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8歳に戻って一週間たった。医師に一週間は絶対安静、と厳命されていたので今日までベッドから出られなかったのだ。皇族の護衛騎士をやっていたので体を動かさずにじっとしているのはなかなか苦痛だった。しかし、騎士駆け出しの頃に骨折を経験し、ひっそりとベッドから抜け出して鍛錬をしているところを医師に見つかりこっ酷く怒られた経験があるので抜け出すような真似はしなかった。

シーナにドレスを準備してもらい、朝食を取る為に階下に降りると兄と両親が先に座って待っていた。


「おまたせしてしまい、すみません」


直角に腰を折り、騎士の礼をすると皆が慌て始めた。


「アッシュ!? 騎士の真似事なんかしてどうしたんだ!?」


父はなかなかの慌て振りだった。どうやら父と学生時代に仲の良かった悪友ゆうじんが私を引き取ってくれた騎士の貴族当主らしい。悪友に自分の娘が感化されてしまったのかと不安になっているのだろうか。


「カーツィよりも騎士の礼を先に覚えるなんて!?」


カーツィとは目上の相手に対し、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままする挨拶の事。あれ、腰にくるのであまり好きではないのだ。

それに、カーツィなんて最後にしたのはいつだろうか。覚えていない。


「あらら、です」


ふふふ、と笑って誤魔化しておく。困った時は笑っておけ。そう父の悪友に教わったっけ。


「まあ、追々そこらへんについては話し合うとして。アシュレイ。婚約をずっと蹴っていたね」


「あー、はい」


慇懃な態度で頷く。そろそろお座りになっては、とシーナに言われ、引かれた椅子に座った。騎士人生が長すぎて立ちっぱなしに慣れてしまっていた。


「今回はよく考えてから蹴ってほしい。どちらかというと蹴らない方向で考えて欲しいけれど」


「こんかい、ですか?」


シーナにナイフとフォークを握らされ、食事をしながら問う。


「そうだよ、宰相の令息から婚約してもらえないか、と手紙を頂いたんだよ」


「宰相って、ウォン・スナーフ宰相?」


「の一人息子。こないだアッシュのお見舞いに来ていただろう? オーウェン・スナーフだよ、覚えてないのか?」


オーウェン・スナーフ。

私の元婚約者ケヴィン・フルシュハイツに父ウォンを殺され、ケヴィン皇子の兄ランドルフ・フルシュハイツに仕えることを決めた宰相だ。名前が今まで出てこなかったが、今なぜか出てきた。

そう、なぜか私を見舞いに来ていた、あの宰相だ。


「なぜ?」


「分からない」


父にも分からないそうだ。因みに母と兄は先に知らされていなかったようで放心状態だった。明日、オーウェンが挨拶に、というか審査に来るそうだ。明日とは急だな。

そう言えば父は朗らかに笑った。


「先に行ってしまったら退路を作られてしまうだろう?」


断る気はないらしい。オーウェンと私をなんとしても婚約させる気だ。

今日は何もすることがなかったので庭で兄と一緒に素振りをしていた。兄は休憩を挟んでいたが私は休みなく、柔い手にタコが出来るほど、何度も行った。

お昼の準備が出来た、と呼びに来た母が失神したのは私のせいではない。前世の私が悪いのだ。身体が鈍ってしまうのはよろしくないから、仕方ないことだった。

これからは誰にもバレないようにしよう。



翌日。

私は手にクリームを擦り込まれ、綺麗な絹の、動きやすいドレスを被せられた。色は純白だ。汚してしまわないか心配である。取り敢えず部屋で小ぶりの模造剣を振り回す。シーナが心配そうに見てきているが見えないフリだ。


「スナーフ宰相がお越しになりました」


父付きの執事が私の部屋をノックした。


「わかりました」


模造剣を机の上に置き、シーナに頷きかけた。足音を立てずに階段を駆け下り、玄関に向かう。両親が先に玄関でスナーフ宰相を出迎えていた。兄は友人のお茶会に誘われたとかで今回同席できないそうだ。

私は急いで両親の隣に立ち、カーツィをする。昨日の夜に自室で練習をしていたのだ。お陰で筋肉痛である。


「この度はお越しいただきまして、ありがとうございます。わたくしはアシュレイ・ザヴェルナと申します、どうぞよしなに」


微笑みながら挨拶を終わらせ、直立不動の体勢を取った。背筋ビシッのあれである。

ウォン宰相は私の様子に少し驚いたようだが、しゃがみ込んで目線を合わせてきた。


「可愛らしい令嬢ですね。なるほど、あの子が婚約したいというのも頷けます。令嬢にありがちな傲慢さが一切ない。びっくりですね。これからが楽しみだ」


成長したオーウェンと似ているウォン宰相に見つめられ、なんだか変な感じだ。直立不動のまま、手だけを後ろでもじもじ動かしているとウォン宰相は笑った。


「年相応のところもあるじゃないか。いやあ、もう少し若かったら婚約者候補として名乗りを上げたいくら……ちょっと、痛いぞオーウェン」


ウォン宰相に頭を撫でられ、不覚にも顔を真っ赤にしているとウォン宰相の足を踏みつける小さな足を見た。


「オーウェン・スナーフだ。よろしく」


ウォン宰相の後ろから出てきた、以前私の頭を撫でた、あの、次期冷酷無比宰相が挨拶をしてきた。どこか不満げだ。


「口下手だから。アシュレイちゃん、この子を見捨てないであげてね」


ウォン宰相に微笑まれ、頷いてしまった。頷いてしまった後でハッとする。今、婚約決定したのでは……?

恐る恐る顔を両親に向けるとニヤリと悪人顔をしていた。どうやらなんとしてもオーウェンと私を婚約させたかったようだ。


「……言っておくが、婚約破棄は絶対にしないからな」


オーウェンが手を引っ張り、私を抱きしめながら耳元で囁いた。

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