ハピカタ・ラスト
ハピカタ・ラスト
真人の知っている事実は、割とあっさりしたものだ。
彼らが今よりもっと子供のころから戦っていた相手は、真人が由依、貞芽と出会った頃に起こった出来事の一つになる。
その相手のことを考えると敵というよりは、やはり次々でてくる問題、課題のようなものだ。
それはそのたびに乗り越えていかなくてはならないことだったし、それを乗り越えるだけのメンバーが偶然か、必然か、その当時は集まっていた。
それぞれの役割――得意だったことをおさらいすると、
動体視力に優れた真人は、それを生かせる剣術で当時は敵だったクラウドなどと戦うことがあり、
全体的に能力が高く、その母親が特殊だった田村由依は最前線で戦いに巻き込まれていった。
あとから仲間になったフィーネやクラウドも、突出した“矛”と“盾”の能力で十分すぎる戦力に数えられ、その時代にない知識なども役に立った。
ツルギは、その彼らに救われた一人ともいえるが、ツルギ自身がそう思うことはなく、いまのところ完全にバックアップに専念している。能力的には、真人の数倍、当時の由依と同等の特殊なことができるが、ほとんどその力を使おうとはしない。
貞芽は、表と裏の顔があったりなかったりしたが、真人たちと中のいい友人の一人といえた。
得意なことといえば、情報操作と備品の調達(自作)など、前探偵クラブの核を担っていた一人ともいえる。
***
即席アタッカーとして加わった真人は、混乱した戦場で冷静な判断が出来きたため、現リーダー愛の考え通り役に立っていた。
真人が双頭の怪物と対峙してから、愛が焦点の合わない目をしているのに津が気付いた。
「……どうしたの。ボーッとしているよ?」
「愛の脳みそはいつでもピンク色だろ! そんなことよりあいつのフォロー忘れんなよ!」
「……うん」
津と雷は真人の動きについていけないので、愛と同じ位置からその様子を見ている。
津の持っている“聖域”は、守護する物体を一回り大きくした四角形のバリアーのようなもので、そのバリアーを作るのがいくつもの破片からなっているので双方から相手の姿が微妙に見えて、その強度も微妙――使い勝手も困るものだ。
「なあ、愛。さっきのは冗談だけどよ。お前が何かを感じ取ったなら、それが俺たちの意志みたいなものだと思うんだ。正直、4番や5番が俺たちに言っていることも理解できる。
あの二人――このチームの本当のアタッカーが言っていることだってわかるんだ」
4、5番は愛たちより二つ上の学年で、行動も最近ではほとんど一緒にしていない。
やっていることは愛たちもその二人も同じだから、“意志”としてとらえるなら、同じに揃えたいところだ。
一番危険で、厄介な二人の考えは、酷く偏っている。
真人は体勢を崩しながらも、ネックレスを剣に変えた武器でうまく防御と攻撃を繰り返している。
相手に与えたダメージは予想通りほとんどないに等しいが、まだ負けていないと取れば悪くない。その怪物が二つの頭を離れさせて、新しい動きを見せたときは新たな攻撃化と身構えてしまうが、それは勘違いに終わる。
怪物は頭を落とし、倒れ込むように灰となって消えていく。
その後ろから現れたのが、刀というには短すぎ、短剣にしては精巧な作りが異様な剣を握った男が現れた。
「てんでダメだな。愛のサポートありでこんなもんじゃ無能すぎると思わないかな」
珍しく愛たちの前に現れた5番が、簡単に強敵を倒すのを見て真人が反応に困っていると、そのすぐ後に4番も姿を現した。
4番は愛たちの方を一回みてから、ふと見なれない相手を見た。
「あいつは――――ふ~ん、愛ちゃんたちは面白い人と共闘しているのね。まさか、わたしたちが最も憎んでいる人と一緒にいるとはね」
例の二人が、真人に対して持っている感情は純粋に“憎い”という感情だけ。
「ほう、俺たちが再び会ったときの土産を1番は用意してくれていたわけだな」
「つまり、これは好きにしていいんだよね」
「殺すにきまっているよな」
「当然でしょう」
真人、愛たち、それとこの二人の三つの交わらない思惑が、敵のいなくなったビルの屋上で錯綜し合っていた。
†
中学生の身体能力で、熊のような肉体をもった相手を圧倒することなんて考えるまでもなく不可能なことだ。それは良く斬れる刀や爆弾のような武器を持っていたとしてもそう変わらない。刀に関しては、きっと相手を切りつけるところまではいくだろうが致命傷にはならない。爆弾などの破壊力の大きな装備も、使いこなせる人なんていた方がおかしいだろう。
「仲間、じゃあなさそうだね」
それ以上の相手をいとも簡単に沈めた人にどうすればいい?
