第1話 謝れるだけ幸せですよ。 前編
お付き合い下さい。
窓から朝日が差し込む、眩い光がカーテンの隙間から部屋を照らした。
「ん...」
いつもの気だるい朝。
身体を起こし、部屋を見渡す。
最低限の物しか無い部屋。
無機質とでも言ったらいいんだろうか、おおよそ女が暮らす部屋とは思えない。
ベッドから立ち上がりカーテンを開け顔を洗う。
水を貯めた洗面器に私の顔が映った。
「.....」
顔を布で覆い、フードを被り着替えを済ませ、簡単な食事を摂る。
私以外誰も居ない1人の部屋、特に孤独は感じない。
もう3年この暮らしを続けていた。
家を出た私は近くにある建物に入る。
そこは冒険者ギルド。
「おはようマチルダ」
「おはようございますロッテンさん」
扉を開け、中に居た若い女性に声を掛けると元気な返事が返ってきた。
マチルダはギルドの受付嬢。
私はここの職員、新人冒険者の指導員を務めている。
「今日は?」
「今日は新人パーティー[黄金の刃]の指導をお願いします」
マチルダは数枚の紙を差し出す。
そこにはパーティーに関する情報が書き込まれていた。
「へー13歳か」
書かれていた年齢に思わず声が、私が冒険者になった年齢と同じだ。
「ええ、『黄金の刃』って凄い名前ですよね」
「そうね」
マチルダは少し呆れた様子、確かに新人パーティーが付けるには些か恥ずかしい名前だ。
13歳という若さが成せる事だろう。
「メンバーは3人、みんな同じ街の出身か」
13歳でF級冒険者、同じ町の出身、私と共通点の多さに胸が疼く。
私も同じ、恋人と2人でパーティーを組み冒険者生活を始めたのだった。
「来ましたよ」
「分かった」
一通り書類に目を通し終わった頃、マチルダが私を呼ぶ。
どうやら新人パーティーが到着したようだ、
「今日から3日間宜しくお願いします!」
「「お願いします!」」
最初に1人の男の子が元気に挨拶すると後ろの男女が後に続いた。
「おはよう。
私が貴方達を指導するロッテンよ、こちらこそ宜しく」
緊張している3人に軽く挨拶、周りには歳上しかいないから当然か。
「まずは自己紹介からお願い」
「はい!パーティーリーダーのラインホルト、アタッカーの剣士です!」
最初に挨拶した男の子が元気に言った。
「私はナフサ、魔術師です」
次に女の子が名乗る。笑うとエクボが可愛い。
「へえ魔術師か、若いのに凄いね」
「そんな...」
「ロッテンさん分かってるね、ナフサは凄いんだぜ!」
照れるナフサちゃん。
ってどうしてラインホルト君が誇らしげなの?
「最後は君ね」
「あ、僕はカールス。後衛のタンクです」
「後衛?まだ若いのに偉いわ」
華々しい活躍を夢みがちなのに後衛を選ぶとは珍しい。
体力に自信があるのかな?
「あ、ありがとう...」
「良かったなカールス!」
「...うん」
(え?)
カールス君はラインホルト君の方を見るとうつ向いて笑う。
周りにはラインホルト君が引っ込み思案の友人を励ます様に見えたが私には妙な感覚を覚えた。
(気のせいか...)
違和感を抑え新人研修を行う。
心構えや、必要な荷物の手に入れ方。
最終日となった私は彼等を連れて簡単な依頼を渡した。
郊外に住むゴブリン退治、早速ラインホルトが剣を抜き一撃をいれた。
「糞!」
ラインホルト君の剣技はまだ幼さが残る。
なかなかゴブリンに致命傷を与えられない。
若さに任せ挑むのは仕方ない、まだまだ彼には経験が必要の様だ。
それより驚いたのは、
「ファイアーボール!」
ナフサちゃんの放つ魔法。
的確にゴブリンの急所に当たり、確実に倒して行く。
派手さは無いが素晴らしい精度。
「うぐ!」
魔法を使うナフサちゃんに寄り添い、ゴブリンの前に素早く立つカールス君。
自分の体力を考えながら壁役として立ち回る姿はとても新人冒険者とは思えない。
「ここまでよ」
依頼のゴブリン退治を終え3人とギルドに。
疲れた様子のラインホルト君とナフサちゃん。
対象的にまだ余裕がありそうなカールス君だった。
「疲れたー!」
報酬を受け取り、ぐったりした声を出すラインホルト君。
「お疲れ様、早く宿で休憩しましょ」
ナフサちゃんはそんなラインホルト君の背中に手を回す。
2人は付き合っているのだろう。
微笑ましい光景に昔の自分を重ね、胸の疼きが大きくなった。
(え、また?)
ふと見たカールス君、彼は冷めた目をしていた。
「何ですか?」
「いいえ」
私の視線に訝しげな声のカールス君。
気のせいでは無い。
彼の目に見覚えがあった。
カールス君もナフサちゃんの事が...
幼馴染みのパーティーにはよくある事。
それが向上心に繋がり彼は強くなるだろう。
(ラインホルト君、焦らないでね)
2人の実力とは明らかに劣るラインホルト君。
そんな彼に心でエールを送るしかない私だった。
彼等は研修を終え、次の依頼をこなす為旅立つ。
安全第一を掲げるここのギルドでは物足りないのかもしれなかった。
2年が過ぎ、彼等の事をすっかり忘れた頃、私は意外な人と再会した。
「ラインホルト君...」
ギルドに現れた彼は1人寂しそうだった。
活発だったあの頃の面影は無い、全身に刻まれた傷痕が過酷だった彼の冒険者生活を雄弁に物語っていた。
「お久しぶりです」
私に気づくと彼は丁寧に頭を下げた。
顔にも残る酷い傷痕、一体どうしたのか?
