4 そして十年後……
アヤカの雷鳴拳の修行が始まってから十年が経過した。
十年前から基礎鍛練に重りを使うようになり、今では十ドス(十トン)の重りを着けても一日中腕立て伏せを続けられるようになり、そのまま一日に五〇〇キリ(五〇〇キロ)走っても息切れ一つしない体力とスタミナを手に入れた。
脚力、腕力、敏捷性も素晴らしく、重りを外せばジャンプ一回で何キリも跳べたし、一瞬で数百メーカー(数百メートル)を動くこともできるようになった。
当初、アヤカは独力で鍛えるのは効率が悪いと感じていたが、技も奥義も驚くほど速く習得できた。
それも当然だった。幼い女の子が独学で学んだ物とはいえ、その女の子には百五十年近く戦いと修行を続けてきた記憶が〝経験値〟として残っているのだから。
その記憶に基づき、瞑想し、自分の力にあったメニューを考えて修行を行う。
力のレベルが上がれば、修行のレベルも上げる。
そんなことを幾度となく繰り返し、今ではアヤカは人間やドワーフに比べて非力なエルフの身でありながら、樹齢百年を超す大木を〝気〟の強化無しの素手で殴り倒すという超人的な力を得ていた。
ひとえに〝もう一人の私〟の知恵があったからこそなし得たことだった。
「ありがとう、もう一人の私」とアヤカは何度目かも分からない感謝をした。
ある日の修行上がり。
良い汗かいたと汗拭きで額をぬぐっていると、ジルがやってきた。
「お、今日も修行やってるね。 今日はなにやったの?」
「〝雷鳴転身〟の修行をしてたの。 雷気は作れるんだけどね……」
「あー、なかなかコツ掴めないからできないってやつ?」
「まあ、そんなところね」
アヤカの修行は前世の〝もう一人のアヤカ〟の経験と記憶があるため、信じられないほど素早く進んでいた。
さすがに基礎的な体力作りに近道はなかったが、エルフの寿命は長い。というか、殺されない限り永遠に若いままの体でいられるのだ。
何十年、何百年と長い時間を掛ければ、いつかは体力も前世の自分を超えて強くなれる。
アヤカはそう信じていた。
だが、〝雷鳴転身〟という奥義だけは別だった。
この奥義は前世のアヤカも習得できないまま死んでいった技だった。
なので、経験も記憶も知識もなく、コツも掴めない完全な手探りでの修行がかれこれ数年間も続いていた。
他の奥義は短くて半日で習得できたというのに、この技ときたら………。
「でも私は絶対に諦めないからね。 今に見てなさい!」
「そうだよ! その調子だよアヤカ!ライメーケンとかよく分かんないけどがんばれ!」
「で、要件は?」
「へ? あ、忘れてた」
うっかり屋なところがあるジルはアヤカに言われるまで用事があって訪ねてきたことを忘れていた。
このやり取りもこの十年で何度も繰り返してきたことだ。
「今日ね、ナモナキ森の外れでモンスターの群れが見つかったらしいのよ。 アヤカに退治して貰えないかなーって……」
この数年で、平和なのだけが取り柄のこの村で、モンスターの襲撃が何度も続いていた。
そして、アヤカに修行がてらに消し飛ばされるまでがお決まりのワンセットだった。
「で、そのモンスターってのは?」
「ゴブリン」
「また?」
「また」
ゴブリン退治は記念すべき最初のモンスター退治にして、この数ヶ月で七回目のことだった。
ナモナキ森の外れに群れが移り住み、アヤカが潰す。
笑えることに、それを七回も繰り返していた。
「じゃあ早速行ってくる」
「うん。 気をつけてね」
「じゃあ晩ごはんまでには帰るからね」
そう言うとアヤカは風よりも速く走り去った。
目的地はナモナキ森の外れにある洞窟だ。
数十キリ離れたその場所は、縄張り争いに負けたモンスターなんかが住み着き易い場所だった。
アヤカの秘密の隠れ家でもあったので、そこに勝手に住み着くモンスターと言う名の害獣にはいつも頭を悩ませていた。
「おっととと、着いたっっ!」
勢い余って木に激突しそうになるが、ブレーキをかけて止まる。
洞窟を見てみればなるほど。緑色の小さいのがたくさん住み着いている。
確かにゴブリンだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、数は三十程度かな?」
その全てが手斧やナイフ、木の棒などで武装していたが、アヤカには脅威にはならない。
夕食をとろうとしているのか、ウサギや鳥などを捌いている。
恐らくは洞窟内に住んでいるもの全てが出てきている。
敵の数を把握し終えると、アヤカは躊躇わずにゴブリンの群れのど真ん中に飛び込んでいった。
「ヒャッハー!! モンスターは皆殺しよ!」
可憐な声で物騒なことを叫ぶ。
ゴブリンたちは突然現れた美少女エルフに対処しきれず、先手を許すことになった。
「はぁぁぁぁあ!!!」
ドンッッッ!!! と渾身の力で地面を殴る。
アヤカの筋力とスピードから生み出された莫大な運動エネルギーが拳に集中し、地面を砕く。
大爆発が起こったように、ゴブリンたちは衝撃で吹き飛ばされる。
「地獄の空中コンボ、はっじまっるよー!!」
「「「グギャァァァァァ!!!」」」
砕けて宙を舞う岩や地面の塊を足場に、空中に放り出されたゴブリンたちを次々と仕留めていく。
頭を殴り飛ばし、お腹を蹴りつける。
そうやって聞こえるゴブリンの悲鳴が心地よく聞こえるアヤカは、生来のドSなのだ。
「はいはいはいはいはい、次!!!」
ゴブリンたちの骨の折れる音と悲鳴をBGMに、アヤカは華麗に空中殺法をお見舞いしていく。
「はい! 終わり!」
次にアヤカの足が地面に着いたとき、生きて地面にたどり着いたゴブリンはいなかった。
ちなみに洞窟の入り口は崩落した。
「私の秘密基地がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アヤカの悲鳴が夕暮れの森に響いたとさ。
洞窟が無くなったことで、今後ナモナキ森にゴブリンが住み着くことは無くなったとさ。
めでたしめでたし。