第三章 部活動と闘争本能
第三章:部活動と闘争本能
まだ夏には早いのに、ぎらぎらした太陽が容赦なく照りつける。
春でも夏でもないこの間の期間はいったい何なのかと思いたくなる五月晴れの朝。
「おねえちゃん、先に行っちゃうよ!」
「私が道案内しないと、耀はまだ一人で学校行けないでしょぉが」
「いけるも~ん、ひとりでいけるも~ん。……おねえちゃんの意地わる~、ベーだっ!」
見た目と立場が逆転している不思議姉妹は一緒に登校して一緒に帰宅するのが日課になっている。二人が姉妹だと認識する人は多くいるが、どちらが姉でどちらが妹なのか正確に言える人はまだ一人もいない。それでも中学一年生の小さい方が姉の貞芽で、高校一年生の大きい方が妹の耀なのだ。親が自分の友達と再婚すればその瞬間、同い年の父親が出来てしまうこの世の中。年齢逆転姉妹もさほど不思議ではないのかもしれない。
貞芽は自分に迫る危険というものを深く考えないことにした。こんな夢物語のような話は警察も信じてくれないだろうし、他の誰にも言えない。だから自分たちが気を付けることでそれ以上のことはしないことにした。耀も姉のことを守る、と言っているので二人だけの秘密ということになった。
「じゃあまた帰りにねぇ」
「帰りに~」
二人は自分たちの教室へとつながる反対方向の階段へ、それぞれ別れる。
***
「おはようございます。そして、今日も一日よろしくお願いします」
毎日のように、この挨拶で頭を軽く下げながら教室に入ってくる不思議な編入生は、誰のことでも尊敬する性格に早くも人気を集め、その独特の雰囲気でクラスの人気者になっていた。
年齢の正確に分かっていない耀は見た目だけなら、貞芽と違って大人っぽい。その大人の魅力に惹かれる男子も毎日のようにあらわれ、精神的にまだ小学生の耀は困るばかりである。
そして部活の勧誘というのが、今もっとも多く男子が耀に近づく口実となっている。
「耀さん、そろそろ僕たち剣道部のマネージャーにならないですか? できれば竹刀を振る方になってほしいのですけど、それは女の子だったら嫌がるだろうから僕らなりの優しさってところです」
この人は剣道部三年の赤威蕾。剣道部イケメン主将が朝のホームルーム前に、わざわざ後輩の教室まで来ての積極的な誘いだ。学校指定の制服を着こなした上でのアレンジを加えた蕾の服装は、学校に文武両道で名を馳せている赤威蕾だからこそだった。
「片瀬さん、俺たちバレーボール部の将来的なマネージャーになってほしいんだけど、今日見学だけでもいいから見に来てくれないか? 絶対に俺たちは一年のこの夏からレギュラーを取るから損はさせないよ」
クラスメートからの勧誘。背も高く角刈りの頭でバレー向きなのは一目でわかるような――耀の印象でいうと――のっぽさん?
「考えておきます。姉にも相談しないとだめだし、あたしはあたしでやりたいこともあるし……ごめんなさい」
耀はこんな感じでいつも答えをはぐらかしている。
「耀ちゃ~ん。いつもカワイイね~、私の妹にならな~い?」
この人はクラスで初めての友達になってくれた玉梓麻衣。いつも陽気な麻衣は、家にいるときの素の自分によく似ていたのでとても親しみ易い。
姉からは、学校ではできるだけ大人しく清楚な感じで目立たないようにいるよう言われていた。だからこそ逆にグッとくるものが麻衣にあった気がして付き合いが始まった。麻衣からしても、学力がゼロに等しい耀とは彼女的にも似ているところがあるようで、本当にいつでも一緒にいる仲良し二人組。
「今日の放課後はちょっとだけ私に付き合ってくれない? 少~しだけでいいから、ね!」
「少しだけなら。……でも、おねえちゃんの部活が終わるまでの間だけだよ」
「よっし! オーケーオーケー。それで十分だよ~。耀はききわけがいいよ~。うちの妹と比べたらすごいかわいいもん」
「へぇ~、妹がいるんだ」
「うん、二人いる。どっちもかわいい女の子――のはずだったんだけどなぁ」
麻衣と話していると、たいがい会話の途中で抱きついてくるのは、彼女が人懐っこい性格だからしょうがない。耀としてはかわいらしい女性に抱き付かれて少し照れるくらいだった。
