ロッテンさんの逝った後~港町で小さな食堂を営む家族の話。 その5
項垂れるナフサをアンナは意味が分からない様子で見つめていた。
『貴女のお陰』その言葉に嘘は無い、実際そうなのだから。
「...失礼しました」
立ち上がるナフサ。
辛そうな姿だけど、私に出来る事はもう無い。
「外まで送りますよ」
「結構です!」
ナフサの大きな声に、アンナは手にしていたオモチャを落とした。
「ごめんなさい」
慌てて頭を下げるナフサ。
これで終わりなの?私ではロッテンさんの様にいかなかったよ。
諦めて扉を開けるナフサを見る、アンナは私のスカートを握り、少し震えていた。
「よう」
「え?」
「...あなた」
「お父さん!」
開いた扉の向こうに居たのは、静かな目をした主人。
軽くナフサを見ると、主人は私のスカートを握るアンナの手を優しく離した。
「ニーナちゃんが起きたよ『アンナ姉ちゃんはどこ?』って探してるよ」
「大変!」
アンナは急いで部屋を出ていった。
「まあ座れよ」
主人を見つめるナフサは瞬きすら忘れている。
「ほら座れって、俺も今帰ったばかりで疲れてるんだし」
椅子を引き、ナフサに座るよう促す主人。
でも帰ったばかりって?
「どこか行ってたの?」
「マリア達が朝市に行ってる間にな、それより何か飲み物を頼む」
「はい」
後で話すつもりだろう、主人は些細な事でも全て話してくれる人だから。
「どうぞ」
「ありがとう」
暖かいお茶を用意すると、いつもの笑顔でお礼を言った。
「お前も飲めよ」
主人はナフサにも新しいお茶を勧める。
先程のお茶は手を着けないまま冷めていた。
「いただきます」
震える手でナフサは一口啜る。
「旨いだろ」
「ええ」
「マリアはお茶まで旨く淹れるんだぜ」
嬉しそうな主人だけど惚気てて良いの?
私は嬉しいけど。
「墓参りに行ってきた」
「お墓参り?」
主人はそう言ったが、主人の実家のお墓って、この街には無いって...
「俺の実家の墓じゃない、カールスのだ」
「え?」
「カールスの?」
ナフサを寝取った男の墓に行くなんて、まさか壊したりしてないよね?
言葉が出ない、ナフサも一緒だ。
「アイツもバカだな」
「バカ?」
それはどういう意味だろう?
「ナフサが好きなら、ちゃんと言えば良かったんだ。
俺達3人、いつも一緒だったのに」
「...それは」
ナフサは答えに詰まっている。
でもラインホルトを選んだのはナフサで、結局裏切ってカールスに行ったけど。
「俺もカールスも、そしてナフサ、お前もあの時に間違ってしまったんだ」
「間違った?」
真剣な主人の目がナフサを見つめる、その気迫にナフサは押されていた。
「迷宮のダンジョン攻略だよ」
なんだそれは?
私には分からないけど、ナフサは息をするのも忘れてしまった様に、口を開けたまま固まっていた。
「あの時、俺は実力不足なのに無謀な挑戦でカールスとナフサを死なしてしまう所だった」
「まさか?」
貴方が無謀な挑戦を?
信じられない。
主人は漁に行くとき、慎重な準備を欠かさない。
天候もそうだ。仮令朝が好天でも、崩れる前兆があれば決して船を出さないし。
どんなに大漁でも深入りはしない。一部の漁師から臆病者と言われても、絶対に。
「あの時、俺は間違った。
そしてカールスとナフサの信用を失ったのさ」
「でもそれは...」
ナフサが何かを言おうとする。
「まあ聞け」
主人はナフサを止めた。
「カールスは俺の失敗を予想していた。
だから頼ったんだ、ファンクスのパーティーに」
『ファンクス』と聞いたナフサの目に涙が浮かぶ、きっとファンクスのパーティーって言うのがナフサを弄んだ連中なんだろう。
「あんな奴等を頼ったのがカールスの失敗だ。
俺の未熟さを言えば良かったんだ、いかに俺が無謀な挑戦をしようとしてるかをな、そうすりゃナフサだって俺に愛想が尽きただろ?」
おそらくカールスは奴等の口車に乗せられたんだ。
『ナフサを奪うチャンスだ』とでも言われたのか。
「そしてナフサ、お前は自分の頭で何も考えなかった。
それがお前の失敗だ」
「そんな、私はカールス達に騙されて...」
主人の言葉にナフサの目から涙が流れる。
「俺が毎日責められていた時、お前は奴等と一緒に罵ったが、何を考えてた?」
「それは...」
「俺が裸で抱き合うカールスとお前を見た時、項垂れる俺にお前は何を言った?」
「......」
ナフサの顔は真っ青に変わり、震え出した。
そんな事までしたのか、生々しい話に同情なんか吹き飛んだよ。
「な、騙されたんじゃないだろ?
