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ときまるR ―光に導かれし者たち―  作者: 橘西名
ときまるR ―光に導かれし者たち―
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第五章 超能力少年と一日デート

第五章:超能力少年と一日デート



 貞芽は朝食のトーストを口にくわえたまま学校までの道を走っていた。これが日本の遅刻スタイルと言われようが、朝ごはんを食べないと動けないし、遅刻すると罰があるのは嫌なことだ。

 いつもは妹と二人で一緒に登校する貞芽だが、耀が風邪を引いたため介抱や薬を探している間に時間がなくなってしまったのだ。自分自身に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせながら走り、予鈴前に間に合うことが出来たのは運が良かった。


「はぁ……はぁ……。おはよぉございます」

 廊下に出ていた二人に挨拶をして教室へ。

「おはよう」

「おはようございます」

「またずいぶんとぎりぎりに来たんだね」

「そんなことはないよぅ。……遅刻しなければいいんだよぅ」


 強気に言ってみたものの肩で呼吸していたあたり、ここまでの全力疾走は心臓に良くない。これなら体育の授業をまともに受けていればよかったと後悔したくらいだ。


「今日も僕は暇だし、一緒にまた部活に行く?」

「そ、そうだね。……でもぉ、今日は無理かも……」


 貞芽が遅刻しそうになった理由を真人にざっと七秒で説明して、今日はどうしても付き合えないことを納得してもらった。


「それは朝から大変だったね。また教室で」

「中原君も朝からサボらないでよね」

「了解でございます」


 ――一瞬の風のように時間は瞬く間に過ぎていく。気付けばもう放課後。


「耀さんによろしく。貞芽、また明日」


 嫌な予感もした貞芽はまっすぐ家に帰った。


「耀ぃ、帰ったよぉ。まだ寝てるのぉ?」


 家の中は静かだった。





 ***

 場面は戻って学校。

 真人は、朝一緒に時間を潰していたもう一人の女の子と一緒に部活動に行くことにしていた。貞芽には大事な用事がある。なのであんないかがわしい部活に行くよりは、そのほうがよっぽど良い。


「あなたはまた、のろのろのろのろ…………亀ですか?」

「いやいや、唐突にひどいよ。担任の楓先生が長々と話しちゃって……ごめん」

「……まあ、いいですわ。行きましょう」


 留学生という名の生粋の日本人だが、雪のように白くてかわらしい女の子。友達以上の関係をもった人に対して少々荒っぽいのがたまにキズな女の子でもある。

 実際に、真人がそのことについて彼女に何か言ったことはいまのところないが、男女問わず周囲の人に異常なほどちやほやされていて、その状態のままが一番平和的な彼女の解釈になると、この頃改めて思う真人だった。


「で、今日は二人なのでしょうか?」

「貞芽は耀さんが風邪を引いたからすぐ帰っちゃったんだ。今日は僕らだけでやろう」

「……そうですか。それはお大事に」

「最近、あの元気ハツラツなお兄さんはどう?」

「はい? 何か言いまして? もしやあれを呼べと! 呼べと? 呼べと!」

 鬼のような形相で迫られる。

「……い、いいです。やっぱり……」

 鬼のような形相といっても元々がかなりの美少女なものだから、もの凄い勢いで迫ってきたとしても少女はかわいいはずだ。しかし、この場合、かわいい以上にその勢いが怖い。

 フィーネはお兄さんのことをあまり良く思っていないように振る舞う。そのことを聞くとすごく怒りだすし、今の彼女はいつ襲いかかっても不思議じゃない状態だ。普段は落ち着いている彼女が唯一怒りそうなことと言えば、お兄さんのクラウドのことくらいだ。

 唯我独尊、妹バカのクラウドは、この学校の高等部でも中等部でも有名な話だ。おまけにモデル並みのスタイルで、しかも超の付くほどのルックスの持ち主であることがその人気の裏付けをしている。


「もう着くよー」

「そんなこと知っていますわ。もうこの廊下の突き当りがわたくしたち探偵クラブの部室なのですから。全く、誰の仕業でここまで似せたものを作ったのか知りませんけど」

「会議室ってこういう場所に元々あるんじゃないの?」

「会議室の立地状況なんて知りませんわ!」

「怒ってるよね? たぶんだけど」

「普通です!」


 元会議室に到着。ちなみに誰もその部屋に先に来ている人はいない。貞芽が来られないため後から来る人もたぶんいない。クラウドが入れば少しは賑やかになると心の中で思った。


「相変わらず狭く、小汚い所ですわね」

「まあ、しょうがないよ。ここも物置みたいなものだし」

「むしろ物置です」


 二人で探偵クラブの活動前に、この国の日々変わっていく情勢について話していた。

 真人たちはこの世界のことをよく知らないからこうゆう時間は大切だ。幸い、部活の活動内容が探偵に類似しているから資料は部室にたくさんあり、すべて読み切ることは難しそうなくらいある。

 ここ日本では、世界大戦が終わってからの技術革新によって長いこと平和が訪れている。街では万引きや窃盗、誘拐、殺人などの犯罪行為はほとんどなくなっている。それでも長く続いた平和は良いことばかりでなく、そのせいで簡単な事件も人は解決できなくなってしまった。

 あまりに平和すぎて警察官や消防士など人を守る側の立場の人たちが平和にうつつをぬかし、事件を解決するための技量を落とし続けていったためだ。そのためこの国を統括する政府が考え出した苦肉の策が、民間協力者による小規模仮警察団体の設立。その団体の中に何人かの専門家(プロフェッショナル)をあらかじめ置き、後は民間の有志を募って小事件から大事件まで解決することを担当させるというもの。

