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遭遇(来夏&桜)





 神童高校の剣道場で、外が暗くなっても帰らない子供を心配するように帰りの遅いシーナを待っていた。

 残ったのはマネージャーの二人だけだけど、斎藤剛志は道場の真ん中で精神統一していて役に立ちそうになかったから、シーナの向かった奏進まで私は行くことにした。

 初めて行くところだが、途中まで電車を使ってほとんど一本道で行くことが出来るはずだから迷うことはないはず。


「それでは剛志はお留守番お願いしました。私はちょっくら彼女が通ってそうな道を見てくるです」

「もしこっちに帰ってきたら連絡するからな。気を付けて行ってこいよ。ここ数年は女番長がしめているらしいから安全らしいけど、夜の一人道は危ないからなぁ」

「……じゃあついてきてくれればいいのに、気の利かない人ですね」

「何か言った?」

「いってきます!」

「ん、妙に気合入ってるな? いってら~」


 そうしてすっかり陽の落ちてしまった道を十数分歩いて奏進の近くまで来ていた。

 途中にシーナが落ちていると困るので、注意深く隅の方まで見ていくとやっぱりシーナは落ちていなかった。もしかしたら暗闇におびえて小さな肩を震わせながらしゃがみこんでいるかもしれないと考えていたのだけど、今回はまた違うらしい。

 この間のことになるが、剛志と私、シーナで遅くまで部活動をしていた日の帰り道、明りのある場所ではいつも通りにしていた彼女が急に壊れ出した。

 いつもは竹刀を握りしめたら離さないのにそれも放り投げ、他人の家の塀の傍で頭を抱えてしゃがみこんでしまった。その後はブルブルと周りの声も届かないくらいのおびえ方をしていた。

 何が原因だろう?

 それがそのときの私たちには分からなかったけど、いつもの彼女と今日の彼女で違うことと言えば帰りが遅いことくらいしか思いつかなかった。いつも通りであれば、他の目を気にせず早くに帰ってしまうのが、その日だけは私たちが引きとめて少し話をしていたら思いのほか遅い時間になってしまった。

 話したことはシーナの家のことや私たちのこと。

 例えばシーナの実家は西欧に伝わる剣を使った武術を統一した流派を持っているらしい。それが殺人剣のようなものだったから、剛志が条件付きで言葉だけの鎖を与えた。

 いくつもの鎖を重ね掛けして、シーナの常人離れした力や速さ、根本的な強さを封じ込めた。

 私たちのことと言えば、話すとまずいことは濁したが同じ剣術使いの真人のことは教えてあげた。


 奏進の高さのある校舎がすぐ近くに見えるようになった。

 私の通っている高校とは比べるまでもないけど、様々な施設を取り入れ過ぎて既に学校と見ることが出来ないほどのものになっている。そう思えた。

 デザイン性と安全性を考えた作りなのだろうが、くるくるした螺旋状の建物を見ていると、目が回りそうになる。建物から視線をそらしてまた小さくなっているであろうシーナ探しを始めると、近いところから集団の声が聞こえてきた。

 その方向へすぐに近寄って見ると、ようやく見つけることの出来たシーナと、ねじが全部外れてしまった残念な面をした人たちがぞろぞろ現れた。

 連中の目は気にしないで、少し前にはぐれてしまった気の知れた友達風に駆け寄る。


「シーナっち、こんなところにいたんだぁ~。探したんだよぉ~」

「うわああぁぁぁああ!」


 少し不審な目で見られたが、シーナのところまですんなり行くことが出来た。

 そのとき、大絶叫を上げてシーナが私の顔を見たときはさすがに驚いた。

 どうやら近寄り方を誤ったらしい。友好的な態度が逆に、彼女の何かを刺激してしまうなんて予想外でした。


「お、落ち着いてシーナさん。来夏です、剣道部のマネージャーの佐須来夏ですから」

「……ライカ?」


 周りにいる残念な人たちには聞こえないくらいか細い声でシーナは首をかしげながら答える。

 夜になると目でも悪くなるのだろうかと思ったが、よくみるとシーナの瞳は決壊寸前のダムみたくなっていた。そのせいで相手の顔の半分も見えていなかったようだ。


「大丈夫ですよ」


 実際の私より年上の女の子をそっと抱きしめた。

 子供のあやし方のプロではないけれど、気持ちが荒んだときの剛志はこうすれば大抵落ち着く。そのことを思い出して咄嗟にしてしまった。

 さて、次はどうしようか?