「お前に関しては死刑だな」
その相手に死刑を宣告されたらどうすればいい?
「さあ、自身が目的のために生涯の敵を倒そうじゃないの」
その人は短すぎる刀の切っ先をこちらに向け、大きなモーションで迫ってくる。
ほんと、やれやれだ。
「……生涯の敵ってなんだよ……」
愛は若干気付き始めていたようだけど、昨夜と今日の真人は根本的に違うことを考えている。
昨日の夜までの真人の考えは、この夢の中から抜け出すのに、必要なものは、現実にないものだと考えていた。
もしも、同じ夢を数人が共有していたとする。その場合、夢を構築するのは共有している全員からの意志や価値観だ。
真人が知るかぎり、愛たちと真人との接点はなかった。
それは愛たちの短かったであろう人生の中で、良くも悪くもその時代の中心を走っていた真人たちとは住んでいる世界が違ったというだけだ。
そのため、真人は愛たちとみんなでこの夢の世界を抜け出そうと――――みんなが幸福な世界で、幸福でないみんなで抜け出そうと思ったのだろう。
「言葉なんてあるようでないもの……か」
二つの疑問に答えよう、真人として。
持っている力を隠してイヤイヤ相手をしている相手を倒してくれた奴には感謝して、
そいつに敵意を向けられたら、応じてやるだけだ。
実力差を勘違いしている相手がすぐのところまで来ている。
こちらも剣で応戦してようと思ったが、あえて大きく回避した。
「俺たちを殺したのはお前らだからな。こうなったことだって自業自得だな」
「やめなさいよ。真人は敵じゃなくて仲間。それにわたしたちをやったのも彼じゃない」
愛が小さな声で反論しているが、本気で殺人を止めるというわけじゃないらしい。
愛の感情なのか、愛が感じた誰かの感情なのか分からないが、彼女の中でも何かが渦巻いているのだろう。
「それに、彼はもう彼じゃない。そうでしょう、真人」
「……まあ、そうだな。今の俺は、真人の固有人格だ。体力的にも精神的にもここんところきつかった真人はお休みちゅう」
「あれだけ手を抜いて戦われたら、誰だって気づくでしょ……まだ昨日の方が役に立ってたわ」
真人と愛、二人だけでも立場をはっきりさせておく必要がある。
そうしなければ、今の真人にはどうすることもできないことが多すぎる。
「愛は裏切るのか? 俺が背中を見せれば後ろからナイフを突き立て、それができなければこっちを混乱させるようなことを命令してくるのか?」
「そんなこと……しようと思っていたら学校とかでやっているでしょ。それにわたしはナイフも他の武器も持っていない。針金で人を殺せるなんて思っている子供でもなきゃ、この状況で裏切りを企てたりなんてしないわよ。
それより、気をつけた方がいいわ」
「それは、小さな獲物を無駄の多いモーションで二歳も年下のガキを狙っているお前の仲間のことか? なら安心しとけ、5割の力であんなのは十分勝てる。真人じゃどうなっていたかわからないけど、今の俺なら、絶対だ」
「そう」
「そうだ」
「なら、もっと気をつけとかないと――あの二人は」
***
真人と話し終えた愛が宣言する。
「わたしと津、雷は新入りの真人の味方をする! ファムとフィンの考えにはもうついていけないのよ! 大バカ上級生!」
今の自分たちの意志を伝えることと、おまけに挑発もしている。
愛のすぐ隣にいる津と雷は、愛のことを驚きの目で見ているが四人に突撃してくるファムは止まらない。
「死にな!」
短いセリフの中に、真人が剣を抜くのが一瞬遅れて回避しきれなかったことや、津が衝突の隙間にバリアーを張って全員を守ったこと、愛の指示で、三人組お得意の――欠片の隙間を縫って、バリアーを超えた特攻を雷がする。その間に愛は、未だ動かないフィンという上級生の動きにも気を配っていた。
「雷は後退! 津は仕舞うものしまって、言葉だけの役立たずは反省してなさい!」
「うわぁぁ」
「津! 返事が返事なのかどうかわからないからしゃべるな!」
愛の厳しい言葉が飛ぶ中も、役立たずを反省して真人がトラージェンでファムと応戦する。
愛の言った通り、今の状態なら互角にやりあえている。
