第1話 謝れるだけ幸せですよ。 後編
「仕組まれていた?それってダンジョン攻略も?」
「いいえ、ダンジョン攻略はラインホルトの独断でした。
一緒にラインホルトを責め立てた事です」
そう日記に書いていたのか?
カールスはもしナフサに日記を見られたらと考えなかったの?
「『独断で仲間の命を危険に晒したお前にリーダーの資格は無い』その日以来私達は毎日ラインホルトを責め立てて...」
「それで?」
先を促す、この調子では朝まで聞いていても終わりそうもない。
「助けて貰ったパーティーと私達は何度か一緒に行動するようになりました。
ラインホルトはタンクに転向して」
「タンクに?カールスがタンクじゃなかったの?」
「ファンクスが言ったんです、『ラインホルト、お前にアタッカーは無理だ』と」
「ファンクス?」
「私達を助けたパーティーのリーダーです」
実力不足を痛感したラインホルト君は受け入れるしかなかったという事か。
それに毎日責め立てられたら尚更だろう。
しかしファンクスとか言う奴は他人のパーティーにそこまで口出しするか?
嫌な予感がした。
「ラインホルトは頑張って私達の為にタンクの役目を果たしました。
何度も傷つきながら馴れないタンクを命懸けで」
「そうだったの」
2年前に見たラインホルト君の酷い傷跡はそういう訳だったのか。
「そんな彼に私は...」
うつむき体を震わせるナフサ。
大体の想像はつく。
「彼を裏切ったのね」
震えながらナフサは頷く。
「麻痺していたんです。
いつの間にかラインホルトを責めた後カールスに抱かれるのが癖になって、とうとう見つかっても項垂れるラインホルトにカールスと私は酷い言葉を...」
それでラインホルト君はパーティーを去った訳か。
冒険者にはよくある話。
『命を預ける以上恋愛感情は切り離せ。それが出来ないなら人を頼るな、簡単な依頼だけにするか強くなれ。嫌なら冒険者を辞めろ』
私もよく言われた。
「カールスはどうして死んだの?」
「ファンクスに襲いかかり、逆に斬り殺されました」
嫌な予感が当たったな。
重苦しい空気に窓を開ける。
冷たい夜風が部屋に入り一息吐く。
「ナフサ、貴女はファンクスにも抱かれてたのね」
「...はい」
「そしてカールスは金も巻き上げられていた」
「ええ...」
『新人冒険者を食い物にする奴に気をつけろ』
ちゃんと教えたんだけどな。
ラインホルトに嫉妬していたカールス。
目をつけられたんだろう。
「ファンクスは?」
「両目を失いましたが死にませんでした。
同じ事を繰り返していたみたいで、彼のパーティー全員捕まりました」
つまり全員にも抱かれていたのか。
そりゃカールスも狂うわ。
幼馴染みから寝取った恋人がまた寝取られて輪姦されちゃね。
全てを失い我に返ったナフサ、そんな所かしら。
私から言える事は1つ。
「忘れなさい」
「え!?」
「忘れてしまいなさい。
今は辛いでしょう、でも過去には戻れない。
まだ貴女は17歳よ、やり直せるわ」
「でも、ラインホルトに...」
「『カールスは死にました、ファンクス達にも抱かれてました。
騙されてたの。ラインホルト、やり直しましょう』とでも言うつもり?」
「...ロッテンさん」
涙を流しながら私を見るナフサ。
その目に怒りが滲んでいる。
酷い事を言ってる自覚はある。
でもまだ彼女は救いがあるのだ。
「ラインホルトは全てを振り切ってやり直してるの、貴女はまた彼を地獄に落とすつもり?」
「そんな事...」
「しようとしているの、彼は自分の家族にも会わず、貴女のした事も誰にも言わなかった。
その意味を考えなさい」
長い沈黙が続く。
もう私が言う事は何も無い。
「分かりました」
夜が明ける頃ナフサがポツリと呟いた。
「もう行きます、ありがとうございました」
「気をつけてね」
「はい」
一晩泣き腫らしたナフサ、当然答えは出なかっただろう。
「いつかラインホルトに会えますか?」
「分からない、でも彼は生きている。
生きてさえいればそんな日が来るかもね」
ナフサは私と違う、償えるチャンスがあるのだ。
「やっぱり忘れる事は出来そうに無いです」
寂しそうに立ち上がったナフサは私の部屋を出た。
「さようならロッテンさん」
「頑張って生きなさい」
ナフサは少し笑った。
その頬に懐かしいエクボが。
朝焼け中、消えていくナフサに羨ましさを感じた。
貴女はやり直せる。
ラインホルト君は生きているんだから。
私は償う事も出来ない。
『私が殺した。
恋人を、お腹の子供を』
でも死ぬ事は出来ない。
生き地獄を生きる事が私の償いなのだから。
酷く顔の傷跡が疼いた。