第六章 蒼髪の少女と氷の世界
第六章:蒼髪の少女と氷の世界
それは雨の多い季節の晴れた日に、湿っぽくても暖かい日差しの中で貞芽が蒼い髪の少女を見つけたのが始まり。一度だけ見た写真の中にいた人が、目の前を通り過ぎていく。
いつも通り姉妹で帰る道に、その姿を見つけたのは貞芽だけだった。隣にいた耀は気付かない。そのときは理由なんてなしに、耀を置いてけぼりにしてでもその少女の後を追っていた。
普段絶対通らない暗い道も、人がほとんど通らなくなってシャッターの下りたままになっている店の立ち並ぶ道も、追いかける相手と貞芽だけが通っていく。
通学路からすぐのところなのに人が少ないのはちょっとした理由がある。それは、このあたりが開発の失敗で栄えていないため家屋そのものの個数が少ないのと、貞芽たちの通う学校の生徒のほとんどが、登下校を車で行っているからだ。この場所から電車一本くらいの距離に、大きなビルが立ち並び、都会と呼べるような場所がある。そこに住んでいる生徒が最寄りの神童か、新設された奏進の二つしかない高校へ来ている。
尾行気分を味わいながら隠れている場所に、貞芽は覚えがあった。
閉ざされたシャッターには“貸店舗”と書かれた紙が、形式的に貼られている。いつから張られているのか分からないが、永く主を持てずにかわいそうなことになっていた。
貞芽の記憶では、昔、そこは、色々と変なものが置いてある店だった。どう変だったかなんて覚えていないけど、貞芽と耀、そして親と一緒に来たことがある思い出の場所。何年も来ていなかったことを思い出し、その店が閉店していたことを寂しく思う。
だけど、今、それは重要じゃない。
衝動的についてきてしまった相手を……他の人から見れば完全に尾行しているが、貞芽にもその子を追いかける理由がある。それは、真人やフィーネがその子を追いかける理由とは根本的に異なるが、そんな彼らと出会った貞芽だからこそ思った理由がそこにある。
貞芽の前を通り過ぎていったときのその人の印象は、蒼くてきれいな長髪が風に流れていて、普段からポニーテイルで子供っぽいといわれる貞芽と対照的だった。普通に考えれば今はシルクハットをかぶっていないが服装が奇抜で、瞳の色が真っ赤なことはおかしなことなのだろうけど、貞芽には彼女が違う世界の人のように見えて、同じ年齢の人とは思えないほどの魅力を感じたためか、おかしいとは思わなかった。
しかしあのときに、妹の耀や道を行く数少ない人全員を含めても、その人に気付けるのは貞芽だけなように誰も気づかなかった。貞芽からしたら写真の中から飛び出してきた幽霊のように感じた。
耀には一言だけ残して、フラフラと来てしまっているが、自分がどこへ向かっているかなんて最初からわかっていない。初めはついて行って機会を見て話しかけようとしたが、どうにも追いつけない。早足で逃げられているわけでもないのに、高ぶる気持ちが空回りするストーカーのようにやり場のない気持ちだけが積もっていく。
一度病院ですれ違ったことなんて記憶の片隅にも残っていなかったが、迷路を潜っていくように方向感覚もおかしくなってきたころには、貞芽のよく知る場所へと来ていた。どうやら目的地は貞芽たちの通う学校だったらしい。
正門に足を踏み入れると、ついさっき出たばかりの学校はとても静かになっている。部活に精を出す人の声も放課後を無為に過ごす人の声もしない。
ある程度距離のあるところで立ち止まった彼女は貞芽の方を向いて真っすぐな視線を向けてくる。強い眼に睨まれているように感じて一歩下がってしまうが、蒼い髪の少女は後をつけていた相手を見ているだけだ。そこに怒りや恐れ、他の全ての感情はないのかもしれない。
それでも、その少女は重い口を開く。
「片瀬貞芽、あなたはここで死にます」
「いや、私は尾行していたわけではなく…………えっと、はい?」
「誰もいないから助けも来ない。逃げようとも後ろを見せればすぐに撃ち砕く」
蒼い髪の隙間から出てくる赤い光が、貞芽に照準を合わせたように空中で静止する。それをみても自分の立場が理解できない貞芽は、もう一歩後ろへ下がろうとするが、門のあった場所に壁のようなものがあって下がれない。門は閉じてなんかいないのに。
貞芽は窮地の中、自分が絶体絶命の危機に陥っているなんて思いもしないだろう二人の顔を思い浮かべていた。