「お前らー、もうホームルームが始まっているんだけどな。そろそろ席についてくれないか」
「はい、すみませーん」
いつの間にか担任の先生が教室にいた。朝からいろいろあり、親しい友達と話す時間が毎日削られるのはしょうがないことだと半ばあきらめている。
「じゃあ、放課後よろしくね~」
席に戻る際、麻衣が耀に聞こえる声でそう言った。
そして放課後。
理解できない催眠術のような授業を長々聞いていた耀はつらそうな顔を浮かべ、麻衣にされるがままどこかへ連れて行かれる。
「どこに連れてくの~。あたしはもう疲れて眠いよ~」
「朝、約束したっしょ、少し付き合うって。えへへ~」
「でも~、午後の現代社会と数学のダブルコンボはきつかったよ~、つらかったよ~」
目をごしごしこすりながら耀は、親友の麻衣に手を引かれるままに剣道場へと行く。
***
『円筒の中にある学校』
という作りの校舎は廊下が一階から最上階まで一続きになっている。その構造を詳しく知るのは校長と一部の先生だけで、他に生徒の知っていることと言えば円筒の中心にある体育館の壁際には梯子があり、そこを使った方が上に行くには早くて楽だということくらい。
「ようこそ、耀さん。君の友達に頼んで、もし君の知り合いと僕が戦って僕が勝ったら、耀さん、君を我がツルギ道部で好きにしていいと約束してくれたからね。チロルチョコ一カートンで」
剣道場に入り、正面に向かい合う形で話すことになった。その相手は今朝も会った剣道部主将の人。つまり耀は親友の食の欲求で売られたということになる。だがもしかしたら麻衣はこれを口実に勧誘を断る秘策を持っているのかもしれない、きっとそうなんだ。耀はできる限り前向きに考えていた。
「がんばって、はむ。他のツルギ道部の強い人に頼んだんだけど、みんな主将には勝てないって言ってて、はむ。ごめん、自分で何とかして、はむ」
「……はぁ~」
見たところ、どちらかというと食の欲求に負けた麻衣が、その後いちおう頑張ったような事が分かる。……でもどうすればよいか良い案は見つからない。
(力を貸そうか?)
(私達はあなたの一部だから、困った時は助けてあげるよ)
突然、まるで耀の頭の中に直接話しかけてくるような声が聞こえた。
(ちがうな)
(ちがうよ、私達はあなたの頭の中にいるんだよ。私達三人は、運命共同体なんだから)
「うんめい、きょうどうたい?」
「え、耀さん何か言った?」
ふと口に出してしまい、先輩に聞かれてしまった。不思議に思われたかもしれない、実際に耀自身も不思議に思っている。それでも今の過酷な状況を乗り越えるには、頭の中に住んでいるという二人に頼るしかなかった。
(……私が出よう)
心にそう決めた直後、意識は急速に収束していった。
精神だけの存在となって、狭い立方体の空間に移される。
そこには小学生くらいの女の子が一人座っていて、蒼い髪がきれいな子だなあと思った。
その子と少しだけ話しをする。そこでわかったのは、どうやら入れ替わりで外に出て行った人は昔の剣士さんで、相当強いから大丈夫だ、ということ。
実際、
「さあ、始めようじゃないか、そこの優男」
立てかけられていた竹刀取って先輩を挑発し始めている。
「何か話し方が変わったようだが、僕はそんな君も好みだ。もうやけにでもなったのかい」
先輩も自分の竹刀を手に取る。
「さあ、それはどうだろうな。この私に竹刀という得物を持たせたことを後悔するかもしれないな」
そして、剣道部員の一年生が試合開始の合図をする。
初めは二人とも互いの間合いを探り合い、執拗に攻めに回ろうとはしなかった。すぐにしびれをきらした有段者の先輩が遊びがてら有効打にならない攻めを始める。ここで先輩は遊び心で打ってきているが、経験者ですら受けるのが難しい一撃をくりだしている。
だがこちらも負けていない。
斬戟のすべてを竹刀で受けず、かわしきる。行く度の戦場を乗り越えた経験からくる身のこなしで、初心者とは思えないほど見事な足さばきを実現しているのを、耀ゲットに有頂天だった蕾は気付いていない。
蕾はここで大きな間違いをしていた。
一つは勝負を売ってしまったこと。