 私は少し普通じゃない日々を過ごした経験があるから他の女子と比べれば体力などはあるけど、それは今、周りにいるような残念な面の人達を一対一で相手できるほどのものでもない。

 まさかここにいる人たちが、夜道に足がすくんで動けなくなった女子高生を優しく家まで連れてってあげようとか、泣きだしそうだから声をかけたとかはないと思う。

 この考えている間にも、前後左右からヤジが飛ぶごとに、シーナが「きゃぁ」と小さく悲鳴を上げていてかわいそうなまでに弱ってしまっている。

 普段の彼女と比べると別人のようだ。

 もしかしたらと思いもう一度シーナの顔を見たが、首をかしげて相手の顔もわからない状態のままだった。

 勇気を振り絞って残念な人たちの方へ私はふりかえった。

 このチームのリーダーぽい人の方へ行く。

 なんとなくだけど、一番背恰好の良い人のすぐ隣にいる小さな男がリーダーっぽいと思った。


「シーナさんがお世話になりました。もう大丈夫ですから、そこを通していただけないですか?」


 リーダーらしき人物が一歩前に出てきて、逃げないように腕を掴んできた。

 抵抗しても力で勝てないからそのまま強く引っぱられる。


「痛いです! 離してください!」


 シーナのことが心配になりその方向を一瞬見ると、誰も手を出していないことを見てホッと安心した。実際の年齢が中学生であっても、小学生のような泣き虫は残念な人たちも今のところは手を出さないらしい。

 その代わりに私が少し危ない目に会いそうだけど、どうしようか?


「もしもこのまま掴まれたらうっ血して大変なことになるです! そんなしょぼい背丈で、『あ、この人がリーダーだったんだぁ』と思わせるようなリーダーですぐに分かりましたけど、もうちょっと骨格が男らしくて男の娘らしい人が私の好みなんです!

 少女の肌を直接触っているんですから、ちゃんと責任とってくれるんですか? ……とってくれるんですか!」


 くそう、動じないなと私が眉毛をへの字に曲げると、集団の向こう側からなんちゃって大阪弁が聞こえてきた。


「てっきり八代さんの連れかと思ったら、全然違う奴らやん。ちょっと通してくれん?」

「なんだてめえ!」

「触んな、ブス夫。触られたところからなんや変な気分になるやろ? いや、性的な意味じゃないぞ」


 なんちゃって関西弁は標準語圏から引越しで大阪に数年行っていたような、標準語も交えながらの関西弁で残念な人たちの中をかき分けるように進んでくる。

 リーダーらしい人が元々いた場所までくると、そのすぐ隣にいた目測でも二メートルはありそうな長身の男が関西弁を厳しい形相でにらみつける。


「そないな顔するなや。糖分足りてへんのとちゃう? きっとそうや。ほら、うまい棒味の飴ちゃんあげるわ」


 その人は制服のポケットから本物のうまい棒を四分の一のサイズまで縮めた大きさの飴を開封して大男の口に放り込んだ。

 変なものを放り込まれた男は厳しい顔を変えずに飴を味わっているようだ。

 意外とおいしいのか?

 いや、未知の味をおいしいと錯覚しているだけだった!

