私に出来る事~小さな町で食堂を営む男の話。その3
ヒューリさんに飛びつかれ床に倒された私。
腰を強打し会場にある救護所のベッドに寝かされました。
この部屋には、私とヒューリさんしか居ません。
ダンホルトさん達には遠慮して貰いました。
ヒューリさんとロッテンさんには複雑な事情がありそうでしたので。
「...申し訳ありませんでした」
ヒューリさんは先程から何度も頭を下げられます。
「大丈夫です、もう痛みはありませんから」
幸いにも痛みは退いてきました。
どうやら大事はなさそうですので、ソッと身体を起こします。
「すみません、昔の知り合いに似ていたもので、つい...」
ヒューリさんはダンホルトさん達から私の事を聞き、私がランドールさんではない事を知りました。
呆然としていたヒューリさんでしたが、どうやら納得されました。
ヒューリさんは隣国で大きな商会を営んでおられます。
今回はバルホルトさん達の招きでこの街に来られたそうです。
「今宜しいですか?」
部屋の扉がノックされました。
「誰ですかね?」
「私の関係者です、宿に使いを走らせましたから。
入って貰って良いですか?」
ヒューリさんの関係者ですか。
「どうぞ」
私が了承すると1人の男性が慌てた様子で入ってきました。
「姉さん、なんて事をしたの!?」
男性は呆れた声でヒューリさんを見ます。
とても大柄な方ですね。
姉さんと言う事は、彼は弟なんでしょうか?
肌の色といい、全く似てません。
「ごめんなさいニュート、この方がランドールさんに似ていたんで、つい...」
「...ランドールさんは亡くなったんだ。
骨は俺が集めたんだ...」
「分かってるわよ...」
辛そうに話されるお二人、いたたまれません。
「すみませんでした、私はニュートと申します。
ヒューリ商会の副支配人を務めております」
ニュートさんは深々と頭を下げられました。
商会の副支配人ですか、彼の雰囲気は商人というよりベテランの冒険者みたいです。
「これはどうも、私はアリクスと申します。
どうかヒューリさんを責めないで下さい。
私がお知り合いに似ていたようでして」
知り合いとはランドールさんの事でしょう。
ロッテンさんやルーラさんからは聞いた事がありませんが、先程のヒューリさんの様子から間違いないでしょう。
「まあ、そうですね...確かに似ていますが」
ニュートさんは複雑なお顔をされます。
私も心中複雑です。
「ニュート、アリクスさんはアンナを知ってるのよ」
「まさか!?」
ヒューリさんの言葉にニュートさんは目を剥いて驚かれます。
彼もロッテンさんの知り合いなんでしょうか?
「本当よ。さっきアンナの事を。
ね、アリクスさん?」
「は、はい」
なかなかの迫力です。
「まさか?同じ名前の違う人じゃないのか?
この街でも聞き込んだけど、アンナとルーラの情報は無かったよ」
「いいえ、さっき食べた料理は間違いなくアンナの味だった。
あれは彼女のナンクス料理よ!」
「行く先々でナンクス料理ばかり食べるから混乱したんじゃないか?」
「間違う筈無いわ、あれは彼女の味よ!」
一気に捲し立てるお二人。
聞き逃せない情報ばかりです。
何から話しましょうか。
「あの味は間違いなくロッテ...アンナさんです」
「え!?」
「やっぱり!」
「そしてルーラさんは、正教会のシスターですね?」
「彼女の事もご存知なのですか?」
「はい」
「あぁ...」
ヒューリさんは口を抑えて私を見つめます。
どうやらお二人はロッテンさんが冒険者時代、仲間だった方達のようです。
「2人は元気ですか?」
「...それは」
やはり聞かれますか。
当然でしょう、今までの様子からロッテンさんやルーラさんを探されていたみたいですから。
「ルーラさんはお元気です。
私の住む町で教会と保護院をされてます...」
「...そうですか、正教会に聞いても2人の事は教えて貰えなかったんです。
ルーラは元気にしてるんですね」
「...はい」
ルーラさんの近況だけ話す私にヒューリさん達は何かを察した様です。
「...アンナはいつ頃?」
「...3年前です。
ルーラさんに見送られて」
「そうですか...」
「...アンナ」
崩れ落ちる2人を見つめる視界がボヤけます。
涙が止まりません。
あの日、ルーラさんから連絡を受けマリアと教会に駆けつけたんです...
「アンナは苦しまずに?」
「...はい、穏やかな笑顔でした」
「そう...」
長い沈黙、ヒューリさんの嗚咽が時折聞こえます。
「アリクスさん」
「はい」
ニュートさんが涙を拭きながら顔を上げました。
「アンナのお墓は?」
「ここから馬車で1日です。私の住む町に」
「分かりました、姉さん」
「分かった。アリクスさん、案内して下さい」
「もちろんです」
お二人がロッテンさんにどんな気持ちを抱えているか分かりません。
しかし悪い結果にはならない。
2人の様子にそう確信しました。