***
部活動も早々に切り上げ、駅周辺を真人は散策していた。制服も夏服に切り替わる頃だから、普段着る新しい服も欲しいし、切れかけのノートも揃えとかなければならない……いやでも、それはルーズリーフでどうにかなるし、服も実家から持ってきたもので何とかなる。
つまり、これといった理由もなく真人はぶらぶらしている。
それと時を同じくして、フィーネもそこから遠くないところを歩きまわっていた。
学校の帰り道に子猫を見つけて、迷子になる子供によくあるパターンでいろんなところを歩きまわって駅の近くまで来ている。フィーネは迷子になるような少女ではないが、いろいろなところを歩きまわって、普段から外出の多くないために、自分の今いることはわかっていない。それを迷子だというのを、フィーネは認めないし、時間を掛ければ家まで帰ることが出来るから誰にも何か言われたことはなかった。
最終的には子猫に振り切られてしまい、かけっこの早くないフィーネは毎回、孤独を味わっている。
「……こうゆうときに悔やまれますわ。どうしてわたくしの能力が中原さんのような高速機動系でなかったんですか。……自分の能力が嫌いというわけではありませんけど」
真人に隠された能力は、貞芽を病院に連れて行ったときのような早く動くことに特化している。それは剣道部での瞬間移動にも言えることだが、子猫ごときに振り切られるようなものじゃない。そもそもそんなことに使いはしないが、フィーネはちょっとだけ羨ましく思ってしまう。
自分の能力が冷蔵庫代わりになることや、車道に飛び出した子供をかばう時にトラックであろうとその衝突の衝撃を吸収できるものでも、大したことじゃないと思っているのがフィーネだ。それに一人きりになってしまえば、寂しく感じる普通の女の子でもある。
「……一人きりは、いつまでも慣れません。ただ……………こんなところまで熱心についてきた人には聞きたいことがいくつかありますが」
「――(気付いていたのか)――、(我々は一人じゃないぞ)――」
『――――――――ッ』
以前、会ったのと同じような連中が、フィーネの周りを囲んでいた。その内の一体が言葉のような音を出し、他はうめき声のような重低音の奇声をあげてうねっている。
うねる怪物のことを観察すると原型は軟体動物っぽいが、陸上にあがってきたクリオネがかわいいはずもなく、身体をうねる姿は直視が出来ないほど異様な気持ち悪さを出している。
半透明な体に、薄く赤くなった心臓が透けて見えるのがさらに気持ち悪い。
その場におばちゃんなんかがいたら失神しているところだ。この商店街が廃村寸前になっていなければ、あり得る話だった。
「その物体を一人、二人で数えることは、間違っていますわね。訂正させていただきます」
ふと別の世界の力のことを考えたときに、昔から追いかけていた連中に出会えたのは奇跡的なことだ。その事態に柔軟に対応してこそ、現役探偵クラブメンバーの証。
じりじりと距離を縮めて近づいてくるクリオネたちは、クリアな体の中へフィーネをとりこむように迫ってくる。
昔を思うと、こういうときにはパートナーのアレや、妹好きのアレがいた。中原真人のチームが救援に入ってくれたことだってある。そのときは携帯電話よりも便利にハンズフリーで通信できるものがあって連絡を取り合えたが、今そのような能力を使える人はいない。そして、中原真人と田村由依のペアもこの世にはもう存在しない。
もう一つの世界で最も強かった同級生は、もういない。
「あなたたちのような雑魚にどうにかなるレベルじゃありませんが、油断なく処理させていただきます」
――約五体のそれらの間に見つけた隙間へ狙いを定め、観覧車の落下時に政道たちを救ったトンネル型シールドを展開させる。そのトンネルの中を潜り抜けて、ようやく対等の立場に立てたフィーネはとりあえず現状を再確認する。
周りにある建物の扉は固く閉ざされ、人のいる気配もない。かといって外を歩いている人影も見当たらない。ならば気を使って、能力を包み隠す必要もなく。フィーネは白い手をクリオネ立ちに向けて突き出し、つぶやくように語りかける。
四年前のフィーネが個人で化け物と立ち向かうことはほとんどなかった。その理由は、超攻撃型のクラウドが隣を突っ走っていたのもあるし、反則的な強さを見せる女流剣士や紅の拳銃使いの少女がそばにいたからだ。クラウドをも凌駕する圧倒的な二人の存在が、守ることに特化するフィーネにそれに専念することを許していた。
