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ときまるR ―光に導かれし者たち―  作者: 橘西名
ときまるR ―光に導かれし者たち―
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第四章 剣道部のリベンジと探偵クラブ

第四章:剣道部のリベンジと探偵クラブ



 ***

 母屋からすこし離れた場所にある道場。

 そこで、青年が一人精神統一していた。青年は約一ヶ月前中学生に予期せぬ敗北をし、昨日は後輩の女子にこれまた不覚をとる。昨年の全国大会ベスト四の肩書きが色あせてしまっている、赤威蕾である。蕾は乱れた心を落ち着けるためだけに、一夜を道場の中で過ごし、現状を打破するための策を真剣に練っていた。


「ここは、あいつにまかせよう。何も僕が頑張らなくてもあいつに任せれば――まず、負けることはないだろうし。よし、そうしよう」


 ……真剣に練っていた。

 蕾の楽観的な思想が、彼のチャームポイントでもあるが、非常に長い時間を無駄にするかの如く表情をしたまま、身支度を整えに道場を離れる。以前は、完ぺきを求めた蕾が一度の敗北で頭がおかしくなったのではないか、と言われていたが。本来の蕾はこういう男だ。

 バカというよりは潔く引くところは引いて、攻めるところは攻めていく。抜け目ない生き方をする。そうゆうところに惹かれて近づいてくる女子は、よくわからない間に蕾の虜になってしまうのもしかたないのかもしれない。

 蕾は、いつもより早い時間に学校へ来ていた。

 高校三年生の蕾は自信満々に、表情の読めない顔をしながら後輩の教室を目指していく。剣道部では二年連続で部長を任され、三年連続クラス委員長もこなしている絵に描いたような優等生。文武両道を完璧にこなし、生徒会長になっていないのが不思議なくらいの人気も知名度も持ち合わせている。それなのに最近は学校で良いことがあまりない。

 それは今まで万全の体調で負けたことのなかった剣道で、明らかな格下相手に負けたこと。

 公式戦の試合は、仕様な用事で体を酷使するタイミングと見事に一致し、必ず三日三晩不眠の後に試合をしていた。そのため最高でも全国四位止まり――悪い意味で無我の境地に辿り着いている試合を展開していた。

 それは無心――何事も考えず、己の休息を最優先させた生命の神秘。平たく言えば半分ほど意識不明のままやりあっても、蕾に勝つことのできる高校生は数えるほどもいない。

 実際、あいつ呼ばわりの現副部長兼、団体戦の副将のクラウドというやつは蕾と真っ向勝負をして先の二人同様、勝っている。単純に、クラウドの方がその時点では格上で会ったことも確かなことだ。その後たまたま開かれた選抜組だけの公式戦で、蕾の枠でクラウドが出場した時にクラウドは何の危なげもなく優勝してきた。

 蕾は、最強の味方を利用するために二年の教室へ向かう。

“ご利用は計画的に”

 残念ながら、その相手に計画的な手段はいらない。いるのはその場の意気込みと、熱意。その二つがあれば丸めこむ自信のある蕾は、一つ頭のぬきんでた男が歩いてくる姿を見つけた。





 ***

 教室に入る前から、何故か名前が呼ばれている。

 普段周りに群がってくる女のような色のある声でなく、「ほらほら、さっさときたまえ」というような高圧的な声だ。剣道部で未だ負けなしの男に対して、こんなことをする相手は、そういない。すがすがしいくらい上から目線で話しかけてくる先輩は、一人しかいない。


「やあ、遅かったじゃないか。我が部の副部長のクラウド君」


 クラウドはカバンを置きながら、自分の席に座る蕾を半ばあきれた瞳で見る。


「はいはい――。主将が早過ぎるんじゃないんですか……どんな用事か知りませんが、このようなお時間にどうして俺の教室にいるんすか?」

「ここは君の教室じゃない。二年B組の教室だ」

「――くだらねえ」

「なんだ、口答えするのか。いや、べつにいいんだが――学校に黙ってアルバイトして、面倒なことになりかけた君を助けた恩人に対して――改めて聞くが、口答えするのか?」


 蕾は暴れん坊を掌の上で弄ぶように言いくるめてくる。

 頭で考えて動くことのできない、直情型のクラウドは正論っぽい言葉に弱い。普段、妹のフィーネを除けば、誰に対してでもため口しかきかないクラウドが、蕾に対して敬語を使うのはそういう込み入った事情がある。

