貴女が逝った後~小さな町のギルドマスターの話 その1
「「おはよう」」
「おはようございますマチルダさん、ハロルドさん」
いつものように私は主人のハロルドと一緒にギルドへ。
扉を開けると先に来ていたギルドの仲間が掃除をしながら私達を迎えてくれた。
「いつもごめんなさいね」
「いいえ、マチルダさん達は子供の学校がありますから」
箒を手にした受付のニールちゃんが笑顔で答えてくれた。
私達は3人の子供達に朝ご飯を食べさせたり、学校へ連れて行ったりする為、ギルドに着くのがみんなより遅くなってしまう。
「さあやろうか」
「ええ」
ハロルドから雑巾を受け取り、私達も掃除に参加する。
こうして私達の1日が始まるのだった。
「この依頼をお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
ギルドを開けると早速数人の冒険者達が掲示板から依頼書を受付に持って来る。
奥のテーブルから依頼の手続きを見ながら、私もギルドマスターとしての仕事に取り掛かる。
ロッテンさんから引き継いだギルドマスターの業務は金銭の管理から依頼の取り纏め、ギルド本部への通達等、多岐に渡る。
生前のロッテンさんから少しずつ仕事を教わっていたお陰で上手く引き継ぐ事が出来た。
彼女は自分の命が残り少ない事が分かっていたんだ。
だからこのギルドで古参だった私を後継者にしようと一生懸命に。
何も知らない当時の私は家族と過ごす時間が削られるのを寂しく思いながら手伝っていた。
『ごめんねマチルダ』
あの時、ロッテンさんが呟いた言葉の意味を思い出すと当時の私をひっぱたいてやりたくなる。
ロッテンさんと過ごした掛け替えの無い時間を疎ましく感じた愚かな私を...
(どうしたんだい?)
(なんでもない)
視線に気づき頭を上げると、主人は優しい目で見つめていた。
言葉を交わさずとも心で伝わる、私の考えてる事は全て分かってくれる主人。
「なんでこの依頼が受けられねえんだ!」
突然ギルド内に響き渡る男の怒声。
声の主は薄汚れた顔をした3人の男達だった。
おそらく食い詰めた冒険者か、流れの冒険者だろう。
難癖をつけてギルドから金を脅し取るつもりか?
「この依頼はCランク冒険者用ですから」
「何度も言ってるだろ、俺達はB級だ!」
「ですからギルドカードをご提示下さいと何度も」
「分からねえ女だな、失くしたって言っただろ!」
「それでしたら先に再発行の手続きを」
毅然と対応するニールちゃんだけど、足が震えているのが後ろから見える。
これ以上はダメだ、彼女には荷が重い。
傍らに置いてある愛剣を掴み、カウンターに向かった。
「マチルダ」
「大丈夫、貴方は後をお願い」
「分かった」
途中、心配した主人は私の肩に手を置く。その手を握り返した。
安心安全を掲げるこのギルドでも、たまにこうした問題は起きる。
「どうされましたか?」
穏やかな笑みを崩さず、男達に話掛ける。
こんな時に睨んだりするのは逆効果。
「誰だテメエ」
「私はこのギルドでマスターを務めるマチルダと申します」
「はあ?」
「お前みたいな女が?」
「このギルドはふざけてんのか?」
男達は私に顔を近づけ口々に罵る、それは別に良いんだけど、
「...臭い」
こいつらは臭いのだ、体臭、口臭、酒の臭い...後は何だろ、排泄物かな?
「あーん」
「止めて、息が出来ないわ」
近づけられた顔を押し返す。
直接は嫌なので、カウンターにあった雑巾を被してだけど。
「....ふざけやがって」
「すみません、ギルマスは犬より鼻が利くんです」
ニールちゃん、いくら私でも犬には勝てないよ、いや食べ物を探す事なら勝てるかな?
それより私の中から魔力を感じるんだけど。
ロッテンさんを思いだしていたら自分でも気づかない内に身体強化をしてたみたい、だから鼻が利いたのか。
「殺すぞ!」
激昂した男達は剣を抜いた。
はい、正当防衛成立!
「...いきます」
ちょうどいい具合に身体強化されてるし。
愛剣を静かに構えた。
「ふう」
軽く剣を振っただけで奴等は気を失った様だ。
余りにも弱い、折角の身体強化が無駄に終わってしまった。
「ありがとうマチルダ」
ハロルドはロープで3人を縛り上げる、隣街にある兵の詰所に連行する為だ。
どうせ叩かないでも埃は出るだろうし。
「[千里眼の女]は健在ですね」
ニールったら、懐かしい事を。
「嘘、千里眼のって」
「うわ初めて見たよ」
ギルドに居た冒険者達が騒ぎ出す。
ロッテンさん達と共に犯罪組織を相手に戦った話は結構有名な話だから。
「やだ、みんなそんな...」
尊敬の眼差しが...恥ずかしい...
「あら?」
ギルドに響くお腹の音、続いて笑い声が巻き起こった。
「大食の戦士ってのも本当だったのね」
誰かの言葉に一層笑い声が弾ける。
「今言ったの誰?」
笑顔でギルドを見渡して犯人探し、すっとぼける面々にタメ息する。
『楽しくやってるよロッテンさん』
そっと呟きながら明日は念入りにロッテンさんのお墓を掃除しようと決めた。
「行ってくるわね」
「気をつけて」
翌朝、外はまだ薄暗い、玄関に置かれた桶と花束を手に家を出る。
子供達はまだ夢の中、主人は私の食べ終わった食器を片付けながら優しい瞳で私を見送った。
8歳年下だけど頼りがいのある主人。
仕事も丁寧でギルドだけでなく、冒険者達からも人望が厚い。
家では優しい旦那様、そして子供達のお父さん、本当にいい人と結婚出来たよ。
『ロッテンさんのお陰だ』
彼女が背中を押してくれなかったら彼と結婚はしてなかった。
何しろ主人が新人職員としてギルドに来た時、彼はまだ18歳だったのだから。
「ありがとうロッテンさん」
呟く私の目に三基並んだお墓が見えてきた。
その内一基がロッテンさんのお墓。
小高い丘に建つロッテンさんのお墓、ここから町が一望出来る。
ロッテンさんが住んでいた宿、冒険者ギルド、ルーラさんが住む保護院と教会、そしてアリクスさんが営む食堂も。
一番右側がロッテンさんのお墓、[ロッテン(アンナ)]そう刻まれている。
しかし真ん中と左側のお墓には何も刻まれていない、誰も眠っては居ないのだ。
「いつか..必ず...」
この二基はランドールさんと、産まれる事が叶わなかった小さな命のお墓。
ルーラさんが希望した。
名前が刻まれて無いのはランドールさんの親戚から許可を貰って無いからだ。
貴族の墓には何かとルールが必要。
(仮令顕彰碑であったとしても)
『せめて[ランドール]と名前を刻みたい、そうじゃないと...』
孤独に眠るロッテンさんを思うと、涙が止まらなかった。




