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最終話 導きの光。 後編

「アンナ体調は?」


「大丈夫ですナシュリー様、ほらこの通り」


 シードレスに斬られた傷は酷く、私は2ヶ月も意識が無かったそうだ。

 ナシュリー様とルーラ、そしてマチルダの3人はその間付きっきりで看病して貰った。

 目覚めて1ヶ月経ったのに毎日体調を聞いてくる。


「本当に良かった、何度も医師や修道女達に『諦めて下さい』と言わたんだけど、

 駆けつけたナシュリー様とルーラさんが最後まで諦めなくて...」


 マチルダが涙を滲ませながら毎日同じ話しを呟く。

 倒れた私を仲間と慎重に運んでくれた彼女。

(乱暴に扱えば命はなかったそうだ)

 本当に今回はお世話になった。


「私が聖魔法を使えたら...」


 ナシュリー様が悲しそうに復元された右腕を掴んだ。

 失われた右腕は一見元に戻った様に見えるが、もう聖魔法が、いや魔法その物が使えなくなっていた。


「頭をお上げくださいナシュリー様。

 マチルダが言った様に、治療を続ける様周りに働きかけて無かったら私はここにいないのですから」


(そうなれば連れて行って貰えたかな?)


「ルーラ、どうしたのです?」


 青白い顔をしたルーラの様子にナシュリー様だけでなく私達も驚く。


「い、いいえ。

 あの時のアンナを思い出してしまいまして...」


「ああ...」


「確かにね」


 ナシュリー様とマチルダは顔を曇らせる。

 一体どんな状態だったの?

 誰も教えてくれないのだ。


 更に2ヶ月が経ち、私とマチルダが町を離れ1年が過ぎていた。

 もう私の身体は右腕を除いてすっかり元通りになっていた。

(腕の筋を殆んど切られていた。

 日常生活くらいなら大丈夫だが剣はもう無理だ)


「おはようアンナ」


「元気そうね」


「おはようございます。ナシュリー様、ルーラ」


 身体を動かす為に朝早くから教会の周りを歩いていると2人と出くわした。

 この所お会いする事が減っている。

 正教会の仕事もあり忙しい身の上な2人だから当然だろう。


「私とルーラは正教会本部へ一旦帰る事が決まりました」


「そうなんですか?」


 いきなりの話に思えたが、既に組織は壊滅したのだし。

 シードレス達幹部の処断(処刑等)も終わっている。

 ナシュリー様達が戻られるのは当然だ。


「次はどこに配属されるのでしょう?」


 思わず聞いていた。

 そんな事分かる筈か無い、でも知りたいんだ。

 だってこのままお別れなんて...


「この腕ではもう聖魔法は使えません。おそらく本部教育係でしょう」


「ナシュリー様」


 また私は軽率な事を!

 だけどナシュリー様とルーラが死と隣り合わせの討伐隊から離れるのは嬉しい。


「これから修道女を指導育成するの。

 貴女の様にね」


「そんな...」


 私の仕事と一緒なんて畏れ多すぎる。


「お互い頑張りましょ」


「はい」


 差し出された右手。

 魔法が使えなくなったナシュリー様の手と、

 筋を切られ、もう剣が満足に振れない私の手。

 運命を感じながら握手をした。


 こうしてナシュリー様とルーラは旅立たれた。

 遠く離れた正教会本部、もう頻繁に会うことは無い。

 ひょっとしたら一生かも。


 ...背中の傷跡が疼いた。


 私とマチルダは町へ帰ってきた。

 アリクスさんやマリアちゃんを始めとする町の人達の歓迎は凄まじく、私達は町の英雄扱いだった。


 半年が経ち、ようやく元の暮らしに近づいた頃、その人は現れた。

 左足を僅かに引き摺り、片目は眼帯の姿。



「アン、ここではロッテンさんでしたね」


「...ルーラどうして?」


 どうしてルーラが?