 これは警察官や消防士の再教育より、コスト的にも時間的にも実用性が十分あるものだったため即日採用され、今もこの国を守り続けている。それを模倣して作られたのが、ここでの探偵クラブということだ。ちなみに、ここでいう専門家は、探偵クラブの謎の女部長のことらしい。


「今週の依頼は何なのかな? かな?」

「ノリノリですわね……気持ち悪い」

 スピーカーから女性の声、もとい謎の女部長の声が流れてきた。

『いいテンションねぇ~』

 その場にいた二人の返事はごく機械的にした。

『はいっ、そこの二人! ポストの中に手紙が入っているから読んどいてっ! たぶんそれで十分だからね!』

「はーい」

「はいですわ」

 真人たちは再びやる気のない、機械的な返事をした。

 あからさまに昼休みの暇つぶしにでも作ったかのような赤いポストが、部屋の入り口に粗末に置いてある。その中には二つ折りにされた紙が入っていた。


「えーと、この紙かな? これしか入ってないようだし。間違いないよね?」

「何、そのテンション? ……そうみたいですわね。また犬猫の捜索あたりなのでしょうけど」


 フィーネが恒例になった溜めいきを漏らしつつも、二人で手紙の中身を確認すると意外なことに人探しだった。


“捜し人の名前は政道(せいどう)

 性別は男、特徴は超能力と変態。

 報告は神童市の神童高校1―6教室まで”


 メモ程度の代物を二人で読み終わる。


「これだけで十分にはわからないね。でもとなり町だ」

「……行きましょう……名も知らない女部長を初めて殴りたいと思いましたわ」

「……殺気は、隠してね」

「なんのことでしょう?」


 素の表情で殺気を隠せる女の子は、そう多くいない。真人の知っている限りでは、一人しか知らなかった。

 事件は現場で起こっている、とも言うから依頼主に直接会って聞いてみることにした。隣町にある神童高校は、県でも有数の進学校で国際的にも優秀な人材を多く輩出し、その校風は高い評価を得ている。最近、この学校の周りでおかしなことが立て続けに発生していてそれを予知した人がいた。それが政道という男で、依頼主の彼女はその男を探しているということだ。

 つい先日、依頼主が部活動の帰り道にフラフラしていると、いつの間にか一緒に帰っていた友達と別れていて薄暗い道で政道に会った。そこで一言、「*****に気を付けろ」と言われたらしい。そのときは黒いローブを被っていて顔は見えなかったそうだ。でも黒いローブの端に名字だけは白色の刺繍で書かれていたらしい。


「ありがとうございます。大体わかりました。ではこれから僕ら二人で今週の土曜日までにその男をあらゆる手を尽くして引きずり出しますのでご心配なく。それで依頼主であるあなたのお名前は?」


 久しぶりに大変な仕事? いや、任務。いやいや、部活動だ。そう思ったのもつかの間、依頼主と別れてその黒いローブを被った男は簡単に、その日の間に真人たちの前に現れた。


「はじめまして、政道さん」「少し、わたくしたちとお話よろしいでしょうか?」


 二人で念のためにその男の正面と背後の道を塞ぎ逃げられないようにする。


「誰だ? 僕はまだ君たちの未来(ビジョン)が見えてないんだけどね」


 意味深な発言をするその男が被っていた黒いローブを剥ぎ取ると、見た目はどこにでもいそうな学生だった。その制服も依頼主の高校と同じものだと思う。そこでもう一度、依頼主の言葉を思い出した。


『あの変態を捕まえてください。あの人、黒いローブなんか被っていますけど、本当はここの生徒らしいからすぐ見つかると思います。なんで高校生にもなって私が“スベリダイ”に気を付けなくちゃならないのよ、もう! だ・か・ら、出来るだけ早く連れてきて!』


(知り合い?)


 脳裏に浮かんだクエスションマークをひとまず保留にして、近くの喫茶店で詳しく話を聞くことにした。


「探偵クラブ? まあ、調べればわかることだと思うから言うけど。僕はすぐそこの高校、神童高校の1―6の政道(せいどう)道花(どうは)。近い未来に起こりそうな事故や事件、自然災害とかがわかるんだ。僕ってやっぱり変かな?」

