8 黒金竜リターンズ
「で、あんた、なんでまだこの村にいるの?」
「それが、帰る場所も無くてな……」
アヤカが仮住まいにしている孤児院に、昨日の黒金竜が訪ねてきていた。勿論、人間形態でだ。
「それで、私を倒したお前に着いていこうと思ってな。 強いものに従うのは我ら竜の掟だからな」
「それで、わたしに着いてきてどうするの? わたしはあなたには何もしてもあげられないよ」
黒金竜は不敵に微笑む。
絵に描いた美しい笑顔に、アヤカは見とれそうになる。
「お主、旅がしたいんだろう? 私が足役をやってやるぞ。 竜と共に旅ができることを光栄に思うがいい」
負けた癖に上から目線の尊大な物言い。
しかし、アヤカにはそれ以上に気になることがあった。
「待って、その話は誰に聞いたの?」
「お主の親友を名乗るエルフからだ」
アヤカの脳裏に、ジルのスマイルサムズアップピースサインが浮かぶ。
「あいつか………」
よく知らん相手になんで人の情報喋るかな。
頭痛に頭を抱える。
「やはり知り合いだったか。 お主に用があると言ったら、私の財の一部と引き換えにいろいろと教えてくれたぞ。 良き友を持ったな」
「いやそれ騙されてますやん」と思いつつも、アヤカは黙っておいた。
教えれば親友が大変なことになる上に、昨日敵対していた奴にわざわざ教えてやる義理もない。
「そうそう、それでこっちが本題なんだが、私を倒した褒美にお主にも財宝を渡しに来たのだ。 私の財宝を好きなものを好きなだけくれてやるぞ」
「それは………わざわざご足労ありがとうございます」
降って湧いてきたノーリスクの儲け話(※但し、ドラゴンを倒したご褒美とする)。
「お主の親友に払った分もあって今は懐が寂しい。 さすがに全てを持ち出すのは無理だったものでな。 だからほれ、私の財宝をリストにしてきたぞ。 欲しいものは全てやる。 なんなら、このリストにあるもの全部でもいいぞ」
「リスト分厚っっ!!」
黒金竜が差し出してきたリストブックはもう広辞苑みたいな分厚さだ。
リストに載っているのはチラッと見ただけでも余裕でお金の価値を暴落させられるほどの大量の金銀財宝があった。
伝説や寝物語で聞いた武器や鎧の名前もある。
「今まで私が頑張ってお金を貯めてきたのはなんだったの………」
あまりの財力にこれまでの努力を否定された気がして少しへこむ。
一体なにをしたら、どれだけ時間をかけたらここまでの宝物が貯まるのか。
「どんだけ貯めこんでるの?」とアヤカは内心ドン引きした。
「どんだけ貯めこんでるの?」と実際に口に出した。
「実はな、このリストでも全部じゃないのだ。 世界中に隠している財宝の全ては私も把握仕切れていないのでな」
「ひくわ」
もうどうやって貯めたのか聞く気にもなれなかった。
「それで、どれが欲しいんだ? どれでもいくらでもくれてやる」
天使のように甘い悪魔の誘惑を前に、アヤカはリストを雷気で燃やして捨てる。
「あぁぁぁぁあ!!!??? 頑張って書いたのにぃぃぃぃ!!!! 何をしているのだお主はぁぁぁぁあ!!!」
黒金竜が発狂するが、アヤカはお構い無しにリストだった残骸を床に叩きつける。
「いらないわよ!! こんなもの!!」
「いらない?! いらないのか?! エルフでも人間でもお金が欲しいんだろ?! 欲しがるんだろ?!」
涙目になっている黒金竜に、アヤカは自分の人生論を話す。
「私が欲しいのは、戦いよ。 それから冒険。 山あり谷ありの刺激的な人生を送りたいのよ。 そのためにあなたが欲しい」
「そ、そうか。 そうなのか。 ………え、私が欲しい?」
「そう。 あなたが欲しい」
あまりにも唐突なプロポーズ。
大胆な告白は女の子の特権と昔からそう決まっている。
黒金竜は意味深な深読みをして、自分を守るように抱き締めた。
「ななな、な、な、なにを言っておるんだお主は!!」
「なんでもいいんでしょ? あなたを貰うわ」
驚きで腰を抜かす黒金竜の頬や髪を撫でながらアヤカは全身をねぶるように見ている。
「ひぁ」
黒金竜が小さく悲鳴を上げているが、関係ない。
「ねぇ、あなたさ」
「な、なんだ!」
「ちょっとここで―――――
――――ドラゴンになってみてよ」
「………へ?」
黒金竜の思考が止まる。
「大騒ぎになるぞ」とか、言いたいことがあったが黙っておいた。
元より自分は負けた身分。
勝者であるアヤカに逆らうことはできないのだ。
「あぁ、やってやろう。 ただし、外でな」
「お願いね」
実際にドラゴンに変身すると、ナモナキ村は天地をひっくり返した大騒ぎになった。当然か。
「婆さんや、ドラゴンのけ!! ドラゴン!」
「爺さんや落ち着きなさい。 落ち着いてお風呂の支度をするのさ」
「アヤえもん早くなんとかしてーー!」
「お姉ちゃん落ち着け!」
「ぴゃああああ! 神様ーー!」
黒金竜は村中の人たちに大好評だ。
これにはアヤカも思わずニッコリと笑う。邪悪だ。
「お主、まさかこれが見たかったのか?」
「え? まさかー」