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第2話 ほっとけませんよ。 前編

「おはようマチルダ」


「おはようございますロッテンさん。

 手紙が来てますよ」


「私に?」


「はいどうぞ」


 ある日ギルドに届いた私宛の手紙。

 指導した冒険者達の中に手紙をくれる人がたまにいるが返事を書いた事は無い。


 冒険者は基本根なし草。

 特定のギルド専属にでもならない限り何処に返事を送ればいいか分からないからだ。


「これは...」


 手紙の封筒に捺された印、忘れもしない正教会の紋章。

 だが知り合いに紋章を使える程の人物が居ただろうか?


 眺めていても始まらない。

 机に置いてあるペーパーナイフで封を開け中身を取り出した。


「え?」


「どうしました?」


「なんでも」


 手紙の最初に書かれていた名前に声が出る。

 私を見るマチルダの目が興味に輝いていた。


「後で読む事にします」


「はーい」


 手紙を机では無くフードの内ポケットにしまい込む。

 まさか盗み見までしないと思うが用心に越した事は無い。


「今日は?」


「今日はロッテンさんもよく知る人ですよ」


「私が知る人?」


 まだ少し残念そうなマチルダはイタズラな笑顔でいつもの様に紙を差し出した。


「アリクスさんね...え、38歳って?」


 名前より年齢に驚く。

 冒険者になるのに年齢制限は無い。

 しかし体力資本の冒険者、38歳から始めるには遅すぎる。


「経歴は...」


 履歴に目をやる。

 前職が傭兵や、兵士なら前例が無い訳では...


「食堂経営?

 嘘、雷鳥の止り木ってあの?」


「びっくりしました?

 そう、あの[雷鳥の止り木]のアリクスさんです」


「びっくりしたわ」


 してやったりと笑顔のマチルダ。

 悔しさより驚きの衝撃が上回る。

 雷鳥の止り木はこの町では有名な食堂。

 厨房のアリクスさんと一人娘のマリアちゃんが手伝う店内はいつも賑やかで私もよく利用していた。


「でもアリクスさんどうして?」


「ですよね、まだマリアちゃん小さいのに」


 マチルダも不思議そうだ。

 食堂は安くて美味しいのでいつも大繁盛。

 奥さんは出ていってしまったが、2人で店を切り盛りする姿は楽しそうだったのに。


「マチルダ、理由聞いた?」


「もちろんですよ、あの店が無くなったら私どうしたらいいか...」


 先程から一転して項垂れるマチルダ。

 分かるよ、安くて美味しくツケもきくから大食漢の彼女は死活問題。

 痩せてる彼女の何処にあれだけ入るのだろう?

 そんな事より理由だ。


「で、理由は?」


「それがただ『金が要る』としか言わないんです」


「なにそれ?」


「ですよね」


 確かに冒険者は一攫千金のチャンスはある。

 しかし新人冒険者にそんなチャンスは無い。

 高報酬の依頼は高ランクじゃないと受けられない仕組みだ。


「断りますか?」


「いいえ、受けます」


 仮にここのギルドで断っても別のギルドで登録するだけだろう。

 それに私の指導を頼むと言う事は何かしらの不安を抱えているに違いない。


 出来れば止めさせたい。

 ...死なせたくない。

 アリクスさんは少し似ているのだ。

 あの人に、亡き恋人に...


「来ましたよ」


「分かった」


 マチルダの声に決意を込め立ち上がる。

 彼女の目が光る。


『(冒険者になるのを)止めさせて下さい!』


 叫びに近い心の声が聞こえた。


「おはようございます、アリクスさん」


「おはようございます、ロッテンさん」


 アリクスさんは私の名前を呼び微笑んだ。

 その顔はやはり似ていた。


「どうしました?」


「な、なんでもありません。

 私が貴方を指導させていただきます、ロッテンと申します」


「はい御存じあげてます」


「あ...そうでしたね」


 しまった、さっき挨拶したじゃないか!