「変です。第一、わたくしからすればあなたは立派な犯罪者だと思います! 部活動帰りの女子高生を薄暗い道に連れ込むなどと……い、一体何をお考えで!」

「フィーネ、何かすごい勘違いをしているよ。まだそんなことはなかったと思うよ」

「えーと、まだって何かなそこの少年。僕はそんなに犯罪者に見えるのかな?」

『失礼しました』

 二人で軽く頭を下げた。

 この場をフィーネに任せ助けを求めるために電話を掛ける。


「あー、貞芽。今、大丈夫? ――ならいいんだけど。あのさ、耀さん元気になった? 出来れば電話代わって欲しいんだけどいい?」

 貞芽は一端ためらいの間を置きながらも耀さんに代わってくれた。

「……はい、耀です。おねえちゃんの彼氏さんですか?」

「えーと、それはまだ分かんないけど」

「どっちなんですか!」

「それはちょっと置いといて下さい。また耀さんの知り合いの人に聞いて欲しいことがあるんですけどいいですか?」

「……はい、別にいいですけど。今度はなんの用ですか? ……はい、分かりました。また掛け直しますね」

「あ、はい……お願いします」

「中原君。貞芽ですけどどうして耀に頼るのぉ。なんだかすごく淋しいよぉ」

 ブツリ。とりあえず反射的に切ってみた、というより携帯のバッテリーが突然切れてしまった。

「んー。すこし困った……かな」


 ちょうどタイミングよく喫茶店からフィーネが出てきて話をまとめることにする。

 政道は八割がた先読みした現場に、いや必ずと言っていいほどいたらしい。そして自分でもわかるくらいにとても挙動不審だったらしい。

 少しまとめたところでフィーネの携帯電話の着信音が鳴った。


「はい、はい、はい……中原さんにですか? はい……はい、わかりました。あなたにです!」


 フィーネは自分の白い携帯を真人の頬に強く押しあてる。


「真人く、じゃなかった。お姉ちゃんの彼氏さん、わかりましたよ。すべての真実が――」


 そして次の日、つまり今週の土曜日。依頼主と政道さんを連れて滑り台のある公園へと来た。

 フィーネと真人とで順に説明を始める。

「では、依頼主の信藤(しんどう)千夏(ちなつ)さん。わたくしたちが調査した結果……まずこの方が、あなたのクラスメートでもあるこの男子生徒が例の男です」

「まさか」などと口々に千夏さんも一、二歩あとずさったが政道さんをここに連れて来たところから分かっていたのだろう。それでもまだ少し動揺しているようだった。

「僕らが調べた結果、事の顛末はそうですね……簡単に言ってしまいますと政道さんは千夏さんのことが気になっていたんですよ」


 耀さんからの電話は次のような内容だった。


「えーと、あたしの知り合いに言われたことをそのまま言いますと

 ……真人くん、全然違うよ。

 ある筋の人に調べてもらったら、まず政道たるあの人はこれまで人に対して注意したことはなかったんだよねー。

 例えば死角がたくさんあって駐車場が近くにある道路。自転車通学のいたいけな学生たちが友人達とおしゃべりをしながら通れば前方不注意にもなるし、急に車が飛び出してきたりもする。そのなんでもない二つの負の要素が重なって偶然事故になることだってあるよね。

 つまりはそういうことなのです。

 ただ身の回りで危ないと思うことを意識的に見て感じ取っていただけなのだよ。

 で、たまたま思ったことを無意識に呟いてしまったその男はそれを近くにいた人に聞かれてしまい、それがすぐに起こったりしちゃって疑われるようになっただけ。

 それに驚いていた彼も挙動不審に見えるしね。黒いローブは正体を隠したいと思ったんじゃなくて、もしかしたら私服なのかな?」


 などなど。ここまでだと核心には至らない内容だ。


「だから政道さんは何もいかがわしいことはしていなかったんです。恰好は少々複雑な趣味ですけど」

「それで納得しろと言うのもあんまりだけど。じゃあ、どうして私には無意識な呟きじゃなくて意識的に注意してくれたの?」

「それはわたくしから説明しましょう。わたくしたちの周りにある物や風景はいつもわたくしたちが毎日のように無意識に見ているのはご存知ですね。でも政道さんはそれに危険性を見出したんです。未来予知などしない、あなたと同じクラスのただの男子学生です」

「だからなんなのよ!」


 この状況で、年下のしかも嫌になるくらいの美少女に焦らされて、理性を保てなくなった依頼主はイライラしているように見える。


「わたくしたちのとある情報筋によりますと、あなたはよく毎日の部活帰り、夜遅いにも関わらず公園に行くそうですね。そしてブランコに乗っているとか、いないとか」

「どうしてそんなことを……関係ないでしょ! そんなこと!」

「大ありですわ! 少し前からあの公園には夜遅くにたちの悪い人が集まっていたんです。それをこの彼は知っていました。……もう分かりませんか? 彼はあなたに公園自体に行かないように警告していただけだったんです。それに薄暗い道というのも公園に行く途中の道だったのではないですか?」


 初めて気付いたがフィーネは相手を追い詰めるのがうまい。巧みな話術と兄譲りの威圧感は一種の才能なのかもしれない。まるで毎日のように誰かを追い詰めているようだ。

「……でも、じゃあなんで滑り台なのよ」


 ここからは主に真人の担当。

「暗くなれば分かりますよ。フィーネ、懐中電灯をだして」

「そう、そのための懐中電灯ですから。ふふふふ……」

 フィーネの不敵な笑いは何なのか。たぶん場のノリだろうが、真人を含め依頼主も困惑していた。場を進めるため、手に持った懐中電灯で滑り台の滑り下りた場所に設置された砂場を照らしつける。


「こうして暗くなってから滑り台の前の砂場あたりを照らすと――」

「なにこれ?」


 砂場を照らした部分が何かを反射して輝きだした。砂に光を当てても普通こうはならない。


「ここの砂場は位置から推測しても、ついこの間までは滑り台下のいいクッションだったかもしれません。しかし今ではこうして光を反射するほどガラス瓶などの破片でいっぱいなんです」

「だからあなたには注意をしたんです。念のため、あなたが滑り台を利用しないとはわかりませんから」


 フィーネに良いところを持っていかれた。

 話が終わったところで、ここまで聞いているだけだった政道さんが初めて会話に参加してきた。


「ごめん信藤さん、変な伝え方しちゃって。でもさ、信藤さんのことが心配だったんだ」

「私こそ、そのごめんなさい。突然こんなこと言って変に思うかもしれないけど、その、明日暇?」

「え? 暇だけど」

「今日はもう遅いし、明日ちゃんと謝りたいなって思って」

「別に気にしてないけど……」

「いいの! 私がそうしたいんだから。それに……私も政道くんに前から言っておきたいことあったから。ちゃんとした形で……」

「……うん」


 その場で解散して、土曜日の夜の帰り道。家まで送って行くようにクラウドから頼まれていたのでフィーネを家まで送ることになった。


「この前フィーネにも話した耀さんの知り合いは、千夏さんが学校で何もないところでよく転ぶって知っていたらしいんだ。もしかしたら神童高校の生徒に知り合いがいたのかも。だからすぐに危険性があるとすれば足に近い砂場って考えたらしいよ。それに政道さんも千夏さんのことをよくちらちら見ていたらしいんだ。千夏さん本人は気付かなかったらしいけど、他の友達とかはみんな気付いていたらしいよ」

