表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ときまるR ―光に導かれし者たち―  作者: 橘西名
ときまるR ―光に導かれし者たち―
4/40

第二章 別れと高校入学

第二章:別れと高校入学



 頭で考えるよりも先に走り出していた。今ここで考えていても分からない。あのメモに記されていた場所へ行くしかない。耀が連れて行ってくれた場所、ちょうど今朝行ったばかりの場所へと――。メモの文体からして急いで書かれたものであるのは違いなかった。玄関で立ち尽くした時に感じたものより数倍は大きな嫌な気持ちも一緒に感じた。それがこのメモを解読する鍵だったのかもしれない。

 家の鍵も掛けず飛び出したところで、誰かとぶつかった。そのとき何か話しかけられたが無視して、全力疾走でその場所まで走る。メモに記された場所へ着くと、肩で呼吸をするほど自分でも不思議なくらい必死に走ってきたのがわかる。冷静に考えればわかる事なのに……どうしてそこで全力を出してしまったのだろう。その後すぐに後悔することになるなんて知らないからだ。

 今朝来たばかりの桜の木の近くに来た。今朝見たその美しさが、今は妖艶に見える。

 良い結末がこの場所で待っているなら……そこに三人がいて、その桜の木の下で妹の入学記念の撮影会をしたのかもしれない。でもここには誰もいない。夕飯の買い物帰りのおばさんや、学校帰りの学生、いつもならいるはずの人も誰一人としていなかった。

 不安な気持ちは消えない。

 足も気持ちも重くなって、仕方なく家へと帰るしかなかった。

 酷く荒くなっている呼吸を整えながら帰ろうとすると、赤い光が視界の端に飛び込んできた。

 夕焼けの色よりも赤の色を強く主張している色がある。その色は、本当は人々に平和や落ち着きを運んでくるものでもあるが、そのときの貞芽にはその色が残酷な真実を告げるだけの色にしか見えていない。使いきった体力を限界まで振り絞って、この現場を去ろうとする人たちにかけよった。


「ここで、何かあったん――ですかぁ!」


 息も絶え絶えに聞いたから、うまく目の前にいる警察の人に伝わったか心配だが、すぐに返事をくれた。

「ええと、事故ですね。少し前に小学生くらいの子供が赤信号なのにふらふら飛び出した所をちょうど車が走ってきましてね……。その車がひき逃げでうまく現場の状況がわからないんですが、その子の親らしい人がいろいろ教えてくれましたんで。……ええっと、あなたのその制服も――」

 その話が終わる前にまた貞芽は走り出した。

 それでも走れたのは五、六十メートルだけ。もう貞芽の心臓は限界を超えて止まる寸前くらいに苦しい悲鳴を上げている。こんなときだけ自分の体力のなさが悔しい。


「貞芽さん、どうしたの? そんな青ざめた顔で気分でも悪いのかな。ここからだと――」


 その声は聞いたことのある声だ。確か家の前でぶつかった人も同じような声だった。


「わかる? 僕だよ。中原真人。真実の人って書いて真人の」

「あぁ……もうダメ、かも」


 気持ちの余裕がなくなり、何が何だかわからないまま、貞芽はそこで気を失った。


「――――貞芽っっ!」


 朦朧とする意識の中、その一言だけ最後に聞こえた気がする。この人は知り合いなのかもしれない。だって自分のことを名前で呼んでくれるのだから。そっとその場に倒れ込む貞芽を偶然居合わせた男子が支えるのだった。





 ***

 貞芽が目を覚ましたのは小さな部屋のソファーの上。学校の部室にあったソファーと少し似ていたがそれとは別物だ。

「んぅ、ここはどこだろ?」

 その部屋の中をざっと見まわし、自分の置かれている状況を理解しようとした。けれどまだ記憶の整理も頭の整理も追いついていない貞芽には何も分からなかった。

 そこに一つの写真立てを見つけた。まだ小学生くらいの男の子とその家族の写真だ。写真の中の男の子の一番近くに蒼い髪の女の子も写っている。とても嬉しそうにしていて笑顔のかわいい女の子と、その子といることが嬉しかったと思えるぎこちない笑顔の男の子。いまのその男の子を知る人なら考えられないような幼い表情の真人だった。


