5 アヤカ、〝気〟モノにするってよ
アヤカは酒場のカウンターでうつ伏して飲んだ暮れていた。
「うぇーん。 私の秘密基地がぁ」
「嘘泣きやめろ」
泣いて親友の同情を買おうとしたが、速攻で見破られる。
隣に座るジルは、この十年前でかなりの美人に成長していた。
ある部分はエルフならば当然だが、それを抜きにしてもかなり大きい方になっていた。
背は伸びたが育たなかったアヤカにすれば羨ましくも妬ましい限りだった。
「まあ、元気出しなよ。 だいたい秘密基地なんて子供じゃないんだから」
「子供心を捨てるのは女の子捨てるのと同じだよ……?」
心底不思議そうにジルの最もな指摘を切り捨てるアヤカ。
ジルはその顔にかなりカチンときていたが酒で怒りを飲み干した。
なんだかんだで、アヤカがいなければこの村はずっと昔にモンスターに滅ぼされていたのだ。
村人からは英雄や救世主のように扱われ、子供たちからは羨望の眼差しで見つめられていたが、当のアヤカはなにも言われない限りはまるで気にもしていない。
修行こそがアヤカにとっての本命の恋人で、冒険は燃える情熱のような愛人なのだ。
「アヤカはさ~。 いつまでライメーケンの修行続ける気なの? もう十分強いよ?」
「まだまだよ。 だって、この十年でシャドウウルフやハッグベアーやゴブリンの群れしか倒してないもの」
アヤカの脳裏にこれまで倒してきたモンスターたちとの戦いが思い出される。
シャドウウルフは実体を消して闇と同化し、影から影へ移動する力があった。
物理攻撃がほとんど効かない相手に、それまで肉弾戦主体だったアヤカは大いに苦戦を強いられた。
土壇場で〝気〟に光属性の性質を持たせた〝光気〟を習得したことによって、逃げる暇を与えずに一瞬で影ごと消し飛ばしたのは今でもハッキリと覚えている。
あれが〝気〟の性質変化と属性付与を覚えた瞬間でもあった。
ハッグベアーは好きあらば名前通りに抱きついてこようとする変態チカン野郎だった。
逆にアヤカの方から抱き締めて丁寧に背骨をさば折りしたのは楽しかった。
ゴブリンの群れ。
旧知の仲だ。もはや語ることはない。
「あんなやつら倒したって、なんの自慢にもなりゃあしないわ」
「それで十分でしょ。 特にシャドウウルフはB級モンスターだよ? それをこんな辺境の村に一人で倒せるエルフがいるって国に知られたらなんとか手にいれようとして大騒ぎになるよ。 まあ、わたしらがそんなことさせないけど」
「B級っていうのは何度か聞いてるけど、なにか意味あんの?」
「大アリだよ! B級といえば、凄腕といわれるB級冒険者が五人は必要なレベルだよ! それを一人で倒せるなんて、国がなんとしても欲しがる強さだよ! お国がビックリするよ!」
「ふーん。 私としてはあのクマよりも、オオカミの方がランク高いのがビックリだけどね」
コルクカップに残っている蒸留酒を一気に飲み干したアヤカは、酒代を置いて店を去る。
「話せてよかったわ。 今晩はお開きにしましょう」
「おやすみなさい、アヤカ」
「おやすみ。 また明日も修行が待ってるわ」
「ふあぁ」と眠そうに伸びをしてアクビをする。
雷鳴拳習得まではまだ長そうだった。
◇
朝になるとアヤカはいの一番に〝雷気〟の修行を始めた。
川の上流の流れを一部変えて作った自作の滝に打たれて、素手で平らに削った岩の上で座禅を組んで瞑想をする。
〝もう一人のアヤカ〟曰く、心を無にして自然と一体化することにより、自然界の潤沢な〝気〟を取り込んで精神と肉体の枷を外し、生物として一ランク上の存在へと昇華することができる。
そうすることで、体内に流れる〝気〟を掌握し、増幅とコントロールを可能にするという。