「それで、あの彼女の方も彼のことが気になっていたことが分かっていたからわたくしたちにこのような演出をしろといったところですか?」

「まあそんなところ。でもフィーネはアドリブ入れすぎだよ」

「……そのことはいいでしょ、楽しかったんですから。それにしてもその方は、とんだ演出家さんですわね」


 あの二人は明日、遊園地に行くらしい。一段落ついて安心してくすくす笑い合いながら僕たちも、夜道をさっきの二人のように帰った。

 でも、この依頼は本当の意味で解決していなかった。





「耀、元気になったけど何か欲しいものある?」

「ゆうえんちに、行きたいな!」

「唐突だね! まあ、そんなこと言えるならもう十分元気だね。じゃあ久しぶりに行ってみる? みんなを誘って」

「さっそく電話しよ~、おお~」

「うん、そうしよぉー、おおー」

 貞芽はみんなに電話をし、探偵クラブの四人も遊園地に行くことが決まった。





 ***

 この世界に予言者というものは存在したのだろうか。

 地震を予知するナマズや、予言者に近い存在の月読みなどは実際にいた記録が確かにある。神の代弁者と名乗る人は今では相当胡散臭く、その予言の言葉が信じられることは多くない。

 だが、もし現代にも寸分たがわず正確に少し先の未来でも分かる人が出てきたとすれば、それは超能力を遥かに凌駕した存在に違いない。



 耀が遊園地に行きたいといいだす一週間と数日前。貞芽と耀は真正面で向かい合ってにらめっこをしていた。というのは冗談で二人は話し合いをしていた。片瀬姉妹の家には耀に合う洋服が一着もなかったことからそれは始まった。

 急激な成長を遂げた妹に合うサイズの服がお下がりにもほとんどなかったのに加え、昔、母の使っていた服は昭和の匂い以前にセンスを微塵も感じさせないものばかりだった。だましだましで毎日制服かジャージ姿の妹をこのままにはしておけないと思ったので、この週末は二人でショッピングに出掛けることに決定した。

 まだ詳しくは説明できていない姉妹の関係を、うまく隠し通せるかわからなかったから真人やフィーネを連れて行くことも決心出来ない。次があれば誘ってみるのもいいかもしれないと思うくらい。特に真人は、たまにその表情を曇らせるから、楽しい所へ連れて行ってあげたいと貞芽は思っている。

 そして週末。女子中学生の中でも流行っている「丸一日お買い物コース」で今日はいろいろまわることを計画している。正確には「丸一日お買い物デートコースすぺしゃる」だったとは、その時の貞芽たちは知らない。

 予定通りにまずは洋服を買いに行くため、バスで街北まで来ていた。


「よぉーし、張り切って行こぉ」


 こういう買い物には気合いが大切だ。楽しむのも大事だけど、目的を見失ってはしょうがないし、時間もそんなにかけられないのでまず気を引き締めることが大切なのだ。

「おお~~う」

 よくわかっていない耀もやる気だけは十分。

 最初に貞芽たちが向うのは、少し値は張るが子供から大人までの全ての女性のニーズに応えてくれるお店。そのお店の入るデパートの込み具合もすごいが、店内もすごく混んでいる。その理由はこまめに変わるディスプレイのおかげらしい。

 ディスプレイというのはお店の商品スペースの入り口付近や、商品の区切りの場所に、特に見えやすく目立つところにある服のことだ。そのディスプレイがいいなと思ったらそのあたりを見渡せばその季節の旬な服を一気に揃えられるというおまけつき。


「決めた、あたしこのお洋服にする~」

「……あんた、季節はずれも良いとこね。その服を見つけられたのはきっと奇跡に違いないよ」

「そうかな~、モコモコしてかわいいと思うけど」


 らちが明かないのでスタッフの綺麗なお姉さんに上下セットで三、四着、耀に似合いそうな服を適当に選んでもらう。さすがこういうところのスタッフだけあって服を選ぶセンスはすごいの一言だ。試着でサイズを確認してから、耀にはその中から一着選んでもらい、さっそくその服を着てもらう。そして購入した残りの服と着ていた服は一緒に配送してもらうことにした。


「これでよぉし、次ぃ」

「おぉお~~」


 次なる目的地は水族館。サメの赤ちゃんからクジラの赤ちゃんまで、幅広い水にすむ生き物を特注の特大水槽で披露してくれる。広大な敷地内に五区画からなるその様はまるでテーマパークのような錯覚もさせてしまう、一大アミューズメントの要素も含んだ娯楽施設である。

 でもその前に、貞芽一人だけだったら入りにくい、きれいで素敵なカフェに入って昼食をとることにした。ちょうどランチのはじまる時間帯でもあり二人は三色野菜のサンドイッチにオレンジジュースを堪能する。お店の雰囲気も大変良く味も申し分なかったが、周りにはやけにカップルが多いように思えて終始場違いな気がしている。

 食べ終わってくつろいだ後、無事水族館に到着。そこは広大な敷地内にはじめてきた少女二人が迷子になってしまうのもしょうがないほど広い水族館だ。例外なく二人は互いに気付かぬ間に迷子になってしまい、貞芽は広い水族館の中で一人になっていた。


「耀が迷子になっちゃったぁ。もうあんなに大きいのに迷子になっちゃったのね。でもぉ、お財布や携帯は耀に持たしているからぁ……すなわち私の方が迷子になるのかなぁ。ポケットに帰りのバス賃くらいの小銭はあるけど、困ったなぁどうしよぉ」