もう一つは、本気を出して最初の一撃で決めてしまわなければならなかったこと。
その耀の皮を被った何者かが剣道というスポーツのルールを知る前に、蕾は倒しておくべきだったのだ。
撃ち合いが始まってから三分後。時間無制限の試合にも、そろそろ決着をつけなければならない。蕾は本気の一撃で耀を倒し、今週の彼女にでもしようと浅い考えで勝負をつけに行く。
「……悲しいほど軽い一撃だ」
これまで数々の対戦相手に残像を見せ、その竹刀の軌跡を受けた後でわからせるほどの一撃を放つ一撃は虚しく空を切る。
寂しげなセリフを吐く第二の耀は大きく回避したわけでもなかった。ただ最小限の動きでかわしただけ。これが出来るから、昔、女というハンデを背負っていても最高に強い剣士がいた。
これまで第二の耀は“竹刀を一度も”蕾に向けて振るっていない。当てのない方向の空振りの意味とは。
「そろそろ倒れろ、この優男。……なかなかいいものを持っていたな。これからの頑張り次第だ!」
「――――」
硬いものをこすり合わせた音がしたと思うと、蕾は膝から崩れ落ちていった。ボクシングで言う、初試合で顎に食らうと意識を保てなくなるのと同様に、スポーツでは味わうことのできない剣圧と剣士独特の殺気で蕾は意識を失ったのだ。おまけに、その一撃が顔面すれすれを高速で通り過ぎたので、周りからは見事に一本取られたように見える。
ついこの間、中学生にやられた時と同じように。
「い、一本! 主将の意識が戻らないのでこのまま片瀬耀の勝ちとします! って、耀さん強ぇー」
将来有望な若者を見られて古き剣士はその剣をしまう。
ただ元あった場所に立てかけただけであるが。
「次はお互いに本気でやりたいものだ」
「へ~、耀ちゃんは強いんだね~知らなかったよ。これなら謝り損だったかな?」
「もう、麻衣ぃ~。これっきりだからねっ! 次はうまくいかないかも知れないから、その時は許さないからねっ」
何事もなかったかのように耀は元の体に戻っていた。
「ごめん、ごめん。でも、もうすこし付き合ってもらうよ~」
次なる舞台は体育館。さらに今度は男子バレーボール部が対戦相手という。
どうやら勧誘に来た人が麻衣をまた餌で釣ったらしい。今回は特大チロルチョコだそうだ。
「また試合なんでしょうかね?」
「そうそう、メンバーは自由に選んでいいから。あ、でもバレー部からはだめだ。他だったら誰でもいい。いまから5分以内に集めてくれ。俺たちはレギュラーになるための練習で忙しいから」
五分後。
結局メンバーは耀と麻衣の二人だけになってしまった。これで試合になるとも思わないけど、不戦敗は嫌だし、男子バレーボール部の専属マネージャーはもっと嫌だ。
心の中で叫び声をあげ、それに呼応するかのようにまた声が聞こえてきた。
(今度は私の番かな。球技は得意な方だし。バレーボールなら最初のサーブ権だけもらえれば楽勝だ!)
そして耀の意識はまた急速に収束していき、再び立方体の部屋に来ることができた。
良く見ると白一色の狭い部屋の中はいろいろな物で埋め尽くされている。それが正面にいる人とはなんの関係もないものだと一目で分かるようなものだ。
今度は長い髪を後ろで結った正真正銘大人の女性だ。両眼を閉じて精神統一をしているように見える。耀の方から話しかけてその女の人の昔話を聞くことになった。
その女性は、昔々の大昔の王様を守る騎士団の隊長を務めていた。
だから強かったんだ、と一人で納得。この女性の話にはまだ続きがあり、王様を護衛する必要がなくなってからいろいろあって新しい王の器をもつ人間の側にいることを常日頃から望んでいるとか何とか。ほぼ理解不能だったので、話題を変えることにした。
さっきの小さな女の子は誰なのかと。
「バレーボールってはじめてわたしやるんだけど、耀ちゃんルール知ってる?」
「大丈夫、任せて。ボールが相手のコートに落ちれば“勝ち”だから。簡単~、簡単~。私を信じて静かに目を閉じて待っていて。すぐに終わらせちゃうんだから」
バレーボール部の一年補欠君が、女子チームからのサーブで試合開始の笛を吹く。
「我が力をこの物に移し、我が指示に従い動く蒼き旋風となれ。蒼き光弾――アズィミレイション、バリエーション・アインス!」