 机の上に足を投げ出して、蕾は思考停止中の男に命令を下す。


「君が朝から、かわいらしい妹に夢中だったためにもう時間がないのだよ」

「体の芯まであったまるいいがかりだな。……かわいらしいは否定できねえけど」

「それはさほど重要じゃない。僕は中学生に心中するような危ない人間じゃない」

「聞き捨てならねえな。まるで俺の人格を全否定するような発言だぜ、部長」

「ふんっ、カッコイイ感じでダメなことしか言えてないな。君が妹さんにご執心なのは既に全世界が認知しているから、からかいがいがないけどな」

「……へへっ」

 思い出しにやけ顔のクラウドを見て、自信が揺らぐ蕾だが時間がない。

「君に倒してもらいたい人がいる」

「選抜にあぶれた他校の強い奴か?」

「我が校の一年だ」

「一年……中等部の中原真人か? 俺とあいつは勝負にならねえぞ」

「いや、高等部一年の女子だ。名前は片瀬耀。少なくとも、我が校で三本の指に入る強さだ」


 真剣な顔で考え始めるクラウドだが、きっと、三本の意味がよくわからないで考えているだけだろうと思い、蕾がやられた過程を話してクラウドは勘づく。


「――――やるしかねえな」


 クラウドが何に感づいたのか謎だが、放課後の無益な戦いが蕾の計画通りに立てられた。





 放課後。

 なかなかのメンツの揃う剣道場には、道着の放つ異臭で満ちた剣道場には似合わない華やかさがあった。この校を代表する二人は面をかぶらず胴衣を着ているだけで、関係ない女子がその周りにちらついている。その中には片瀬耀という女子が場違いなほど中心にいた。


「えっと、あの……また試合ですか?」


 麻依によって再び呼び出された耀は、ここへ来るまでにいろいろ不明なことがあった。

 呼び出した張本人の麻依は、時間を気にするようにすぐに姿を消してしまったし、今日の試合には前回以上に観客が多い。まるで、事前に試合のお知らせがあったかのようだ。


「今日はクラウドが相手だ。全力でやってくれ」

「この間のはまぐれですよ~。女の子が男の人に勝てるわけないじゃないですか~」

「人類最強の女はお前か?」


 クラウドだけが、耀に聞こえる声で別次元のことを言っている。耳に入ってこなかった耀以外は平常の顔をしているが、聞こえていた耀だけは複雑な表情をしている。


(猛獣退治は私の担当だろうな)

(あはは、きっと先輩の人です。以前に噂を聞いていましたから……えっと、確か全国で一番強い人です)

(なら、最初から全力でかまわないな。この間のも、実力の半分も出し切れていなかったからな……完全燃焼してやろう)

(え~~、ほどほどにお願いします)


 耀の中での意思疎通も終わり。お互い防具をつけて、竹刀を構える。自分専用の竹刀を持たない二人が、しっくりくるものを手に向かい合ったところで審判の蕾が開始を告げた。


 まさか、くちこみで広まったこの試合を見に、耀と一つ二つしか変わらない女子高生が何十人も来るとは思っていなかった。ましてや純粋な気持ちで観戦に来ているのは一握りもいないだろう。

 だが、その考えが甘いことに彼女たちが気付くのにそう時間はかからない。

 それは耀の中の彼女も含めて全員に言えたことだった。

 クラウドの竹刀が、一方的に耀を追い詰める。新しく取得した剣道の二刀流を使いこなすクラウドに対いて、周りから見てもわかるような圧倒的な実力の違いがある。それこそチャンバラごっこと剣士との差くらい明らかなものだ。耀の体を借りた昔の剣士は声を漏らす。


「強いな。確かに一番というだけはある。……ふふっ」

「何がおかしい! 俺の実力はこんなもんじゃねえぞ!」


 耀の体にピリッとした衝撃が走る。

 完全にクラウドのタイミングで、有効打にならない一撃が入っていた。

 心底つまらなそうに、クラウドが剣を仕舞う。


「それで本気なら……俺がここに来た意味がねえ」


 クラウドがここに来た理由。それは単純に強い相手とやりあうことだ。剣道場でもほとんど蕾としかやりあわないクラウドは、初めて竹刀を握った時点で、蕾と同じくらい強かった。そのため、互角にやりあえる相手がいない。見つけるだけでも県外の学校まで行かなければならないし、今ではそれも意味がなくなりつつある。趣味のアルバイトにせっせと励むつまらない毎日だ。


