第3話 赦されてはいけないのですよ。 前編
正教会による魔獣退治の討伐隊が町に来る日がやって来た。
本来ならギルドは討伐隊を迎える為の準備に忙しくなる所だが今回は全くそんな様子は無い。
正教会の手紙に書いてあったのだ。
[一切の式典は不要、非公式の訪問である]と。
「...ロッテンさん」
朝から落ち着かない様子のアリクスさん。
先程から何度も私の名を呼ぶ。
気持ちは痛い程分かるが私に出来る事と言えば、
「大丈夫です、きっと」
これしか言えない。
聖魔法の治癒がマリアちゃんに効くか誰にも分からないのだから。
マリアちゃんも緊張しながらアリクスさんの手を握りしめている。
「来ましたわ」
マチルダが先を見つめ呟く。
彼女の目は遥か遠くを見る事が出来るのだ。
しばらくすると50人を超える一団が見えて来た。
先頭の馬に跨がった白い法衣を纏った女性。
正教会の幹部である証、懐かしい衣装に緊張が走った。
「お待たせしました」
2人の女性が討伐隊から離れ私達の前で馬を止めると素早く降りて一言呟く。
その顔に言葉を失う。
「貴女は...」
「久し振りね、アンナ」
「アンナ?」
隣に居たマリアちゃんが不思議そうな顔をする。
懐かしい名前、もう捨てた私の名前...
「ナシュリー様、彼女はロッテンです」
隣に控えていた女性が訂正する。
彼女はルーラ、私とパーティーを組んでいた人。
今回の事で奔走してくれた恩人。
「そうでしたルーラ、ロッテン久し振りです」
「いいえ長く連絡もせず、こちらこそ申し訳ありません」
8年振りに見る懐かしい姿。
最後に見たナシュリー様はまだ幹部では無く一司祭だった。
聖女の加護を強く受けるられるまで成長されたのだろう。
「治癒をするのは?」
「この子です」
マリアちゃんの肩に手を置き頭を下げる。
ナシュリー様の神々しさにマリアちゃんは声も出ないみたい。
「では行きましょう」
ナシュリー様はマリアちゃんに優しく微笑む。
その姿は聖女の様に美しく、私も目を奪われてしまう。
「アリクスさん」
「は、はいどうぞこちらに」
呆然としていたアリクスさん。
慌ててナシュリー様達を先導する。
今回は食事の為にアリクスさんの食堂に立ち寄った討伐隊一行という名目。
「この様な所で申し訳ありません」
「いいえ、懐かしい雰囲気です。
ね、ルーラ?」
「そうですね、冒険者をしていた頃を思い出します」
2人は懐かしい目で店内を見た。
ナシュリー様も修道女の頃ルーラの様に旅をしていたのだろう。
正教会の見習い修道女は旅をしながら布教活動をする事を命じられている。
ルーラの様に冒険者パーティーに入る者もいるし、教会を回るだけの者もいる。
「マリアこちらに」
「はい」
ナシュリー様はマリアちゃんの目に手を翳すと手が光り輝いた。
「...これは」
ナシュリー様の表情が曇る。
嫌な予感が....
「ルーラ、マリアの目が完全に見えなくなったのは確か、」
「5ヶ月前です」
「成る程」
ナシュリー様は顎に手をやり何度も頷く。
まさか手遅れなのか?
「これは大量の魔力を消費しそうです」
ナシュリー様の言葉に希望が。
治るという事?
「な、治るんですか!?」
アリクスさんが叫ぶような声でナシュリー様に迫る。
「はい、しかし...」
対照的にナシュリー様は浮かない表情、一体何故?
「私達はこれから魔獣を倒さねばなりません」
「あ!!」
ルーラの言葉に肝心な事を忘れていた事に気づく。
魔獣退治をするのに大切な魔力を大量に消費する事は出来ない。
魔力の回復には時間が掛かる。
「ルーラ、今日はこの町に泊まります」
「分かりました、誰か!」
ナシュリー様の言葉にルーラが頷き外に呼び掛けると1人の修道女が姿を現した。
黒い法衣、まだ見習いか。
「お呼びですか?」
「今夜の宿の手配を」
「...畏まりました」
修道女は一礼すると店を出ていく。
ナシュリー様は再びこちらを向いた。
「マリア、もう一度こちらに」
「はい」
再度ナシュリー様はマリアちゃんの目に手を翳す。
先程より光り輝く手、これは間違いない。
聖魔法による治癒の光。
「今はこれが精一杯です」
数分後ナシュリー様は手を離す。
顔には一杯の汗、聖魔法を行使するのは大変な体力も必要とされる。
「さあ目を」
ルーラが優しくマリアちゃんに言った。
マリアちゃんは怯えながら目を開こうとするが瞼が震えるばかり。
『やっぱり見えないのでは?』
そんな恐怖と戦っているのだろう。
「...見える」
目を開いたマリアちゃんが呟いた。
「本当かマリア?」
「うん見える、お父さん見えるよ!」
アリクスさんはマリアちゃんと抱き合う。
2人の目から涙が滝の様に流れていた。
「ありがとうございます!
本当にありがとうございます!!」
何度も頭を下げるアリクスさん。
しかし私にはナシュリー様の言葉が引っ掛かっていた。
『これが精一杯』と。
「ナシュリー様」
「分かっているわアン...ロッテン」
ナシュリー様は私を見つめ頷いた。
「アリクスさん」
「はいナシュリー様」
「まだ完全に治ったかは分かりません」
「え?」
「今の治癒魔術は現在使えるギリギリの魔力でした。
完全に治ったなら良いですが、もし不十分なら」
「不十分なら?」
「数ヶ月で再び視力が失われていくでしょう」
「...まさか」
「すみません、これ以上の魔力は使えないのです」
ルーラも申し訳なさそうだ。
だがここまでしてくれた、でも再び見えなくなる恐怖と戦うのは辛い。
「ナシュリー様、ルーラ様」
マリアちゃんが2人の前に立った。
「お二人の親切、私一生忘れません。
心配しないで下さい、こんな素晴らしい奇跡を起こしてくれたんですから」
「そうです、私達父娘にこんな奇跡を。
感謝こそすれ不満等とんでもない!!」
アリクスさんも満面の笑顔。
その顔に私の心は奪われた。
「ルーラ」
「分かっております」
何やら2人は相談を始める。
一体何の相談なんだろう?
「帰りにまたこちらに寄ります」
「は?」
一体何を今?
「そんな、とんでもない!」
アリクスさんが慌てて止める。
私もアリクスさんと同じだ、今回の事ですらあり得ないのに。
「話は以上です。
ロッテン、話があります後で宿に来なさい」
「あ、え?」
ナシュリー様とルーラは立ち上がり食堂を後にする。
宿って、そう言えばさっきこの町に泊まるって言ってたな。
アリクスさんに見送られ宿に向かう。
この町に大きな宿屋は一軒しかないので探す事なく到着した。
「お待ちしておりました」
宿屋に着くと先程の修道女が、
部屋に案内され扉を開くとナシュリー様とルーラが私を待っていた。
「改めて、久し振りねアンナ」
「その名前は...」
言い掛けて止める。
ナシュリー様には逆らえない。
色んな意味で。
「今日来たのは私も貴女に用があったからなのです」
「私に用が?」
一体何の用だろう?
「シードレスが捕まりました」
「......」
その名前に血の気が失せ、目の前が真っ暗になる。
...シードレス。
冒険者時代の仲間だった男。
私を洗脳し、恋人を斬った男。
私の身体を弄び、全てを壊した男...