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ときまるR ―光に導かれし者たち―  作者: 橘西名
ときまるR ―光に導かれし者たち―
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第一章 入学式と新入生

ルビの振り方があいまいなので、

 

 人物名、片瀬貞芽かたせさだめ片瀬耀かたせひかり


 となります。

第一章:入学式と新入生



 四月六日の午前五時現在、片瀬家(かたせけ)

 段差の大きな階段をショートカットの少女は駆け上り、冷たい廊下から滑りこむようにして、姉の部屋へ突入した。


「お、ね、え、ちゃぁぁああんっ! 朝だよっ、起きて~」


 朝早くに似合わない大きな声で叫びながら、姉の寝る室へと入ってきたのは、今日から小学一年生になる元気いっぱいの女の子“片瀬(かたせ)耀(ひかり)”。昨日からうれしいドキドキが止まらず、昨晩早くに布団に入ったせいで、普段より早く目が覚めてしまったらしい。不揃いながらも髪を自分なりに整え、これからお世話になる制服まできっちりと着込んである。まさに入学式の朝としては準備万端といったところだ。


「んんぅ。おはよぉう、耀ぃ。でもぉまだ少し早いんじゃないのかなぁ。わたしゃあそう思うよぉ」


 耀の正面、非常に眠たそうな顔をして毛布の中でもごもごしているものがいる。双子のようにまったく同じ顔とまではいかなくても、目元や表情がどことなく似ているとよく近所のおばさんに言われる姉の方。昨日から中学一年生の“片瀬(かたせ)貞芽(さだめ)”。少し変わった学校のせいで、入学式は一週間程延期になり、昨日の日曜日から学校ガイダンスなる授業が開始されている。

 いらぬおまけに宿題までたくさん出されていたといったら、もうお手上げだ。

 優秀な両親と違って、頭のできがあまり良くない貞芽はその宿題にお手上げしたまま眠っていた。

 手を挙げたまま眠ってしまったせいか、肩が少し痛む。宿題が大変で、結局徹夜作業になってしまい非常に眠くもある。


「もう今日なんだよっ。入学式なんだよっ。あたしもおねえちゃんと一緒の学校に行くんだよ。ねえ、起きてよ~」


 耀は貞芽の異変に触れもせず、寝ぼける姉を左右へ乱暴に揺らし、起こすことに成功したと思いこむ。貞芽は目を渦巻きのようにクルクル回しながらベッドの上だ。

 耀は姉との朝の時間を過ごすため、シャキッとするよう入念に注意してから一階に下りていった。そして貞芽の部屋から嵐は過ぎ去っていった。



 ***

 寝起きの貞芽からしても、普段から真面目できちんとしている耀がだらしない姉に難癖付けるのは当然だよね、と思う。だからその声に促されるままにしょうがなく動きだした。眠気覚ましに顔を洗い、歯磨きをすませてから小学生の頃から続けている髪型にセットして居間へと向かう。これはポニーテイルという髪型らしい。別にこの髪型が好きなわけじゃないけど、これじゃないと落ち着かないのだ。

 静かな(いえ)には貞芽と耀の二人しかいない。両親は今、外国のある研究機関の一員として二人とも家を空けていた。数年前、両親が海外に転勤が決まったその日に、貞芽がこの町を離れたくないとわがままを言い、当時まだ五歳だった耀も「おねえちゃんと離れたくない!」と言いだして二人とも泣き出してしまったことがある。その様子に根負けし、親の二人から見てもその頃の貞芽がえらくしっかりしていて、二人にとってもそのほうがいろいろ都合もよかったため、娘二人はそのまま日本に残ることになった。

 こうして二人きりの生活が始まり、二人分の生活費もその研究機関から支払われ、週に一度か二度、割と近い親類の祖母が見に来てくれるため、何不自由のない生活を送っている。