「ああ、安心しろ。私はまだ――」


 耀はクラウドの横をとる。真人のような瞬間移動でなく、ただ速い動作で、スピードが武器になるしなやかな剣をぶつけた。

 その衝撃を野生の勘で捌くクラウドの瞳は、初めて蕾とやったときのような躍動感のある目の前の敵に喜ぶ瞳をしていた。


「――自分の限界を超えた動きをしたつもりはない」

「そうこなくっちゃなあ!」


 そして互いに出せる全力の試合が始まる。

 ……しかし、二人の間には性別の差だけでなく、長身のクラウドと比べた身長、体格、体力、腕力。その全てで耀に分はない。一般的な女子高生が出来る動きの限界を超えたスピードに合わせるために酷使した足腰は、すぐにダメになる。

 振り慣れていない腕も重くなって、その精度を欠いていく。

 実力云々の前に、怪物と子供くらいの圧倒的な差がそこにあった。


「これで終まいだ! 久しぶりに楽しかったぜっ!」


 終焉を告げる音がこだまする。

 終焉を告げるのは竹刀と竹刀がぶつかり合う音ではなかった。

 ドタドタ騒がしい足音がすると道場の入り口の戸が勢いよく開けられた。そして周りの目を気にせず、ずかずかとその場へ近づく銀髪の美少女の姿にクラウドの目が点になる。


「この馬鹿兄がぁああああ! か弱い女性を苛めるんじゃなぁぁああいっ! いますぐやめなさいっ!」


 その場にいた全員が委縮するほどの怒りの闘気をまとった美少女が、大声でその場を制した。その子の登場に一番驚いていたのはクラウドだ。

 それもそのはず。その場に現れたのは、同じ銀髪の外国人、クラウドと似た雰囲気を持つ実の妹のフィーネル・ビット。フィーネがクラウドの妹であるのは、耀以外の人は言うまでもなく知っている。ビジュアルが外国人のビット兄妹には“兄が妹に絶対に頭が上がらない”という法則も、すでに皆が熟知している。

 その後ろには汗びっしょりになってフィーネを探してきた麻衣がいた。


「耀~、ごめんね、少し遅れた。クラウドさんの弱点の妹さんを探すのに少し苦戦して、えへへ」

 首だけ曲げてクラウドはフィーネの方を向く。

「でもなフィーネ。もう俺は止まれねぇんだよ。この剣を収める訳にはいかねぇんだ。今すぐ終わらせる……」


 そのまま止めを刺しに行こうと踏み切る兄に対して、フィーネは左手に青白い気を収束させる。氷を操るフィーネの能力のほんの一部分でしかない力で、馬鹿な兄の動きを止めることに成功。見た目に変化はないクラウドも、体の内から動きを封じられ言葉を発することもできない一時停止状態になる。


「さあ、そこの方。あの馬鹿に止めを刺してください」


 音にならないほどの情けない音で面をたたき、勝負は耀の大逆転勝利に終わる。

 少しずつ動けるようになったクラウドに一礼した後、耀は自己紹介をした。


「片瀬耀、高一です。またどこかで会いましたら、よろしくお願いします、先輩」


 フィーネが出てくるまでの気配をすべて断ち切り、耀は耀に戻っていた。

 そのことに気づかないクラウドの目には、どう映っていたのだろうか。もしかしたら、いもしない達人の姿が咄嗟に浮かんだのかもしれない。それは大間違いではないが、ハズレだ。クラウドが戦っていた精神の源は確かに達人だったのだが、いまの彼女は一般の女子高生と変わりなく、精神においては小学校入学直後だ。


「……なんなんだよ、てめえは……」

「お前はバカか! 耀さんという、お前のいっこ下の後輩ですわ!」

「にゃんにゃんにゃん!(バカクラウド!)」


 フィーネの象徴たる頭上の子猫(今日は本物)もクラウドを責め立て、クラウド、フィーネ、子猫が揃った剣道場は…………すごく和む。ややクールなクラウドが、親しみやすいといわれるのは、こういった一面があるせいだと、蕾は思う。

