才能開花屋さんのプロローグ
――才能。それは、生まれ持った力や素質。才能を持たざる者は、その分野に於いて才能を持つ者に勝つことはできない。
ただ一つ、とある例外を除いては……。
「お、いらっしゃい! オメェも才能を求めて来たのか?」
ここは才能開花屋。路地裏にひっそりと佇む、持たざる者に才能を与える場所。
料金はまちまち、その者が欲しい才能によって変動する。
その店へ今、小学3年程のオドオドした少年が入店した。
「ぼ、僕……人と話すのが苦手で、友達がいなくて……だから――」
「おーし、分かった! 人と話す才能が欲しいんだな! だったら値段は500円! 500円だ! どうする坊主?」
少年の言葉を遮ったのは、店主である大善・グッド・リーダー。
店の中央にあるソファに座っているその男は、胸元を開いた白いシャツとブカブカの短パンを着用し、羽根の付いた髑髏のネックレスを首から下げている。
髪はボサボサだが炎の様に綺麗な明るい金髪をしており、顎には無精髭が生えている。サングラスをしており、その奥の瞳が何を見据えているのかは分からない。
因みに名前は自称であり、誰も大善の本当の名前を知らない。
「う、うん……話す才能、500円、あるよ……だから、だから僕に才能を下さい……!」
500円玉を差し出す少年を見た大善は立ち上がり、手の上から500円玉を乱暴に取り上げる。
取り上げた500円玉をまじまじと見回し、指で軽く叩き、舐め、そして、
「……ふーむ……よし! ちゃんと本物だな!」
「えっ……?」
「よし坊主! 取り引き成立だ、オメェに才能をやる!」
「え!? ほ、ほんと!?」
大善は少年の前にしゃがんで目線を合わし、肩を掴んだ。
少年を見据えるその表情は、たとえ瞳が見えていなくとも真剣である事が窺える。
「いいか坊主、オメェに与える才能はオメェの事を知ってる人間にしか使えない。まぁクラスメイトとかだな」
「う、うん」
「じゃあいくぞ? スゥ…………ハァッ!!」
大きく息を吸い、鬼気迫る強張った表情で叫んだ。
その後、暫くの沈黙を得て大善は立ち上がった。
「これで終わりだ坊主。今のオメェには、人と話す才能が宿った」
大善のその言葉を聞いた少年は目を輝かせた。
「善は急げだ、オメェを知ってる人間を見つけたらバッと話しかけな。きっと上手くいくぜ」
「うん!」
少年は首を大きく縦に振り、元気に店を飛び出した。
「……ハッ、子供相手の商売は楽でいいねぇ。簡単に信じやがる」
店の外には、クラスメイトであろう人物に偶然出会った少年が見える。
少年は笑顔で何かを話しており、そのままクラスメイトとどこかへ走っていった。
「俺ぁ気合を入れてやっただけだが、上手くいったみてぇだな」
――才能開花屋。それは、噂だけが一人歩きする場所。
その実は、ただプラシーボ効果を利用しているだけのおじさんがいる場所。それが、表の顔。
※ ※ ※ ※ ※
場所は才能開花屋。時は深夜、0時を過ぎた辺り。
すでに閉店の時間を過ぎている店に、一人の黒スーツの男が入ってくる。
ソファで酒を飲んでいた大善は、ため息を吐きながら入ってきた黒スーツに向かい手で払う所作をする。
「私を見てまずそれですか。……仕事の依頼をしに来ましたよ、ギャリー」
「ったく、もうギャリー・スーは引退してんだ。仕事は引き受けねぇ」
アタッシュケースを片手に持つ黒スーツは、ポケットから拳銃を取り出し、大善の頭に突きつけた。
「あなたに拒否権はありません。報酬はきちんと払います、ただ仕事を一つ引き受けてほしいだけです。悪くないでしょう」
大善は突きつけられた拳銃を気にすることなく、タバコを取り出し咥え、火をつける。
「んなおもちゃで脅してるつもりなんだったら、オメェじゃ役不足だ。とっとと帰りな」
黒スーツはため息を吐き、引き金に指を当てる。
「がっかりですよギャリー。落ちぶれたものだ」
引き金を引き、銃弾が大善の眉間に放たれる。
血が床に激しく飛び散り、ソファの背もたれに倒れ込む。
大善が死んだと判断し、黒スーツは振り返り店を出ようとする。
その瞬間、
「才能ってのは、努力で追い抜けるもんだと思ったら大間違いなんだ……」
「なっ!?」
「ただの人間が言う才能ってのは、本来の意味とは違ぇんだ……」
大善が立ち上がり、それを見た黒スーツが驚愕する。
眉間を撃ち抜かれて死なない人間などいる筈がない。だから、大善は動かない筈なのだ。それなのに、
「これが、才能だ」
次の瞬間、放たれる紅い閃光と共に、黒スーツはこの世から姿を消した――。