だが、幼馴染のその二人がいなくなってしまった世界に許されたのは、自分の身を守ることだけだった。それが本当はどういう意味なのか、心理に至るまでに時間は必要なかった。
中原真人にあるような固有人格と呼ばれる荒々しい闘争本能とは違う。
自分だけでなく、この世のすべてを守りとおせる力を持つフィーネはその権利を捨てて四年の間に新しい力を手に入れた。それが自分すら守らない半端なものであろうと。現状でたくさんの敵を前に切り抜ける術を探せと言われれば、これを選択する。
完全無欠の氷の世界――フィーネだけの世界をここへ展開させる。
「わたくしたちが全力で力を発動させるにはいくつかの条件があります。
一つは、周りに迷惑を掛ける人がいては使えないこと――でなければ全力ではなくなってしまいます。
二つに相手が自分よりを遥かに劣る力を持っているときには使えない――理由はわかりません。その他は些細なことにすぎませんが、あと能力名の宣言が必須です。
――わたくしの作り出すは、氷の世界。自身を守る外の世界とは違い、相手を打倒することに心理を見る“完全世界”。それがわたくしの世界の名ですわ!」
淡々と説明するフィーネとは対照的に、風景は急速に変わっていく。廃村寸前で廃れた街とは一線を引いて白い世界が展開されていく。氷が全てを支配する真っ白な世界が、フィーネの完全世界。
クリオネたちは白い世界に変わったことにより動きを止めている。一体のクリオネが力を充電させ半透明の体の中をいくつかの光が飛び交っているのに気付いた瞬間には、飛びかかるように襲いかかってきた。そのクリオネが眼前に迫っている。
「――くっ!」
予期せぬ動きに反応できないフィーネは、クリオネが狙っていた通りに体の中へ取り込まれそうになる。だが次の瞬間にフィーネの体は氷の結晶が砕けるようにはじけ飛び、そこにいたはずのフィーネは澄ました顔でクリオネの背後に回っていた。
「防ぐことはできませんが、避けることはできます。くのいち風にいえば、変わり身の術は幻想的でしょう?」
そっとフィーネは掌をクリオネの背中にあてる。
「完全世界が特化していることは、回避技にもあるように、氷結と氷そのものにあります。氷は全ての攻撃を受け流し、氷結は、このように――」
フィーネの手のひらに触れた部分から伝染するように、クリオネの体に異変が始まる。その部分が氷の結晶のように消えていき、クリオネは動くことすら制限され死を痛感する。いや、痛みなどないのだろう。ただそこにあるものが消えていくだけだ。
「その存在自体をこの場から消し去ります――覚悟しなさい!」
一体目を消し去り、次に来るであろう敵を待つが、いっこうに次がこない。
動きの違う一体がこれまでの一連の動作を見ていた。その体にはギリギリ確認できる数字が刻まれている。その数字は九十番台。約百体いる敵の中でも、特別変わった能力や姿、役割を担っている。それゆえに知性もそれなりに備えているのが九十番台。勝負はこの一体をどう相手するかに左右される。
「困りましたわ。最後に残った連中なだけに、連携をとってくるなんて……それに、この世界の欠点を見抜かれたら少々厄介なことになりますわね」
フィーネは良くない感じがしていた。
***
校舎の中まで逃げ込んできた貞芽は、後ろも振り返らず教室という教室の中を見て回っていた。
放課後の時間を無駄におしゃべりで過す人がいたり、部活動で競い合っていたりする人たちがいるはずなのに……いない。それさえか、教師の姿も見当たらない。
「なんで、どうして誰もいないの!」
「そうゆうことになっているから!」
貞芽の後ろからは赤い光が次々に飛んできて、曲線状の廊下の壁に突き刺さっていく。着弾した地点は、鈍器のようなもので重い衝撃を受けてつぶされたようになっていた。
見るからに、当たれば死ぬくらい痛いのだけはわかる。
「痛いじゃすまないよぉ!」
「だからあなたはここで死にます」
「殺されるまでの恨みを買った覚えもないよぉ!」
「逃げなければ……教えてあげる」
「絶対そのとき私の命の安全は保障されないよねぇ! ってだから、それをやめてってばっ!」
