最終話 導きの光。 中編
「アンナ、アンナ」
懐かしい声に目が覚める。
決して忘れる事が無い愛しい声。
「...ランドール」
「気がついたかアンナ」
優しい瞳のランドール。
最後に見た苦し気な彼では無い。
私の一番好きな愛しい笑顔...
「どうして?」
どうしてそんな顔で私を見られるの?
貴方の命を奪った私を。
「頑張ったなアンナ」
「え?」
頑張ったってどういう事?
私は貴方を裏切り、貴方と子供の命まで...
「何も言わなくてもいい、ちゃんと見てたよ。
アンナがあれからどうしていたかをな」
「どうして、私は裏切り者よ!?
貴方を、いいえ私達の子供まで殺した薄汚い女なのに!」
叫ぶ私をランドールは困った顔で見ていた。
「そうだな」
静かに呟くランドール。
そうよ、私は誰から見てもそういう女なんだ。
ランドールを失ってから生きて来た事なんて単なる欺瞞だ。
「だがアンナは今もそうなのか?」
「...それは」
「お前は今も俺を裏切っているのか?
俺を、子供をまた裏切れるのか?」
「そんな訳ない!!」
そんな事出来る物か!
でもやり直せないじゃない!
そうだ私が見ているのはきっと幻。
私が都合よく産み出した夢なんだ!
「違うよ」
「違う?」
どういう意味なの?
ここにいるランドールはまさか...
「...私死んだの?」
ランドールは静かに頷いた。
「そっか」
不思議な程納得出来た。
背中や腕の傷は致命傷にまで思わなかったが。
「毒だよ」
「毒?」
「シードレスの剣には毒が塗ってあってな」
「そうなの」
「本当にあいつは最後まで汚い奴だったな、死後の罰は決まったみたいだけど」
「罰が?どうやって知ったの?」
「聞こえたんだ、この先転生出来ず魂は永遠に暗黒世界を彷徨うとか言ってたな」
「そう」
シードレスの末路は分かった、次気になるの事は。
「あの(冒険者の)女は?」
薬漬けにされていた冒険者。
シードレスに首筋を斬られていたはずだ。
彼女は大丈夫だったのか?
「アンナ、こんな時までお前は」
「教えて」
「大丈夫だ、奴がつけたのは少しだったからな。
今正教会で治療を受けている。
薬もじきに抜けるだろ」
「良かった」
彼女には悪夢の記憶だろう。
でも死なせたく無かったんだ。
「ランドールはずっとここに居たの?」
無言で私を見ているランドールに聞いた。
「いいや、呼ばれたんだ」
「呼ばれた?」
「ああ、お迎えってやつだな。
5年前に親父もそうだった」
「おじさまが?」
そういえばランドールのお父様は5年前に亡くなったんだ。
優しい人だった。
村人達に慕われ、尊敬されて。
私の事をどう思ったんだろう?
会うのが怖いな...
「心配するな」
「何故?」
どうしてそう言えるの?
「会うなり怒られたよ。
『アンナを迎えに行く途中に死ぬとは何事か!』ってな」
「そんな」
「母さんの様子も聞いたよ」
「おばさんの?」
「悲しませっちまったが兄貴に子供が出来たら随分元気になったそうだ。
あとアンナの事も心配してたって」
「...まさか」
おばさんが、私を?
「『愛する人と子供を失う事は堪えられない。
アンナも私と同じ気持ちだろう』って、親父が亡くなる直前に言ったらしい」
「...おばさん」
そんな事を思ってくれていたの?
「おかしいな?」
涙を流す私にランドールは首を傾げた。
「どうしたの?」
「もう俺達消えてもいい筈なんだけど」
「消える?どうして?」
ここに居続けるのじゃないの?
「言ったろ、ここには迎えに来たって」
確かそう言ったな。
「ひょっとしたら、お前まだ完全に死んないのかな」
「それって?」
完全にって、私は死んだからここにいるんじゃないの?
「分からないけど、今お前は死にかけてる。
それで間違ってお前は...」
そんな事ってあるの?早く逝かなきゃ!
「ランドール、早く私を!」
「いいのか?」
「いいのかって、やっぱり私なんか連れて行きたく無いの?」
「そうじゃない、お前が戻って来るのを待ってる人に、それで良いのか?」
「...でも」
「言ったろ、俺はずっと見てたんだ。
お前の絶望を、苦しみを、それでもお前は死なないで頑張って来ただろ?」
でも...
「ランドールに会えた今そんな事はもう、」
「どうでもいいなんて言うなよ」
ランドールは私を睨んだ。
悲しそうな、泣き出しそうな目で...
「俺が知ってるアンナは優しくて、お節介屋で、困ってる人を放っとけない人だ」
絞り出す様な声。
止めて...
「冒険者を辞めた奴にまで慕われて、ギルドの仲間からも、凄いよな」
...お願いもう...
「マリアちゃんの目を治す為にあれだけ奔走してさ、本当お前は」
....ランドール...
「...アリクスさんだろ、お前を支えくれたのは」
止めて!!
「そんなんじゃない!
アリクスさんは確かに大切だけどそんなんじゃない!」
「分かってるよアンナ」
「ランドール?」
ランドールは私を抱き寄せた。
懐かしい横顔に胸が...
「アリクスさんもそうだ。
俺はあの人も見ていたよ、アンナが心の支えだけどそんなんじゃない。
生きる為にお前が必要なんだろうな」
『分からない』
そう言ってしまいそうだ。
私は何て言えば良いの?
「でもアリクスさんより俺の方が良い男だろ?」
「え?」
突然何を?
「早く向こうに戻らねえとルーラの方が来ちまうぞ、一緒になっても良いのか?」
懐かしい話し方、ランドールが照れてる時の癖だ。
「いやよ、ランドールは私の物。
仮令ルーラでも渡さないんだから...」
頑張って昔の様に喋るけど涙が止まらない。
「...アンナ」
「...ランドール」
ランドールは私のフードを外し、布をほどいた。
私の顔を見ても彼は優しい笑みのまま。
近づく唇、躊躇う事なく私達はくちづけをした。
感触が薄れて来た。
どうやら戻る時が来たのね。
「アンナ」
「ランドール」
「またな」
「ええ、また」
最後の言葉、いや今度は最後じゃない。
きっとまた会える。
『また迎えに来てくれるよねランドール...』
眩い光が私を包んだ。
(身体が....)
酷い倦怠感と共に目を開けた。
身体に力が入らない...
「ロッテ...アンナさん...」
「...アンナ」
「アンナ...分かる?」
私の目に映った大切な人、もちろん分かるよ。
「...ただいま、みんな」
「「「アンナ!!」」」
マチルダ、ルーラ、ナシュリー様が一斉に飛び付いた。
私は帰ってきた。
大切な人達の待つ世界に。
次ラストです。