「やっと起きたね」


 水の入ったコップをお盆に載せた真人が傍まで来ていた。手に取って見ていた写真をチラッとだけ見られたことに少し体が緊張する。


「疲労で倒れたみたいだったけど、あの場所から近かった僕の家まで運んだんだ。でも大丈夫? 意識はもうはっきりしてる?」

「あー、うん。それはどうもありがとうございました。……唐突ですが、この写真の子は誰なのでしょう、とか聞いてみたりしても?」


 目覚めたばかりの貞芽は他にもっと大事なことがあったのに、それと違う事をまず聞いていた。疲労して寝ぼけている思考回路は、気になる男子についての情報を本能的に求めていた。


「僕の本当の家族のようだった子だよ。いつも危なっかしくて、笑顔がとても素敵な子。僕がはじめて守ってあげたいと思った最初の女の子。……ただ、それだけ」


 真剣な顔でそんなことを言われてしまう。だけどすぐに学校にいるときの穏やかな表情に戻り、束ねた後ろ髪をひるがえして、再び話し始めた。


「貞芽さんはどこかに行こうとしていたんだよね? 僕がそこまで連れて行ってあげるよ」

「え、でも悪いよ。場所も分からないし――――ああっ!」


 これでようやく気付く貞芽だった。


「僕があの場所にいた人から聞いておいたから大丈夫。あの時の君の状態を見ていれば大体の想像はついた。初めから、貞芽さんが起きたらすぐに連れて行くつもりだったし。もう時間も時間だから行こう」


 真人の住むアパートの前に出た。周りはすっかり夕方だ。

 いろいろな覚悟をきめて、言われたとおりに貞芽は真人の背中にしがみつく。

「振り落とされないように、しっかりつかまって!」

「う、うん!」

「行くよ、トラージェン。ドライビングシステム起動――ドライブ」

 胸のあたりが熱くなり、譲り受けたネックレスは微弱な光を放っている。真人が小さな声で何か呟いたが聞き取ることはできない。直後、今まで感じたことのない突風が貞芽の顔面を襲った。

 驚いて閉じた目をしばらくしてから開けると、風に向かって自分たちが驚異的な速さでぶつかっているのだと分かる。走り出してから更にその数秒後、周りの時間が遅く感じられるようになった。タイムマシーンにでも乗ったかのように、二人だけが周りから取り残されているような不思議な感覚だ。次第に周りが歪んで見えるようになり、気持ち悪くなって意識を失いそうになる。

「着いたよ。きっと、貞芽さんの来なければならなかった場所に」

 魔法のような不思議な時間は一瞬のことだった。

 到着した場所は街の中央にある病院で、車でも約三十分はかかるところだ。

(ありがとぉ)

 貞芽は心の中でそう呟いて、目の前の病院へと急いで入った。

 受付で自分の行くべき病室のわかった貞芽はできるだけ早足でその病室へと向かう。

 廊下は走ってはいけない、というルールだけは守ったつもりで貞芽は走っていた。自分でも何をしているか分からない。そして五階の一番奥の病室、そこに三人ともいるはずだ。

 病室のドアを開けると、場の雰囲気だけで逃げ出したい気持ちに襲われた。

 今日行った探偵クラブ部室とはまた違う、現実を否定したい気持ちでいっぱいの苦しい気持ちだ。


「――貞芽、遅かったわね。耀はちょうど一時間前に遠くへ逝ったばかりよ。学校に連絡してもあなたとは連絡取れないし、……遅すぎよ」


 両親がそこにいた。二人ともベッド横の椅子に心無くただ座っているだけ。病室のベッドに寝ているのは間違いなく妹の耀の姿をした別の何か。

 ほんの十四時間前には元気に起こしに来てくれたもの。

 その顔を覗けば、普段から自身の力ではたいして綺麗にまとめられない髪を、貞芽が整えていた髪を誰かの手によって綺麗にまとめられているもの。

 今日下ろしたばかりの制服も着ているなにか。

 貞芽がここに着く少し前まで生きていて、今でも生きているような錯覚を起こさせるほどやさしい表情を見せる耀なんだと思い知る。

 どうしようもなく重い。

「ママ、パパ、何があったの?」

 病室の入り口からずっと混乱し続けた頭はすでに使い物にならない。ベッドを離れようと振り返ると、二人の顔が目に入る。二人とも頬が濡れていない。涙一つも浮かべずに、その代わりにとても辛そうな顔をしている。

 その表情を覗きこむと、二人は私を無視するかのように顔を背け部屋を出て行こうとした。


「待って、どうして無視するの! どうして耀がこんなことになってるの! 教えてください!」


 この場の空気に負けないように強い口調で言ったつもりだが、最後は自分でもわかるほど泣きだしそうな声になっていた。それでも二人は無視を決めて部屋を出ていこうとする。父親だけはこちらを一度振り返ったものの、そのまま二人とも出て行ってしまった。

 残されたのは娘二人。いつもの二人だけになってしまった。ベッドの上で横になっている妹にもう一度近づく。


「……ごめんね、耀ぃ……お姉ちゃん、もう少し早く来ればよかったね……ぅ」


 静かすぎる部屋の中に、自分の心音しか聞こえてこない。

 妹と二人でいるはずなのに一人でいるような寂しさはどうしようもないものだ。もう少し早く来られていれば、直接この病院に向かっていれば、という思いもある。そんな自分が悔しくてとうとう耀のベッドの横で泣き出してしまった。

 そもそも耀は入学式にも来れていたのだろうか?