「真人にはさっき言ったけど、あの二人はアハトとノインと同じように、とっておきが使えるから、絶対に二人が手を触れ合えるほどの距離にしちゃだめ! アレは――」
「アレがどうしたって?」
「――ッッ」
フィンという女は、愛の視線が三人に移った一瞬の間に姿を消し、愛の視界の外から愛に平手打ちを浴びせるまで他の誰にも気付かせなかった。
悲鳴を上げないように必死に歯を食いしばるが、愛の頬は赤くはれてその間に指示は途絶える。その隙をみて、真人を弾き飛ばしたファムがこの中で厄介な津を気絶させてしまった。
「こんなもんだな」
「殺すと言っておきながら、なめられたまま、徐々に追い詰めた目標を討つのは足りないか」
「俺たち数字持ちの敵は一人だけだしな」
「トドメ――とは言い切れないが、こちらの全力で」
「「殺してやろう!!」」
二人の別々の人間が――まったく同じ意志を持ち――それぞれが同じ運命を背負っていると出来る技がある。
ある場所では、天空の理とされ、愛が知る限りでは昔、ガーディアンと呼ばれる裏の警察が第四席に身を置いた村で使われていた、神の力から逸脱した力を、その村出身の四人は使える。
「「シンクロ!」」
二人の人が、あたかも一人の人間としてそこにいるように、合わさる前の二人が少しだけ成長して大人の姿になったような変化をして、その場に新たな存在が誕生する。
『久しいな。この状態だと普段の数十倍の力が出てしまうから――手加減はできない、な』
「うわっうわっ」
「雷も津の真似をしない! 逃げるしかないんだからね! あんなの――次元が違いすぎるんだから! ほっぺた痛いし、津は気絶してるし! あーー!」
状況は神の力をほぼ完璧に封じられ、実験の成功例である津だけがどうにか使えているだけ。
それにシンクロの上昇値は足し算や掛け算でなく、乗算だから、シンクロの限界値はほぼ無限大。それを感じ取った愛だから、逃げるしかない。
真人とシンクロ状態のFは距離を縮めていき、愛は悲鳴じみた声をあげている。
愛のような能力がなくても、力の差をなんとなくわかった真人は動くのをやめ、上の変化に気付いたアハト、ノインが駆けつけたときには、不自然なほど手の込んだ装飾がされていた短すぎる刀が本来の長さを取り戻し、それが――――。
☆☆☆
「おい、起きろ――こんなところで寝ていられること自体が信じられないけど。まあ、そこんところは大目にみるとして――起きなさいよっ」
奏進の中等部制服を着た少女は、土の上で寝ている少年にため息交じりで夢じゃない現実を伝えていた。
「もう撃つわ。素性を隠して三ヶ月近く同じ教室にいたのに、その苦労を感じないくらいあっさりバラしたバカな女のように」
返事のない時間を、少女は寂しさを紛らわすように言葉を絶やさないようにする。
「アリス使うわよアリス。その意味が私以外わからなくても使うわよ」
真っ白な拳銃を少年の頬にこすりながら、荒れ狂ったように少女は口走る。
「もういいわ。起きないならこのまま置き去りにして、あっちに残してきた、死にたがりの女を助けに行くから」
こすりつけていた拳銃をスカートの中に仕舞い、今度は学生証のようなものを取り出す。
「アリスっていうのはね。どこぞの天空魔導師やあんたのような神の力を使う子供、天界人や星界人、その他もろもろを含めた全時間軸を取り締まる組織の名称、かつ、その組織のメンバーだけが使うことの許されたある現象のこと――――――ただ、私に関しては、あんたと同じような変化にしか見えないから、ほんと更にムカつくわ。ムッカムカよ」
口が疲れたのか、最後に自己紹介のようなことを言ってエルデに降りた少女は口を休める。
「あんたが眠っていようといまいと関係ない。わたしは、アリス第三部隊の下っ端。コードネームなんていうスパイみたいなものはないけど、あんたの知っている名前でいえば――」
その少女は、奏進の中等部、現実のエルデの土の上で寝ていた真人のクラスメートでもある『斎藤真実』の学生証を持っていた。
本編の主人公が決まらない――
真人はここまでで、これからは貞芽・耀・フィーネの誰を主軸に展開していくのか
それでは~