7 黒金竜の来襲
スタローンさんに渡されたお金を持って、意気揚々と郊外の家に帰るアヤカ。
大金でずっしりと重い袋とは裏腹に、足取りは軽い。
アヤカは二年前に成人し、大人になったのを機にナモナキ森の郊外に木造の家を自作して生活していた。
最初は慣れない一人暮らしの寂しさに枕を濡らしたが、今はもう慣れっこだ。
森には危険なモンスターが大量に住んでいたが、頂点捕食者たるアヤカが森の近くに移り住んできたことで、モンスターの出現率がグッと下がり、村の木こりや狩人たちからは深く感謝されていたが、アヤカはそれを知らない。
知らないというか、直接お礼を言われてもアヤカは状況が分かっていないから気づかないのだ。
「ただいまー。 はい、誰もいませんねー!」
家の扉を勢いよく開けた直後、部屋から異質な気配が漂ってくるのを感じた。
気配しか感じないが、明らかに侵入者がいる。
「誰? 出てきなさい」
部屋の奥、すっかり暗くなった夜に紛れた暗闇の中から、黒い髪の女が現れた。
長く艶のある黒髪と、赤ワインのように真っ赤な綺麗な瞳。
履いているブーツも大きな胸を包む服も、黒一色の清楚なイメージを抱かせる女。
スレンダーで洋風美少女なアヤカとは対照的な和風の美女だった。
その瞳がアヤカを射ぬいたとき、アヤカは同じ女であることすら忘れて思わずドキリとした。
身なりは貴族のお嬢様といえるくらい綺麗で、明らかに寝床を求める浮浪者の類いではなかった。
「誰なの? 今出ていくなら見なかったことにしてあげるわよ?」
「お前がアヤカ・ローレライか?」
「だったらなに?」
なぜ自分の名前を知っているのか。
今まで相手してきたモンスターとは別の怖さがある。
アヤカは後ろ手に隠したお金が入った袋をいつでも投げつけられるように固く握る。
女は口を歪めて嗤う。
「会いに来てやったぞ」
次の瞬間、女が動き出す前にアヤカが先手を切った。
お金が入った袋を女の顔目掛けて投げつけて、肉弾戦を仕掛けようとする。
が、その袋が女の顔に叩きつけられるよりも速く、女が本性を現す。
『■■■■■■■■■■■■!!!!!』
声にならないほどの獣の叫び声。
女の影が揺らめく。
一瞬で女は〝本来の姿〟へと変身する。
『GYAAAAAAAAA!!!』
黒金(鉄)で出来た生物として他の追随を赦さない堅牢無比の肉体。
大木よりも太い四肢は小屋の壁や天井を粉砕する。
長く太い尻尾が地面を打つたびに足元が揺れる。
見る者を恐怖させる顔と牙。
手足の鋭い爪が地面をしっかりと掴み、巨大な翼が大気を掌握する。
この世界に伝わる神話、伝説の天災、古竜、嵐の竜。
呼び名は様々だが、このドラゴンはこう呼ばれている。
「〝黒金竜〟………!!」
アヤカがいつか倒したいと目標としていたドラゴンの一体。
雨と風と雷を操る力がある鉄の竜だ。
『そうだ。 私はお前の宿した稲妻の力を辿ってここにたどり着いたのだ。 エルフの身でありながら、ライメイケンとやらで私と同じ稲妻を操るお前に興味があった』
「雷使いとして、どっちが上か、ケリをつけたいわけね」
『そういうことだ、簡単には壊れてくれるなよ!!』
「どっちが!!」
黒金竜が不意打ち気味に放った稲妻のブレスを予備動作を見て回避。
〝雷鳴活性〟で雷にも引けをとらない速度の砲弾となって接近。
黒金竜も辛うじて反応するが、エルフの限界を超え、音すら遥かに超えた速度に間に合わない。
無防備な顎に向かって全力のアッパー!