一方通行な思いが拮抗する二人は、最上階へと向かってひたすら廊下を上がっていく。貞芽は遅いながらも走って、蒼い髪の少女は歩いている。それなのに、二人の間にたいした距離が出来ないから、建物の中心にある体育館に飛び込むようにして貞芽は無理やり下に行くことにした。
決まった階からしか体育館そのものに繋がっていないため、梯子を使わずに飛び降りたことになる。体を酷い体勢で打ち付けるが、目先の痛みより想像した痛みを恐れて貞芽は立ち止まることが出来ない。
その後ろには、一瞬の痛みをこらえて動きの止まる貞芽をあざ笑うよう、蒼い髪の少女の射す指が貞芽の心臓を狙う。拳銃の銃身を突きつけられるような緊張感と、ぞくりと想像してしまった痛みに体が跳ね上がった。
――――。
体育館の上部にあったガラス窓が割れる音がした。
音に気を取られ視線を上げている間に、貞芽たちの間に割り込むように風が舞い込んでくる。
貞芽が後ろから聞くことになる声は、あのとき想像した一人の声。
この世にたった一人しかいない自分の妹の声だった。
「ようやく会えたな。あの夜に出会ったモノの一人」
「――だぁれ? 前にもそんな事を聞いた気もするけど、あのとき一緒にいたシャドーはこいつのことを知っているみたいだし、関係者ってことで違いないわね」
「もう一人もここにいるのか?」
「残念でした。彼は今、この世界で一番厄介な相手を全力で消しにいってる」
「……えっと、その、私は蚊帳の外?」
「さっさと脇にでも隠れていろ! 邪魔だ!」
「耀が耀じゃない! 邪魔って初めて言われたよぉ!」
邪魔者扱いの貞芽は、一端フレームアウトして――耀の中にいる耀自身は、蒼い髪の少女を見て気付いたことがあった。
(苺ちゃんの成長した姿――って感じだ)
(遠からず、近からず。いや~、あれはわたしそのものかな?)
「お前は、自分が何者であるのか分かっているのか?」
「まるで自分が何なのか分かっていない人のようね。ただ、私はある強力な能力者そのもので、その人が生きるはずだった四年を生きてここにいる。それが私の全て。
それじゃあ――――――――――殺し合いましょうか?」
ノーアクションで繰り出される赤い光を、剣士は掌で練り上げた剣で弾き飛ばす。
自身の心を映す鏡のような心の剣――トラージェンをこの世に顕現させたのは、耀の中の女流剣士。別の世界にいて、真人たちのような特別な能力もなければ秀でた知性を持っていたわけでもない。そのときの思いを剣に乗せて、誰よりも強い剣士の姿が蒼い髪の少女の前に立ちはだかる。
初手の反応速度を見て、蒼髪は気持ちを切り替えた。
単発が防がれるなら剣ごときで防げないほどの弾丸を浴びせればいい。空中に大量に発生する無数の球体がミドルレンジで放たれる。
刀身を煌めかせ、バラはそれを切り伏せていく。剣を振う初速を極限まで高め、球体の中心を正確に切り裂く。単純な動作を繰り返しているだけだが、誰にも真似できない芸当――特殊能力の代わりに持ちえる剣聖と呼ぶにふさわしい剣技をバラは披露する。
しかし蒼髪は自分の周りに球体をぐるぐる回しながら、表情一つ変えない。
「それは何の余興? 剣術のお披露目会か何か?」
弾いたり、逸らしたりして壁やら床が大きくへこんでいるが、耀自身もひどく余裕のない表情をしている。微弱な黄金の輝きを放つ彼女の刀身は微かにぶれ、落とさないように強く握ろうとしても、手にはほとんど力が入らない。
――剣道部で試合した時と一緒だった。体が要求する動きに耐えられず、握力が急激に落ちてしまっている。
やられると思った次の瞬間に、握り損ねた剣の代わりに赤い閃光が正前で相殺し合った。耀の中に眠るもう一人が、お互いの限界をフォローするように援護射撃を開始する。
「――そんなはずはない……いや、でももしかしたら。この人間の内側にいる奴らの正体がわかった気がする」
蒼い髪の少女が思うことは真に迫っていた。そしてすぐそばにいる邪魔者呼ばわりした貞芽に心配を掛けないためにも耀たち三人はすぐにこの戦いを終わらせなければならなかった。
一人と三人は、思いを違えながら次なる段階へと戦闘を激化させる。
蒼髪は互いにぶつけ合っていた球体よりも一回り小さいものを同時に作り出す。いくつも作りだされるその一つ一つが異なる色を持ち、異なるモノで作られる。