 姉の朝の準備が終わるまで、耀は居間でおとなしく待っていた。

 妙に冴えてしまった大きな瞳をパチクリさせながら、まだかまだかとグーにしたままの拳をテーブルに置き、居間の出入り口をじっと見つめている。髪を見事にセッティングした貞芽が居間に到着すると、耀はコタツにもなってくれる頼れるテーブルの上に乗り上げる勢いで話しはじめた。


「今日はママやパパも来てくれるんだよね! おねえちゃん!」


 妹の話を聞きつつ居間を通り抜け台所へ行き、冷蔵庫から牛乳を取り出す。そこで少し考える。この手に握られた牛乳をレンジで温めてホットにしようか、そのまま飲もうか。その動きを察知した妹が「あったかいのがいい~」と居間の方から言っているのが聞こえて、ホットミルクに決定した。


「そうだねぇ。でも二人とも学校に直接来るらしいから。しっかり迷子にならず、遅刻せず、まっすぐ学校に向かってママたちに心配かけないようにするんだよぉ」

「うん、そんなことぐらいわかってるってば!」


 超ハイテンションな妹とは対照的に、徹夜明けの貞芽はホットミルクで意識をぎりぎり繋ぎとめていた。


「今日も学校かぁ。制服に着替える時また髪をセットしなきゃなぁ。寝ぼけて失敗したなぁ」

「まだ入学式まで時間があるから。あたし散歩してくる!」


 姉の顔を見て、これ以上の会話は無理だと耀は判断したようだ。半分くらいは気まぐれでそうしようと思ったのだろう耀はホットミルクをちびちび飲んだ後、ダダダダッと外に出ていってしまう。


「いってらっしゃぁい、気をつけてねぇ」


 最後に一言だけ残し、貞芽はテーブルの上にフニャリとうつ伏せになった。

 ――それから数分後。

 息も切らさず、疲れ知らずの子供が私の横で全力の笑顔で帰ってきていた。

 人間なのだから息ぐらい切らしていてほしい。体力は無尽蔵か!


「ねえ、おねえちゃんおねえちゃん。土手沿いに綺麗なお花がいっぱい咲いてたよ。見に行こ~。ねぇ~え~」

「んー、もう少しぃ。もうちょっとだからぁ」


 顔を伏せたまま手をぶらぶらさせていると、その手を妹に引っ張られるままに外へと連れ出される。耀は疾風の如く動き、玄関では姉の貞芽に手間をかけさせることなく靴を履かせ、自分の靴も同時履きする器用さを持っていた。


「耀ぃ、おねえちゃんまだパジャマなんだよぅ。誰かに見つかったら恥ずかしいよぅ」

「大丈夫、この時間ならおじいちゃんかホームレスさんくらいしか歩いていないから!」

「へ~、何が大丈夫なんだろう、耀ちゃん?」


 最後の抵抗も意味をなさず、とぼとぼと妹の後ろについて歩くが、いつのまにか真帆(まほ)川沿いに来ていた。真帆川とは、家から近くにあり川の上流の方は貞芽も小学生の頃からよく通っていた。それでもここの川はなかなかきれいな川なのだが、魚が一匹も泳いでいない。そのためか、昔からさびしいイメージがある。それは開発に失敗した街にも言えることだが……。