 いつからここにいたのだろうか?

 最初からこれだったとしたら……かわいそうすぎる。


「貞芽。ちょっといいか」


 父親が病室に戻って来て声をかけてくれた。視線だけで早くしろといっているような後ろ姿を少しだけ怖く思う。それでもついて行くしかない。

 父親に連れられて来られたのは病院の休憩室だった。面会時間もあまり残ってないこの時間に、広くて何もない部屋の中に人は数えるほどしかいない。その中に母親の姿もあり、貞芽は二人から順を追って説明された。

 複雑な話の要約をまとめると、次のような内容になる。


『飛行機の到着時間の予定が遅れた二人は空港から直接学校へと向かった。

 入学式では二人も、私と同じように耀を見つけることが出来ず不安になり近くにいた先生に聞いたという。聞くと、その日の欠席者はいなかったという。

 私たち二人の送った一週間前のメールで、混むから学校からも近い自宅で会う約束になっていた両親は、すぐにタクシーを拾って自宅へと帰ることにした。

 自分たちの本当の家にも帰ったが、そこにも耀はいない。

 そして、パパが外を探しに出て行ってから数分後、パパからの電話に家で少し休憩していたママが出た。そのときに私のためにメモを残し、パパに指示された場所に向かう途中で耀を発見したという。

 すでに瀕死の耀を連れて病院へと向かい、私の居る学校へと連絡もした。

 耀は病院に運ばれ、何とか一命を取り留めた。

 その間に、さっきつながらなかった私のいるはずの学校へと再度連絡をして伝言を残す。でもそのとき私は不幸にも全力で家に向かっている途中。

 その数時間後、急変した耀はそのまま亡くなったということだ』


 嘘のような現実も、科学者である二人の筋の通った話を聞いてだんだんと嘘でないことがわかってきた。

 その後、いろいろ忙しい親二人は、明日の準備があると言ってすぐに自宅でなく何処かのホテルへ行ってしまう。耀に「また明日ね」とお別れをしてから貞芽は病院を出ることにした。

 おかしいな、寒くもないのに体が震えている。どうしようもない気持ちはここへ来てからずっとあったのに。そのどうしようもない気持ちが恐怖だってことに気付いた。自分にとって耀を失うということはそうゆうことなのだ。

 大切な人がみんな離れていってしまう。残されるのはいつも自分だけ。

 一瞬だけだけど、その恐怖に押しつぶされて死にたいとも思った。何を考えようと、最愛の妹はもうこの世にいないのだけが変わらないんだ。



「そうでもないわ」

「望めば叶う世界。それがここであろう」



 そこにいたのは、長身で背広を深く着込んだ男と、男から借りたシルクハットを被る強い意志の籠った眼をした女の子。どうやら話しかけてきてくれているようだ。


「死にたいなら死んじゃえば。あなたの半分はもう世界のどこにもいない、それでも死にたいのなら否定の中で死んでしまえ。それはあなたがここにいることを否定できる唯一の方法なのだから」


 意味が分からない――消えてしまえ。


 消えてほしいと思って目を閉じている間に、奇怪な二人組は姿を消していた。


「二重の否定は強い肯定を結ぶ。その意味をよく考えろ」


 男の残した最後の言葉が少しだけ引っかかったが、すぐに忘れた。





 ***

 病院を出ると、病院の入口近くのベンチで、自分のことをここまで送り届けてくれた男の子がいた。夜の八時をまわって暗くなった屋外で。疲労からくる眠気と闘いながらも待ち続け、終いには寝てしまったようだ。

 貞芽自身が思うこともあり、その男の子の隣に座って星のない夜空を見上げていた。空に見える星の数は人工の灯りのためほぼないも同然なのだが、それでもきれいで、とても澄んだ空だ。