 ついでに、見事な伏兵を見て「クラウドもやられたか……」とも思っている。

 キョトンとしている耀の方は、体力を使い果たした麻依を保健室に連れて行ってから、今日中にやっておかなければならないことを思い出して麻依と別れた。

 奏進は、一度は部活動に所属しなければならないのが義務で、耀もそれに従い入りたい部活動の部室前まで来ている。

 耀にとっては、大好きな姉と同じ部活に、何一つ迷いはない。





 ***

 上級生から兄の失態を現在進行形で聞かされたフィーネは、虚しさと怒りがごっちゃの気持ちになっていた。

「なぜ後輩の女子生徒を竹刀で苛めるのか、わたくしには理解できませんわ!」

「ほらほら、急いで急いで~、早くしないと大変なことになっちゃうよ~」

 何にもとらわれない自由さがにじみ出ている上級生と話していると、だんだん兄への虚しさの成分が怒りへと変換されていく。目的地に到着し、道場の戸を開けるときには虚しさは完全に怒りへと変換されていた。


 そして今現在、その“馬鹿”が目の前で正座をし、これからお仕置きの時間のはじまりです。

 フィーネは怒りを再び隠しつつ、楽しげな表情で思いふける。

 まだほとんど動けない状態のこの男を女生徒のまえで、生まれたときの姿にでもしてあげましょうか? それとも、王堂のお尻ペンペンでしょうか? ――――ふふふふ……。

 それから五分後――一通りの躾も終わり、フィーネは、人間的に小さくなった兄をその場に置き去りにして、先ほどの対戦相手に謝罪をしに行くことにする。その女性が去り際に、フィーネも“席”だけは入れている部活動のことを言っていた。

 そういえば、彼女がこの部活に参加するのは入部して以来これが初めてだと思いだす。たまたまだろうが、フィーネが小学生時代にも同一名のクラブに所属していたから、なんとなくここでの活動内容も分かっているつもりだ。それは真人や他の元探偵クラブメンバーも周知のことで、おそらくペットの捜索や落し物の持ち主探し、ってところだと考える。

 学校が建ってすぐから少しの期間だけ会議室だった部室は、今では薄暗く埃っぽく、狭いだけだ。フィーネが小学生の時に入っていたクラブの部室は、物置みたいに狭かったけど、そこには中原真人や田村由依、赤ごにょごにょなど、友人と呼べる人たちがいて、とても楽しく温かい場所だったと記憶している。

 あのときの彼、彼女たちは小学生だった。身体も小さかったし、目に見えたものも今よりずっと大きく見えていたのかもしれない。部室も本当は狭かったのかもしれない。でもその全てをひっくるめてもこの部屋は寂しすぎる。


「あのー、ここの人ですか?」


 人の気配のない部室の中、誰も座っていないはずのソファーから人の声が聞こえてくる。記憶の中にある女部長の声よりも清楚な感じのする女性の声。その声にも覚えがある。

 よく見れば、ソファーと壁との間にその人がいて、ゴソゴソと何かを探しているようだ。その恰好はコンタクトレンズを落としてしまい、それを捜している人のようだった。

 探しものを終えたその女性の手には白紙の紙が握られている。


「えっと、この紙に書けばいいんですかね?」


 隙間から姿を現した女性は、長い髪をおろしていて飾り付けはないが、高校生にしては大人びた女性がそこにいた。

 紙とはここへの入部届けのことなのか、この部屋をいろいろ漁ってようやく見つけたせいで高等部のその人の制服が乱れている。小中高一貫の部活とは言え、高校から入部するとはなかなかの物好きのようだ。

「では」とフィーネが部屋を後にしようとすると、その女性が、「暇だから私の話し相手になってほしい」と言うので少し暇つぶしがてらゆっくりすることにする。


「……お名前は?」

「フィーネル・ビットですわ。フィーネと呼んでください。あなたはのお名前は?」

「片瀬耀です」

「先程は兄が失礼しました。女性に剣を向けるとは、あの手加減知らずのバカめ」

「そんなことはないよ。たぶん手加減してくれていたと思うよ、妹ちゃん。わたしは剣道なんてやったことのない初心者だから」

「妹ちゃんはやめてください! それにクラウドも剣道は初めて一月ほどですから、手加減なんて器用なことはできませんわ!」


 普段言われない単語に少し照れてしまうフィーネだが、そんな照れを吹き飛ばすぶしつけな放送が入った。


『誰かー……いるね。あのね? 依頼が溜まっちゃってるからー、そこにいる二人で好きな依頼を選んで片付けてきてーー』


 ピンポンパンポーンという音もなく突然の放送はブツリと切断された。部長の声は神の声、というのがこの部のルールである。そしてそれは絶対に従わなければならない絶対命令。故にこの部室にいた二人は逃げられない。このルールは部室の壁に貼り付けられた紙に大きく書かれていた。耀がフィーネのやる気のなさそうな顔を見て、前向きな声を掛ける。