 眠いながらも重いまぶたをこじ開けて来た貞芽は、川を覗き込み、妹の連れて行こうとする目的地近くの川に映る満開の桜の木に気が付いた。

 今までの眠気を全て吹き飛ばしてもおつりのくるような光景に終始驚いた。

 もう2、3歩すると、

「きれいだよぅ」

 目をトロ~ンとさせている姉と、

「そうでしょう、えっへん」

 自信満々に腰に手をあてる妹がいた。


「ありがと、耀」

「どういたしまして、おねえちゃん。眼は覚めましたか?」

「……そうだね、気がついた一瞬だけ目が覚めた気がしたけど……まだ眠いね」

「……そうなんだ~残念です!」


 耀は残念そうな顔を隠せないが、たわいもない会話をしながら手をつないで家まで帰って行く。二人の思い出や貞芽が耀のような小学生だった頃の話をした。

 二つ目の信号あたりで耀が、焦点の定まらない瞳を強くこすっていた。


「もう、しょうがないねぇ。おねえちゃんがおんぶしてあげよぉか?」


 妹の反応を待つこともなく、妹をおぶって青になったばかりの横断歩道を横切る。

 そのときの耀が本当は何者かに呼ばれ。

 ある輝きを見てそうなっていた、ということを貞芽は気付かない。



 その数分後、今日も授業のある貞芽は朝ごはんを二人分用意していた。

 家に帰るとすぐに目を覚ました耀は「ごはんが食べたい」と言ってきたので、二つ返事で朝食の準備をするにいたった。早朝の散歩から帰り、空腹を満たした後自分の身支度も整え、姉として入学式当日の耀の制服姿の写真をカメラに収めておく。

 少し眠たげな顔の貞芽と元気ハツラツな耀との仲良し姉妹での小さな撮影会。


「学校から帰ったらママとパパ、耀、私の四人で一緒に写真をもう一回撮ろぉ。そのときなら、私もさっきよりは、いい顔を作れそうだからね」


 着替えや持ち物の準備を手早くしてから、貞芽は早めに家を出る。

 さっきの桜の木のある通学路を歩きながら妹の事を思いだしていた。午後から入学式の耀には、時間まで家の中で絶対におとなしくしているよう言っておいたし、早起きをしすぎたせいもあり、入学式本番に眠ってしまわないように少し仮眠するようにもいっておいた。

 数年前の自分を見ているようで、少し危なっかしい面もあるなぁとも、そのとき思った。



 午前八時、学校の教室。片瀬貞芽は暇をもてあまして変な顔をしていた。その思考は、


『どうしてまだ入学式も行われていないのに、学校に来て授業を受けなければならないのか?』

『どうして初日から大量の宿題をだされなくてはならないのか?』


 などなど、この学校に対する不満を友達にしゃべりながら、ホームルームが始まるのを待っていた。

 貞芽の通う奏進(そうしん)台附属は、小学生から末には大学生までエスカレーター式に進学することのできる、ワールドクラスに広い学校だ。

 エスカレーター式に進学したクラスのメンバーは、小学生だったころからの顔見知りがほとんどになる。それでも名前を聞いたことがあるかなぁくらいの人もクラスの三分の一ほどいる。

 耀の入学式は、全十八階の巨大建造物の四階体育館で行われる予定で、中等部の生徒でも高等部の生徒でも、知り合いが出席する小等部の入学式には希望すれば授業に出なくてもよいことになっている。

 もちろん貞芽もそうするつもりだ。これで午後の授業は免除ということで……いえいえ、さぼるというわけじゃないですよ。それでもなんだか得した気分になるのはなぜだろうね。これが学生の性分かもしれない。

 妄想にふけっている間に、朝のホームルームが始まっていた。


「今日欠席しているものはいるかー。いたら返事をしろー、ってできないか! はっはっはっ」


 第一印象が大らかとしかいえない女性が、このクラスの担任の(かえで)先生。

 まだ会ってから二日目だが、アメリカ帰りでスタイル抜群、みんなからあこがれの存在になりそうな先生だと思っている。


「今日は、昨日欠席していた唯一無二の新入生がきたので紹介するよ。こいつはエスカレーター式じゃないから新入生ってことで。まだ入学式もやってないのに、授業やら宿題やらおかしなことが続いてるけど、それが人生だから。それじゃあ君たちとクラスの仲間になる中原誠君です。はいはい、入ってきてねー」


 それは本当に突然の出会いだった。

 楓先生はその生徒がドアを開ける前に、黒板にその生徒の氏名らしき暗号を走り書きする。


「――すみません先生、黒板に書いている名前が違います。それにこういうことは僕が書くことではないんでしょうか?」

「おお、そうだった、悪い悪い。私に免じて許してくれ!」

「はあ……」


 教室に入ってきたのは、長い髪の毛を紐でまとめているだけの細身の男子だった。


「私のポニーテイルに近い髪形だぁ」


 見た目は穏やかそうで、話し方も変な癖とかはなさそう。特に笑顔が素敵な人だなぁって思った。貞芽以外の女子が早くもひそひそ噂しで教室をどよめかせる。

「悪くない」「ちょっとやさしそうな感じだし」「ラッキー、ラッキー」

「えーと、中原真人です。少し遠めの地方からこっちに来ることになりました。なのでみんなとは、はじめましての人がほとんどだと思います。一応、僕の名前は真実の人と書くので誠実の誠とは間違えないで下さい。よろしく」