「……由依ちゃん。君は僕が守るから、だから……行かないで……」


 隣で寝ている男の子の寝言が聞こえた。その他にも寝言は言っていたけど、理解できたのはこの一言だけ。きっとその相手はあの蒼い髪の女の子なのだろう。想像でしかないが、その子も、妹のように突然いなくなってしまったのだろうか。もしそうだとしたら辛すぎる。もう中学生になった今の私でも、こんなにも胸が苦しく目が熱いのだから。

 まだ小さかったころのその男の子にとって、それはどれほどのことであったのだろうか。それは考えるまでもないはずだ――心が壊れてしまうだろう。



 それから三十分後。


「うーーん。もうこんな時間か~」

「寝すぎだよぅ」


 すぐ近くまで接近していた貞芽の顔を見て真人は、立ち上がって、面白い反応をして、再び座ることで落ち着いてくれた。

 彼がいつもの自分というようなものを取り戻して、学校にいる時の体裁をとろうとする様子を見て、少しだけ気持ちが安らいだ。


「どうだった? 間に合った?」

「大丈夫だよ。心配しないで……私は大丈夫。でも、三十分も女の子をほったらかしにした罰に、ちょっと聞いていてね」

 貞芽はそっと語りだした。

「……私の妹はね。とにかく明るくて、家族を大事に思う良い子だったんだよ。今朝も一緒に散歩にいってね、そこで――」


 最初は明るく話せていた。けれどだんだん自分でも分からないうちに声が震え、言葉にもならなくなってしまう。体の震えだけはどうにか隠せているだけだ。

 今いる二人――貞芽と真人は特別に仲の良いというわけでもない。出会ったばかりの男の子に何を話しているのか自分でも分かっていない。それでもようやく止まった涙が、またあふれてしまいそうで不安だったのだ。


「ごめん。ちょっと寝ぼけていたみたいで無粋なことを聞いちゃって、ホントにごめん!」

「ううん、こっちこそごめんなさい。変なことをペラペラと……」

 真人は近くにあった自販機でお茶を買ってきて、二人でもう一度気持ちを落ち着けた。

「なんかいろいろ聞いちゃったから、貞芽さんの方は話し損になるね。だから僕も少し話そう」

「え……じゃあ、どうぞ」

「あの写真の子なんだけど、名前は田村由依。名前から分かるように、本当の家族じゃない。僕の大事な家族の一人ってのはもう話したんだよね?

 同じ学校の同じクラスで同じ部活動もやっていた。フィーネに、ツルギや父さんに他にもたくさんの人たちと一緒にいろいろした。

 こことは少しだけ違う世界に取り残さないようにね。例えば忘れられた廃村の中でひっそりと暮らしていた予言の巫女を救出に行ったり、町の中で暴れ狂う怪獣を倒したり――」


 その話をしているときの真人はとても楽しそうだった。

 生き生きと何かの話をする真人は、貞芽にそのときの気持ちや元気を分けているようだった。


「楽しいね!」

「そうかな? だったら嬉しいけど。それじゃあ時間も遅いし、帰りも僕が送って行くよ」


 手を引かれ、ついさっきまで曇っていた心はスッキリしていた。まるで今日の学校の時間に戻ったような、妹がまだ生きていた時のような気がする。


「ひゃあっ!!」

「この方が走りやすいから、我慢してて」

「はい、わかりましたぁ!」


 女の子にとっては声が裏返ってしまうような緊急事態だ。初めて男の人にお姫様抱っこというものをされているみたい、というような。正確にはちょっと違ったかもしれないけど、正真正銘女の子がお姫さま抱っこと認識するもの。行きと同じ時間をずっとドキドキだ。

 家に着いても心臓の激しい鼓動は収まらず、行きとは違う意味で意識が飛ぶかと思った。


(あわわわわぁ)