「耀ちゃんごめんね。ちょっとだけあなたとわたしの大事な記憶を使わせてもらうね」
「能力の対価として払う代償が記憶なんて……笑わせないでよっ!」
耀の周りにも同じような球体が発生し、それらが自分の意志を持ったように短い距離の中でぶつかり合う。
そのぶつけあうものがただのエネルギー体でないことは作り出した本人同士が分かっていた。
苺は――昔、一緒だった友達を思う微かな記憶を犠牲に大切なものをかけた。
耀は他の誰よりも一緒にいる貞芽が一番だった。そして死ぬ運命を捻じ曲げてこの場にいる耀にこそ、払うべき代償は限られている。幼くしてこの世から去ってしまった耀に貯蓄した財や、突出した才能もあるはずがない。大事なものは実の姉、と言ってしまうくらいだから、払えるのは自分の記憶だけになる。それを耀は込めたのだ。
それに対して、得られるだけの知識と別の世界で突出した強さを持っていた少女をそのまま写した一人は、生まれてきたことが全てを兼ねる代償のように、代償のないに等しい暴力をふるう。
赤い閃光がぶつかり合って、力負けした方が散っていく。
その光景は上空で花開いた雪景色に、様々な色を映しているようなものだった。
その様子を貞芽は口を閉ざしたまま見つめていた。
***
彼女たちがやっているのは、代償を払って使える強力な力――代償にするものが自分にとって大事なものであればあるほど強力なものになる。ただ、代償として払ったモノは決して帰ることはない。
赤い光がぶつかり合う際に、代償として込められていたものがその場にあふれ出していた。
力の差が大きく出ている分、それは耀の持っていたもので溢れる。
ごく最近の一コマを見るように、散っている空中にその映像が流れていく。
『あれ? 迷子になっちゃった……かな~』
戦い合っている二人は気付かない。次々と散っていくそれは、貞芽だけに見ることができた。
『おねえちゃんダメだな~。小学生のあたしを置いてどっかにいっちゃって。――って、バラさんは冷静に本当のことを言わないでほしいな……。そうですね。あたしが勝手に歩いているせいで離れちゃったんですね! 止まれ? え、だって探さないと……』
歩幅が広くなって早く歩けることが楽しいのか、どんどん進んでいく耀は、全然関係ないところを歩いている。このまま歩いていったら外に出てしまう。そんなことはつゆ知らずの笑顔の耀だ。
次の場面では迷子になった耀がしょぼくれて座り込んでいる。
「図体は大きくなっても、中身がそのままなのは困ったものだよね」
そんなことないもん、って意地を張る耀の顔が容易に想像できる。少しだけ時間が戻って、フィーネと耀が二人で公園にいるシーンだ。最低限の遊具しかない公園の隅で、フィーネが猫とにゃんにゃんやっているのを耀が見ている。ここで一緒ににゃんにゃんしてしまうと、貞芽との約束を守れなくなると思って我慢している耀がなんともぎこちない動きをしている。
それを気にしないフィーネの姿も新鮮だ。
『これは部活動だからね。二人とも遊んでいるところは見せられないよね。フィーネちゃんは中学生で、あたしは高校生のおねいさんだからね……。いいな~、触りたいな~、にゃんにゃんしたいな~』
最後に本音を漏らすところが耀らしい。次は学校内の風景。
『……やはは、勝ってしまいました、剣道部の人に。というか、バラさんはあたしを超人にでもしたいのかなあ? あたしは竹刀でリンゴでも切ってみせるよ、すごいでしょ、とかやらせるつもりなのかなあ? ……すまん? いや、謝ってもらっちゃっても困るんだけどね!』
珍しく真面目に怒っている耀。誰に……なのか分からないが、このとき耀が、貞芽の約束を次からは絶対守ろうと決意していたとは思いもしない。
そこにはいろいろな耀がいて、貞芽がよく知っている普通の女の子の耀が映し出されていた。
そのせいで目の前で戦っているのがあの夜のときと同じく、耀じゃないと思ってしまう。だがすぐに現実に貞芽は帰ってきた。
「おねえちゃんはあたしが守らなきゃ。そうでなきゃ、あたしがここにいる意味がない――お父さんとお母さん、それと未来のおねえちゃんが託してくれた思いを無駄にはしたくない……」
「ん、三人目? まあ、もう終わりでしょ。これで――」
四人の戦いの決着は、すでに着こうとしていた。