 独特の世界観を持つ真人の言葉は教室を自分の色に染めていく。

 少なくとも、誰もがしっかり聞いていた。


「得意なスポーツってわけではないけど、剣術が得意ですね。だから、この学校では剣道部に入ろうと思っています。ここの剣道部は強いっていうから少し不安ですけど」


 まばらに拍手をする中、貞芽と真人の視線がピッタリと一致する。

 その一瞬が貞芽には長く感じられ、真人も貞芽の方へ歩いてきた。


「どうして貞芽がここにいるの?」

「えっ……どういう、いやどうして……名前を知って……?」


 真人はちょっと考える仕草をして、何かを思い出したように焦って訂正する。


「ごめん、忘れて! ……えっと、名前は――」

「――片瀬貞芽です。あれ? さっきは“さだめ”って」


 窓側の一番後ろに座る貞芽のとなりは、調整用の席として空席になっていた。そのため真人がそこの席に自動的に座り、ちょうど貞芽の右隣に真人ということになる。初日に席決めをしていたためこうなった。

 ホームルーム後に二人は少しだけ話をして、貞芽は自分の名前を覚えてもらえて少しだけ嬉しかった。

 一時間目はそのまま担任の楓先生が数学の授業。

 授業が始まってニ十分くらい経って、ふと気まぐれに真人の方を見ると、そこには中原真人がいて(当然だが)、そして……寝ているのが一目でわかる。


『今日は疲れた! おつかれさん!』


 と言わんばかりに首を直角に曲げて眠っている。

 もう少し真面目な人だと思っていたのに……。貞芽の中で少しだけ真人のイメージが変わりつつあった。


「中原~、登校初日から悪いんだが、この問題を解いてくれないか? そしたら昨日の課題もやらなくていいし、私の授業中だけなら『寝ていても』いいからさ」


 教師の位置から生徒の様子は不思議と良く見えるらしい。

 でなくとも、真人の様子は分かりやす過ぎた。少しだけニヤっとする数学教師は、貞芽が昨日何時間考えても解くことのできなかった宿題を登校初日の真人にやれと言っている。

 一応目覚めた真人は、ふらつく足で黒板の方まで歩いていった。

 ほとんど転校生のような立場での新学期最初の授業。それは真人がこのクラスでどういう位置づけになるかを容易に作り出す。


「問題文は――トレジャーハンターが、遺跡から脱出する際にもともと見つけていた宝の金額を当てる――っと。

 まず、最初の門で半分をはらって、サービス期間中だったため百万円分返ってくる。

 次に、二つ目……これが最後の門でまた半分払って、サービスで五十万円分返ってくる。

 そして、最終的にもっていた金額は二百万円だった――っとね」


 真人は問題文をいま始めて読んだ。寝ていたのだから、当然といえば当然なことだ。


「答えは四百万円ですか?」

「――正解だ。寝ていいぞ、中原~。ちょい説明不足で当てずっぽうポイけどな」


 見事に正解をだしたらしいが、すぐに答えたせいで教室内がざわついている。

 貞芽からすれば、「頭の良い人かも」と思うだけだった。

 数学というよりはナゾナゾのような問題。だから誰でも解ける、と思って昨日深夜まで頑張ったのに解けなかった。貞芽は悔しさと徹夜の疲労のため「きっと私は普通で彼は天才なんだなぁ」と独り言を呟いてしまったくらいだ。