「フィーネちゃんはどんなのが良い?」

「……まさか同一人物……いや、そんなはずは……だって、こことあそこは――」


 フィーネは、ぶつぶつと耀に聞こえないくらいの声で自分の世界に入り込んでいるが、すぐに戻ってきて耀の質問に答える。

 適当に依頼書を漁り、すぐにそれを始める。それは元探偵クラブのメンバーなら絶対あると断言できる“いつもの捜索”を始めた。





 ***

 耀とフィーネの二人組があるものの捜索に取り掛かってから、期間にして数日が経過していた。入部届けがその日のうちに受理された耀は正式な部員となり、いちおう先輩のフィーネが初日から捜索を買って出ている――やや強制的な部分はあったりはしたが……。

 放課後の時間も過ぎて、すでに下校の時間。運動部も文化部もただ学校にいただけの生徒たちも帰らなくてはならない時間だ。その瞬間を耀とフィーネの二人は最寄りの公園にいた。

 捜索場所は、公園もしくは空き地、その他、野生の動物がいそうな場所。

 初対面の時に耀は突っ込まなかったが、フィーネの頭には常に猫のぬいぐるみが載せてあり、たまに本物が載っていることもある。

 それゆえに、フィーネはどんな依頼よりも最優先に“迷子の猫”の捜索に全身全霊で取り組んでいた。

 フィーネの頭の上のぬいぐるみは伊達や酔狂でもアクセサリー感覚で身につけているわけでもない。彼女にとっての猫は親友のように尊い存在であり、切っても切れない関係なのだ。クラウドと猫を比べたら、一瞬だけ迷ったふりをしてからすぐに猫と答えるくらいだ。

 一緒に行動している耀は、フィーネの気持ちのこもった猫への愛を見て、いろいろ感じ取っていた。

 ……結局は、野生の猫とフィーネが遊んでいるだけなのだが、耀にはフィーネがお姉ちゃんっぽく映っていた。

 二人は、探偵クラブのもう一グループが学校に帰ってくるはずの時間に合わせて、学校へ戻ることにした。その途中。剣道部の騒動以来、耀がだいぶ気になっていたフィーネの兄のことについて聞いてみることにした。


「あの件から倉内さんは元気?」

「倉内? ……ああ、あのバカ兄のことですか?」

「あれ、クラウドさんだっけ?」

「そうです。あれは常に物事を単純に考えて直線的な行動しかできないから、いつもバカを見ているんですわ。もうちょっとあれに知恵でも付けばわたくしの理想のお兄様になっていたのに残念です」


 いつもの美少女のかわいい顔から、のべーっとした顔になり、心底残念そうにため息までつく。耀の中で、ある仮説が確信へと至りつつある。“仮説”なんて、耀の中の一人が好きそうな言葉だが、こっちはこっちでお互いに影響を及ぼし合っている。

 仮定は、口にして初めてその威力を発揮するものだ。


「とっても妹想いの良いお兄さんだと思うよ!」

「なななな、なにをっ!」


 なぜかカンフー映画のようなポーズで身構え、頬を赤くするフィーネがテンパっているのが、分かりやすくて思わず笑ってしまう。面白くなって、クラウドについて知っていることを耀は話しだす。


「ええっとね~、休み時間になると良くクラウドさんが私の所に来るんだよ。そのときにね、色々と。それにね、クラウドさんはイケメンだしね。うらやましいね」

「そうですか、それは家のバカ兄がお世話になりまして。ちなみに、あれは頭の中身が宇宙になっている残念なイケメンです」

「そんなことないよ~。うらやまし~い~」

「……そんなこと……ありません……」


 歩き疲れていたフィーネは少しだけ元気になったように見える。

 はたから見れば仲がいいことは丸分かりだけど、更に核心に迫ってみる。今の耀の向上心はだれにも負けない。


「フィーネちゃんはお兄さんのことが好き、だよね?」

「は? よく聞こえませんでしたわ!」

「絶対、そうだよね」

 どうやら二人の関係は見えないところで難しいようだ。

「だから、フィーネちゃんはお兄さんのことが~」

「あああーー」と言い、フィーネは正門の方に走って行ってしまう。ちょうどフィーネの通り過ぎた所に、残りのクラブメンバーがいた。


「あ、おねえちゃ~ん。一緒に帰ろ~」


 耀が手を振りながら近づいてみると、貞芽の隣には男の子がいた。きっとおねえちゃんの彼氏さんだ、と耀は直感的に思う。自己紹介をその男の子にするために、二人の正面できちんと姿勢を正す。