***
フィーネが完全世界をやるまで物陰に隠れていた少年は、その場から消えてしまった少女のことを考えていた。
「あの猫かぶり女。自分の弱点も分からねえで一人で突っ走りやがって。無茶してあいつまでいなくなったら――別に俺には関係ないけどな! いろいろ周りがめんどくさいんだよ!」
いや、勝手に身勝手なことを言っているだけだった。
そのときのフィーネは、少年の想像通りの展開を迎えていた。
余裕のある立ち回りで対応できた一体目とは違い、考えてから動き出す残りの三体、うち一体は特別な何かを有する強敵だ。その一体が一番の問題なのだが、目先のことにも多少は気をつけないといけない。
それぞれが大した力を持ってなくとも、普通の人間が敵う相手じゃない。今では忘れ去られてしまっているが、剣で切ることの出来ないスライムは無敵の体をしているものだった。クリオネはその特徴的なスライムの体だけでなく、視線もどこが目なのかわからないから感じ取れない。姿かたちを共有しているそれらが、少し息を合わせて動くだけで、こちらの反応は非常に取りづらくなる。
「バレましたか――これの力が、単体にしか使えない一騎打ち型ということに……バレバレですしね。あの瞬間も横やりを入れられていれば、そこでやられていましたし」
「――――ぅ――――ぁ――――」
言語機能が発達していないのか、言葉になっていない。伝えようとしていることが直接伝わってこないのが、こんなにもどかしいものとは思わなかった。
「こちらから行きますわ!」
忍者のような変わり身の術“氷”を駆使して少しずつフィーネは距離を詰めていった。こちらが動き出すと、途切れない動きで次々とぶつかってくるクリオネに翻弄されず、距離は縮まる。
「もう一体!」
二体を振り切って一体の体に氷結を発動させる。
そのとき、赤い筋がフィーネの腕にうっすら刻まれるが、一体はそこで仕留めることが出来た。何かに触れられたと気付いてフィーネは一歩下がり、氷で後ろからの攻撃を凌ぐ。
クリオネの擬態を脱ぎ捨ててあらわれたのは鋭い爪と、いくつもの穴が体にある謎の生物だった。これまでの終盤の数字をもった相手とは違い、人に遠からず、決して近くもない。言葉もしゃべれなければ、ジェスチャーが出来るわけでもない。ただ、人と獣、その他多くを混ぜて作り上げた合成生物のようなものがいた。
その変化の最中に、クリオネ立ちも陣形を整えるために下がっていく。
「いきなり姿を変えすぎですわ! さらに気持ち悪く禍々しい……死んでも触りたくありませんわね」
「…………」
フィーネの耳に聞き慣れた声が聞こえた気がした。
「この声は………………猫?」
重い鎧を外して躍動感を増した禍々しい存在と、それに合わせて左右からフィーネを襲いかかる瞬間。
フィーネの視界はクリアにある一点を捉えた。
自分から一歩、二歩という距離に偶然巻き込まれた動物の姿。
フィーネが体を呈して守る価値のある存在が目に入った。
後先考えずに子猫に飛びついて、庇うように覆いかぶさるフィーネ。
崩れるように崩壊する世界が、戦闘の終焉を示しているかのようだった。
***
――嫌だ。もうこんなのは見たくない。
「あれ、攻撃がやんでる……どうしたんだろ」
――させない。私たちにこれ以上かかわるな。
「――片瀬貞芽か。シャドーの言った意味がやっとわかった。やっぱり邪魔。先にやらせてもらう」
「逃げて! おねえちゃん!」
一瞬、自分が自分でない感覚に貞芽が襲われていた。そのとき、蒼い髪の少女の動きは止まり、既に発生していた赤い光は全て消えていた。そのことで戦線から離れている貞芽に焦点がいき、狙いを貞芽に切り替えた容赦のない光の弾の群れが襲いかかる。
耀の中の二人は耀の限界と自分たちの手の出せる限界をみて姿を消しているため、微かに剣の形を維持できるものを耀が握っているだけだった。見よう見まねで飛んでくる弾丸に抗い、さっきまでいた苺の援護で何とか凌げていただけだ。
ギリギリの耀には、貞芽に襲いかかる危機を振り払うだけの力強さは残されていない。
「――え、いや無理だって……よくこんなのを耀は――」
咄嗟のことによくわからないことを口走る貞芽に、ふっと小さな影が前に覆いかぶさるように現れた。初めは少し離れたところにいた耀が、自分の身を呈して守っているようにも思えたが、耀はまだ前の方にいる。それに、目の前に出てきたのは耀よりも少しだけ小さくて、貞芽より大きい身体をしている。