〝雷気〟や〝光気〟などの〝気〟の属性、性質を変えることは、更に一ランクの修行が必要となるが、今は関係ないので置いておこう。
体内を巡る血と〝気〟の流れ。
その一端を見つけ、そこを足掛かりに全体を掴んだとき、アヤカは自分の体が熱く熱を持ち、軽くなっていくのを感じた。
「掴んだ! コレがわたしの〝気〟!!」
瞑想のために閉じていた目を開いたときアヤカの体は白い光に包まれていた。
白いオーラは滝の水を触れたそばから蒸発させるほどの熱量を持っていた。
しかし、当のアヤカにはそれほどの熱さは感じなかった。
むしろ、滝行で冷えた体が温まる優しい暖かさにくるまれている。
「力が溢れてくる。 それに、暖かい。 これが〝気〟?」
体に宿る白いオーラを見つめて誰にともなくつぶやく。
意識して性質変化させて属性を持たせると、バチバチとした青白い〝気〟が立ち上る。
「で、これが〝雷気〟か」
普通の〝気〟が雷気になった瞬間から体の奥底から力が出てくるが、纏うだけで一体どれだけの強化が出来るというのか。
長年、ナモナキ川の流れを塞き止めている大岩があったことをふと思い出す。
「という訳で、試しにこの岩を殴って試してみることにしましたー!!」
丁度いい感じに、大きい岩が転がっているのだ。
使わない手はない。
それに大岩があるのはかなり下流の方、人も動物もいない閑散とした土地なので、急な川の流れによる被害の心配もなかった。
一応、浮浪者や難民がいないかの確認だけはしておくと、アヤカは大岩の前に立った。
岩はとてつもなく大きく、小さな丘くらいの大きさがあった。
「うん。 稽古台には丁度いいね!」
アヤカは岩をコツコツ叩き、立ちはだかる壁の大きさに心が燃える。
困難が大きいほど心が滾る少年漫画脳の脳筋金髪エルフ美少女。
それがアヤカ・ローレライだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
丹田に貯めた〝気〟を拳に集中し、全力の右ストレート一閃!!
アヤカの拳が炸裂した瞬間、アヤカを中心に世界から音が消えた。
一瞬遅れてドッッッ!!!と空気が爆音を奏でる。
衝撃で舞い上がった土煙と土の破片が視界を覆い、視力を奪う。
「うわっ、ぺっぺっ。 口に入っちゃった」
口に入った土片を唾と一緒に吐き出し、煙が晴れるのを待つ。
風が土煙を運んで視界をクリアにしてくれた時、目の前に広がっていた光景にアヤカは唖然とする。
「おぉぉぉおおお!!! 全部吹っ飛んでる!!!」
そう、大岩が全て無くなっていた。それどころか、岩があった場所に大きなクレーターが出来ている。
しかも、何故か大岩の中にあった黒い鉄の塊さえも粉々に粉砕されていた。
鉄すらも砕く破壊力。
人為的な作為を感じるが、アホのアヤカは気づかない。
雷鳴拳の威力に酔いしれた。
「拳一つでこれかぁ……!」
習得の前提条件である基本技でこの力。
雷鳴拳を習得出来たとき、一体どれだけの力を手に出来るのか。
自然現象たる天候を意志一つで操る雷鳴拳ならば、この世界の最古の存在にして人々にとって絶対の天災である古竜種にだって対抗しうる力かもしれない。
高々エルフの小娘の身で!竜に対抗できる!!
その可能性が、希望が、アヤカの心を強く突き動かす。
〝前世の私〟は晩年には自分の住む世界すら破壊しうる力を持っていた。
その力で宇宙の脅威から星を守っていた。
ならば〝前世の私〟と、同じ年月を生きれば〝今の私〟にもできるはずなんだ!!
「殺ってやろうじゃないの竜退治!! 星を守れるくらいの強さ!!」
次の目標は決まった。
この世界で最強の存在である竜たちを倒す。
そのために早速次の修行に取りかかった。