そういって第三の耀はサーブを放つ。どことなくボールは蒼い光を放っていて、男子バレーボール部員もそれを不思議に思っていた。
「なんか変じゃね?」
言葉通り、そのボールはあり得ない軌道を描き、男子のコートに突き刺さる。
二球目、三球目と変則サーブを使い四球目からは弾丸サーブを炸裂させて、男子バレーボール部の部員を吹き飛ばし、体育館にめり込ませる。その速さと威力を同時にもっていた必殺サーブは一撃だけで相手の戦意を奪いつくす。
すぐに試合は終わることとなった。男子バレーボール部の途中棄権という形で。
「なんかすごいことになっちゃったね、耀ちゃん。あなたは何者! って感じ? 私は、耀ちゃんが何者でも、ずっと友達だからね。……だから教えて~」
耀は抱きついてきた親友にただただ笑い返すことしかできなかった。
それが一番良い方法だと、思ったから。
「耀ー。もう帰るよー」
貞芽の声が体育館の入り口から聞こえた。
だから、その場を逃げるようにして耀は小走りにその方へと向かった。
「何かぁ体育館ですごいことがあったらしいんだけどぉ、耀は知らない?」
「し、知らないよ! 謎の女子高校生が蒼い光弾を放って体育館に穴をあけたなんて話は知らないよ!」
「そう? じゃあしょうがないね、知らないんだもんね。耀は……ふふふ」
「えーと、そのー、えーと。……もう忘れよ、そんなこと」
「そうしよっかぁ」
「そうしよー、そうしよー」
「でも、そんなすごくなった耀なら、私のことを本当に守ってくれそうだね」
「もちろん!」
この騒動で次の日から耀は鬼の一分や蒼い魔女と剣道部、バレーボール部を中心に呼ばれるようになった。あだ名とは少し違う、別の呼び名のようなものだ。
おまけに頼れる友達も同時にできた。その日の宿題に数学と古代の文明とかがあったけど、数学の方はバレー部のときに出てくれた子がパーフェクトにこなし、古代の文明のことは剣道部のときに活躍してくれた人が昔を語るように解説してくれた。その他、貞芽の宿題も蒼い髪の子が全教科完璧に理解していて、手助けをすることも出来た。
耀の実年齢と大差ないような見た目の子は勉学にめっぽう強く、大人の女性のほうは勝負事を得意とする。いつでも三人気分なのが新鮮で楽しくなると耀は思った。
***
剣道場で騒動が起きていた頃。真人は探偵クラブの用事で少し遠くに出掛けていた。
空が青白赤の三色に分かれ、浮かぶ雲も薄い空色に染められている。まだ日が落ちてはいない壮大な空の下を一人歩いている。部長の都合で貞芽と真人は別行動になってしまったが、探偵クラブの活動内容は地域の人の小事件を解決することに終始している。解決できればそれに応じた報酬を依頼主から支払ってもらえる、というシステムだ。
「捜索ほぼ終了っと。まあ、何も手がかりは見つからなかったけどね」
一人寂しく、いつもの仕事が終わった。探偵クラブは学校特有のお金がもらえるシステムの組まれた唯一の部活動である。依頼の危険度を問わないのが一般には知られていない暗黙のルールという。今回の依頼での遠出は迷子のペット捜索のためだった。四月いっぱいは学校の周りを貞芽と二人で捜し、五月は学校から離れた駅周辺を回ることに予定表の上で計画されていた。
部長しか知らないことだが、貞芽は学校から離れることはできればしたくなかった。
それは耀がいるから。そこで、暇な真人が一人で捜索に駆り出されている。
「暑い。地球温暖化が深刻になり始めているな、きっと。そもそも、どうして飼い主はよくペットを逃がしてしまうんだ? かわいがっているならなおさらだ。いつの時代もこの謎は解明されないのかもしれないな」
仕事の九割は、迷子のペット探し。そのくらいしか平和な世に事件という事件は転がっていない。真人の横を下校途中の学生が通り過ぎていく。それを見て自分が何をしに来たのかどうでもよくなりつつあった。真人も学校の制服を着ていたから周りから見れば下校途中なのだ。
日が落ちかけているのに一向に下がらない気温に永遠の謎などをぶつける。駅の近くには暇をつぶせる娯楽施設もなく、もう少し北の方に行けばカラオケやボーリング場もあるけど一人で行っても面白いわけもなく、そういう場所はあまり好きではなかった。