 真人のさらなる追撃で今度は声も出ず動きも取れず頬を染め、硬直していた。

「大丈夫? 呼吸もあらいし、顔も赤いし、ほら、心臓だってこんなにバクバクしてるよ」

 真人は貞芽を降ろし、少しふらついていた肩をがっしり掴み、自然な流れで胸の上の心臓あたりに手をそっと、何のいやらしい気持ちもなく当てていたのだ。

 それが簡単に心拍数を測る行為だったとは当然思えない。そのせいで貞芽は終始興奮気味に頭の上を回る星を見ていた。

「ま、また明日っ!」

 こんな夜遅くにこの人と一緒にいると自身が持たないような気がして、貞芽は家の中に逃げ込む。

 ホテルを借りて、家に帰っていなかった親だったが、それでもがんばれそうな気分になっていた。それに空っぽだった胸の奥は違うものでとても満たされていたと思う。





 それから数日後の四月の中頃。

 生徒たちの中で仲間の輪が出来始め、他のことにも目を向け始める時期になっていた。

 あの不幸な事故からあまり時も置かずして貞芽たち中等部の入学式があった。親族だけで行われた妹の葬式も終わり、両親も彼らがいなければならない場所に帰っていった。

 親も最愛の妹も近くにはいなくなったが、そう遠い場所に行っているわけでもない気がして、貞芽の隣には真人がいて他にも多くの友達がいる。

 明日を夢見る中学一年生の片瀬貞芽のこれからは、また今日から動き出す。

 それでも少しだけ謎は残る。

 事故の詳細を警察に告げたのは貞芽の親でなかった。それでも警察の人はその人物が親に見えたと言っている。何を基準にそう判断したのか分からないが、それ以上追及はしていない。

 でも今はそれ以上に重要なことがある。

 いろいろな意味で救ってくれた人の知り合いが、隣のクラスにいることが友達の情報網で判明したのである。中原真人の昔からの友達、純白の美少女に会いに行かなくてはならない。

 その子に会いに行くために貞芽は早弁して、昼休みの鐘の音とともに隣の教室へと向かう。

 聞いた話によれば、隣のクラスにいるのは美人の多いスイスなどがある西欧からの留学生のフィーネル・ビット。日本語がとても流暢で、日本人以上にお話しが上手らしい。一目見てすごくかわいらしい一面を持つ西欧系美少女の、誰にでもすぐにわかる特徴とは、頭に星のマークの髪飾りをつけ、猫のぬいぐるみを頭に載せて学校に来ていることらしい。

 本当に猫のぬいぐるみを載せているとは思えないけど、会ってあれを聞くつもりだ。フィーネルさんがいつ中原君に出会って、どういう関係だったのかなど。

 でも、まずはその子と友達になれたらいい。

 貞芽は隣の教室のドアを勢いよく開けた。





 ***

 自分の故郷でもある日本。他の国の言葉でいえばヤーパン、これはドイツ語だったかしら。

 とにかくその日本に帰って来たのは一週間ほど前だった。

 仕事の関係者によって、遠くに呼び出され、そのままそこに数年間暮らすことになってからの帰郷である。

 初めの頃は、実の兄と二人での長旅程度に考えていたが、割と多くの友人や知り合いが出来て楽しい数年間だったのに違いなかった。それでも心残りは、消えてしまったあの子のこと。

 あの子とは、親友と呼べる存在になるまでそれほど長い時間もかからず、あちらで初めて仲良くなってくれた人の一人だ。そんなあの子のおかげでたくさんの人を知ることができたし、感謝しても、し足りないくらいのたくさんの宝物をくれた。だからもしあの子がここにいるなら、今度は自分から彼女に何かをしてあげたい。そんな思いを含んでの帰郷だった。

 生まれて初めて経験した入学式なるものも、つい先日、割とあっけなく終ってしまい拍子抜けをしているところに、元仕事仲間でもあった男が疾風のように訪れている。

 現在の身分は学生。今年入学したばかりの中学一年生ってところで間違いない。

 ここではない遠い場所でしていた仕事も、あちらでは「どうしてわたくしたちが無意識のうちに呼吸をしていられるのか?」などと同じように当然のように持っていた特殊能力によるものだった。

 火のないところから火を作り出し、神から分けられた欠片の力、通称「神の力」と呼ばれる特殊な能力を、悪い人が危険なことに使わないように取り締まる、といえば聞こえはいい仕事。

 その組織の構成員の一人でもあったのが、今、目の前に訪れた男、中原真人だ。女性の机の上に座りこむようなけしからん男子はこの方しかこの世界にはいない。


「フィーネ、どうかしたの?」

「どうもしませんわ!」

「なんだか、平和だよね。この世界は」

「これが普通なんです。……ところであなたこそ何か用ですか?」


 いつも通り、素っ気なさの出てしまう返事で返し、この男もどこか遠くを見て話している。他者から見れば、隣のクラスの人気者がうちのクラスの留学生とコミュニケーションを取っているようにしか見えないが、あの事件以降に出来てしまった見えない境界線をはさんで二人は会話している。

「面白い子を見つけたんだよ。もうすぐ、あと五秒くらいでここに来ると思うから、驚かないでよろしく頼むよ。じゃあ」

 目の前にいた男は音も立てず、一陣の風のように姿を消す。

 登場の際もこんな風にして誰にも気付かせなかっただろう。足が速いでは説明のつかないこの妙技も真人だから出来る、オリジナルの体術だ。フィーネにもそれ以上のオリジナルの力はあるにはあるが、この世界で使う機会はありえない。そう思う方がここでは自然なのだと思う。