「それじゃまず心構えから...」


 何とか建て直しを計るが失敗続きの散々な1日目だった。


 2日目から何とかペースを取り戻す。

 アリクスさんは冒険者達とも付き合いが長い。

 特に問題なく終えた。


「それじゃ今日は仕上げのテストです」


「はい」


 最終の3日目、簡単な依頼をアリクスさんに。

 内容はもちろん、


「ゴブリン5匹ですか」


「はいアリクスさんの実力を見るためです」


 少し不満そうなアリクスさん。

 余程自信があるのか?


「ほらアリクス、右手からもう1匹来てますよ!」


「はい!」


 疲れから剣を握る手が震えている。

 不安は当たった。

 最初の2匹までは順調だった。

 しかし続かない、体力が無いのだ。


 死んでいる食材と違い相手は生きている。

 逃げるゴブリンを追いかけるアリクスさんの息はすっかり上がり、集中力も切れかけていた。


「ここまでにしましょう」


 結局残りのゴブリンを私が片付けアリクスさんに終了を告げる。

 これ以上続ける事は出来ない。

 己れの限界を思い知った事だろう。

 両手を着き、肩で息をしていた。


 ギルドに戻り一時間程経った。


「やっぱり無理か...」


 椅子に座り項垂れるアリクスさんが呟く。

 悲しそうで不合格を告げるのが辛くなる。


「どうして冒険者に?」


「金が要るんです」


 私の質問にマチルダの時と同じ答えを言った。


「でも冒険者は危険な仕事ですよ、分かったでしょ?」


「確かに...」


 力無く答えるがまだ諦めてないみたいだ。


「食堂の儲けじゃダメですか?

 これから毎日行きますよ。ね、マチルダ」


「もちろんです!

 なんでしたら毎食でも、それに手伝います。給料は要りませんから!」


 鼻息荒くマチルダが立ち上がる。

 でも仕事は良いの?


「それじゃ足りないんです」


「足りない?」


「すみません忘れて下さい!」


 焦りながらアリクスさんは立ち上がりギルドを出ていく。

 不味い事を言ったのかもしれない。


「ロッテンさんどうします?」


「どうするって...」


 マチルダの言いたい事は分かる。

 あの様子では他のギルドで登録するかもしれない。

 新人の指導をしないギルドなら即冒険者になれるだろう。

 それは遠からずアリクスさんの死を意味する。


「アリクスさん荷物を」


「本当」


 ギルドに置かれたアリクスさんの荷物、余程慌てていたのだろう。

 今日の報酬も机に置かれたままだった。


「届けて来るわ」


「お願いします」


 荷物を持ちアリクスさんの食堂に。

 ギルドから程近くにある店は住居も兼ねており直ぐに着いた。


「アリクスさん、忘れ物を」


 暗い店内、今日は休んでいたから当然だが自宅まで真っ暗だ。

 アリクスさんはまだ帰って無いのか?


「誰ですか?」


 真っ暗な店内に聞こえる聞き覚えのある小さな声。


「マリアちゃん?ロッテンです」


「ロッテンさん?」


 真っ暗な中マリアちゃんは近づいて来る。

 夜目が利く私は見えるがマリアちゃんには危険だ。


「きゃ!」


「危ない!」


 店内のテーブルに足を引っ掛け倒れそうなマリアちゃんを素早く受け止めた。


「ありがとうございます」


「いいえ、暗いと危ないわランプはどこ?」


「え?もう夜なんですか?」


 マリアちゃんの言葉に衝撃を受ける。

 既に日は暮れ外は真っ暗。

 それが分からないと言う事は、


「マリアちゃん、あなた目が...」


「...はい1月前からだんだん」


「お医者さんは?」


 暗闇の中首を振るマリアちゃん。

 この子はまだ8歳なのに...


「マリアただいま、遅くなってごめんな。

 旨そうな肉を買ってきたぞ。

 直ぐご飯を作るから待っててくれ」


 店の扉が開きアリクスさんの声が聞こえる。


「ん、マリアどこだ?」


 焦るアリクスさんが店内を走る。

 その手には小さなランプが。


「アリクスさん」


「ロッテンさん、どうして...マリアは?」


「お父さんここに居るよ」


 両手を前に差し出し、ふらつく足取りでマリアちゃんはアリクスさんの元に歩く。

 その様子をただ見守るしかない私達だった。


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