 そして授業は順当に進んでいき、またもや最後に宿題をだされてクラス全体から大ブーイングがあったのはいうまでもない。もちろん貞芽もブーブー言っていた。ただ、真人だけは熟睡していた。

 昨日受け取ったばかりの体操服に着替えて、体育の時間。

 四月の初め、半袖の体操着は少し寒いくらいだ。それを配慮して体育は「体を激しく動かし温まる」という名目で、男女に分かれて好きな球技をすることになっている。

 貞芽はバドミントンをすることに――じゃんけんというか、成り行き上そうなった。これが球技なのかどうかは分からないが、楽しく女子四人でダブルスの試合をする。コート数が少なかったため交代制になり、一試合終えた貞芽は、グランドの奥の方で行われている男だけの熱血野球を観戦する。

 ちょうどバッター中原、ピッチャー神谷、となかなか見ごたえのありそうな一戦だ。

 神谷は去年のリトルリーグのワールドチャンピオンにも輝いた天才ピッチャー。手加減無用にワインドアップで豪快に投げ込んでいる。キャッチャーが取れる取れない関係なく、全力投球という感じで簡単に追い込んでいた。

 金属バットの先っぽに当たったような情けない音が体育館の方まで聞こえてくる。

 三球目のボールをどうにかバットの先端に当てられ、打たれると思っていなかった神谷の意表を突き、真人は一塁まで駆けていく。

 一塁に立ち、ギャラリーたち(主に女子)に手を振る真人を見て、貞芽は変な感じになる。

 ――その後、自習の時間が続き。すぐ寝ようとする真人にちょっとだけ待ったをかけて二人は話をする事になった。


「僕のことは“中原”でも“真人”でもどっちでもいいよ。前の学校の友達はみんな真人の方で呼んでいたけど。特にそうゆうの気にしてないし」


 顔を一切見ないで淡々と話す。非常に感じがよろしくない。


「あの、それなら中原君って呼ぶね。それと、私のことは貞芽って呼んでね」


 よく見ると、真人の首にはネックレスが下げてある。

 特殊なデザインのものだが、真人によく似合っているものだ。


「……やっぱだめだ――ごめん……」


 貞芽の顔を見て突然笑い出す……貞芽は気にしない風にしていたが、若干ムカついた。


「そうじゃなくって。貞芽はもっとひねくれた感じじゃないのかなぁって思っただけ。――昔の君がそうだったからね」


 ひどい第一印象の持ちようだった。まるで片思いの相手をストーカーしているような……ん? いや待てよ。中原君とは、今日初めて会ったはず。地方から来たというのだから、以前偶然にも出会っていることないはずだ。

 真人がいきなり呼び捨てにしてきたことなど気にも留めずに、貞芽は考え事に集中してしまった。


「……あ、ごめん。今のも忘れて! 例えば……そうだ! 貞芽によく似た子がいて、その子がそうだったからつい、って感じじゃダメかな?」


 てへっとかすかに微笑んで、やっぱり笑顔がよく似合う男の子だなぁと貞芽は見惚れていた。

 ごまかしのようにも聞こえるけど、言いたいことは伝わってくる。

「……そう……」

「なんか混乱させちゃったかな? そうだ、お詫びにこれをあげる。さっきからときどき見ていたし、嫌じゃないと思うから」

 真人は椅子から立ち上がり、有無を言わせず貞芽の首にネックレスを下げようとする。

 突然のことで抵抗することも忘れた貞芽はただ固まったまま座っていて、目的を達して真人は自分の椅子に落ち着いた。

 それは自習中の教室で十分に注目される行動だ。頭が状況に追いついた貞芽の方は、全然落ち着けない。なにか誤解した子もいるかもしれないと咄嗟に思ったときには、周りの女の子たちから殺気を感じた。