「おいおい、そこのお譲さん。暇かね?」


 しがれた声で新手のナンパかと思った。七十は超えていそうなお爺さんによるナンパだ。

 その後ろから女性の声も聞こえてくる。


「こら、このクソ爺。いい年こいてこんな美人なお譲さんに汚い手をむけるんじゃないよ」

 そのお爺さんの奥さんのようだ。

「すまないね。わたしらはこんなところに来たこともなかったから、少し道は案内をしてほしいと思っただけなんですよ」

 老夫婦は貞芽の方をじっと見て、

「その首に下げているのはなかなかいいもんだね」

 物欲しそうな視線を貞芽の首下に集めている。

 それは、そろそろ真人に返そうと思ってまだ返せていないネックレス。


「……ありがとうございます。これは友達からの貰いもので……あ、でもいまちょっと私にはすることが、その――」

「そうですよね。こんな老いぼれはこの広い世界の隅っこで孤独死でもしてろといわれてもしょうがないんですよね」

「いいえぇ……そんなことはこれっぽっちも言っていないんですが……」

「ああ、そんないいんですよ。何も一日付き合えというのではなく午後の一時間程度を、何なら五分程度でも一緒に行動してくれれば結構ですから」

「……しょうがないですね、五分だけですよぉ」

「あら、ありがとう」





 ***

 そのころ片瀬耀は何故か公園のような場所にいた。どこをどう通ってきたか分からないが、姉とはぐれてしまってからひたすら歩き続け、知らない場所にいる。

 持ちものはバッグを一つ、「重い」と言われて姉に無理やり押し付けられたものだ。中には財布に携帯、少しのお菓子。女の子はいつでも甘いものを携帯しているというが、姉のバッグに入っていたのは“お酢マスカット”が一枚だけ。以前街の方で無料配布されていた試供品をそのまま入れっぱなしにしていた。この間、耀が麻衣に一枚もらったものだけど、ひどく特徴のある味だった。このお菓子は試供品止まりで自然消滅してくれることを願うばかりだ。「騙されて食べてみな」、「――騙されたぁ」というパターンになりかねない。

 携帯電話は家で姉しか持っていない。耀専用のものはない。姉妹は、ほぼ行動を一緒にしているから必要もないのだけれど、耀の中身が小学生と言う事で姉に大反対された結果、あらゆる理由で耀は携帯を持っていない。なので使い方もほとんど分からない姉の携帯電話で、リダイアルらしい操作をして誰かにこの場を助けてもらうことにした。

 電話に出たのは男の人。でもまだ声変わりをしていない男の子の声だ。


『……はい、中原です。どうかしたの、貞芽?』

『はい、もしもし!』


 緊張したが聞いたことのある声で安心する。


『えーと、貞芽のお姉さんですか?』

『はい、そうです。片瀬耀です。少し困ったことになりまして……できれば“トナリノ公園”に来てほしいんですけど』

『いいですよ。でも、どこの隣ですか?』

『トナリノという公園です』

『あ、はい、わかりました。すぐ行きますから少し待っていてください、それでは』


 ややこしい名前の公園だ。とっさにこの場所の目印になりそうなものを探したらトナリノ公園と書いてある看板があったのでそのまま言ってしまった。ここは公園だったんだ、とやっと耀は気付いた。

 数分でその男の子は駆けつけてくれた。どうやら自転車は持っていないらしい。


「……えっと、つまり道に迷ったんですか……耀さんは」

「そうなります……すみません」

「じゃあひとまず水族館に戻りましょう。貞芽も耀さんのことを探していると思いますし」

「だめなんです! えっとその、あの水族館はゲームコーナーもオプションとして入場料に入っていてとにかく時間制なんです。だからもうこの時間じゃ水族館にはいません。もし迷子になったら家に帰るようにおねえちゃんと約束しましたから」

「そうですか、貞芽は意外と迷子になりやすいから耀さんがそうするように貞芽と約束をしたんですね」

「え~、あ~、はい……そうです」


(いけない、おねえちゃんはあたしってことになってたんだっけ、あれれ?)


「でも一応水族館にも行ってみましょう。貞芽が水族館の出口でもしかしたら待っているかもしれませんし、もし家に帰っていたとしても携帯に電話がくると思いますから」

「真人くんはかしこいんだねー」

「そんなことないですよ」


 急に雰囲気の変わった二人は笑い合っていた。

 その理由はと言うと耀のかわりに苺が表に出ていたためだ。


「行くのは別にいいんだけどー、真人くん。あの水族館からバス停まで二キロあって、今日は特別運行のバスだもんでもうすぐ終バスの時間だよ、きっと」

「じゃあ、直接バス停に向かいましょう。こんな街はずれにバス停は一つもありませんし」

「最後まで聞いてほしいね。ここからバス停に行くまでの中間地点である水族館の西館までどんなに急いでも二十分はかかるよ。私たちが走ってもせいぜい時速十キロ、貞芽ちゃんは歩くだろうから時速四キロ。これの意味が分かる?」


 人差し指を立てて左右に振る彼女の姿は手品の種明かしをするときの得意げな子供のようだ。


「……はい、なんとなく」

 真人は、頭は抜群にいいけどパズルやら謎解きなどは苦手な方で、いつもそれは人を頼りにしていた。隣にいつもいた人に。

「これだと私たちが全力で走ったとしても、会うまでにざっと三十分以上はかかっちゃうんだよね。つまり貞芽ちゃんはバスに乗っちゃっているの」

「……そうみたいですね」


 真人は自分の中で情報を適当に整理し、その場でトーテムポールのようにじっと考え込んでいた。


「簡単な推理、数字のトリックだよ、真人くん。

 ……すみません、これ、知り合いの苺ちゃんが前に言っていたことをそのままコピーして言っただけなんです。いますぐ急げば間に合うかもしれません、急ぎましょう」

 暴走していた苺ちゃんを無理やり中に押し戻し、話をまとめることに成功。セーフセーフでした、たぶん。

「でもすごいですよ、その耀さんの知り合いの人は。僕だったらそんな数字遊び、と言っては失礼かもしれませんが思いつきもしませんよ」

「そう言っておくね」

 そのお世辞は少し嬉しかった。自分が褒められているようにも感じたし、苺ちゃんはおねえちゃんの彼氏さんに初めて会ったときから興味があるようだったから今頃きっと喜んでいることだろう。

 おねえちゃんの彼氏さんと歩き、結局自分の家に帰ることになった道中にふと思いつく。こんな一日になったけど、今度はみんなで本格的な遊園地に行ってみるのもおもしろそうだ。

 その前に頭の中で苺ちゃんに注意しておかないといけない。


(なかなか私の思うようにはいかないものね。簡単に主導権を奪われちゃった)

(やりすぎだよ、苺ちゃん。あたしの別の人格が知り合いにばれてもいいの?)