 大男は大砲のように飴を発射する。それがなんちゃって関西弁の足元に落ちると、私を含めた全員の視線が足元に降りる。すると、もう一人この場に来ていたことに気付いた。

 なんちゃって関西弁の足に抱きつくようにくっついている何かがいた。

 それは幼稚園にもまだ行っていないような子供で、服装も大きめのワンピースで足もとまで隠すように着ているだけだった。


「……うぅ、うぅ……」


 その子が関西弁相手に何か伝えようとしている。

 その一つ一つの動きに当人とシーナ以外の全員が注目した。


「なに? 『勝手に人の飴を知らない人にあげるな? もしあげるならもう少し面構えの良い奴にしてくれ?』、いやお前そいつの顔を見てないだろ? ずっと俺の下半身に顔を押し付けてるし。いや、性的な意味でなくて」


 その子、ワンピースがスカートのように見えるから女の子は、触れただけで壊してしまいそうな細うでに力を込め、グーを作って関西弁にペチっと攻撃した。


「暴力振るう奴はかわいくないぞ!」


 そのやり取りをしばらく見ていた私たちはきっと同じようなことを思ったはず。

 思わず敵味方を問わない団結が生まれるくらい。


『それはかわいいだろ!』

「そうです!」

「なんだよそれ! 俺たちの理想の妹じゃないかよ! 現実には存在しないだろうとあきらめかけていた最上級の妹が俺たちの前に現れたよ!」

「そ、そうです?」


 同意しかねたけど、流れに身を任せる。

 あまりの興奮に手を離してしまったことに気付かないリーダーは、絶対ロリコンだと確信した。残念な顔は赤みがかり、手は拳を作って胸の前で強く握り締めていた。


「なんやお前ら! こいつは別に俺の妹じゃないぞ! さっき公園で拾っただけだ」

「……そんな、人を捨て猫みたいに言うな!」


 不良に絡まれた女子高生二人の危機に現れたヒーローかと思っていた人が犯罪者と言うことがわかったのと同時に、次の驚きが待っていた。かわいいアクションを起こして呻いているだけだった女の子が、予想を裏切る人生に疲れ切った声で面倒そうに関西弁を見上げる。