「それは僕にはもう必要のないものだから……貞芽みたいなかわいい子に持っていてもらいたいんだ」


 一瞬だけ曇った、何かをふっ切ったような表情をして真人がこれを渡した事は誰も気づかない。それはその時の貞芽も同じだ。それどころではないのだから。


「で、でも、私は……やっぱりいらない!」


 貞芽の顔の九割は赤くなっていた。突き刺さるようなみんなの視線と、さっきから急に目を見て話してくる真人の視線で体が熱くなっているのがわかる。


「…………あ、ありがとう……ございました」


 その場の流れで結局、貞芽はこれをもらうことになった。

「どういたしまして」

 真人の顔を、しばらく貞芽は真っ直ぐ見ることができなかった。





 ***

 昼休みに入り、もうじき耀の入学式が始まろうとしていた。

 さっきのことを中原真人ファンクラブなる数名の女子にいろいろ追及されるが、妹の入学式を理由になんとか切り抜けることができた。明日からはどう切り抜けようか考えながら四階へと階段を降りていく。その途中で偶然に会ったのだ、例の中原真人に。

 彼の方は、単に授業をさぼりたいだけなのかもしれない。それでも貞芽が、自分に妹がいることを話したら、なぜか驚いたような反応をして、今度会ってみたいとも言い、会話は体育館に着くまで途切れることなく続いていた。

 ほとんどの会話が妹のことについてだったのは何とも言い難い気持ちだ。

 体育館に着いてから妹の姿を探そうと首を左右に振っていたが、これといって自分の妹らしい女の子を見つけられず、少し残念な気分に陥る。

「どうした?」

 隣に座る真人も心配して私の顔を覗き込んでくるが、こっちからすれば、


(妹が見つからない)


 などと恥ずかしいことは言えず、黙って捜している間に入学式は始まってしまった。

 それほど長くない入学式もいつの間にか退場の時間となり、その時間とともに二人も教室に戻らなければならなかった。

 耀の姿を最後まで見つけられなかったけど、まあいいや、と気楽に考えて午後の本日最後の授業に途中から参加する。

 この授業では部活動を決めることになっている。特に希望を持ってもいなかった貞芽は、とりあえず真人の後をこっそりつけてゆき剣道場まで来ていた。


「断じてストーカー行為をしているわけではないよぅ。今後の参考のために、気付かれないようにこっそり後を付けているだけなんだからぁ」


 ――それをこの世ではストーカーという。どうやらそのことはあまり浸透していないらしい。

 剣道場には中等部の部活動紹介に、何故か高等部の剣道部の人たちがいた。そのなかには、スポーツ関連にうとい貞芽でも知っているご当地ヒーローのような人の姿も見受けられる。

 剣道の腕に関しては地区予選では敵がないほどに強く、日本人離れした身長に、整った顔立ちで女生徒からの人気も集めている街のヒーロー。それに加え学業や家業、他の分野でも有名なので中等部の剣道部が特別に来てもらうように頼んだのかもしれない。

 名前は宇宙開発でも有名な赤威コーポレーションの後継者で、高等部三年、赤威(あかい)(つぼみ)先輩。その思惑通り、女子もその部長目当てで来ているのが、影から見ていて良くわかる。

 貞芽は物陰からこっそりのぞいて様子をうかがう。

 男子においては「中等部の部長と組んで高等部の部長を二対一で倒す!」というゲーム形式で剣道体験を行っているようだ。そのメンバーに真人もいる。変則的な形式のそれは、中高の部長どうしが竹刀で鍔迫り合いをしているところに竹刀を今日初めて握った者たちが切りつけに行くというもの。ゲームと言えるのかどうか微妙な今日限定のイベントのようだ。