 正教会本部に帰った彼女はナシュリー様と共に修道女の教育係になったのでは?


「この町に教会をと命ぜられました」


「教会を?」


「ええ」


 この町には正式な教会が無い。

 しかし近くの町に大きな教会があるので不便は感じて無かった。


 きっとナシュリー様が正教会に働きかけたのだろう。

 ルーラが寂しく無いようにとの配慮、私も嬉しい。


(のこされる不安をなんとか出来る)


 背中の傷跡の疼きが少し治まった。


 直ぐに教会の建築が始まった。

 ギルドの隣が空き家だったのでそこに決めたのだ。

 小さな町だし、隣町には大きな教会もある。

 こじんまりとした教会で充分だった。


「ほらここよ」


「本当、結構広いですね」


 建築が進む中、ルーラをギルドの裏庭に案内する。

 大きな空き地、いつかアリクスさん達が私を元気づけるため食事会をしてくれた思い出の場所。


「昔は魔獣の解体に使ってたらしいけど、今はそんな魔獣は出ないから。

 ここに教会で保護院を作って欲しいの」


「保護院を?」


「ええ」


 保護院は孤児院と救護院を足した物。

 行く宛の無い孤児と行く宛の無い人々。

 そんな人達の救いになる物がこの町に、ルーラの為に欲しかった。


「隣町に孤児院や救護院はあるから大きなのは要らない。だから」


「分かった、正教会に申請しとくわ」


「ありがとう」


 許可が無ければ夢は実現出来ない。

 お金の面もだし、人員の確保もだ。

 これで目処が着いた。


 そうしてまた2年の日々が流れた。


「マチルダおめでとう!」


「ありがとうございますロッテンさんルーラさん!」


 教会で町中の人々から祝福されている花嫁衣裳のマチルダ。

 今日は彼女の結婚式。

 相手は同じギルド職員。

 8歳下の新人職員をマチルダが口説き落としたのだ。


『これを逃しては次無いわよ』


 そう私が煽ったのも大きな要因かな?


「うわ~!」


 特設テーブルに置かれた山の様な料理。

 もちろん用意したのは、


「たくさん食べて下さいマチルダさん」


「ありがとうございますアリクスさん!!」


「でも花嫁さんだからほどほどですよ」


 アリクスさんの隣で笑う女の子、いやもう立派な女性。


 15歳のマリアちゃん。

 お父さんの手伝いだけじゃなく最近は彼のお店の手伝いにも行っている。


「やっぱり花嫁衣裳は綺麗だな」


 24歳になったラインホルト君。

 漁師の傍ら5日に一度、小さな食堂を地元でしている。

 店の名前は[黄金の止まり木]彼のセンスは治りそうもない。


「いつか着せてよね」


「...ああ」


「マリア」


 ラインホルト君に腕を絡ませ微笑むマリアちゃん。

 後で睨むアリクスさんの視線に堪えながら返事するラインホルト君、頑張って!


(生きてればこんな楽しい事もあるんだ)


 背中の傷跡がまた疼き出した。


 そしてまた5年が過ぎた。

 私はギルドマスターとなり、マチルダは3人の子供のお母さんをしながら私の後任で冒険者の指導係。

 ルーラは教会と保護院の代表を勤めていた。


「あの~」


 ルーラとマチルダの3人で雑談を楽しんでいると1人の新人職員が雑誌を手に尋ねて来た。


「なに?」


「これってギルドマスターの事なんですか?」


「なにこれ?」


「あらあら」


 職員が手にしていたのは最近流行りの雑誌。

 昔話や最近あった話を少し誇張して紹介する物だった。


「哀しみの戦士?