「どういえばいいですか……とりあえず少女誘拐で警察に電話掛けますか?」

「おっと、それは止めた方がいいんやないか! なぜなら――」

「なぜなら?」


 忘れ去られたギャラリーがぞろぞろと動き出す。


「警察いう言葉に敏感な連中が、たくさんおるからや」

「そうですね」

「……そうだぞ、おいっ……」

「どうしますですか?」

「しょうがねえ、俺が相手してやるわ」

「…………四歳児よりも弱いくせに?」


 関西弁のことを良く見ていなかったけど、よく見ればその体格は普段からかわいい女の子を公園から連れ出しているような男でなく肩幅の広さがたくましい。

 半袖で半分見える腕は、それを振るのが仕事の剣道部員よりもしまった筋肉をしている。

 もうすっかりあたりが暗くなり、そろそろ剛志が来そうなものだがその希望は置いておいて、目の前で残念な連中とぶつかりあってくれる関西弁のことを頼もしく思っていた。


 女の子の一言はその勇敢な姿にかき消されていたが、すぐに理解することになる。

 勇猛果敢に突っ込むその姿こそかっこいいものだったが、次の瞬間には強さの片鱗すら見せることなくタコ殴りにされる関西弁がいた。

 それはわざと抵抗しないのではなく、その本人がすごく弱い。そう思った。

 ボコボコにされている関西弁をいたわるわけでもなく、女の子はまだその傍にいた。

 関西弁の制服の端をつまみながら、その様子を誰よりも近くで見ている。


「……うぁ、えぐいな……」

「……大丈夫だ。問題……ない……」

「問題ありです!」


 シーナを探しに出て、残念な人たちに出会い、少女誘拐犯とあれこれしているうちに一時間以上経過していた。

 本当にそろそろ帰らないと心配する人がでそうな時間。

 なんとかしてここから逃げのびたいけど、残念な人たちはまだ周りにいるし、勝手に連れてこられた女の子のことも一緒に連れて行きたい。

 弱い立場にいる私とシーナ、なんちゃって関西弁しかも犯罪者と、誘拐された女の子。

 その四人が助かるには、この場から残念な人たちが運よく引き上げてくれるしかない。

 新しい楽しみを見つけた彼らはしばらくそれに熱中していそうだけど、あまり白熱されると関西弁も残念なことになりそう。

 やっぱり、ここは自力で乗り切るしかない。


 もはや手段は選んでいられないと考え、護身用に携帯していたスタンガン――いや、そんなものは持っていなかったから果物ナイフを制服のポケットから取り出す。

 しかしナイフを一本持ち出したからといって、普通の少女が突然猟奇的殺人者になれるわけでもない。まして大した護身術も持っていないから刃物は危ないだけでしかない。

 その“自分に降りかかる危ないこと”をしようと思ったからこそ私は刃物を取り出した。


「リーダー、あそこの子が刃物を持ってるよ。どうする?」


 大男が外見に似合わない声でリーダーに声をかけるが、たった一人の抵抗でどうにかなる集団ではないためか、関西弁を残念なことにするのに集中していた。

 気付かないのなら気付くようなことをする。

 次に私が起こすアクションは一か八かの賭けだけど、別に命のやり取りをしているわけじゃないから気楽にやることにした。


 刃先の鋭い果物ナイフを片手に、私はそれを自分の手首に深く食い込ませた。

 その場に凄惨な光景が一瞬にして広がっていく。

 思った以上に大量に体中の水分が抜けていく気がするが、まだ死ぬほどじゃない。

 ようやく残念な人たちの全員が気付いたところで、たぶん青くなってきた顔で私は痛みを声に出す。


「……はぁ、このままじゃ危ないです。もしも警察が今の状況を見たら疑われるのは誰です?」


 血のついたナイフを残念な人たちの足元に放り投げる。


「さあ、殺人罪で捕まりたくない人は帰ってくれますか……はぁはぁ。

早くしないと……さっきから様子だけ見ている近隣住民の方々が通報した警察がきますよ?」


 足元に転がってきた血のついたナイフをみて、突然の事態に混乱していた男たちが一斉に後ずさりし始めた。

 早く!

 徐々に数人がこの場を離れていき、最後は大男とリーダーがこちらを気にしながら逃げていくのを見て、一気に力が抜けていった。

 すぐに逃げ出さないせいで、思った以上に体が動かなくなっていて、残った女の子がじっと見つめているのが気になった。とりあえず止血をするために傷口に手のひらを押し当てて、身体でその部分を隠すようにして魔法のようなことをその部分に施す。

 これでも程度の低い特殊能力は私も使うことが出来る。

 簡単にいえば怪我を直すことができるのだが、いまは死にかけてもいなければ大した傷の大きさでもないから完全にこの傷口はふさがる。

 ただ問題は、垂れ流された分の補充が私の力ではできないことだった。

 視界が暗転しそうになるけど、シーナを剣道場まで送っていかなければならないし、後始末もしなくてはならない。やることはまだまだ……まだまだたくさんある。

 こんなところで倒れるわけにはいかない。

 そう思ったところまでが私の限界だった。

 次の瞬間には自分で作った赤色の水たまりにベシャッと自分の体を倒すことになった。





 †

 それぞれの剣道部がいろいろな問題を抱えながら、試合の日は近付く。

 ケガを隠してまでクラウドにくらいついた星奈は試合のメンバーに選ばれ、一晩眠ったら手のしびれや疲れが抜けていた耀は問題なし。

 神童高校の方ではマネージャーが貧血で倒れ、大将を負かされた一年が夜道を恐れて部活に顔を出さないことなどがあったが、とくにオーダーの変更なくその日を迎えようとしている。

 勝ち抜き戦だから誰が誰と当たるのかはっきりしない。

 だが少なくとも、強ければ勝ち抜いていくことになるのだから当たるべき相手とは必ず当たることになるだろう。

 例えそれが思っていたのと違う相手だとしてもそうゆう運命だった。

 そう考えるのが普通だ。


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