「私はここの高等部一年の片瀬耀です。よろしくお願いします」

「はじめまして。片瀬さんの(探偵クラブで)パートナーの中原です。中一です」


 門の近くでかたまっていると邪魔なので、学校に入ってすぐのところにあるパイナップルの葉のような植物の近くに座ることにした。

 片瀬姉妹のことを説明するのは難しい。真実を伝えるのはもっと難しいが、耀の方が妹で貞芽の方が姉という部分だけ、はぐらかして自己紹介する。こういうことに慣れているのか、真人は二人の間で楽しそうに会話をする。こうして実年齢と近い人と話せるのは、耀にとってそれほど多くない。数えてみると、フィーネと真人……それだけだ。新鮮な気持ちでたわいもない会話を続けながら、耀は姉の彼氏を見て思った。

 昔は頼もしかったおねえちゃんが、いまはフラフラしていても支えてくれる人がいるのは嬉しい。その相手の人も話していて楽しいし……何の問題もない。

 でもどうしてか、耀の胸はちょっとだけ苦しかった。

 部室での報告も一人してくれることになり、姉妹二人は先に帰ることにした。


「おねえちゃん、あの人のこと好きでしょ~。あたしには言わなくてもぜ~んぶ分かっちゃうんだから。へへ~」

「なぁあ! あ、あんたは何をいうとるん?」

「いや、よくわからないよ。ごまかせてもいないよ?」

 家では見たことのないゆるゆるの貞芽がそこにいた。

「それじゃあ、今日の晩御飯何にしよぉか?」

「切り替えが早いね。でも、しかし口元が緩んでいます! それに、最近の土日は中原さんと一緒だったんだよね~。おねえちゃんのマブダチのフィーネちゃんから聞いちゃったよ~」

「今日はスパゲッティーにしよぉか?」

 だんだん無視されていることに怒りを覚えてくる。

「おねえちゃん! 無視は狂気に走るきっかけを与えるよ!」

「耀はスパゲッティー大好きだもんねぇ」

 耀が狂気に陥ることはたぶんない。狂気する原因がしょぼすぎる。

 一度考えたことを全部忘れて、耀は自分がミートソースで口の周りを汚しているのを想像する。


「うん、ミートスパゲッティーは大好き! スープスパゲッティーの方はあんまりだけど……。あれね、スープの方は手元がベチャベチャしておねえちゃんに怒られるし、味もいまいちパスタと絡み合っていなくて好きじゃない。あれ、そんな話だっけ?」

「そうだよぉ」





 ***

 少し時間をさかのぼって耀とフィーネが解散した直後。

 見た目華やかな二人組が帰り道を歩いていた。こちらも偶然一緒になった留学生兄妹。道を歩く二人組を見た人々は変な感覚を覚えるだろう。誰がどうみても同じ学校の中等部と高等部の制服を着た兄妹にしか見えないはずなのに、どこかこう、頼りない父親としっかりした娘のように見えてくる。そんな雰囲気の二人組だ。


「だーかーらー、あいつとは剣を交えたときに気が合いそうだったから、お前のことも話したんだって」

「うっさい、バーカ!」

「ぅぅぅっ……」

「だから黙れよ残念なイケメン! お前と話しているとわたくしまでもが馬鹿に見えてしまうだろーが!」


 ただでさえスタイル抜群で背の高いクラウドと小柄な美少女のフィーネは、二人の身長の差が初見で人々に親子構図を植え付けてしまう。じっくり見れば制服からも兄妹と分かるのだが、人々の勘違いもしょうがないものだ。


「でもよ、あいつはすごいと思うぜ。あれは女子高生の動きじゃねえし、あの言葉づかいも風格があるっていうか、憧れちゃうねー」

「憧れるって。ねえ、どういうことか・し・ら!」

「いや、怖ええよ。その顔は俺の妹の顔じゃねえよ」

「残念ながら本人です! バカな兄さん?」


 瞳を少年のようにキラキラ輝かせるバカな兄が隣を歩いていた。兄さんと呼ばれるのが、嬉しいらしい。バイト先の時給がワンランク上がるよりよっぽど嬉しいらしい。もうウキウキしていて、見ていて恥ずかしい。それが急に、真面目な顔に変わる。