(もう一部にはバレてんじゃん。ま、一応ごめんなさい、もうしません)


 にやにや顔で弁明していそうな言葉のリズムだ。


(うそでしょ)


 もう一人も怒りのボルテージが上昇していた。


(うるさいぞ! 頭の中で喧嘩などするな。もう二人とも子供じゃないだろ!)

(あたしは子供です! そういえばどうしてバラさんと苺ちゃんはあたしの中にいるの?)

(偶然だ)

(そうだね、たまたまかな~)


 今回も適当にはぐらかされてしまい明確な答えは返ってこなかった。

 耀は、真人に先導してもらうままに家へと無事に帰った。

 そして希望通りの遊園地。風邪を引いて弱っていた耀の願いを姉が拒否するはずもなく、みんなで一緒に来ることができた。集まったのは姉妹と、真人、フィーネの四人。部長には連絡が取れなかったので今回は勝手になしにさせてもらった。

 四人ともその姿さえ見たことのない部長のことはあんがい気楽に考えていた。





 ***

 これは探偵クラブのみんなが遊園地に行く当日、早朝の学校での風景。剣道の大会が迫っていた蕾とクラウドはそれに向けて二人だけの早朝特訓をしていた。

 昼間は二人とも家業やアルバイトで時間がなかったため、新聞配達の人と同じくらいの早起きをして日曜の学校に来ている。蕾のする家業とは先代から続く赤威宇宙開発グループのことで、宇宙旅行の実現のため息子の赤威蕾も手伝いをしていた。この間の大会前の徹夜では未知の物質の研究などをしていた。

 クラウドは妹と二人暮らしの家計を支えるためのアルバイトを週に何回かしている。お金は十分にあるのに、趣味のような感覚でアルバイトをやっているという。


「あいつら、俺を差し置いてこんな面白そうなところに行きやがって。――――入場料がたけえよ!」


 こんな早朝なのに校内放送が二人のいる剣道場に流れてきた。その女性の声の放送は、真剣に竹刀で打ち合う二人にとってはいい迷惑だ。しかしそうでもなくなったのだ。


「ふむ、このメンバーの中には彼女もいるのか……」


 探偵クラブの部長は全国の小中高大までの全ての学校と繋がっており、その情報は広く、知っているものからは恐れられるほどだ。友達同士でしか知らないような些細な情報も、誰でも知っている当たり前のような情報まで全てを牛耳っている。この前の耀の中の彼女もこの部長から情報を得ていた。そして昨日、この部長は面白い情報を得たから自分だけでこの情報を持っているのをもったいないと思い、もう二人にこの情報を無料で垂れ流すことにした。


「よし、僕らも行くことにしよう。クラウド、こんなところで遊んでいる場合じゃないぞ」

「俺との手合わせは遊びか?」

「もうすぐ開園の時間だ急ぐぞ。チケット代ぐらいおごってやるさ」

「あ、ああそれなら……しょうがねえからついていってやるよ!」


 上機嫌で二人は剣道場を後にする。


「……これで無事ではすまないわね、あの子たちも。私に一言もなしに部活を動かすからこんな意地悪をしたくなるのよ。まあせいぜいみんなで、な・か・よ・く、やってちょうだい」


 誰もいなくなった剣道場に不気味な放送が余韻を残して竹刀の倒れる音とともに切断された。



 ***

 探偵クラブの四人は先頭を歩く二人の希望で廃校舎を見立てたお化け屋敷に入っていた。

 それは先頭の二人のさらに前にいた二人の男女がここに入るきっかけ。

 真人とフィーネは探偵クラブとしてその後の二人の動向が気になって、その二人の影を見つけてから、後ろの片瀬姉妹には気付かれないように尾行している。

 後ろにも前にも聞こえないくらいの小声で二人は、

「フィーネにはこんな趣味があったの?」

「失礼なことを言わないで下さい! それなら何ですか? あなたの家に代々伝わっているという尾行術も大層な代物ではないですか!」

「あれはみんなを守るためであって、こんな男女の関係を探るようなことは決してしないよ」

「どうだか!」

 探り方について争っていた。


「なぁにを話しているのかなぁ? 二人でこそこそとぉ」


 後ろから二人の頭と頭の間にニョキッと自分の顔を出して来たのは髪型がポニーテイルに首のネックレスが大人びてみえる貞芽だ。


「な、なんでもないよ」

「そうです。今日はお日柄もよく、不吉な蠅も飛んでいないと話していただけですわ」

「どうしてそんなに二人とも焦っているのかなぁ? 別に私は昨日仲間外れにされたことなんて怒ってないよぉ。耀が参加して私が仲間外れにされたことも気にしてないよぉ」


 顔には出ていなかったが、二人は貞芽がいつもと違ってとげとげしくしているのが話し方で分かった。貞芽からの昨夜の電話もほぼ強制的に遊園地に行くことをいいつけられものだったし「そんなに悪いことしたかなぁ」と二人で思っている。


