第2話 ほっとけませんよ。 中編
「さあ食べよう」
「わー良いにおい!」
「ロッテンさんもどうぞ」
「ありがとうございます...」
アリクスさんが作った夕飯にマリアちゃんは大喜び。
お父さんを励ますようにはしゃぐマリアちゃんの健気さは私の胸を締め付けた。
「遠慮なく食べて下さい。
忘れ物を届けて頂いたうえ、マリアの事も」
「ロッテンさん凄かったんだよ、あっと言う間に私を抱き止めて...」
何故か私もアリクスさん父娘と食事を、こんな暖かな夕飯なんて何年ぶりだろう?
「ごちそうさま!」
「ありがとうございました」
「喜んで貰え良かったです。
マリア先に寝なさい、お父さんはロッテンさんとお話があるんだ」
「はーい、ロッテンさんまたね!」
マリアちゃんはアリクスさんに抱き抱えられ奥の部屋に。
話とはきっとマリアちゃんの事だろう。
しばらくするとアリクスさんは深刻な表情で戻って来た。
「マリアちゃんの目を治す為冒険者に?」
言い難い事だろう、私から口を開いた。
「ええ...」
「お医者様でも治すのは難しいと」
「確かに、今の医学では難しい沢山の医者にそう言われました」
「それでは何故?」
マリアちゃんには残酷な話だがアリクスさんが冒険者になってどうなる物では無い。
アリクスさんの強い意思の理由が知りたかった。
「...聖魔法の治癒なら」
「聖魔法?」
「ある医師が言ったんです、『聖魔法を使える魔術師ならマリアの目を治す事が出来るかもしれない』と」
呻くように話すアリクスさん。
確かに聖魔法なら治せる可能性はあるかもしれない。
たが身体の機能を完全に治せる聖魔術師は世界に数人しかいない。
聖女様か聖女の加護を強く受ける事が出来た正教会の幹部クラスの人達だ。
治癒を受ける為には教会からの紹介がいる。
しかし寄せられる治癒依頼は膨大な数。
教会の紹介からの治癒は期待出来ない。
世界には同じ様な話が山程ある。
その中マリアちゃんの依頼だけ選ばれる可能性は限りなく低い。
「厳しいですね」
言い難い事だが言わざるを得ない。
コネや賄賂を厳しく禁じているのが正教会なのだ。
「でもお布施をすれば」
「え?」
お布施をしたところでそんな便宜は無い。
末端の治癒魔法なら分からないが高度な治癒は正教会の本部が絡むので作為は不可能。
私が正教会の人間に頼んだ経験だから、
『...お腹の子供を助けて欲しい』と。
「分かってますロッテンさん、私達庶民には手の届かない額だと」
昔を思いだしているとアリクスさんが勘違いしたみたいだ。
ここは合わせよう。
「だからお金が必要だったのですね」
「はい、しかし私には冒険者は無謀でした」
「...アリクスさん」
「私が死んだらマリアは1人になってしまう。
母親に捨てられたマリアには私しかいないのです」
「そうですね」
苦しいがそれが現実的な考えだ。
アリクスさんがマリアちゃんの目となれば...
「お話出来て良かった、ロッテンさんのお陰です」
「そんな...」
私は何も役に立ててないのだから。
「またお腹が空きましたね、少し待ってて下さい」
アリクスさんは笑顔で立ち上がり厨房に向かった。
「あのアリクスさん?」
「ロッテンさんに食べて欲しい物があるんです、持って帰って食べて下さい」
「そんなお気遣いなく」
止めようとした時、懐かしい匂いが...
「お待たせしました、干し肉と香草のトマトスープ、ナンクス風です」
差し出された鍋。
その料理名に言葉を失う。
私の故郷の料理、一般的な家庭料理だった。
「あ、あのどうしてこれを?」
「ロッテンさんナンクスの出身でしょ?」
「え...」
ナンクスは私の故郷、しかし誰にも言った事が無い。
マチルダや、もちろんアリクスさんにも。
「ロッテンさんの注文する料理ってナンクスの人が好きな料理が多くてね。
それに訛りが」
「訛り?」
「ええ、私住んでいた事がありまして、修行中ナンクスに」
アリクスさんの笑顔と懐かしい料理。
枯れたはずの目に涙が滲んだ。
「どうしました?」
「何でも無いです、何でも...ありがとうございました」
動揺を覚られまいとアリクスさんに頭を下げ食堂を後に。
宿に戻り、まだ温かいスープを皿に移して一口啜った。
「美味しい...」
懐かしい味に故郷が浮かんでくる。
町の風景、家族、恋人の顔...
再び涙が、今度は止まらない。
頬を伝い流れ落ちた。
何とかしたい、アリクスさんとマリアちゃんに笑顔を。
正教会の知り合いにマリアちゃんの事をお願い出来ないか考える。
「...そうだ手紙」
すっかり忘れていた。
正教会の手紙、まだ全て読んで無かった。
ポケットから手紙を取り出し読む。
「へえ、あの子が正教会の司祭に」
手紙は冒険者時代の仲間が正教会の司祭になった事、そして私の現在を心配する内容だった。
手紙の最後に『神の光りが貴女を照らさん事を』と締め括られていた。
「神の光りか、私に降されるのは神の裁きだよ」
手紙を読み終え呟く。
彼女にマリアちゃんの治癒は無理だ。
そんな都合よく話は進まない。
しかしきっかけは掴めそうだ。
なぜなら私は彼女に貸しがある。
私が全てを失ったのは彼女からの依頼を受けた事が始まりなのだから。
自分でも狡いと思う。
過ちは自分のせいだ。
彼女を頼るのは本当に卑怯だ。
しかし私にはこれしか方法が無いのだ。
深夜遅くまで彼女に手紙を書いた。
神の裁きを覚悟しながら。