「真剣な話、あいつも俺らと同類かもしれねえ。この時代に生まれてきたもんじゃねえよ。特にあんな動きするやつは、こんな平和な時代にありえねえ」


 それはどういう意味なのか。フィーネは自分の中で答えを出す。


「それは彼女もお前と同じ変態だといいたいのか?」

「そういうことだ……って、それはちがあぁぁああああう! だからさ、あいつも過去から召喚された可能性があるってことだろうが!」

「そんなことですか。…………寝言は寝ていえ!」

「うわあ、超可愛いぜ! 俺の妹、最高ぅっ!」

「真剣な顔はどうした。深刻そうな話題はどこへいった。むしろ変なことを道中で叫ぶな、きもい、うざい、近くにいたくない、兄妹の縁を切りたい。もうっ――本気でお願いします!」


 その後、号泣した残念なイケメンが、妹に引かれるくらいの土下座をした姿は、次の日の学校でいい話題になるだろう。当事者のフィーネは存分に引いているが、後の祭りだ。妹に嫌われたと思い込んでいるクラウドは、何よりも一生懸命に謝っている。

 ただ、兄妹にも他人には触れられたくないことがある。

 見た目から突っ込みどころ満載なものの、それは四年も前に始まり、その事には真人も含めてたくさんの人といろいろやって、今はもう大体片付け終わっていることだ。その際フィーネとクラウドの子孫に当たり、真人の上司でもある能力者が持つ力によって、約一千年も昔から召喚されたのがこの二人だった。

 その能力者に大昔から呼び出されただけで、この時代に生きているわけでなかった二人は歳をとることもなかったし自由に成長を進めることもできたという。そんな立場に立たされたフィーネたちに未来などない。当時小学生くらいだったフィーネはそこから生きた年数ごとに年を取り、クラウドはずっと召喚されたときのまま十七歳だった。そんな生活の中に光を差し込むきかっけをくれたのは当時小学生だった一人の女の子。産まれたそのときから、どんな窮地だって力押しで抜け切る力を持つ女の子は強く、優しく、可憐だった。

 だがその少女は今どこにいるのか分からない。それは消えてしまった彼女自身にしか分からないし、フィーネが知るようなことでもない。


「……それはさておき、また一騒動ありそうですわね」

「フィ~ネ~」

「泣くな! 涙声でわたくしの名前を叫ぶな!」

「いやだぁああ~」


 駄々をこねるクラウドを面倒に感じながらも、フィーネは考えていた。

 考え事を邪魔するように、人気の消えた道に数体の影が視界に映る。

 その影は同じ形をしていて、フィーネたちを囲むように現れた。


「ツルギ、いるのでしょう? いるなら返事をしなさい」


 木から数羽の小鳥が飛び立つのを確認して、フィーネは両手を地面に置く。

 いろいろダメになっているクラウドは現状に気付かないが、相手が幻に近い存在だと判断したフィーネは自分で処理することにした。

 それは、昔は自分の身を守ることしかできなかったフィーネが何年もかけて得た新しい力。


「事後処理はあなたにまかせますが、かけらも残らず消し去ってあげますわ」


 手をついた地面から周りの影に電流のような筋が伝わっていく。それは電気ではなく、冷気の籠った青白い光の筋。

 約四体の影全部の足元に辿り着いたそれは上へ上へと侵食する。そのものの体を心から凍りつかせるような、クラウドに掛けたものの本式でフィーネは、まず動きを封じ込める。そして、これで決着がついた。


「――消え失せなさい、雑魚ども!」


 凍りつく体が、固体から気体へ変わるように、その場の空気へ溶け込んでいく。その様子が一瞬であるから、動きを封じられる本人にも気づかせない。


「――昇華(シュブリマチオン)


 本当に何もなかったように、その場から影は消えていた。ただ、こうした非日常を過ごすたびに、思い出す過去がある。守れる力のあった自分が、守られていただけで何もできていなかったと思い知らされる。そういうときのフィーネは、小さな拳をクラウドに気付かれないように強く握りしめて自分を落ち着けるのだ。

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