 真人のいうその人は扉に手をかけていた。





「失礼します! 隣のクラスの片瀬貞芽ですが、このクラスにいる留学生のフィーネルさんはどなたですかぁ!」


 大きな声で礼儀正しく、それが不自然で注目される。

 隣のクラスの生徒たちの視線のなか、そっと窓の方を向く女の子が一人いたのを貞芽は見逃さなかった。


(あの子かな? 頭に何か載せているし、間違いないかもぉ)


 自分の中で決意を固め、貞芽はその少女の方へと慎重に近づいて行く。


「あのぉ、フィーネルさんですか?」

「……あなたは誰ですか……!」


 窓から貞芽の方に向き直り、嫌そうな顔から少し戸惑いの表情を浮かべる。驚いたような顔もしていたが、噂通りの美少女がそこにいた。頭の上に猫のぬいぐるみは確かに載っている。髪の前の方が小さい三つ編みの暖簾のようになっていてイメージはお姫様みたいな子だ。


「どうかしましたか? 私は隣のクラスの片瀬貞芽と言いますけど、……もしかして私によく似た人がいたとかそんなところですか?」

「……え、ええ、そんなところですわ。ところで――」

「友達になってくれませんか!」

「……」

「友達からじゃだめでしょうか!」


 二人の睨み合いが少しの間続く。一方は、大きな瞳で物欲しそうにする子犬のような目。もう一方は、半眼で変なものを見ているような、または眠そうにも見える目だ。


「何故ですか? わたくしたちは、今日この時にはじめて会ったはずですよ。一目惚れでもしましたか?」


 フィーネは遊び心に意地悪をしたつもりだった。でも相手が悪かった。

「そぉなんです!」

 真剣な瞳で即答する目の前の少女に対し、少しだけ引いてしまう。フィーネもここで突然の決断を迫られることになると、薄々気付き始める。どうにかして友達になろうとする少女を前にして、わざわざ断る理由もないフィーネは、あっさりと貞芽とマブダチになった。

 お昼の時間。食堂まで一緒に来た二人はともにきつねうどんを食べている。


「もこれれ、なまあらくんとしうぃあいまも?(ところで中原君と知り合いなの?)」

「何を言っているのかわかりません! 食べ物を口の中に入れたまましゃべらないで下さい! それではわたくしの兄と同類の人間と見なしますよ」

「もめん(ごめん)」


 ションボリモードの貞芽は、食欲を無くしたようなそぶりを一瞬だけ見せて、問題なく食べ続ける。


「はぁ、おいしかったぁ」

 よほど空腹だったのか、ものすごい勢いで貞芽のきつねうどんはなくなっていた。フィーネがあっけにとられている間に汁まで飲み干そうとしている。

「同類ですわ……はぁ~」

「ひっく……中原君と知り合いって本当なのぉ?」

 フィーネは目の前の少女の観察をやめ、心の中で愚痴をこぼす。


(いきなりタメ口ですか。それがあなたらしいと言えばそうなのかもしれませんわね)


「中原さんとは、一緒に、ここでは言えないことをするような仲(間)でしたわ。もう昔のことですけど」

 手身近にフィーネは答えてみた。そう(まと)をはずして無く、嘘もほとんどない回答のつもりだ。

「うう……あんなことや、そんなことを……。どんような関係だったのぉ! フィーネちゃーん!」


 少し涙目になりながら聞いてくる貞芽を見て、フィーネは目の前の少女が何かよからぬ誤解をしているのがわかった。この少女が彼の事をどう思っているのかも女心にわかる。でもフィーネ自身は、それに携わる人にしか分からない仕事を、真人とその他大勢でしていたことは事実で、それを一般人に言うことはできない。まして片瀬貞芽に対してはなおさらだ。

 だからこそ、そのまま伝えるのではなく、少しだけはぐらかして伝えようとしただけ。そしてその後、勝手な妄想へと走ってしまった貞芽を現実世界へと引き戻すのにフィーネはだいぶ苦労することになる。もちろん昼食どころではなくなった。


「うん。何となくわかったぁ」


 数分後、少し涙ぐんでいた少女は、蕾が花開くように明るく笑顔を見せていた。


「二人が小学生にして大人の道に走ったとか、わたしがとってもそれ方面のエッチな妄想へと走ったことは、この際忘れてね。……ちなみにフィーネちゃんのお兄さんってどんな人なの?」