[覆面で顔を包み悪を斬る、その素顔は仲間にすら見せず誰も知らない]って私の素顔仲間に見られてたわよ?」


 適当な文章に呆れてしまう。


「まあ脚色が付き物ですからね」


 マチルダは余裕だ。

 実際彼女は大活躍だったから当然だろう。

 旦那さんもこの話題で掴んだから尚更。


「でも酷いわね、[隻眼のシスター、ルーラ]って。

[組織に飛び込んだ彼女は片目を失いながらも怯む事なく敵を倒した]...私が片目を失ったのは組織を壊滅させた時より前なのに」


「本当だ、でも格好いいじゃないですかルーラさん」


「余裕ねマチルダ」


 1人笑顔のマチルダ、悔しいけどそんな物か。


「私は千里眼の女って呼ばれてましたから。

 あれ恥ずかしかったな~」


 全然恥ずかしそうじゃないね。


「甘いわねマチルダ、民衆は当たり前を望んでないわよ」


 無言で読み進めていたルーラは堪えきれない笑顔でマチルダを見た。


「ルーラさんそれってどういう意味ですか?」


「ほらここ」


「なにこれ!?」


 ルーラが指差した記事は

[マチルダ、大食の戦士。食べれば食べる程彼女の千里眼は冴え渡った]

 そう書かれていた。

 ...あながち外れてないわね。


「これは私達じゃありません!」


 雑誌を職員に突き返すマチルダに私達だけではなく周りからも笑い声が溢れた。


 そんな楽しい日々が更に3年続いた。

 しかし別れは当然の様にやって来る。

 正教会で修道女の育成に尽力されていたナシュリー様が倒れたのだ。

 若い頃の無理が祟ったとの事だった。


「ナシュリー様、アンナです!」


「ナシュリー様ルーラです」


「...アンナ、ルーラ、最後に貴女達に会えるとは...私はなんて幸せな人生でしょう」


 僅かな意識のナシュリー様は私達を見て微笑まれた。

 もう死が間近、せめて穏やかな旅立ちを...


「私こそナシュリー様がいらっしゃらなければ今ここには居ませんでしたから」


「ありがとう、アンナ。ルーラ...あとはお願いね」


 そう言い残しナシュリー様は旅立たれた。


(誰がナシュリー様を迎えているんだろう)


 正教会本部を出る私はそんな事を考えていた。


「あ、あのアンナ」


「なに?」


「ううん...なんでも」


「そう」


 ルーラ、分かってるよ。

 でも言えないんだよね。

 でも大丈夫、貴女はもう1人じゃないよ。


 背中の傷跡は最終段階に来ていた。

 どんな魔術も効かない段階に...


「おはようルーラ」


「おはようロッテン、どうしたの?」


 ある朝私はルーラの保護院を訪ねた。

 朝食を終えた子供達を裏庭の運動場で遊ばせていたルーラ。

 不自由な左足を感じさせない。


「....見ておきたいの」


「ロッテ...アンナ、今マチルダを、」


「いいの」


 私はルーラの腕を掴んだ。


「ありがとう、ルーラ」


 私は裏庭の隅に腰を下ろした。

 もう立ってる事が出来ない。


「アンナ」


 隣に座ったルーラは私の背中に手を当てた。

 柔らかな温かみ。

 痛みが、意識が遠退く。


「みんなに宜しく言っとくわ」


「....ええアンナお願い、...」


 顔を歪ませるルーラ。

 でも言わせて、最期まで信じさせて。


「ありがとう幸せだった....」


 眩い光が私を照らした。


 あの時と同じ...


(....ランドール)


 最後に名を、愛しいあの人の名前を呟いた。




 私はロッテン。過ちから全てを失った女。


(完)


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハッピーエンドじゃないですか、中々良い感じです! 現実味があります。
[良い点] とても良い話でした。登場人物、道はそれぞれでしたね。 テンポよくそして読み応えのある物語を作っていただきありがとうございました。 [気になる点] やむをえない状況かもしれないが、過去の自…
[良い点]  人生には意味があるんだとしみじみと読後感を味わっています。  彼女に会いたくなったら、また、読み返します。  辛いときに再読しそう……  私の生活の伴走者の一人になりそうです。  本当…
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