「冒険者を辞めに」
「そう...」
それ以上言葉は要らない。
自らの実力に見切りを付ける、命を失う前に辞める決断をしたのだ。
まだ15歳の彼には辛かっただろう。
ナフサちゃんとカールス君の姿は無い。
何があったか聞くだけ野暮だ。
「これからどうするの?」
手続きを終えた彼に聞く。
特に気掛かりな冒険者だった訳では無い。
だが何故か聞かずにはいられなかった。
「故郷には帰りません。
こんな顔見たら両親が悲しみますから」
「それは、」
確かにそうかもしれない。
しかし一目だけでも見せた方が良い。
私がそうだった様に。
「気持ちの整理が着いてからでも良い、一目だけでも顔を見せてあげて」
「ナフサを寝取られ、親友と思った男に裏切られた姿をですか?」
「ラインホルト君」
彼の言葉に息を飲む。
それは私の心の古傷も抉った。
「ごめんなさい、ロッテンさんは俺を心配してくれたのに...」
「いいえ」
私の顔色に彼が謝る。
違うよ、自分の過ちに落ち込んでいるだけなんだ。
「ハンフェの町に行きます」
「ハンフェに?」
ハンフェはここから少し離れた町。
美しい海岸のある港町。
「そこで漁師をしたいんです」
「そうね、頑張って」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げ、ラインホルト君は去って行く。
もう彼は冒険者じゃない。
このギルドに来る事は無いだろう。
そしてまた2年が過ぎた。
「お久しぶりですロッテンさん」
「貴女は?」
仕事を終え宿に帰ろうとする私を呼び止めた1人の女性。
装備を見る限り冒険者の様だが。
「ナフサです」
「ナフサ?」
記憶を辿ると1人の少女が頭に浮かんで来た。
「ひょっとして黄金の刃の?」
「....そうです」
黄金の刃と聞いたナフサは悲しそうに頷く。
「すっかり大きくなって、今日はどうしたの?」
17歳のナフサ、もう少女では無い。
すっかり大人の女性だ。
「あ、あのラインホルトを知りませんか?」
「ラインホルト君?」
意外な名前に思わず問い返す。
まさかその名前を今更彼女から聞くなんて。
「実家に行ったら?
もう彼は冒険者じゃないからここに情報は無いわよ」
冷たい様だがそう言うしか無い。
もうラインホルトとナフサの仲は終わったのだ。
今更何も始まらないだろう。
「行きました、でも彼は一度も家に帰ってなくて」
「そう」
悲しそうなナフサ、しかし2年前に彼は言った『寝取られた』と。
もう2人は交わるべきでは無い。
「諦めなさい、冒険者はそんな物だから」
「そんな...」
私の言葉に項垂れるナフサ、その様子は昔の自分と重なった。
「カールスは?」
「死にました」
「死んだ?」
カールスの死を告げるナフサ、その態度は酷く冷たく、何かを孕んでいた。
「...騙されていたんです」
「騙された?」
「ええ」
涙を溢すナフサ、これ以上ここで話のは不味い。
すれ違う人達は皆私達を見ている。
「とりあえず私の宿に行きましょう」
私の言葉にナフサは頷いた。
「どうぞ」
部屋に着くとナフサを座らせお茶を出した。
「ありがとうございます」
両手でお茶の入ったカップを握り締めるナフサ、僅かに手が震えていた。
「カールスの遺品に日記があったんです」
「日記?」
ポツリポツリとナフサが話し始めた。
4年前、この町を離れ冒険者を始めた3人がどんな道を歩んだかを。
旅を始めた黄金の刃、最初は順調だった。
アタッカーとして頑張るラインホルト、そして魔術師のナフサ、タンクのカールス。
バランス良く戦う3人は期待のルーキーとして行く先々で活躍した。
『迷宮ダンジョンに行こうぜ』
1年が過ぎたある日ラインホルトが言った。
『まだ早いわよ』
ナフサは反対した。
ダンジョンは危険だ。
まだ駆け出しのパーティーが挑む物では無い。
『良いよ』
しかしカールスは賛成した。
慎重なカールスが言うのなら、結局ナフサは押しきられダンジョンに挑んだのだが、
結果は惨敗、カールスは皆を庇いきれず倒れた。
ナフサも魔力切れを起こし、最後まで戦ったラインホルトも力尽き意識を失ってしまった。
「そこに偶然別のパーティーが現れ私達を救出して...」
そこで大体の想像が着く。
ダンジョンで倒れた冒険者、そこで偶然現れた別のパーティーが3人を助ける。
そんな話、あり得ない。
迷宮のダンジョンはそんな気楽な場所では無い。
「仕組まれていたのね」
「...はい」
成る程、カールスが反対しなかったのは失敗を見込んで仕組んだのか。
「落ち込むラインホルトを私達は責めました。
救出したパーティーも一緒になって」
彼が責められても仕方ない、甘い判断でダンジョンに挑んだのだから。
「それもカールスの差し金でした」
ナフサは絞り出しながら呟く。
長い夜になりそうだった。