貞芽の方に顔も向けているから、それが誰なのかはっきりとわかった。
「っっ……なんとか間に合ったみたいかな」
「中原君!」
「フィーネたちに感謝しないとね」
***
壊れた世界の中で猫のように丸くなっているフィーネの前に、部活帰りのクラウドと蕾、ツルギの姿があった。
妹の窮地に落ち着いているように見えるクラウドは、蕾の竹刀で変貌した奴の動きを封じこみ。蕾はフィーネを抱えて少し離れたところまで運ぼうとする。ツルギは、クラウドに何か話しかけてから蕾の方へと行った。
「――俺の妹に手を出すんじゃねえよ……」
「だーかーらー、町は壊すなよ! 後始末が大変になるんだからな!」
緊張感のない二人は、互いに通じあもののある元トリオ。お互いの実力も十分わかっている。
蕾に救出されたフィーネが腕を少し切って血を流しているのをクラウドが見ていなかったことだけが、唯一の救いだ。おかげでクラウドが、ギリギリ平静でいられている。
「――――ぅぅ――」
「しゃべんじゃねえ! 顔を近づけるな、気色悪りぃ! 三分以内に片づけてやるぜ」
三分と言ったらインスタントヌードルが出来上がるくらいの時間。我慢できる最低限の時間といったところ。兄妹で同じ感想を持ちつつ、竹刀を投げ捨てた。捨て去った竹刀は、地面に触れた瞬間にバラバラになってしまう。
「おい、クラウド。神の力はこの世界で同時に使っていいのは二人までだからな。俺か、お前。どっちが使うにせよ、使うなら早めにいえよ」
「こんな奴にそんなもんいらねえよ」
安全地帯にいるツルギがクラウドに確認したのは、彼らがこの世界に自分たちの世界を深く食い込ませないように決めたルール――“限定二人”というものだった。
使わない発言のクラウドは武器も捨て、やはりフィーネの救援に遅れたことに動揺しているようだが、それを聞いてツルギはその場を離れることにした。
こんな状況になる前にツルギは、近くいた真人にはあることを伝えておいた。それは、奏進が謎の化学物質が流出して全校生徒、教師ともに帰ることを余議されなくなったこと。そんな異常はまずありえない。だから何かあると。
しばらく歩いたところでツルギは、目的の相手を見つけた。
「つまりはだな。あっちか、こっち。どちらかにお前がいるってことだよな、シャドー!」
「なかなかいい読みだ、赤威ツルギ。さすがは我々の認めた力の持ち主だ。当時の田村由依にも劣らないのは貴様くらいのものだろう」
「そうでもないぜ。あれから四年もあって、一番伸びたのは中原だ。つっても、俺様が一番なことに変わりはないんだがな」
「何かようか?」
「ああ、たっぷり用事があるぜ。この間は地味なことしたかと思えば、今度は直接来やがったからな。焦ってんだろ?」
「その心配はない。我々の主の目的はすでに達せられた。主は本来の力を取り戻し、本当の姿を取り戻す。今起きていることは、その事後処理にすぎない」
「事後処理? フィーネがどう関係してくるのかわからないな」
「守られてはいけない者がいた。それだけ言えば貴様なら分かるであろう」
「あたりまえだろ(……いやわからねえし」」
クラウドは素手でクリオネを一体片づけるが、どうにも様になっていない。それを見かねて、竹刀入れに密かに忍ばせていた秘密兵器を蕾がクラウドの方へ投げ入れる。
「クラウド! 遅くなったが優勝祝いだ! 僕の家の宇宙開発部が極秘で入手した未知の物質で作り上げたものだ、受け取れ!(安全性は……君なら大丈夫だろう)」
布にくるまれたそれは、空中で回転しながらクラウドの手元に収まる。
形は竹刀を細くした感じだが、蕾が送るにしては見栄えが悪い。
「許せ! その物質はとても硬くてだな、加工は一切されていない。ただ剣になるように持つところと鍔をつけたにすぎないがお前なら扱えるはずだ! 好きに使ってくれ!」
硬さだけでなく重さも規格外のそれを簡単に振りまわし、クラウドは試し切りでもう一体を寄せ付けなくする。
「……兄さん、油断しないで」
「そうだ油断するなよ、お前はいつか僕が倒すのだからな」
「俺がフィーネを守る状況で何かにやられた覚えはねえよ」
フィーネを襲った時のようにクリオネと問題の一体が同時に突撃する。