 しばらく乾いた音が鳴り続け、残るは最後の一組となった。その二人はともに経験者ということで、高等部の部長と一対二でやることになった。

 少し離れたところにいる貞芽には、なんとなくそう聞こえてくる気がした。


 しかし実際の現場では、こんな会話が繰り広げられている。


「本物の剣道って初めてなんだよね~」

 気楽に竹刀を振り回して遊ぶ中原真人。無邪気としか言いようがない。

「……ふふふ……」

 頭のタガが外れかけている本物の剣道経験者は、経験者であるからこそ知る恐怖に耐えきれず変な音を漏らしている。

 形だけの胴衣をつけている二人と、本場のものの風格を漂わせる赤威先輩との試合がはじまった。


「りゃぁあああ!」

 経験者の男子が、先手必勝! なかばやけくそになりながら突っ込んでいく。

「……ふっ……」

 その一太刀はかわされる。

 突っ込んでくる相手の軌道を自分の竹刀の先端でいなし、すべてを最小限の動きでかわして、早々に一本を取ろうと蕾は踏み込んだ。だがそれは、乾いた音とともに阻まれる。

 それは面が叩かれる音でなく、竹刀同士がぶつかり合う激しい音だ。経験者は尻もちをつき、放心状態でそれを見上げている。赤威の竹刀を受けたのは、ここまでずっと開始した場所で初めて持てて嬉しい竹刀を興味津々に振り回していた一人の男子。そう、それは颯爽と現れた中原真人の姿だった。


「剣術とは大分違いますけど、相手を打ち負かそうとするときの気の流れは同じなんですね」

「よく止めたじゃないか、中等部の少年。誇りに思ってくれ」


 互いを敵と認めた二人は一歩ずつさがり、互いに相手を確認し合う。


「あなたが手加減してくれたおかげですよ。僕もさすがに飛びこんですぐにまともな体制はとれませんから。後なんか知り合いに似ててやりやすいですし」

「はは、面白いことを言うな。それに、まるで瞬間移動でもしたみたいな言い草じゃないか」


 そして、この場はもうすでに剣道部というより真人の世界になっていた。

 周囲に同意を求めた蕾は戸惑うことになる。周りの観客はさっきの一瞬をばっちり見ていたのだ。見ていたからこそ、本当にその中学生が瞬間移動のようにそこに出現したことも文字通りに知っている。この状況がゆっくりと蕾の心を侵食していくことになる。


「てっ、待て待て、一回整理しよう。君は何者だ? ――それとも徹夜明けがいけなかったか」

 そしてまた真人は姿を消す。


「……次々次々、今年は厄年か……まったく……」


 高等部の先輩を叩き潰す真人の一撃は、しばらくの間ちょっとした話題となったらしい。

 その頃の貞芽はというと、

「やっぱり足が速いんだぁ。これが高速ならぬ光速なのかなぁ」

 一人遠くからとぼけたことを呟いていた。

 そして、ふと、ある部活動勧誘のポスターを見つける。


『探偵クラブ(正式には自治会部)!

 あなたの力で事件を解決!

 見事解決できたらその都度報酬あり!

 成功報酬! 現金なり!』


 光沢紙を使い、カラーコピー。なかなかお金をかけた気合の入ったチラシだ。カラーコピーの値上がりをしたというのに殊勲なことだ。


「これなら、帰宅部よりはましかも。中原君もここはつまらなさそうだったから、誘っちゃおうかなぁ」


 二人で一緒に難事件を解決し、報酬を仲良くわけあっている姿を妄想する。

 ……どうしても、役立たずの助手姿の自分しか想像できなかった。自分が頭弱いとは言わないけど、強い子でもないとよくわかっているからだ。頭弱い子っていうのは、自分の名前を聞かれて「それだぁれ?」と聞き返すような子のことだ。


「こんな隅っこ、角っこで何してんの? 貞芽さん、だよね?」


 道場から出て、頭のポニーをぴょこぴょこさせているクラスメートを真人は見つけた。

 そのときの貞芽は自分の世界に入っていて始めこそびっくりするが、平静を保とうと懸命に顔を作る。表情はどうにでもなるが、赤くなる顔の色まではどうしようもなかった。

 精一杯出す言葉も本音が駄々漏れである。


「え、あ、うん……そうだ、これから一緒に部活見に行く……だめかなぁ?」

「別にいいよ。じゃあ、行こうか」


 二人が手をつなぐことはないが、並んで校舎の奥の方にあるという探偵クラブの部室へ向かう。真人の方は途中難しい顔で考え事をするが、隣の貞芽はいろいろと今後のことで妄想中なのでそのことを気にもかけないでいた。