「そうそう、耀が気付いたんだけどさ。フィーネちゃんにとっての蠅ならいたらしいよ。剣道部の部長と副部長がそろって私たちの後方五十メートルくらいにいるって」

「ついに奴が来たか」とフィーネ、「ふーん」と真人は考えていた。

「ところで前の二人は知り合い? それとも友達?」

 貞芽たちの前を歩く二人はデートをしているように見えた。



 実際の二人はというと――。



 前を歩く二人は世間一般でいえばデート中、二人の一般で言えば初デート中だ。

 異性と二人でアミューズメントパークに行くなんて、恋愛シミュレーションゲームの中だけの話だと思っていた片方と、この相手と行くようなことがあろうとは先日まで夢にも思っていなかったもう片方。

 最初は進展のない状態がこれはこれで楽しいと感じていた二人も、だんだんと刺激が欲しくなり、彼女の提案で男女の仲が変化しそうなアトラクションの定番のお化け屋敷に行くことになった。彼の方は二つ返事でそれを了解する。

 お化け屋敷は政道道花の人生で怖いという印象がなかった。生まれつき偶然というものに縁のなかった体質のせいか、突然お化けに驚かされるということが今まで一度もなかったのだ。それがアトラクションの一つだったとしても、隠れているのがなんとなく見てわかってしまう。どんなに完璧に隠れていようとも見れば分かってしまうのだ。それを思い出して、偶然にも隣を歩くことになった彼女にいいところを見せられると考えていた。

 でも本当に政道は偶然という出来事に縁がない人間だったのだ。

 お化け屋敷の暗闇の中、彼女がお化けの仕掛けに驚いて飛び着いた先は見知らぬ高校の二人組で、しかも相当のイケメンだった。その結果、その後もその二人と一緒に行動することを彼女が望み、半日の間彼女の逆ハーレム状態になってしまう。本当に良いことに関しては偶然という魔法が掛かってくれない彼の人生だ。そうなると気になるのは彼女が自分に対して言おうとしたことだ。でも経験上、あまり期待していなかった。



 探偵クラブの四人は見た目うろうろしている。

 姉妹は楽しく遊園地を転々と回っているが、フィーネは蠅から逃げのびるためにクラウドをお化け屋敷の中で巻いてから逃げ隠れをし続ける。楽しく過ごすためにはあれに会ったら最後だと思い込み、真人はそんなフィーネを少し気にしながらも貞芽たちと一緒に遊んでいた。

 よく分からないまま貞芽に引っ張られていた真人も昼ごはんを食べ終えるころには十分楽しんでいる。真人の見せる子供っぽい表情が新鮮で、見ている貞芽たちの方が意表を突かれてしまい赤くなるくらいだ。

 帰りまでの残り二時間は観覧車付近のアトラクション以外三人で遊び通していた。

「中原君どうしたんだろぉ? やっぱ女の子二人に男の子一人じゃあのメルヘンな観覧車ゾーンは嫌だったのかなぁ。忍者のように逃げ隠れしているフィーネちゃんを捜しに行ったみたいだけど」


「ここからはあたしたちだけであそぼっ。おねえちゃん!」


 観覧車ゾーンに入ってから姉妹だけになった耀は家での小学生子供モードとなって無邪気に遊び始めた。

 そしてあの二人も改めてデートを再開した。

 高校生の二人も妹を探すと言って一人消え、女を捜すと言ってもう一人消え、当初の二人だけで観覧車ゾーンに来ている。ゾーンの中央にあり、この遊園地一番の目玉でもある巨大アトラクションの近くに二人はいた。

 そしてこの場所の雰囲気に誘われてもう一人、この近くにきていた。蒼い線がこの場を通り過ぎ、巨大アトラクションの大事な柱の一本をかすめてそれは姿を消す。

 この先に起こることはその何かが意図的にしたことで、そこに近づく二人とこの近くで遊ぶ姉妹にとっては全くの偶然の災厄となる。


「なに?」


 その場の人はそう言いながら空を見上げてしまう。この遊園地の目玉となるアトラクションであり、それが時計代わりにもなる巨大な回転体はその動きを止めて大きな音をたて傾き始めた。もうすぐ倒れてこようかと思うくらいの大きな音と振動があたりを震わせる。

 もし倒れてくればゾーンの南側の人間は大変なことになる。例の四人はちょうど全員南側。姉妹は運悪くお土産屋の中に入っており騒動に気付くのが少し遅れていた。


「おねえちゃん、昨日のことおしえてあげようか?」

「別にいいよぅ。中原君がおしえてくれるって言うなら、聞いてあげてもいいけど」

「そんなにすねないでよ~。あたしがおしえてあげるから」


 耀は姉を後ろから抱きしめ知っていることを大体話した。


「それは結構なはなしだねぇ。手段が地味かもしれないけど、ちょっとした気遣いは女の子に高ポイントだよ、その高校生よ!」

「誰に言ってるの?」


 二人が仲良くしている間に、外は騒がしくなっていた。外に出て、二人も空を見上げ、観覧車の近くにいた人はそれどころではなくなっている。


「ねえ、政道君逃げよ。このままじゃ大変なことになっちゃうよ」


 政道の隣の彼女は取り乱していたが彼自身は冷静だ。ここまでのシナリオは政道道花の予想通りだったからだ。

 政道は偶然とは本当に無縁の存在だった。なぜなら政道には少し先の未来が見えてしまうから。自分または自分の見た場所の未来が直感的に見て分かるために、偶然に巡り合うことはほとんどない。昨日までのことも、今のこれも、全ては彼の意志の元の必然のことだ。

 政道がこのシナリオを考えるきっかけになる最初に見た未来は、隣にいる彼女が不幸な事故で死んでしまう未来だった。彼女は部活仲間とこの遊園地にきて廃校舎を見立てたお化け屋敷の屋根の下敷きになり窒息死をするというものだ。その未来を少しでも良くするように一芝居打ち、今の状況まで持ってきていた。

