ロッテンさんの逝った後~港町で小さな食堂を営む家族の話。 その1
「明日から一週間の休みか...」
「ええ」
食堂でお客様が呟く。
4人掛けのテーブルに座る彼等は、この食堂の常連さん、そして主人と同じ漁師仲間。
「その間、どこで飯食えばいいんだ?」
「全くだ、ここで食えねえとなると...参ったな」
困り顔で口々に言うが仕方無い、これは決めていた事。
「食堂は他にもありますよ。
それに、たまには家で食べたらどうですか?」
「女房の飯なんか食えるかよ!」
「そうだ、どうせ何も作ってねえし」
そんな事言って良いの?
みんな揃いも揃って恐妻家(愛妻家?)の癖に。
「なあ、いつもみたいに1日で帰って来れねえか?」
「ごめんなさい」
空になったジョッキを片付ける、みんな絡み酒に変わって来た。
随分と酒が入ってるせいか、なかなか納得してくれない。
酔ったお客の扱いには慣れているが...
「おい、コラ!」
食堂の扉が開くと同時に怒鳴り声、やっと帰って来た。
「グチグチ言ってると、家の店から出入禁止にするぞ」
「す、すまねえラインホルト」
「すまん、つい...」
主人の一喝で客の酔いは醒めたみたい、なかなかの凄みがあるからね。
「全く」
呆れながら苦笑い、腕っぷしもこの漁師町で一番だから誰も主人には逆らえない。
「お父さん、お帰り!」
「おおアンナ、今帰ったよ!」
主人の声を聞いた娘は奥の部屋から飛びつく、ずっと寝ないで待ってたから嬉しそう。
「いいよなラインホルトは」
「全くだ、美人の奥さんに可愛い娘まで」
「それに料理上手ときた」
「はあ~あやかりたいぜ」
いやだ、美人だなんて...
「お前らだって、嫁やガキがいるだろうが」
「居るには居るが」
「はあ~」
何だか沈んでしまった、本当に困った人達。
「そんな事言わず大事にしろよ、家族は掛け替えの無い物だ」
「...あなた」
そんな熱い目で見ないで、顔が熱いよ...
「お母さん真っ赤」
「こらアンナ!」
全く、娘にからかわれたじゃない。
「...ごちそうさん」
「ああ、これ以上は入らねえな」
客達は勘定を置いて退散する。
助かったけど寂しそう、何で?
「改めてただいま」
「お帰りなさい、あなた」
食器を片付け、ホッと一息。
無事に帰ってきてくれてありがとう。
「お父さん釣れた?」
「ああ、でっかいカジキだぞ!」
「やった!」
「氷漬けにして、さっき馬車に積んだからな。
明日おじいちゃんの店に行ったら料理して貰おう」
「楽しみ!」
アンナは大喜び、私も嬉しいよ。
美味しいもんね、カジキ。
思い出すな、ロッテンさんと食べた料理を...
「どうしたマリア?」
「ううん、何でも」
思い出したら涙が出る。
あの時間は宝物、決して忘れない。
「もう来るかな?」
主人は話を変えた、待ってる人は馬車を操る馭者の事。
これから一晩をかけて行く、おじいちゃんの食堂がある町に。
ロッテンさんが眠るあの町...
「そうね」
また涙が。
「荷物は準備は出来てるか?」
主人も同じ気持ちみたい、顔を逸らし、目を擦る。
「もちろん、全部馬車に積んでるから」
「私も用意してるよ、可愛い服を見せるんだ!」
「そっか、みんな可愛いアンナを見たらビックリするぞ!」
「うん、ロッテンさんも喜んでくれるかな?」
アンナは元気一杯に笑う。
一歳の時にロッテンさんは逝ってしまったから記憶は無いけど、私達から沢山話を聞いてるから大好きなのよね。
「待たせたなラインホルト」
食堂の扉が開き、1人の男性が入ってきた。
彼は行商人で食堂の常連ホーリーさん。
主人と同じ故郷で昔からの知り合い、子供の頃からの友人同士。
「すまねえなホーリー」
「良いって事よ」
「ありがとうございます」
「ありがとホーリーおじさん!」
私も娘と頭を下げる、夜通し馬を操らなくてはならないホーリーさんには感謝だ。
「お父さん、準備は良い?」
「完璧だよ、魚もちゃんと積んだし」
馬車の中で魚を確認する貴方は自信満々だけど...
「お父さん、これ忘れてるよ」
「あ!」
アンナが主人に包丁の入ったに包みを手渡した。
「料理人が包丁を忘れるなんて、メッ!」
「すまん」
アンナに叱られてシュンとする主人。
だけど直ぐ素直に謝る所は35歳になった今も変わらないね。
「アンナちゃん、お父さんは漁師だろ?」
ホーリーさんはアンナに言った。
「お父さんは漁師で料理人なの、すごく料理上手なんだから!」
「確かにな」
主人も漁が無い日は、私と一緒に厨房に立つからね。
「でも母さんには敵わないの」
「確かに」
「おいホーリー!」
軽口を叩く2人に私とアンナの笑い声が響いた。
「...里帰りか」
「ああ、親父とお袋にアンナを会わせるんだ」
アンナは毛布にくるまり眠ってしまった。
私はアンナと添い寝をしながら、前に座る主人とホーリーさんの会話に耳を傾ける。
今回の目的はロッテンさんの墓参りだけじゃない、主人の故郷へ行く事も兼ねていた。
「何年振りだ?」
「22年振りだ、随分と経っちまった」
「そうか...仕方無えよな」
「まあな」
口数少ない2人、私は息を潜ませ会話を聞く。
「...ナフサ」
「ん?」
ホーリーさんが呟く言葉に息が詰まる。
『ナフサ』それは主人の幼馴染みで恋人だった女。
主人を裏切って、他の男に走った唾棄すべき女...
「あいつ、たまに帰って来るんだ」
「そうなのか?」
「たまに、だがな」
「親父達の手紙には書いて無かったが」
「書いたらお前が帰って来ないと思ったんだろ、ナフサがした事も知ってるみたいだし」
「自分で言ったのかな?」
「みたいだな」
「あいつの事なんか、もう俺には関係ない話だ」
「そうか、良かった」
淡々と話す2人の会話に眠れなくなる私だった。