 廊下の突き当たりには説明通りの探偵クラブの部室らしき、元会議室があった。部屋の入り口付近の札には会議室と書かれているから、元会議室で合っているはずだ。

 古くなっている扉を渾身の力を込めて勢いよく開けると、土埃が舞って息苦しくなる。

「……ごめんなさい」

 ちらっと隣を申し訳なく見ると、真人が咳き込んでいた。

 埃がやむと、部屋の中には会議室だったというだけはあり、校長室にあってもおかしくないような幅広のふかふかソファーに長机をはさんでパイプ椅子が二,三個並んでいる。だが部屋のほとんどは物置のような状態で、自由に使える空間は、人が数人押し込めれば入るくらいしかなかった。

 ピ――ッ、留守電の録音前の音のようなものが聞こえてくる。その次には人の声。どこからか自己顕示欲の強そうな女性の声がしてきて、奥にある校内放送用のスピーカーから聞こえてくるようだった。


『はーい、こんにちは~。新入部員さん二名。名前と特技をそこらへんにある紙に書いたら帰ってもいいわよ。でも……うふふ』


 これも突然。無言の沈黙が訪れる。これで会話が終わったのかとなんとなく察し、その紙とやらをあら探ししてみる。すると貞芽が先に見つけることができた。


「新規加入メンバー採用用紙その五」


 これは今いる部員は四人ということなのだろうか?

 それとも“新規―”と書くぐらいだから新入部員が四人なのか?

 と少し考えを巡らせてみる。


『――書かないで帰ったらこの学校にいられなくしてやる~』


 不吉な放送が入った。そのとき明確な「逃げたい」という感情が生まれる。どんな手段を取ってくるにしろ、この学校にいられないのは世間体にいろいろよろしくない。中学から先輩による苛めは過激になるというし、元々入るつもりだったのだ、ということで真人にも無理やり用紙を書かせて、早々にこの部屋を後にすることを決意した。


「私は書こぉっと。中原君も早く書いた方かいいんじゃないのぉ? ここにいられなくなっちゃうよぉ、よろしくないよぉ!」


 できるだけ動揺させるために、声を重低音にしてしゃべろうとした、が失敗に終わったらしい。もともと低く話すスキルを持ち合わせていなかったし、自分が一番動揺していたから自分でも何を言ったか覚えていない。真人は自分のペースで事を進めていく。


「うん、懐かしい。前の学校でもこんな感じの居場所があったんだ」


 余裕をみせながら「新規採用メンバー採用用紙その六」に必要事項を記入していく。

 書き終わると、どちらが先かというタイミングでその部屋を飛び出して教室までまっすぐに戻り、帰りのショートホームルームを待つことにした。


「じゃあ、これにて解散。また明日会いましょう」


 楓先生の号令で生徒達は一斉に帰り始めた。貞芽は入学式の終わった耀と、そして久しぶりに日本へ帰ってきた両親のいる自分の家へと急いで帰った。

 だからこそショートホームルーム後に入った校内放送で、自分が呼び出されたことに気付かなかった。

 家に帰って貞芽が見たのは、もう夕方だというのに灯りもつけず真っ暗な自分の家。

 玄関には家の中にいるはずの三人の靴もなく、少し嫌な気分もした。けれどもあの親なら入学式が終わってからどこかへ出かけていったのかもしれないとも思える。来週の自分の入学式のときは自分がどこかに連れて行ってもらう番かなぁというのも考えた。しばらく玄関で仁王立ちをしていたが、考えてもしょうがないと気付き、今日一日で結構疲れていたのでスナック菓子でも食べることにしよう。靴だけ脱いで、そのままの恰好で居間に滑り込み、ポテチを手にテーブルの横でごろごろしていると、足がテーブルに激突する。

「ひゃあっ」

 とても痛い。痛かったけど、テーブルの上にあったメモのようなものがその反動で落ちてきて。そのメモにはこう記されていた。



『貞芽へ、家に帰っているなら急いで――――に来て下さい。   ママより』


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