 探偵クラブとして彼の目の前に現れた二人は初見で、自分と同じような変な力を持っているとわかったから、この未来もそれに影響されて良くなると思っていた。でも場所が変わっただけで内容はほとんど変わらないらしい。倒れてくる巨大な観覧車からの逃げ場など、そのすぐ側にいた二人にはなかった。


「僕につかまっていて、できるだけのことはしてみるからさ」


 彼はすぐ先の未来をみた。倒れてくる観覧車の装飾が崩れて破片になり落ちてくる。その落下地点を避けるために何度も何度も、その破片が地面に着く前に逃げられるルートを彼は見続けた。

 そのときの彼の瞳は本人でも気付かぬうちに琥珀色をしていた。彼の所有しているのは、神の力を超えるもので、本物の現代に生きる予知能力者。どの時代にも極めて稀にしか存在しない生き残りが彼だった。


「まずいな……」


 隣の彼女は心ここにあらずの半気絶状態で、体はついてきてくれるけど意識がほとんどない。それに、ついに破片の根源である本体が迫ってきていた。小さな破片は落下地点が分かればどうにか凌げた。それでも数秒間の間に全力で前後左右に走り続けたことは体に予想以上の負担をかけ、これ以上の大きな逃げはおそらくできそうもない。結局は巨大な観覧車本体から逃れるすべはどの未来にも“死”としか見えない。


 ――あきらめるしかなかった。


 貞芽はその一部始終を見ていた。その二人よりも南側にいたから走って逃げればどうにか間に合い、耀に手を引かれ全力でその場を逃げる中、貞芽はそれを見ている。偶然にもそのとき点検中だった観覧車に乗客は乗っておらず、大きな被害は免れたがそこには一組の男女が必死に生きようとしている。さっきの話の二人、入場してすぐみかけた二人、あそこにいる二人が同一人物のように見える。それでも二人の最期が近づくにつれ、一生懸命に彼女を助けようとした男の人の方も、あきらめてその場から一歩も動こうとはしなくなり宙を見上げていた。その数秒間を貞芽は一瞬も目を離せなかった。


(……嫌、そんなのダメ……)


 貞芽は思う――この先に起こる現実を否定したい。でも耀に手を引かれるままにその場を最後まで見届けることはできなかった。うっすら涙を浮かべた黒色の瞳が少しだけぼやけて濁った瞳になり、彼女の迷うことのない刹那の気持ちに応えるように眠っていた何かが、一瞬だけ目覚め、世界を否定できる純粋な感情の一部として――その瞳に輝きが見えた。

 ガシャン…………。

 巨大な観覧車は多くの悲鳴とともに崩れ落ちた。



 中学生くらいの少年は高校生二人を背負っていた。

「大丈夫ですか?」

 それは一瞬だけ観覧車が何かの力で動きを止めた一瞬で間に合うことが出来た真人だった。その一瞬のうちに真人は二人の側に近づきフィーネが半透明の氷でできた三人分のトンネルの逃げ道を作り、今に至っている。


「君たちは、探偵クラブの……」

「すぐに病院まで運びますから少し我慢していてください。千夏さんも無事です」

「ああ、やはり未来は変わったのか、君たちのおかげで」

「とにかくもう大丈夫ですわ」


 その後すぐに来た救急車に真人も同伴して、フィーネには貞芽たちのところに行ってもらうことにした。真人は政道に少し聞きたことがあった。

 二人は軽傷で千夏さんの方は気を失っているだけだった。そしてこの事故の死傷者はゼロ。そんな不思議も含めて政道さんに尋ねてみた。


「政道さんも何か他の人とは違った力があるんですか?」

「ああ、産まれた時からね。人の未来が見えた人生はなかなかに退屈だったよ。でも彼女を助けられて本当に良かった」


 そのあとは政道さんの独り言のようなにしか聞こえなかったが、千夏さんの未来、悪いと分かっていた未来を変えることができたからなのだろうか、政道さんのこの力はもう消えてしまったという。病院に運ばれてベッドから起きた後、千夏さんの新しい未来を見ようとしても見えなかった。もう誰の未来も見えなくなっていたらしい。



 ***

 遊園地で異変が起きる数分前。

 真っ黒なドレスに身を包み、赤い瞳を隠すように大きめのシルクハットを深くかぶる少女は、奇抜な格好のせいで周りの視線を集めていた。

 名もなき少女は、大抵一緒に過ごす背広の男と気まぐれに別行動をとり、自分の触れあうことのない場所へ導かれていた。周りには、自分に向けられることのない笑顔があふれていて、悲しい顔をする人はそういない。

 偶然見つけた泣き顔の子供も、すぐに親に連れられて何処かへ行ってしまう。


「よくわからないな……こんな場所の何がいいんだ」


 独りぼっちだった少女の元へ、さっきの子供が近寄ってくる。

 その男の子は、さっきまで迷子になっていたところを親に見つけてもらって、その場にじっとしたままでいる彼女のことを迷子なんじゃないかと思って近づいてきてくれたようだ。

 そのことに彼女が気付くことはできない。


「楽しいからだよ。お姉さんは楽しくなさそうな顔をしてる」

「……楽しくない。楽しいって気持ちがわからないから」

「そんなの簡単じゃん! お母さんやお父さん、友達と一緒に遊べば楽しいじゃん!」


 親に呼ばれてその子が離れてくれるまで、彼女は何も言わず、その男の子の方を見もしないで地面を見ていた。彼女の中身が、真人たちの仲間の一人と同一なものであったとしても、その子が持っていた親であったり、仲間であったりするものは彼女のものではない。

 姿かたちが同じでも、得てして持つものは大きく違う。

 その現実を、いまだ彼女は理解できないでいる。

 そして遊園地でひと騒動が起こってしまった。


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