このとき、フィーネが言った言葉の真意をクラウドは知らなかった。
完全世界の中では氷と氷結以外の力が使えなかったフィーネは、普段使える守りの壁を使うために、完全世界を強制的に壊したのだ。そして守りの壁を展開したはずだったのに、それを紙でも切るように簡単に破って、問題の一体はクラウドの竹刀まで刃を伸ばしてきた。
守ったらやられる――超攻撃型のクラウドならそれほど心配しなくていいことだが、守りのスペシャリストを完全に無力化する刃を持つ敵に油断は死を意味するものだ。
穴だらけの体で急激な軽量化に成功した一体のスピードが、クラウドの認識から一瞬外れて、クラウドはそれを守りに回った。野生の勘で着弾点はわかって、名もなき剣で応戦する。
「ダメ……あんななまくらじゃあいつの刃は防ぎきれない」
「大丈夫。クラウドが強いのは知っているが、それ以上にあの剣が強いものだってことはこの僕が保証する。もしかしたらあれは、宇宙一硬い物質かもしれないからな」
研がれていない剣で完璧に受け止めるクラウド。驚いたのはフィーネだけで、当然のように男二人は見ている。
「さあ、決めろ」
「……言われなくても、周りは傷つけねえし、誰にも迷惑かけねえよ!」
力任せにもう一体のいる方へ、突撃してきたそれを弾き飛ばす。クラウドは剣をかなり低位置に構え、そこから突き上げるように大空へ剣を迸らせる。空に浮かぶ雲が半分に分かれるような、力強い一撃だ。
「いい感じだ。お前の名前は“ラインハルト”にしてやるよ」
クラウドが勝手に名付けた剣は、ラインハルトということになった。
上の方で空が二つに分かれるのを、ツルギは見た。
「あと一体だな。お前と、その主とかいうやつの実験は」
「むろんだ。貴様たちが知るように、私の体はそれらと繋がっている。全九十九体の全てが機能停止にならない限り、消えることのない不死の体。その体で私は実験代行人としてここにいる」
「最後の一体は正直すげえ厄介な奴だが、時間の問題だろうな」
「――ふふ、貴様らは、何か勘違いしていないか? ……最後の一体は、田村由依そのものだ」
シャドーがツルギに告げた言葉は、嘘偽りない。
「遊園地のあれは、さっき倒された奴の仕業なのはすぐにわかってしまうことだ。そして四年前のあの事件も元々は田村由依自身が酷使してきたツケがちょうどよく噛み合わさっただけ、いわゆる寿命といったものだ。故に、あいつ自身は今のところ大したことはしていない。それに、あれは田村由依そのものなのだ。姿形だけでなく、持つ能力、知識、才能、記憶そのすべてがあの時点までの田村由依と同じ。生まれ方が、人でなかっただけなのだ。この事実を知らない中原真人は、もう一度彼女を殺すことになるだろう」
「……ふざけんなよ! わけわかんねえことぬかしやがって!」
「もう遅い。全ては計画通り。我が主、王の覚醒は止められんよ」
背広の男が、初めて笑った瞬間に、あちらでは早くも決着がつこうとしていた。
***
真人はつい先日返してもらったネックレスを剣へ変え、一歩で蒼い髪の少女の首筋に剣を向ける。相手との間合いを一瞬で詰め、相手との間合いを関係なくさせるのが真人の剣術だ。
「もういい加減にやめろよ。君を殺すのは今すぐにもできる……わかるだろ、僕らは君と違って強くなったんだ。僕は貞芽が狙われる理由を僕は聞きたいだけだ」
「……そんなのは知らない! 分からない!」
「なにを言ってるんだ……!」
蒼い髪の少女の赤い瞳がさらに真っ赤になる。それが彼女の周りに薄い殻を張るものだと知っている真人は、一度引いて剣を構え直す。
「そんな悲しそうな顔をするあなたを、私は知らない!」
あの時点までの記憶が色濃く残る少女は、自身の中で知らないことの葛藤に襲われていた。
だが、上塗りされたものが彼女を支配して、攻撃の衝動へすぐさま戻させる。
「だから、私はシャドーの言う敵を倒す」
「くっ……敵ってなんのことだよ!」
「否定の力を持つ者のこと。それがこの世界だけじゃなく、あなたたちの世界も壊す」
シャドーに言われたことをそのまま言う。
「だから誰だよ。僕らのなかにそんな力を使うのはいない。君たちの仲間か?」
「違う!」
剣で飛んでくる光を弾きながら近づいていく。それを介さず蒼髪は叫んだ。
「それは生まれる世界を間違えた子供のこと……そんなこともわからないのに邪魔をするな!」