ロッテンさんの逝った後~港町で小さな食堂を営む家族の話。 その2
ロッテンさんのお墓参りも無事に終わり、アリクスさんの家で一泊した後、俺達家族は次の目的地に向かう。
22年振りに帰る俺の故郷へ。
「懐かしいな」
窓から流れる景色を眺めながら呟いた。
「懐かしいの?」
そう聞くのは俺の膝に座るアンナ。
「この道を逆に来たんだ、あの時は13歳のガキだった」
「へえ...13歳のお父さんか」
娘は俺と同じ景色を見る。
そう、13歳の俺達は一流の冒険者を夢見て、ギルドに向かったんだ。
新人育成の評判が高いロッテンさんの居たギルドに。
「お馬で行ったの?」
「歩いてだ、野宿しながら3日掛かったな」
当時は馬を雇う金なんか無かった、もっとも乗れなかったが。
「野宿?怖くなかった?」
「怖くなかったよ、仲間が一緒だったし」
「仲間?」
「同じ町で、同じ夢を見た、仲間だった奴等とな」
『仲間』自分で言っておきながら心が疼いた。
恋人だった女と親友だった男、裏切った仲間か...
「お父さん」
「何だいアンナ?」
「大丈夫?」
「ありがとう、お父さんは大丈夫だよ」
何かに気づいたアンナは俺に抱き付いた。
変な空気でも出していたかな?
「優しいなアンナは」
「へへへ」
アンナの頭を優しく撫でると、ご満悦な笑顔。
なんて可愛いんだ。
「お母さん、どうしたの?」
「ううん、なんでも無い」
さっきから何も話さないマリア。
娘の言葉にも上の空、昨日まで元気だったのに。
「どうした?馬にでも酔ったか?」
「違うよ」
「そうか」
素っ気ない返事だ、俺の家族と会うので緊張してるだけじゃないな。
「安心しろ、俺も家族に長い事会ってないからな」
「何それ?」
俺の軽口にアンナは呆れてる。
一体何を考えて...ひょっとしてホーリーとのナフサの話を聞かれたかな?
「安心しろ、終わった事だ」
「うん」
マリアの表情が僅かに緩む。
アリクスさんの奥さんも家族を捨てて男と出て行ったそうだし、マリアにとってもナフサの話は気持ちの良い物じゃなかっただろう。
「ゆっくり行った方が良いかな?」
ホーリーが心配そうに俺達を見る、これ以上心配掛けてはダメだ。
「大丈夫だ。
予定を変えちまったら、向こうも心配するし」
「そうか?」
「大丈夫だよな、マリア?」
「ええ、ありがとうホーリーさん。
アンナも早くお爺ちゃんとお婆ちゃんに会いたいよね?」
「うん!」
アンナが明るくて、朗らかな娘で助かった。
故郷まで馬車で丸1日、食事は馬車の中で済ませたる。
アリクスさんが保存の効くお弁当を沢山持たしてくれたから安心だ。
静かに馬車は進み、1日が過ぎた。
「ラインホルト。見えたぞ」
「ああ」
夕日の中、城壁に囲まれた大きな門が見える、俺の生まれた街。
「...凄い」
「おっきい」
マリアとアンナはそびえる城壁に言葉を失ってる。
小さな町しか知らない2人が驚くのも無理は無い。
通行証を門番に渡し馬車は街の中へ、昔と相変わらず賑やかな街の風景。
「お父さん、今日はお祭りなの?」
「いいや」
「ホーリーさん、今日は何か催しが?」
「何も無いけど?」
中に入ってもマリアとアンナの興奮は収まらない。
俺達からすれば当たり前の光景だけど、2人には新鮮なんだろう。
大通りを歩く人だけでもハンフェに住む全部の人の数倍は居るしな。
「着いたぞ」
「ありがとう」
ホーリーは一軒の建物前に馬車を止めた。
22年前と何も変わっちゃいない。
「あの...ここは?」
「実家だ」
「は?」
「...凄い立派なお家」
馬車から荷物を下ろす俺を他所に、マリア達は呆然としてる、そんなに驚くかな?
この街じゃ一般的な商家だぞ?
「ありがとうホーリー」
「またな、親孝行しろよ」
ホーリーを乗せた馬車は去って行く、帰りは実家が馬車を用意してくれる。
「さあ、入るぞ」
「あ、はい」
「うん」
荷物の入ったトランクを両手に建物の中へ入る。
今日は店が休みの様で、人気も無く静まり返っていた。
「どちら様ですか?」
店の奥から声が、懐かしい声に息が詰まる。
「...ラインホルトです」
「ラインホルト...ラインホルトなの!」
奥から駆け出す足音。
「ラインホルト!!」
「ただいま母さん」
「ああ、夢じゃないのよね?