 貞芽のスイッチの切り替えようの速さにも少し驚いて、フィーネは思わず飲みかけの水を吹き出しそうになる。自分の身内に対する質問をされるのは稀なことで、少しだけ考えてしまう。

 そうだ、これも簡潔に答えよう。フィーネは考えがまとまり、

「あれは、わたくしの恥ですわ」

 とだけ答えた。

 フィーネと友達、いやマブダチという友達よりも数ランク上等なものになれた貞芽は満腹のため午後の授業を爆睡中だった。

 さすがに食べる時間の無くなったフィーネの分も食べたのは苦しかった。その苦しさから逃れるために眠り、真人が起こしてくれた帰りのホームルームの時間まで寝ている。


「なんで起こしてくれなかったのぉー」


 全く悪くない真人に小アッパーをくらわせて目覚めた貞芽。寝起きであったせいで周りに気を使わず、帰りの支度を手早くすまして機械的に家へ直行する。

 別に何か用事があったわけでもないが、例の部活動も自由参加でいいため「本格的にやろう」と自分で思うまでは適当でいいと考えている。それらを含めた上での直感で、早く帰った方が自分のためにも世界のためにもいいような気がして、まっすぐ家へと帰る。


「ただいまぁー」


 もちろん家の中から返事のかえってくることなんてない。日々の習慣として、家で待っていてくれる妹がいたときのようにただいまの挨拶はするようにしていた。これは心の健康にもいいらしい。


「おかえり~ おねえちゃ~ん。今日は早かったね~」

「そう? まっすぐ帰ってきたからじゃないかな」

 すぐに貞芽のなかに違和感が生まれる。

「……誰?」

 誰もがそう思いたくなるドキリとした展開だ。

 貞芽がこの展開を予想できたはずはない。ただ癖のようなもので、口が勝手に返事を返しただけだ。それゆえに、いま家の中には貞芽の知らない不審者がいることがわかる。たちの悪いことに、自分からここにいることを意思表示するほどの変質者がいるのだ。靴置きに立てかけられている(たけ)(ぼうき)を片手に、声のいる方に向かう。本来ならここからすぐに逃げだして、近所の人に助けを求めるか、あるいは警察に直接いくのがセオリーだ。でも、多かれ少なかれ混乱している今の貞芽の頭では、その声の主がだれなのかを確かめることで精一杯なのは、まあしょうがなかったのかもしれない。


「誰なのっ!」


 大きな声で相手を威嚇して、居間への扉を大きく開けた。



 ***

 桜の花びらも早々に全て散り、素朴な見た目の細い枝や幹だけになった桜の木は、寂しさを感じさせる。その横を焦点の合わない瞳をしてふらふらする十代後半の女性がいた。


「あたしはどうして今歩いていられるんだろう? そもそも、どこへ向かって歩いているんだろう?」

(きっと自分の家へ、だろうな)

(そうだね、あなたのお姉さんも帰って来ているかもしれないし)

「……おねえ、ちゃん?」

 その女性は自分の家に向かった。





「おかえり、おねえちゃん。待ちくたびれちゃったよ~」

 居間に座っていたのは、貞芽より少し年上の女性。不法侵入した人間ではなく、元からこの家の住人のようにゆったりとくつろいでいる。姉妹しか知らないはずのスナック菓子やジュースを、台所を荒らさずに堪能している様は、まさにそう言っているのではないだろうか。


「どちら様ですかぁ?」


 急にその相手が不法者じゃない気がしてきて、どうしてよいか困ってしまう。


「う~ん、分かんないかな~。あたしだよ、妹の耀だよ~」

「そんなはずはない! 私の妹はこの間、数日前に死にましたから!」


 少し頭にきて即答する。貞芽は女のその一言で、また警戒心を強めた。よりにもよって妹を語るなんて、ゆるせない。常識がないのかしら、やっぱり変質者だったんだ。見た目に騙されそうになってしまった、気をつけないと。


「……」

「あなたのようなきれいな方が私に、いえ、私と妹の耀との家に何の用ですか!」

「私達の家って言ってくれるんだ~。……あたしはもう死んじゃっているのにね」


 一瞬だけ、その女性が貞芽には、よく知る人物に見えた。よく見れば髪の毛をきちんとまとめず遊ばせていて、帰って来てすぐに見せてくれた笑顔にも見覚えがある。この場を和ませるような明るい雰囲気もどこかあの子を思い出させる。


