私に出来る事~小さな町で食堂を営む男の話。その1
「アリクスさん、これで良いですか?」
「ありがとうございます」
ある商店の応接間。
テーブルに並ぶ品々。
注文していた品は全て揃っていた。
希望通り、いやそれ以上の品質だ。
「すみません、ご無理を言いまして」
「いいんですよ、私の方こそ息子の事でお世話になり、ろくに恩返しも出来ず」
「そんな、頭をお上げ下さい」
頭を下げるこの方はダンホルトさん。
彼はラインホルトの父親。
私の娘、マリアの舅さん。
「息子が生きていただけでなく、幸せに暮らせているのはアリクスさん、貴方のお陰です」
「それは」
真剣な目で私を見るダンホルトさん。
だが素直に感謝を受ける事は出来ない。
ラインホルトが幸せになったのはロッテンさんのお陰なのだ。
マリアや私もなのだから。
「どうされました?」
「いいえ」
脳裏に浮かぶロッテンさんの笑顔が私の心を締め付ける。
私は彼女に何かしてあげられただろうか?
何も返せなかった。
私は何一つ返せないまま、あの女は逝ってしまった...
「しかし珍しい物を注文されましたね。
私も長く商店を営んでますが、初めて見る物が沢山ありましたよ」
塞ぎ込みそうな私にダンホルトさんは話を変えた。
確かに私が注文した品は余り見る事が無い物ばかり。
これは全て料理に使う食材や調味料。
今回作る料理には欠かせない品ばかりだった。
私の住む町では手に入れる事が出来ないので、ラインホルトの実家にお願いして手配して貰った。
そして初めてラインホルトの実家に挨拶も兼ねて今回訪ねたのだ。
「ええ、確かに余り見ない物ばかりです。
でもこれが無いと今回は作れない料理なんです」
「そうですか」
ダンホルトさんは詳しく聞かない。
きっとラインホルトから聞いてるのだろう。
私が町の保護院で末期の人の為、最後の食事に想い出の料理を作っている事を。
それは人生の縮図。
亡くなった家族、仲間、棄ててしまった過ちの記憶だったり。
ルーラさんが聞き取った話から私が作るのだ。
皆、涙を流し穏やかな最期を迎える。
...そして殆ど料理に手を着ける事は叶わない。
「マリアさんはどうでしたか?」
「あ、ああ大丈夫です、悪阻も治まったみたいで」
「そうですか、良かった」
マリアの体調を気遣ってくれるダンホルトさん。
マリアは今、2人目の子供を妊娠している。
ここに来る前、私はハンフェに住むラインホルト達を訪ねた。
ラインホルトは漁師を休業して食堂に専念していたのだが。
「早く料理人に絞ってほしいのですが」
「あいつは昔から頑固でしたから」
愚痴を溢す私にダンホルトさんも頷く。
全く、私は認めているのだ。
彼の腕、そして人柄を、私の店を受け継いで欲しい位に。
「父さん」
「どうしたバルホルト?」
応接室の扉が開き1人の男性が顔を出した。
彼は...
「ラインホルトの奥さん、マリアさんのお父さんだよ」
ダンホルトさんは男性に私を紹介してくれました。
「初めまして、アリクスと申します」
「これはご丁寧に。
ラインホルトの兄、バルホルトと申します」
成る程、ラインホルトの兄さんですか。
何処と無く似てますね。
「今夜の商会の寄合はお前が幹事だろ、会場を離れて良いのか?」
「問題が起きたんだ」
「問題?」
汗を掻き焦った様子のバルホルトさん。
商会の寄合とは何か分かりませんが、何やら深刻な事態みたいですね
「今夜の立食パーティーに頼んでいた料理人が逃げたんだ」
「何!?」
思わず立ち上がるダンホルトさん。
彼の表情にも焦りが浮かぶが、まだ昼前です。
料理人くらい直ぐに代役を頼めば良いのでは?
「...困ったな、今回は確かヒューリ商会の代表が」
「ああ、やっと来て貰えたのに」
2人頭を抱えてます。
私が口を挟む事では無いでしょうが、放っておけません。
「商会の寄合に食事は大切な物ですか?」
「ええ、ゲストの方をもてなすのに大切なのです」
「そうですか、料理人の代役は?」
「それが、今回は向こうから料理のリクエストをされまして、料理人の手配が直ぐ出来ないのです」
「リクエスト?」
「ええ、ナンクス料理です。
この街にはナンクス料理を作れる料理人が居なくて今回手配したのですが」
「来ないと」
「はい、報酬だけ受け取って姿を眩まされました」
「...ちゃんと身元保証人まで置いて手配したのに」
「成る程」
騙されましたね、料理人の世界にたまにあるのです。
珍しい料理を作れると売り込んで、報酬を先に受け取り、ボロを出す前に逃げ出す奴が。
奴等に身元保証人等関係ありません。
直ぐに街を離れて次の獲物を探すだけですから。
「食材は?」
「は?」
「だから今回のパーティーに使う食材です」
「全て運び込まれてます。
逃げたのは料理人達だけですから」
「宜しい」
食材が無事だったのは何よりです。
中には食材ごと持ち逃げする奴も居ます。
「アリクスさん、まさか?」
ダンホルトさんが驚いた目で私を見ました。
「バルホルトさん、参加者の人数は?
何品作るのですか?
あと料理リクエストの紙を」
立ち上がり、傍らに置かれた鞄を確認します。
中には私の料理道具が入っている。
ここに来る前、ハンフェに寄って良かった。
ラインホルトに料理の指導する為、最低限の愛用の道具は持って来てますから。
「これです」
「ふむ」
バルホルトさんからメニュー表を受け取ります。
全てナンクス料理ですね。
[干し肉のスープ、カジキのトマトソース...]
懐かしい料理名が並んでました。
「アリクスさん、ナンクス料理は?」
「大丈夫でしょうか?」
何やらお二人が話されてますが、耳に入りません。
頭の中は調理の順番と、段取りを考える事で一杯です。
「よし、料理人を2人呼んで下さい。
ナンクス料理に詳しく無くて結構ですから、腕の立つ人をお願いします」
「はい、私が手配します」
ダンホルトさんが立ち上がります。
「バルホルトさん、会場に案内して下さい。
そして調理場に食材の運び込みを」
「分かりました、行きましょう」
久し振りに燃えて来ました。
ナンクス料理、ロッテンさんとの想い出。
「存分に腕を奮いますよ」
年甲斐もなく、滾る物を感じる私でした。




