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第4話 大丈夫ですよ。 後編

 ナシュリー様から話をお聞きして1週間が経った。

 その間ルーラを通じ、大量の情報を手に入れた私はアリクスさんをギルドまで呼び出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 ギルドマスターと一緒にアリクスさんを応接間まで案内する、

 緊張した面持ちのアリクスさんにギルドマスターは席を薦めた。


 マリアちゃんの目を聖魔法で治した事が世間に知られたのでは?と心配しているのかもしれない。

 だが、そんな話では無いのだ。そんな話では...


「ロッテンさん、後はお願いします」


「ありがとうございます」


 ギルドマスターが席を立つ。

 ここからは私とアリクスさん2人だけの話。

 もちろんギルドマスターに事情は話した。

 そして遠慮して貰ったのだ。

 (アリクスさん)の為にも。


「ロッテンさん、今日は一体?」


 アリクスさんは緊張したままの表情で私に聞いた。

 大きく深呼吸をして覚悟を決める。


「奥さんが見つかりました」


「...妻が?」


 これ以上になく目を見開くアリクスさん。

 心に受けた衝撃の大きさが分かる。


「妻は生きてるのですか?」


 何と答えればいいのか。

『見つかりました』ではまずかったかもしれない。

 しかし『無事見つかりました』とも言えない。


「はい...しかし」


「ロッテンさん、大丈夫です」


 私の様子にアリクスさんは溜め息を吐いた。

 何かを察したようだ。


「まず見つかった経緯を教えて貰えませんか?」


「それは、これを...」


 決意を固めたアリクスさんに私は書類を取り出した。

 ルーラからの情報を私が纏めたアリクスさんの妻について書かれた報告書。


 捕まえた流れの冒険者はなかなか口を割らず激しい拷問を受けた。

 そうして得られた自供だったが要点が掴めず、私が纏めたのだ。


 どの様に彼女(アリクスさんの妻)を知り、どう近づき、どう誘いだしたか。

 そして彼女をどこの娼館に預け入れたか、そして売り物にならなくなった彼女がどこの娼館を転々とされたかの記録を(その都度、男は金を受け取っていた)

 彼女が辿って来た悪夢、生き地獄の足跡。


「...成る程」


 読み進めていたアリクスさんは途中で天を仰ぐ。

 その瞳から涙が流れていた。


「...すみません」


 ハンカチで涙を拭うアリクスさん。

 嗚咽を堪える姿に言葉が出ない。

 彼女の落ち度はあった。

 平穏な生活、裏返せば刺激の無い生活に感じられたのかもしれない。


 アリクスさんの奥さんを連れ去った男の手口は洗脳と言える程の物では無かった。

 ただ口説き、甘い言葉とセックスで堕とした。


 そんな物は直ぐに覚める。

 過ちに気づいた時は既に地獄なのだ。

 遠い町で帰る事も出来ない、暴力による脅迫。

 非力な女では逆らう事等、無理な話。

 洗脳と薬で売り飛ばされそうになった私とは違う地獄だったろう。


「...今、妻は?」


「正教会の療養所で終末魔術を施されています」


「...妻の為に...」


 終末魔術。痛みを取り去り、苦痛から救う治癒魔術。

 正教会で使える魔術師は殆んどいない。

 加減が難しいのだ。

 軽すぎては効かない、強すぎてはその場で死んでしまう。


 そして大金が掛かる。

 主にお布施で行われる終末魔術。

 貴族や大金持ちの商人が受ける事が多い、娼婦が受けるのは聞いた事がないだろう。


「お金は気にしないで下さい。

 私が既に支払いましたから」


 正教会に終末魔術を使えるルーラに頼んだのだ。

 過酷な役目である討伐隊の為に覚えた終末魔術を使えるルーラに...


「何故ロッテンさんはそこまて私の為に?」


 やはり聞くだろう。

 マリアちゃんの治癒に続いて今回の事。

 納得出来る理由を。

 単なる親切では納得出来ないのは当たり前だ。


「私も同じだったからです」


「ロッテンさんが?妻とですか?」


「はい」


 覚悟を決め頷いた。

 経緯や状況は違えども彼女と私は似たような物。

 いや恋人を子供を殺してしまった私の方が罪は大きいのだ。


「...話して貰っても?」


「分かりました」


 もう一度深呼吸をして話し始める。

 私が犯してしまった過ち。

 そして恋人を、子供まで失う事になった悪夢の記憶の全てを。


「......そうだったのですか...」


 話が終わり、長い沈黙の後アリクスさんが呟いた。


 軽蔑しただろう。

『こんな汚い女が独り善がりの親切を押し付けたのか』、と嫌悪を抱いた事だろう。

 怖くて顔を、アリクスさんの目を見る事が出来ない。


「ロッテンさん」


「...はい」


「大丈夫ですよ」


「え?」


 大丈夫とは何を?


「私は貴女を軽蔑したりしません。

 言ったでしょう、私も妻を見棄ててしまったのです」


「しかし、それは...」


 それはアリクスさんの罪では無い。

 拐った男の狡猾な罠に為す術が無かったのだ。

 私の罪と比べ物にならない。


「犯してしまった罪は消せません。

 しかしロッテンさんは私の娘を救ってくれたではありませんか。

 あれは全て自分の罪に対する償いの為にした事だったのですか?」


「そんな事は...」


『違う』と言いたい。

 しかし私に否定する資格は無い。

 薄汚れた女の言葉に信用なんか...


「それで良いじゃありませんか。

 マリアの目は治り私達は救われた、贖罪でも何でも良い。

 私は貴女を信用し、そして救われたのです」


「アリクスさん...」


「貴女の心の傷は一生癒える物で無いかもしれません。

 しかし絶望だけで生きる貴女を見るのは私も、マリアも辛いのです」


 温かい言葉に涙が止まらない。

 こんな言葉を掛けて貰う資格等...


「私が貴女に言えるのはここまでです。

 妻は私が引き取ります。

 最後は私の手で看取ります。

 それが妻の罪と私の罪の償いになるでしょうから」


「マリアちゃんは?」


 マリアちゃんに過酷な経験とならないのだろうか?


「マリアが会うかは聞いてから決めます」


「そうですか」


 アリクスさんが、マリアちゃんが決める事。

 私が言葉を挟む事では無い。


「ありがとうございましたロッテンさん」


「いいえ」


 アリクスさんは立ち上がり静かに微笑む。

 いつもの優しい笑顔。

 やはりその顔はどこかあの人に似ていた。


 その後アリクスさんの妻は正教会から引き取られた。

 マリアちゃんもお母さんと会う事を選んだ。

 それはどんな時間だったかは分からない。

 私が首を突っ込む話では無い。


 そうして1週間後、アリクスさんの奥さんは息を引き取った。

 彼女の最後に去来した物はなんだったのか?


 そして葬儀が行われた。

 寂しい葬儀。

 遠くからその様子を見送った。

 彼女の魂が救われる事をただただ祈った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 流れの冒険者は生きたまま細切れにしていってドブに廃棄したんやんな
[気になる点] 元家族の了解も得ずにいきなり大金をぶちこんでる点 旦那目線からしたら最近できた知り合いに(おそらく描写的に庶民には返済不能の)突然借りができたら恐怖しかないんじゃないかな? ロッテンさ…
[良い点]  奥さんの最期の抑制された描写が効いています。  その分、想像の余地が生まれます。  物足りないと思うくらいが、この作品の持ち味かも、と思いながら読み終えました。  今日も濃厚なひと時をあ…
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