恐怖の本性
恐怖の本性
碓氷幸は頭がクラクラする状態で目覚めた。幸は手術台の上に仰向けで寝ている。
頭は完全に酔っ払っていて目眩がする。右手といえば甲と手首が痛い。左手は小指がズキズキしている。右手を上げてみると包帯が巻いてあり、包帯には血が滲んでいる。
左手は小指が固定されており、パッと見たところ折れているのではないかと思われた。
幸は少し上体を起そうと試みた。
(イタタタ、痛いわ)
声は出なかったが、胸の中心に軽い突っ張った鈍痛を伴った違和感がある。
はっ!
幸は思い出した。私は整形手術を受けたのだ。
幸は小学四年生の頃、胸の中央に小さな瘤が出来た。良性であったものの年を取るたびにその瘤は大きくなり、最初こそ醜いものでは無かったが中学生になる頃にはこぶし大になり、乳房が3つある様に見えた。
思春期を迎えた幸は水泳が得意ではあったが、中学の授業のプールでは水着になることで好奇心満々の男子の視線に耐えられないと断念し、プールサイドで常に見学になった。
高校生になると更に悲惨になった。
元々明るく優しく美人だった幸はモテる方だったにも関わらず、男の子にチヤホヤされても瘤のコンプレックスから自宅から出不精になったほどだった。危うく引きこもりになりかけた。
そんな幸も大学生になると好きな男が出来た。その男は幸に一目惚れで、なにかと幸に優しかった。準引きこもりの幸としては、その男に処女をくれてやらねばならないと固く決意し、瘤を切除する手術の決心をした。幸は夏休みを手術代のために全てアルバイトに当てた。
幸の頑張りにより、手術代はひと夏のアルバイトで何とか貯まった。
幸は夏休みの終わりの日に彼とキスを済ませており、後は愛する彼に処女を捧げるだけになったのだ。
エーイ!タダでいいぜ!もってけヒロシ!
幸は妄想でワクワクした。
早く手術で瘤を切除したかった。
まだ彼には瘤の事は内緒なのだ。
しかし気掛かりな点が幸にはあった。幸は非常に怖がりで痛がりだった。
いつか切除するであろう瘤手術を21才になるまで放置していた理由はそれだった。
そのため、医者との手術の相談では全身麻酔をしてもらい、とにかく痛くない方法をお願いしたのだった。担当医も快く同意し、麻酔担当のススキと呼ばれる女性の麻酔医と麻酔の処置について事前に打ち合わせをした。
この時、麻酔医から幸はいくつかの質問をされた。「体重は何kgですか?」麻酔医は幸に質問した。幸は答える前に少し考えた。麻酔は体重に比例するんだわ、本当は50kgだけど、少し重めに答えると麻酔がちょっと多くなって痛くなくなるわね、そしたら手術は痛くなくなるわ、と。
「ご、59kgです。」幸は答えた。
これが全ての元凶だった。
そして、手術当日、手術台に乗った幸は初めて受ける手術の想像に恐怖した。余りの恐怖で手術台のベッドの枕に頭を強く沈め過ぎて首が痛いほどだった。
怖い、怖いわ!
首が凝る!凝るのよ!
左側にはダンディな担当医とその背後に看護師が二名控えている。
右側にいた麻酔医が幸の枕元に来て、空気ボンベみたいなマスクを幸の口にあてがい優しく話した。
今から7つ数えるわ、一緒に数えて欲しいの、そうしたら貴方は眠りにつくわ、貴方が次に目覚めたときに手術は終わりよ。さあ行くわよ、いーち、にー...
グー!
幸は寝た。
嗚呼、思い出した。私は手術をしたんだわ。でもおかしい、右手も痛いし、左手も痛い、首も痛いし、足首も痛い、どうなってるのコレは!
その時、手術で見かけた看護師がカーテンを捲って入ってきた。
「サチさーん、目覚めましたか?気分はどうですか?」
看護師は少し疲れた声で幸に声を掛けた。
回らない舌で大丈夫ですと答えたときに、幸は看護師の異様に気づいた。その看護師は右目の周りが黒ずんでいた。
「サチさーん、起きた?今日何日か分かるー?」別の看護師が入ってきて唐突に幸に尋ねた。
あっ、エート、201x年の12月10日...?
幸はまたもやハッとした。その看護師も首に包帯と左頬っぺたに絆創膏をしていた。右目も真っ赤になっている。
「良かったー、サチさん、普通みたいね。直ぐに医者のタカモチが来るので、このまま大人しくしててね。」
2人の看護師は担当医を呼びにカーテンを捲って出て行った。
何かおかしい。
自分にとって非常にマズイ何かがあると感じる。
目の前が白くボヤけた。記憶が蘇る。
先程の看護師さんの声が聞こえてくる。
...ヤメテ...
「ヤマさん!脚を押さえて!」ドコっ!
「クッソっなんて力だ!イテっ、ああ!もう!」バシッ!
「ススキさん!どうなってんのさ、これ!サチさん落ち着いて!イッテー!!ヤメっ!」バリバリ!
「先生、これはこの人の本性です!麻酔やお酒に酔うと本性出る人っているんです!バイオレンスな性格なんですよ!ヤマさん、右側押さえて!何やってんのー!ギャー!」ドン!
「鎮痛剤!鎮痛剤!早くー」ボコッ!
目の前が更に明るくなる。
自分の声だ。
「助けてー!うおー!殺されるー!うおー!犯されるー!処女はヒロシにやるんだー!お前らなんかに捧げてたまるかー!わっし(わたし?)のずーっと夢だったんだー!武士の情けだーゆるしてくれー!」
(両足ジタバタ)
バタンバタン!
バキバキ!
嗚呼、全て思い出した...
その時「サチさーん、大丈夫〜」と、担当医のタカモチが入ってきた。
ダンディだった両目の周りはパンダの様に蒼く縁取られ、右の鼻の穴は丸めたティッシュペーパーで塞がれていた。
何より両の頬はバイオレンス漫画の主人公の様に三本の引っ掻き傷が斜めに刻まれている。
幸は全てを理解し、恥による恐怖で体温が乱高下し、油汗が全身から噴き出すのが分かった。
幸は次から次に打ち寄せる思い出したくない記憶の再現に恐怖しながら思った。
穴があったら入りたいとはこのことなのだと。
了
三作目