私に出来る事~小さな町で食堂を営む男の話。その5
長い沈黙。
この出来事は痛恨の記憶として心に刻まれてしまったのは間違ありません。
私もロッテンさんから聞いた時、激しい衝撃を受けたんでした。
「アリクスさんはこの事を?」
「はい、彼女から直接聞きました。
シードレスの洗脳、そして過ちを...」
「...そうですか」
私の様子に何かを察したのでしょう。
「ランドールさんは酷い怪我を負ってしまったのでしたね」
「...はい、異変に私達が駆けつけた時、既にアンナとシードレスの姿はありませんでした」
「ランドールさんは片膝を着き、苦しい息をしながら言いました。
『アンナが拐われた...あれは本当のアンナじゃない』と」
ランドールさんは分かっていたのですね。
「ランドールは『シードレスが洗脳を...冷静になれなかった、畜生アンナ...』
そう言って意識を失いました」
「そうですか...」
ランドールさんは凄いです。
妻が出ていった時、私は洗脳とか考えられませんでした。
裏切られた怒りと苦しみで、妻を見棄ててしまったのですから。
「大丈夫ですか?」
「...ええ」
苦い記憶が心を締め付けます、ランドールさんの苦悩はいかばかりだったのでしょう。
「それでパーティーは解散したんですね?」
「ルーラは心を病み、正教会に引き取られました。
私はランドールからパーティーに貯めていたお金を受け取って故郷に戻りました」
「貯めていたお金?」
「アンナが積み立てていたんです。
『いつかヒューリが商会を立ち上げる時に』って」
ロッテンさんはヒューリさんの事をそこまで、それでも騙されてしまうとは。
心の隙を突いたシードレスの手口に今さらながら怒りが湧きます。
「療養所に入ったランドールさんはアンナを探し始めました。
私は彼が無茶をしないか心配で、姉さんと分かれお世話を」
ニュートさんはランドールさんと一緒にロッテンさんを探したんですね。
「アンナが教会に収容されたと聞いたランドールさんは私が止めるのも聞かず療養所を飛び出しました。
...まだ身体が万全では無かったのに」
「それで...」
あの時が来てしまったのですか。
ランドールさんが魔獣に襲われ命を落とした、あの時が。
「止めればよかった!
無理矢理でも!恨まれてでも!
そうすればランドールさんは死なずに済んだのに!」
「...ニュート」
ヒューリさんが涙を流すニュートさんの肩を抱き締めます。
ニュートさんの嗚咽は暫く続きました。
「...ランドールさんの遺体を私が運びました。
近くの教会に報告して、火葬して貰いました。
無念だったでしょう」
ようやくロッテンさんと会える。
その手前での死、無念でしかありませんよ。
「遺骨をギルドに持っていき、ランドールさんの死亡を届けました。
そして私も冒険者を辞め姉の元に。
ヒューリが立ち上げた商店を手伝い、今こうして...」
「そうでしたか」
話が一段落しました。
深夜遅いですが眠気は全く訪れません。
気持ちが昂っているからでしょう。
「ルーラは私達に会ってくれますか?」
「大丈夫です」
不安でしょう、ルーラさんの心に残る古傷ですけど前を向くために、皆さん必要な事なんですから。
「見えてきましたね」
夜が明け、窓のカーテンを少し開けます。
見慣れた町の景色に、私は到着を告げました。
「ここで停めて下さい」
馭者に馬車を停めるように言います。
そこは教会に併設された保護院、ルーラさんが住む家。
「一体何事ですか?」
ルーラさんが出でて来ました。
こんな立派な馬車がいきなり建物の前に停まったら早朝でも気づきます。
「ただいま戻りました、1日遅くなり申し訳ありません」
「アリクスさん?...おかえりなさい」
馭者の方が馬車の扉を開いてくれました。
姿を表した私にルーラさんは呆然としながら答えます。
「お客様をお連れしました」
「私に?」
ルーラさんは首を傾げます。
想像着かないのは当然でしょう。
「さあ、お二人とも」
私は馬車の中に声をかけます。
ヒューリさん達は頷き合って静かに姿を現しました。
「...ルーラ」
「久し振りです...」
「....え?まさか...そんな...」
ルーラさんは口に手を当て固まっています。
やがて左目から涙が滝の様に流れ始めて、
「ヒューリ!ニュート!!」
「「ルーラ!!」」
激しく抱き合う3人の姿に私も込み上げる物が抑えられませんでした。




