ててカップを回収して私の肩を揺さぶる。
おかしいな、冷酷無比の宰相の口からあり得ない言葉が聞こえたぞ? 前世で戦場で味方の合図を間違えず、聞き漏らさないように聴力アップのトレーニングを受けたはずなのに、おかしい。ああ、そうか。8歳になったときにその能力は衰え、消えたのか。
「失礼だな。冷酷無比だなんて」
「お嬢様、心の中の声がダダ漏れです! あと、聴力アップとは何ですか、戦場ってなんですか!?」
夢みたいだなあ。
「夢じゃないからな?」
シーナの手をそっと押さえ、オーウェンが私の髪を一房掬って不器用にキスをした。
「おあ?」
変な声が出てしまった。いきなり現実を突きつけられ、私は顔を真っ赤にしてオーウェンの綺麗な顔から目を背ける。
「美形だからって、何でもして良いわけじゃないからな」
小さく悪態をつくとオーウェンは無表情だった顔に少し意地悪な色を浮かべる。
「なるほど、少しは意識してもらえていた、という訳か」
左手の薬指を撫でられ、身震いすると8歳とは思えない色気を醸し出してオーウェンは笑った。
「ここ、予約」
オーウェンは嬉しそうに言いながら私の薬指に魔法を絡めた。金色の光が包み、すっと指に消えていった。
「いつかここに嵌める日が来るまでこの魔法は解けないから」
両親とウォン宰相が王宮から戻り、父の執事が「そろそろお帰りになる時間です」とオーウェンに声をかけるまで私はその言葉にかちんこちんになり、オーウェンは不敵に微笑んでいた。
帰り、馬車に乗り込んだオーウェンはいつもの見慣れた無表情に戻っていたが。
心臓に悪いな。あれは。
夕食まで一人青い顔をして自室に篭り、夕食の席で色々と聞かれた。オーウェンとのことではなく、『戦場』発言についてを。私は夢で見たんだ、といってはぐらかしておいた。
因みに両親と宰相が王宮に行ったのはザヴェルナ家令嬢と宰相家令息が正式に婚姻をした、と王に申し出る為だったらしい。
手の速いことだ。