ゴオォォォォン!!!と鉄のハンマーで金床を殴ったような音がした。
達人のアヤカの超鉄拳で殴られること、それは、金属の鈍器で殴られる以上のことだ。
『ゴッ……! ガァ!!!』
脳震盪を起こしてふらつく黒金竜だが、かぶりを振って復帰する。
自慢の鉄牙で華奢なアヤカの柔らかい体を食いちぎろうとするが、アヤカはドラゴンの上顎と下顎を抑えて「食われてたまるか!」と叫び、踏ん張る。
ならば焼ききるまでだと、黒金竜は咥内に稲妻のブレスを充電する。
『細胞すら残さず消し飛べ!!』
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
気合いと共に竜のブレスに手をかざす。
衝撃で口の中から吹っ飛ばされて脱出に成功する。
そして、稲妻はアヤカの手に触れた瞬間、アヤカの肉体に吸収されていく。
『なにっっ!?』
「〝雷鳴吸収〟よ」
雷鳴拳の奥義の一つに自然の雷や稲妻を吸収して自分の力に変える技がある。
その奥義こそ〝雷鳴吸収〟だ。
ぶっつけ本番でやった技だったが、意外になんとかなるもんだ。
吸収したエネルギーは雷気や気に変えて使用できるので、積極的に利用したい技だ。
「どう? すごいでしょ」
『エルフごときが調子に乗るな!!』
得意気に説明できてご満悦なアヤカと、反対に黒金竜はその態度が逆鱗に触れてぶちギレた。
雷が効かないなら今度は風だと、暴風のブレスを放つ。
数えるのも億劫な数のカマイタチが小柄なアヤカ目掛けて殺到する。
「ふふふ」
金髪を荒れ狂う風にたなびかせ、アヤカは不敵に笑う。
「こんなの、目を瞑っても避けられるわ」
雷鳴拳の使い手は、目を閉じても大気の流れを感じることで敵の攻撃に対処することができる。
雷雨と嵐を友にする拳法なのだからそれくらいは当然だ。
そして当然、アヤカにもそれが出来る。
アヤカは宣言通り、全てのカマイタチを目を瞑ったまま回避した。
一発たりともかすってすらいない。
『なんだと?!』
「今度はわたしの番ね」
『まだだ! まだ終わらん!!』
黒金竜は空高くへと飛び立ち、体内で練り上げた魔力と稲妻を混ぜ合わせて次の攻撃の充電を始める。
魔法で召喚した雷雨から雷を充電して力を蓄えてもいる。
アヤカはそのエネルギーを小型の核爆弾並みとなっているとみた。
大きな森の天気を一瞬で変えるほどの規模で天候を操り、これだけのエネルギーを自由に操れるのなら、ドラゴンが世界最強の生き物として扱われるのも納得だ。
最も、黒金竜のような古竜は体が鉱物で出来ているので、生物としてと呼んでいいのか謎だが。
『この森一帯ごとお前を消す!!』
「そんなこと私がさせないわよ!!」
ナモナキ森が消えれば、自然によって生かされているナモナキ村の人々の生活も滅茶苦茶になる。
アヤカも対抗してありったけの〝気〟を雷気に変えてチャージする。
だらりと下げた両手には、凄まじい雷気がスパークしている。
『キエロ!!!』
「覇ァァァァァァァァァァ!!!」
一人と一体の全力のパワーが宵闇の森を真昼にする。
爆心地では弱い人間やモンスターならいるだけでボロ雑巾のように潰されるほどの力が渦巻いていた。
激突する莫大なエネルギーの光がより一層強くなり、目を閉じていても眼球を焼かれるほどの光の津波が起こった。
やがて、その光が引いたとき、倒れていたのは黒金竜だった。
熱で体が少し溶けており、死に体の様子だ。
残っている力で自分を打ち倒したアヤカを讃える。
『グッ、ウゥ。 見事だ、エルフよ』
同じ雷使いの黒金竜に誉められて、悪い気はしないので素直に受け取っておくことにした。
「そりゃあ、どうも。 でも家壊したのは謝って」
『そうか、済まなかった』
「もういいわよ。 楽しかったから」
アヤカは本当に楽しかった。本気で戦えるほどの敵。
ここまで強い相手と戦ったのは生まれて初めてのことだった。
『私もだ。 楽しかったぞ』
その言葉を最後に、黒金竜は動きを止めた。
死んだのだろうか?
いや、伝説の竜の一体ならばこんな簡単には死なないはずだ。
寝ているだけだと判断したアヤカは黒金竜を放っておいて村へと引き返した。
まだ竜には用があったが、今は休みたい。
今日の宿は慣れ親しんだ孤児院になりそうだ。
「久しぶりに疲れたわ。 今夜はよく眠れそうね」
アヤカの顔は、実に満足そうだった。