あの時、お前は何も考えず、自分から墜ちたんだ、進んでな」
主人は表情を緩め、ナフサを見た。
「失意で冒険者を諦めた俺は恨んだよ、お前をカールスをファンクス達をな」
「.....ごめんなさい」
益々震えるナフサの姿に私は...
「でも、お前は戻って来た」
「え?」
「自らの過ちに気づいて、戻って来たじゃないか」
明るく話す主人にナフサは混乱している。
(私もだが)
「それはカールスが殺されてファンクス達が捕まり...」
「だとしてもだ、お前はその時にやっと自分で考えたんだろ?」
「...でもラインホルトに会えなくて、私死のうと」
「ロッテンさんが救ったんだろ」
「そうよ」
成る程、ここでロッテンさんがナフサを救ったんだ、間一髪だったね。
「あの人は凄いよ、自分の過ちに絶望しながら、でも人の為に尽くしてさ」
主人は遠い目で呟く。
「『生きなさい』そう言われたわ」
「そっか」
ロッテンさんらしい言葉だ。
「もう償いは充分だ、幸せになれよ」
「無理よ、もう私は....」
「また逃げるのか?」
「そんな!」
ナフサは髪を振り乱し叫んだ。
「俺が幸せになれたんだ。
アリクスさん、マチルダさん、ルーラさん、そしてマリアとアンナ...ロッテンさん達のお陰でな」
「あなた...」
私を見つめる主人の瞳、なんて愛しいの。
「まだ間に合うさ」
主人は床に落ちてたオモチャを拾い上げた。
「これはお前が?」
「ええ」
木を削って作られた野菜と包丁、これを選んだのはさすが私の娘。
「昔からナフサは手先が器用だったからな」
主人は懐かしむ様にオモチャをテーブルに集める。
「自分の子供にも作ってやれよ」
「え!?」
主人の言葉に激しい衝撃が、まさかナフサ結婚してるの?
「あの人はただの知り合いよ、一緒に暮らしてる訳でもないわ...どうしてあの人を?」
ナフサ、顔が赤いよ、好意はあるみたいだね。
「店の前に立ってりゃ誰だって気づくさ。
少し話したが、突然姿を消したお前を探して冒険者を辞めてまで追っ掛けて来てくれたんだろ?
ナフサの過去を全て受け入れてくれてるんだ、早く踏み出せ」
「...無理よ」
煮え切らない、あーイラつく!
「ナフサ!!」
「はい!」
「何よウジウジして!!いつまでも待たせるなんて相手に失礼でしょ!」
「マリア、それって昔俺に...」
いけない!
これ、なかなか煮え切らない主人に迫った時に言った言葉だった。
「ありがとう、マリア、ラインホルト」
静かに呟くナフサ、空気が変わって来たのを感じる。
「家族を持て、子供を作って幸せになるんだ。
もう自分で考えられるよな?」
「でも...もう私は...」
ひょっとしてナフサは子供を作る事が出来ない身体に?
「ナフサ子供好きだったろ?」
「あなた!」
なんてデリカシーが無いの。
「ふふ」
笑った?今、ナフサが笑ったの?
「大丈夫ですマリアさん、私は子供...はい」
「そうなの、じゃあなぜ?」
「私はもう35歳ですから」
そんな事か。
「大丈夫です、世間じゃ40歳を過ぎてお母さんになる人も沢山居ますから」
「そうだよ、俺達の住む町じゃ30、40で子供を産むなんて当たり前だ」
確かに、ハンフェの町に住む人達は子沢山が多い。
命懸けの漁師にとって家族の絆を求め妻を抱いて、結果子供が、羨ましい...何を考えてる私!
「...ありがとう」
「いつかまた家族一緒に、な」
「うん」
再びお礼を言うナフサは私達を見て微笑んだ。
その頬には笑窪が。
これで彼女が救われたかは分からない、でも1つの区切りになったのは間違いないだろう。
私達家族と再び会う日が来るかも分からないが、もしその日が来ても歓迎出来る気がする私だった。