「もう少し捜すかな。よっし、がんばろう」
最後に、狭い路地裏を見に行くことにした。
路地裏に入り込んで夕日も遮られた暗闇をいく真人の後方二十メートルくらいの所で、夕飯の買い出しに出たおばさん軍団が騒いでいた。
「何があったんだろ?」
暗闇から出ると、急に明るくなったためか目が開けていられないほどに眩しかった。
でもそのすぐ後に、それが落ちかけの太陽によるものだけではないと気付くことができた。騒いでいるのはおしゃべり好きのおばさんたちだけでなく、帰宅途中の学生や会社に戻ろうとするサラリーマンも同じように、ある一点を見つめてその歩みを止めている。
駅の南口付近で直立不動に仁王立ちしていたのは、緑色に輝く力士のような影。
妖しく緑色の光を放つその物体に、その場にいた人はみな注目していた。
そのざわめきが悲鳴へと変わるのもその輝きが鈍くなってからすぐ。自らのDNAに刻まれた防衛本能のままに悲鳴をあげて逃げ惑っていた。
真人だけがその流れを逆走し、駆け付けた警察官の制止も振り切り、緑ダルマに近づく。
「ここはお前らが来るような場所じゃない。大人しく元いた所に帰れ」
真人の片手には路地裏で拾った長さ五、六十センチのパイプが握られている。チンピラ相手ならいいが、化け物相手では到底武器にはならない弱々しい棒。
「それは叶わんな、少年。実験代行人として、新天地で試してみたいと思わない者はいない」
雄叫びを上げる緑ダルマのすぐそばに背広の男もいた。
ダルマの体には深く数字が刻まれ、背広の男にはそれが見当たらない。
「あなたですか……もうこんなことは終わりにしたいのに、どうして!」
鉄パイプ片手に真人は背広男に斬りかかりに行く。
「力を見せろ中原真人――貴様の固有人格には少しだけようがある」
「黙れ!」
真人の攻撃は男まで届かない。
直前で緑ダルマが身を呈して防いだのだ。
その衝撃に耐えられない真人の腕と武器が悲鳴を上げ、ダルマの体を覆う鋼鉄の装甲に真人の武器がへし折られる。
「そんなものはもう僕の中にはない! そんなものが必要ないくらい僕らは強くなったんだ!」
「生き残った方の光の騎士は、まだ発展途上。すでにいないものの支配からは……」
「逃がすか!」
「――逃れられていないというのにな……」
剣聖という能力で、ただの鉄の棒を空想の中の伝説の騎士が使う聖剣の一歩手前までもっていく。
光輝く黄金の剣を手に、真人は切り札をだして勝負をかけた。
一撃、ニ撃三撃……合計二十の剣戟を叩きこみ、目標を粉砕し、それに乗じて背広の男も姿を消していた。
――はぁ、はぁ、はぁ。
「……」
真人は周囲を見渡しから姿を消した。
変わり果てた姿になり、むごい殺され方をした巨大ダルマも灰のようになり、その全てが風に吹き飛ばされつつある。その現場には、入口や壁のいたるところを破壊された建物と押しつぶされたアルミ缶のように大破したタクシーだけの、それ以外に物的証拠のない異様な光景だけが残されていた。
しかし再びそこへ近づく男が一人いた。目の前で繰り広げられた戦いに圧倒されて動けない警官ではない。真人と同い年くらいの少年である。
「派手にやってくれたな、中原。非戦闘員の苦労を少しは考えてくれよな」
「き、君――そこは危ないぞ!」
「ああ――危ないな。だから俺がここに来た。ここの状態を修復し、あんたらの記憶を消すためにな」
警官は一歩後ずさる。少年の周りをうごめく何かに気付いたからだ。
「なに、心配することはないぜ。このあたり一帯を一度食いつくして、生まれ変わらせるだけだからな。新鮮な気持ちになれるかもな」
うごめく闇。その中から腕、足、尾が順番に出てくる。最後に出てきた頭は恐竜のようだ。体長二メートルを超えるオオトカゲ。それが、この少年の神の力。
「ピロシキ、とりあえず食ったら寝てくれ。あとは俺がやっとくから」
その日、誰にも気づかれず街一つ分の質量が失われ、記憶も失われる。
「明日には、元通りになっているだろ。このツルギ様の誕生の力でな。そうだろ、ピロシキ」
ツルギという名の少年が相棒――そのオオトカゲの名前がピロシキである。