本当に...本当にラインホルトなの?」
「長く留守にして、ごめんな」
母さんは俺を激しく抱き締める。
22年の時間はすっかり母さんを変えていた。
当たり前だ、母さんも50歳を過ぎているんだから。
「帰って来たか」
次に姿を現したのは父さんだった。
母さんと一緒、若々しい姿じゃない。
髪はすっかり白くなり、顔には無数の皺が刻まれていた。
「どうした?」
固まる俺に父さんが近づく、相変わらずの眼光に身が引き締まる。
冒険者になるのを最後まで反対され、家を飛び出したあの日の光景が思い出された。
「早く入りなさい、嫁と子供を立たせたままにする奴があるか」
「あ、ああ」
素っ気なく父さんは奥に消えて行く。
母さんは俺から離れて、マリアとアンナを見た。
「貴女がマリアさん?」
「は、はい、お義母様」
「そしてアンナちゃんね」
「はい、お婆ちゃん!」
緊張する2人に母さんは優しく微笑み...
「よく来てくれました」
しっかりとマリアとアンナを抱き締めた。
こうして俺は両親に家族を会わせる事が出来たのだった。
「さあ中に」
「ありがとう」
「し、失礼します」
「おじゃまします!」
母さんに促され奥の部屋へ、中に入ると、一番会うのを躊躇っていた男が俺を待っていた。
「帰って来たか」
「ただいま、兄さん」
二つ上のハルホルト兄さんは俺を見つめた。
昔から苦手な兄貴だった。
品行方正で勉強も出来、剣術も優れた兄貴といつも比べられたからだ。
今は親父と一緒に店を切り盛りしてるって、手紙に書いてた。
「老けたなラインホルト」
「兄さんも」
「当たり前だろ、もう37だ」
思い出にある兄貴は15歳、それが40前になれば当然。
「こんにちは」
1人の女性が小さな子供を連れて現れた。
初めて見る人だ。
「ハルホルトの妻でサリーと申します」
「妻?兄さん結婚してたのか?」
「当たり前だ」
兄貴は少し照れているが、親父からの手紙には一言も書いて無かったぞ。
「5年前にね、この子が娘のニーナよ」
母さんが兄貴に代わり教えてくれた。
5年前、俺と一緒だ。
「ニーナちゃん、いくつかな?」
サリーさんの足にしがみついてるニーナちゃんに聞いた。
「......イヤ」
「え?」
怯えた表情のニーナちゃん。
人見知りなのかな?
「おじさん、お顔が傷だらけで怖いの...」
「こらニーナ!」
ニーナちゃんの言葉に声を失う、慌てて兄貴が叱るけど仕方ない。
俺の顔には無数の傷痕が刻まれている、冒険者時代の傷痕が。
「だって!」
兄貴に叱られ泣きそうなニーナちゃん、困ったな。
だいぶん目立たなくなったと思っていたんだけど。
「ニーナちゃん」
固まる空気の中、アンナは笑顔のままニーナちゃんに近づく。
まさか怒ってないよな?
マリアは笑顔で俺を見ている、アンナに任せろって事なのか?
「あなたは?」
「私はアンナだよ、ニーナちゃんは幾つ?」
「...3歳」
「そっか、それじゃ私の方がお姉ちゃんだね。
お父さんは弟なのに、娘の私がお姉ちゃんって不思議だ」
「うん」
アンナの言葉にニーナちゃんもつられている。
「ねえ、私も怖い?」
「ううん」
「私のお母さんは?」
「....怖くない」
「良かった」
アンナは笑顔を俺に向けた。
「お父さんは怖くないよ、だってお父さんは私より優しくて、お母さんが大好きで、町のみんなからも慕われいるんだ」
照れるな、お母さんが大好きは言わなくても良いぞ。
「本当?」
「うん、私もお父さん大好き!お顔の傷もみんな大好きなんだ!」
「...アンナ」
なんて良い子なんだ、こんなにしっかりとした娘だったのか。
「だから、お父さんは怖くないよ」
アンナは俺の手を引っ張り、ニーナちゃんのそばに連れて行くが...
「お父さん笑って」
「こうか?」
言われるまま笑顔をニーナちゃんに向けた。
「ね?」
「本当だ、怖くない!」
良かった、笑顔のニーナちゃんに心底ホットする俺だった。
「顔合わせも終わった所で何か食べましょう、お腹空いちゃった」
母さんが空気を変えようと手を叩いた。
「何か作ります」
サリーさんがキッチンに向かうが。
「マリア」
「分かってるわ」
マリアの目が光る、出番だぞ
「お義姉様、お手伝いします」
「そんな、お客様なのに」
「お願いします、お料理してないと落ち着かなくって」
マリアはトランクから愛用のエプロンと包丁を取り出した。
「それじゃ一緒に」
「はい」
2人仲良くキッチンに向かう。
アンナはニーナちゃんと仲良く遊び始めた。
「大丈夫か?マリアさんは本職の料理人だろ?」
兄貴が耳元で呟いた。
「大丈夫だ、マリアは近所の奥さん達にも料理を教えてるんだ。
プライドを傷つける真似は絶対にしないから」
「そうか」
不安そうだな、でも絶対に大丈夫だ。
「私も行こうかしら」
母さんもキッチンに向かう。
女同士で楽しみたいのだろう。
しばらくしたらキッチンからサリーさんとマリア、そして母さんの笑い声が聞こえて来るのだった。
次々て出てくる料理をアテに、持参して来た酒を兄貴と親父の3人で飲みかわし、今までの事を語り明かした。
結局その日は酔い潰れてしまった。