「じゃあ、あなたは、本当に私の妹の耀、なの? でも、わたしのたった一人の妹は死んでしまった。……それでもあなたは」

「そうだよ、あたしはあたし。おねえちゃんのおかげで帰って来られたんだよ」


 そう言ってその女性は、ずっと居間の前で立ち尽くしていた貞芽を優しく抱き締めた。貞芽の方も、妹だとわかったその女性を強く抱きしめ返して二人は再開の喜びを分かち合う。

 そこにはもちろん涙などなく、二人とも温かい気持ちになって、互いの存在を感じ合っていた。


「どうしてあたしが、ここにこんな姿で帰って来たのかというと、長い話になるから簡単にまとめるよ。

『今からそう遠くない未来で科学者となったおねえちゃんが、人体を再構成する新しい技術を作り上げました。そのとき、はじめてその新技術で成功した例があたしだったの。日本ではない最先端の研究のできる国で、この新技術を完成させてしまったおねえちゃんは、そのため命を狙われることになってしまった。しかし、ここで標的にされたのは、この現代、中学生時代のおねえちゃんだったの。未来のおねえちゃんからそれ以上は詳しく理由は教えてもらえなかったけど、この時代は危険だと今の時代のおねえちゃんに、それだけを伝えるためにあたしは戻って来れた』

ということなの」

「ふーん……って、それはどういうこのなのよぉ!」


 貞芽が混乱の悲鳴を上げた頃、家の二階に怪しい者が侵入。

 それを耀は感じ取って立ち上がる。


「まぁまぁ、そういうことだからおねえちゃん。そのままそこで少し待っていてね」

「え?」


 貞芽は、今話してもらった理由で全てを納得するわけにはいかないが、ぱっと見この人は十分妹の耀らしかった。なので、この話も信じることにした。

 それなのに、目の前にいる女性は誰なのかと再び疑いを持っている貞芽もいる。つい数秒前までは妹だと思えていた人がそう思えなくなっていたのだ。思えなくなったというのは正しくない。妹は別の誰かに変わっているようだった。


「――二階か」

「え……ちょっ、待ってよ、耀!」


 耀に変わる女性は一人、姉を残して二階へとつながる階段を上がった。二階に何かが来たことを彼女は経験でわかる。それが敵なのかどうかは分からないが、とにかく貞芽を守るためにはそこに行くのが先決と判断した。

 彼女は昔から守る立場の人間だったのだ。

 二階にいたのは、真人たちの間では体に数字を刻まれて通称『百の獣』の一人。

 昔からの敵であり、同類でもあったものがそこにいた。


「だあれ?」

「見ない力の持ち主だな」


 相手が敵と分かり、自らの武器を手に取ろうと耀に変わった何者かは声も出さずに構える。

 片手に光の粒子を纏わせ、その光は剣を象るように収束する。


「まあいいわ。今日は確認に来ただけだから。帰ろう、シャドー」


 武器はまだその手になかった。その武器の性質上、自分の心を映し出す鏡となり手にすることが出来るもののため、少し時間がいる。


「顔は暗くてよく見えないけど、また会いましょう。きっとそうなるだろうから」

「ふふ、そうだな。その手にしようとする武器で大体の想像はつくが、また会おうじゃないか」


 そういって侵入してきたであろう二階の窓から姿を消す。

 挨拶らしい挨拶もせずに、少女の方は赤い瞳で全てを見透かしたように姿を消した。


「耀、今の誰?」


 姉の貞芽が到着したときにはすべてが終わっていた。


「なんでもないよ」

「もしかして、あなたは私に何か隠し事をしている?」

「――おねえちゃん。だめだよ、妹のことを『あなた』なんて呼んじゃ。あたしは耀だよ」


 そこには耀がいた。体は大人だが中身はあの時と同じで見た目にも面影が見える。さっきのはいったい何だったのだろうか。耀が何か隠し事をしているのはほぼ間違いない。

 その日から二人はまた一緒に暮らすことになった。それでも大きくも小さな問題がやはり残る。体だけは高校生ぐらいになった耀の中身はあの事故のときとほとんど一緒、つまり学力は小学生未満ということ。それでも体が体なだけに中学生や、まして小学生には決して見えない。いくら今の子の発育が良くてもこうはならない。ちなみに貞芽の発育の一部分は、男子が触っても気付かないくらいに寂しいことなっている。

 たった一週間でしあげた耀が、高等部の入学試験を合格点ぎりぎりで突破できたのは奇跡に近い。これも新しく耀に備わった力の一部分とは誰も思わない。

 かくして片瀬耀の高校生活は少しの不自然さもなく始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